第七話
小一時間後、自分の流した涙の海に沈んだリンナの姿があった。
俺とガンドーはロープでグルグル巻きにされている。
「だーかーらー…何で最初に言わなかったわけ?」
イヴリンは少し怒った様子で俺を睨んでいた。
しのぶはお客様用の高級茶葉を使用した紅茶をリンナに勧めている。
あ、値段高めのアップルパイまで出すのか⁉
「いや俺はケントスが説明してくれているものか…とだな」
ダンッ‼イヴリンは机を思い切り殴った‼
しのぶとガンドーと俺は思わずビクっと震えてしまう。
「しのぶ、どうせアンタなんか…”レスターがフリーだと勘違いしている間コキ使ってやれ”とか考えていたんでしょうが‼」
「それは誤解だ、イヴリン。レスターは結婚指輪だってしているしパートナー以外の相手には常に一定の距離をもって接している」
しのぶは俺の指を確認する。
やべっ⁉前に無くしそうになったから箱に入れたまんまだ‼
「とにかくレスターの左手には後で指輪を溶接しておく。今後は誤解が生じないようにレスターの個人情報は常に開示するようにしよう。すまん、イヴ、リンナ」
しのぶは二人に向かって頭を下げた。
そして俺の方に向かって首を掻っ切るジェスチャーも忘れない。
ていうか、どうすればいいんだよ‼
「つーかよ、自分がオリビアにレスター取られた腹いせに切れるってのはどうよ?」
キンッ…‼
ガンドーの周囲が、いや正確には空間そのものが凍りついている。
俺はすぐに部屋の出入り口までダッシュした。
しのぶは僧侶の高位スキル”神聖不可侵”を使ってエリザとリンナとユーリを守ろうとしている。
あ、駄目だ。かなり寒い…。
しのぶ、助けて‼
俺はしのぶに向かって手を伸ばす。
シノブは ユーリ → リンナ → エリザ の表情を確認した後、首を横に二回振る。
「この…ッ‼私が忘れようと必死になっている黒歴史を…ッ‼ほじくり返しやがって‼死ね、ダイアモンド・ストライクッッ‼」
ふよふよ…。
ガンドーの真上にドーム状の空間が展開され、その上には巨大な氷塊が出現した。
これはイヴリンが精霊ヴォジャノーイの助力無しで使える最強の攻撃魔法”ダイアモンド・ストライク”…ッ‼
基本的に単体攻撃だけど、ここは密室だからな。
しのぶは…三人の前に立って俺たちの姿を見せないようにしている。
あれ?ガンドーは?
カチーン!
ヒュルルルルルル…既に氷漬けにされ死を待つだけの身の上になっていた。合掌。
「何か言い残す事は?」
イヴリンは小型のステッキを頭上に掲げている。
あれを縦に振れば俺の物語は終わりか。
よく考えてから答えないと…。
「イヴ、夜が寂しいなら俺が専用の肉バイブになってやってもいいんだぜ?」
ガンドーは右手の人差し指を拳銃よろしくイヴリンに向ける。
あ、終わった。コレ。
ドガァッ‼
俺たちは極低温の巨大な氷塊を落とされ 粉微塵になってしまった。
次の日。
俺たちは王都の人気スイーツ店パーラー”戦場ヶ原ケーキ”の前に集合した。
俺とガンドーはしのぶの使用期限ギリの”フェニックスっぽい聖獣の尾”で復活していた。
昨日は巨大な氷塊で圧殺されたせいか、何となく頭が痛いような気がする。
「ケーキッ‼ケーキッ‼うぇぇぇぇぇぇいッ‼」
ガンドーが両腕をブンブン振り回しながら狂喜している。
良かったな、ガンドー。(死ななくて)
「浮かない顔をしているな、レスター。今日は俺のおごりだから遠慮なく食べてくれてもいいんだぞ?」
「…。いや俺は全然問題ないんだけどねー。オリビアと子供たちにお土産を買って帰りたいんだけどさ。先立つ物が無くてさ…」
俺は入り口の空いている財布を見せる。
実際、昨日貰ったギャラは家計の継ぎ足しになってしまった。
嫁の稼ぎと合わせて家族四人で月収三十万ゴールドは辛いかもしれない。
子供たちも大きくなってきたしなあ…。
「仕方ない。カティとバネッサのお土産は俺が用意してやろう」
しのぶは自分の財布の中身を見ながら苦笑している。
それでも俺はコイツを頼るしかない。
「ありがとう、しのぶ。俺にはイチゴのショートケーキくらいしか思いつかないから。はは…」
俺は力無く笑うしかない。
「しのぶさん。この結婚詐欺師、子供までいるんですか?」
気がつくとしのぶの隣にリンナとエリザとユーリが立っていた。
まるでウンコの上をぐるぐると回って飛ぶ蠅を見るような目で俺を見ている。
「リンナ、そろそろ止めておけ。いいか、”美男には必ず彼女が或いは嫁がいる。美女には必ず彼氏か旦那がいる。”漫画じゃあるまいし、都合よくフリーの美男美女が転がっていると思うな」
しのぶ、俺のフォローは嬉しいけど達観が過ぎると思うぞ?
リンナは「性犯罪者みたいな外見のくせに、わかったような事を…」と毒づいて引っ込んで行った。
「年の功というものだ。お前もおばさんになったらわかる」
しかし、しのぶは動じない。
シノブには人間らしさとか、心が無いから。
この辺を知っている俺とガンドーはリンナに同情した。
そういうわけで俺たちの波乱含みの打ち上げが始まった。
俺たちは全員で入店するとケーキ屋の店員がやって来て個室に案内される。
個室の内装は何とも華やかでパーティー会場を思わせた。
「うわあ!すごい!これってもしかしてVIPルームってヤツ?」
ユーリがはしゃぎながらテーブルに座る。
「まあ、有名店なので貸し切りというわけにはいかないが時間限定でプラチナルームを借りた。今日はセレブになった気分でスイーツを堪能してくれ」
しのぶは全員分の椅子を引いて微笑む。
リンナは相変わらず俺と目を合わせようとしなかったがエリザとユーリとイヴリンと一緒に談笑を交わしている。
いつになったら元に戻るのやら…。
大体イヴリンとリンナってタイプじゃないんだよ。はあ…。
「しのぶ、俺はアレが食べたいぜ‼裸の女の上にクリームとかフルーツが乗っていて、それを食べるヤツだ‼」
ガンドー、お前の無邪気さが羨ましくなるよ。はあ…。
「あのな、ガンドー。ここはそういう店では無いから諦めてくれ。みんな、そろそろお店の方に行ってケーキを取りに行くから準備してくれ」
しのぶは取り皿を持って部屋の入り口に移動する。
ああ、いわゆるバイキング形式ってヤツね。
俺は立ち上がって皿を取ろうとしたが、その際にリンナと鉢合わせになる。
リンナは地獄の死神のような目で俺を見ていた。
「へえ、妻帯者のくせに独身男みたいなフリをしてケーキ食べるんですね?」
「しつこいね、キミ‼俺が何をしたっていうの⁉俺は独身の頃からケーキ好きだったよ‼」
リンナは目から涙を流しながらエリザたちの後ろに隠れてしまった。
「ひどい…。男子っていつもそう…、自分の事しか考えていないんだから」
エリザはヨシヨシと仔犬を可愛がるようにリンナを撫でる。
何だよ、あの目つき。まるで便所でカマドウマ見つけた時みたいじゃないか。
チョイチョイ。
ガンドーが俺の肩を小さく叩く。何だよ、全く。
「レスター、もしかしてこの店ってフルーツの女体盛りないのかよ?」
「普通の店には無いと思うよ?大体人間の体の上に食べ物を盛って出すって、僕はどういう神経してるの?って思うよ」
「ハッ、これだからリア充は‼どうせ毎日オリビアの上にカルパッチョ盛ってるから十分さ!とか思ってるんだろ」
ガンドーは憤慨しながらチョコレートのコーナーに行ってしまった。
俺は女子たちからハブられて一人でフルーツタルトのあるテーブルに向かった。
俺のターゲットは黄梨のタルト。
確かこの店のフルーツタルトは甘さ控えめって書いてあったから以前から食べてみたかったのだ。
俺はトングで目的のタルトとマカロン、ドーナツをつまんで皿の上に置く。
オリビアたちには悪いが今日だけは自分の為にケーキを楽しもうっと。
その時、隣のテーブルから男女の言い争う声が聞こえてくる。
どちらも聞き覚えのある声なので俺は直行した。
現場ではガタイの良い男とリンナとエリザが言い争っていた。
いやエリザとリンナがからかわれているみたいだな。
「だからもう謝ったからいいでしょ!」
リンナは男を突き飛ばそうと手を出す。
だが男は当たる寸前でリンナの手を掴んでしまった。
「つれないなー、お嬢さん。俺だって被害者なんだから少しくらいお喋りしようぜ?」
軽薄そうな男は自分のシャツを指さす。
汚れというよりゲロをぶちまけられたような姿になっていた。
(ヤバイ!このままはクリーニング代を請求される!)
俺はケーキを片手に真メガテンの合体事故で誕生する外道スライムみたいな外見の男よ仲間たちのところに向かった。
「すいませんっ‼うちのブスどもがとんだご迷惑をおかけして‼さあ、謝るんだお前らも!」
俺は外道スライムの前で土下座する。
ゲーム内で何か問題が起きた時にはこうしろと”ふじわらしのぶの超ゲーム攻略”という攻略サイトに書いてあった。
「何でワタシらが謝らなきゃならないんですか‼大体向こうが一人でクリームを自分の身体にぶっかけたんですよ‼」
「え⁉」
クリームを身体にぶっかける男だって⁉俺は男を直視する。
「おいおい…、誰かと思えばそのスイーツのセレクトはレスターじゃないの。気配でわかったぜ?」
いやそこは顔か姿で判断してくれ‼
男は身体についたクリームをタオルで拭きとるといやらしい笑みを浮かべた。
後クリーム臭いから接近しないで欲しい。
「レスター、あのクリーム怪人は誰?もしかしてガンドーの変態仲間…?」
その推理、正しくもあり間違ってもいる。
「俺の名前はベンジャミンな、お嬢さん。このレスターとは昔同じパーティーだった事もあるのさ。ヒャハハハハッ‼」
男はクリームがまだ残っている状態で哄笑する。
当然のようにクリームが四散する。
このクリーム男の正体は俺の元上司で今はライバル勇者パーティーのリーダー、ベンジャミン。
正直二度と会いたくない男だった。
主な理由は、劣等感に苛まれるから。
「ところでお嬢ちゃんたちはもしかしてレスターのパーティーのメンバーかい?うひゃひゃひゃっ‼」
エリザとリンナはささっと俺の後ろに隠れる。
うっ!痛いな…。
リンナは俺の背中を強く抓っていた。
「そうだよ。この二人は俺のパーティーのエリザとリンナだ。俺は独立したんだから、アンタには関係無いよな」
「あひゃひゃひゃひゃッ!関係無い?あひゃひゃひゃひゃひゃッ‼確かに関係ねえよな‼じゃあな、レスター!」
ベンジャミンは笑いながら別のテーブルでチョコケーキを取っていた。
あれ?アイツ甘いものは苦手じゃなかったっけ?
俺が呆気に取られているとリンナが腕を抓っくる。痛いな。
人を呼ぶ時には声をかけるとか色々方法があるだろ。
「レスターさん。あの変態おじさんは誰なんですか?」
「勝手に私たちの名前を教えないでよ。アイツが街角の占い師に私たちとの相性判断とか占ってもらったらアンタのせいだからね」
リンナの質問はともかくエリザの方は意味不明だった。
いや粘着質なベンジャミンならやらかすかもしれん。
「はあ、わかったよ。アイツはベンジャミン、俺としのぶとガンドーイヴリンが前に所属していた勇者パーティー”チームベンジャミン”のリーダーだ」
本音を言えば避けて通りたい類の話題だった。
勇者と呼ばれる”職業”にも”階位”が存在し、ベンジャミンは”超勇者”で俺は”大勇者”である。
さらに”勇者”という職業自体がレアな存在である為に実力差は大人と子供くらいあるのだ。
よりによってあんな人格破綻者に劣るなんて悔しくて夜も寝られないよ、トホホ…。
「へえ。チームベンジャミンってかなりのメジャーなチームじゃない。アンタってただのマイナー勇者だと思ってたけど、結構まともな経歴があったのね」
「でも聞いて下さいよ、レスターさん。あのベンジャミンって人、私たちが取ろうと思っていたシュークリームを全部取り上げて皮だけ食べた挙句に全身にクリームをぶっかけて”これが噂のカスタードクリーム美容術だ”なんて…。思い出しただけで頭に来ちゃいますよ!」
ぎりぎりぎり。リンナはさらに強く俺を抓っている。
「アイツ、昔から他人の物を横取りするのが大好きな嫌なヤツなんだよ。どうしてあんな強欲なヤツが勇者になれたのかわからないよ、全く…」
俺たちはベンジャミンの悪口を言うことで意気投合し、VIPルームに向かう。
その道中でイヴリンとガンドーがすごくでかい男と喧嘩をしていた。
「おいテメエ!三個も一人で持って行く事ねえじゃねえか!」
どうやらガンドーたちはプリン・ア・ラ・モードを全て持って行こうとしている大男と口論になっているようだ。
「はあ。うるせえな。…彼女の見ている前で怪我でもしたいのかい?」
男は反射的にガンドーを睨みつけた。
ガンドーはうちのパーティーで一番背の高い男だが、コイツはさらに大きい。
一体何色のキノコを食べればあんなに大きくなれるんだ…⁉
「どうやらお前には俺が考えたオリジナルの体位”富士山とメリーゴーランド”を見せてやらなきゃならねえようだな。イヴ、すぐにで土鍋とコンデンスミルクを持ってこい!」
キンッ‼
標的を瞬時にして氷結結界の中に閉じ込めるイヴリンの魔術”青の棺”が発動する。
永遠なる眠りを約束された青き静謐なる空間の中でガンドーはズボンを脱いでいる最中だった。
うわッ‼ヒョウ柄のブリーフなんか履いていやがるのか‼
「…アンタとだけは絶対にゴメンよ」
イヴリンが指をパチンと鳴らすとガンドーは氷結空間ごと爆破された。
「ガンドォォォォォォーッ‼」
俺は冷たくなったガンドーの胸に耳を当てる。
トクン…、トクン…。
心臓の鼓動が聞こえる。
ああっ‼ガンドーが生きている?神様、感謝します‼
これでまたフェニックスっぽい聖獣の尾を使わなくてすむんだ‼
「ひいっ‼奥さんいるのに男を襲おうとしてる…」
リンナと目が合った。
「ちょっと止めてよね…。男同士だから人目が気にならないの?」
エリザは両手で顔を覆っている(全然目かくしになっていない)。
「くだらねえ。俺は帰らせてもらうからな」
ブギーポップみたいな帽子をかぶった大男はスイーツを持って逃走しようとする。
だが次の瞬間、反対方向から来た何者かにぶん殴られた。
男は水月に一発もらって前のめりになって膝をついた。
さっ。
大男を一発でKOした新参者はスイーツの乗ったトレーを手に取る。
そしてクリームがたっぷりと乗ったクレームブリュレを口の中に突っ込んだ。
「遅いですよ、レイ。私が”五秒ですませろ”と言ったら”一秒ジャストですませる”くらいはやりなさい」
「以降、気をつけます。姐さん…」
レイと呼ばれた男は身悶えしながら親指を立てる。恐るべし縦社会。
女はブリュレの入ったカップをずずず…と啜ると口元をハンカチで拭いた。
あれれ?見覚えのある口だな…。誰だっけ?
「おや?そこにいるのは落ちこぼれ勇者のレスターじゃないですか?こんな日の当たる場所に出て来ても大丈夫ですか?お望みとあらばニンニクと十字架も追加しますよ?」
それは吸血鬼を退治する時のマストアイエムだろ‼
俺は相手の正体に気がついてすぐに起き上がる。
全く何という不幸な日だ。
よりによって今会いたくないヤツに、たった一日で二回も会うなんて…。
「お前こそ相変わらずだな、ユージニー。また後輩を虐めて楽しんでいるのか!」
俺はありったけの憎しみを込めて抗議する。
コイツの名はユージニー、俺の妹だ。
何をしても俺の上を行くムカつくヤツで今はベンジャミンのパーティーで大活躍しているらしい。
ぐぬぬぬぬ…ッ‼実の兄より優秀な妹などいてたまるか‼
「でゅふふふ…。これは指導ですよ、レスター。世間知らずの後輩が他所に行って恥をかかないように躾をしてやっているのです。大体私が本気を出して虐めとやらを実行すればどうなるかは…貴方がよくご存知なのでしは?」
ロープで縛って逆さ吊り、人間ハンマー投げ大会、ファイアーダンス…、ううっ!思い出しただけで小便を漏らしそうだ…。
「姐さん、こいつらは知り合いなんですか?」
ユージニーは指を舐めてから答える。
「レスターは私の兄ですよ。昔ベンジャミンのパーティーで雑用をやっていました」
ユージニーは青いデニム生地のオーバーオールについているドラえもんの四次元ポケットみたいな入り口に手を突っ込んでチョコチップのついたシュークリームを取り出した。
「んぐっ」
そのまま大口を開けて放り込む。
こんな姿、父さんたちが見たら泣くな。
「何を見ているのですか。お前にはあげませんよ?」
いらねえよ‼
「イヴ先輩、あの人も元仲間なんですか?」
「ああ、あの娘ね。一応私とレスターとガンドーの同期なんだけど成績が超絶優秀で先に正規メンバー入りしちゃったのよ」
ガツガツガツガツッ‼
ユージニーは獣のように手持ちのスイーツを貪っている。
悲しい話だがコイツは生まれつきこうなのだ。