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第六話

 「しのぶー!アタシは?アタシは?」

 ユーリが手を振り回しながら自分のギャラを寄越せと催促した。


 しのぶは慈しみ深き聖人のような笑みを浮かべ袋を渡した。


 「わーい!…って、えっ⁉なんでこんなに私のギャラが少ないのかニャー⁉」


 ユーリは目を尖らせながらしのぶを威圧した。

 しかしその程度で臆する守銭奴しのぶではない。


 「ユーリ君。君は今回のクエスト内容を確認したかね?特にターゲットモンスターの情報だ」


 しのぶは”冒険の書”というマジックアイテムを開いて見せる。

 それは前回の冒険に関する情報が記載されたページだった。


 「これがどうかしたのかニャー!アタシはモンスターやっつけたでしょーが‼」


 「ここをよく見たまえ。出現モンスターの項目だ。”不特定多数、ただし”お尻に剣が刺さった男”を倒すと報酬が減額される、と書いてあるだろう?さて、君は何体の”お尻に剣が刺さった男”を倒したのやら…」


 俺たちの視線はユーリの個人戦績に向けられる。


 討伐モンスター、ワイバーン × 01 

         サイクロプス × 03 

         サソリ男 × 02 


         お尻に剣が刺さった男 × 12。


 はっはっは…、しのぶが怒るわけだよ…。


 お気楽なユーリも顔面蒼白で身動みじろぎ一つしない。


 それもそのはずユーリの報酬はマイナス六十万ゴールドになっていた。

 こうまでクエストの成績を落としてしまうと最悪、冒険者ランクの降格もあり得る。

 

 もしかすると連帯責任で俺も降格するのか?

 今は俺がBギリギリ、ユーリがBプラスか。

 Cに戻ったらチーム解散も考えられるな。


 「だが今さら責任を追及したところで現状は何も変わらない。よって今回は減給だけで許してやろう」

 

 それは壮絶なアメとムチだった。

 パーティー追放とランクダウンが無くなる代わりに実質的な給与はゼロである。

 俺たちはとんでもない男を味方にしているのかもしれない。


 「ううう…。今後とも宜しくお願いしますニャー」


 ユーリは一万ゴールドを手に自分の席に戻った。


 「しのぶ。私の給料は?」


 イヴリンが登場。


 コイツ、タイミングを見計らっていたな。


 「ふん。持って行け」


 しのぶはユーリに与えたのと同じくらいの大きさの袋を渡した。


 イヴリンは小躍りしながら袋を手に取った。

 しかし、袋の中身を確認すると”鬼”がそこにいた。美人は怒ると怖いという事だろう。


 「しのぶ、これはどういう事かしら?何で私の給料が一万ゴールドなの⁉」


 イヴリンは袋からゴールド硬貨を取り出して見せつけた。


 「…イヴ、文句を言う前にこれを見ろ」


 しのぶは再び”冒険の書”を開示してイヴリンの戦績を指さす。


 イヴリンの討伐モンスターは合計10体。至って普通の成果だが報酬が一万では空くなすぎるだろう。

 

 「ねえ、しのぶ。今ここで絶対零度って体験してみる?嫌だったら納得の行く説明をしてちょうだい‼」


 バン‼とイヴリンは机を叩いた。


 しかし、しのぶはまるで動じない。

 しのぶの指先は冒険の結果の項目に人差し指を向ける。


 「…」


 全員の視線が集まった後、しのぶとイヴリンを除く五名は同時にため息をついた。

 

 気になるリザルトとは…”イヴリン 撤退”。でしょうね。


 「戦闘中に勝手に休憩に入るから”冒険の書”はお前が離脱したと判断したんだろうな」


 しのぶは”冒険の書”を道具袋の中に戻してしまった。


 イヴリンは何というかこう真っ白な灰になっていた。


 「本来なら違約金を払ってもらわなければならないだろうが、お前とのつき合いの長さを考慮してチャラにしてやったんだ。感謝されてこそ恨まれる筋合いは無いぞ」


 しのぶはイヴリンの隣を通り過ぎようとする。


 「待って、しのぶ‼実は私貴男の事を愛しているのよ‼」


 イヴリンはしのぶの右腕を掴む。


 「イヴ…」


 しのぶはイヴリンの手を取り、背中に回して足をかけ見事なコブラツイストを決めた。


 「きゃああああああッ‼痛いわ、しのぶ‼こんな事初めてだから優しくしてええ‼」


 普段の悪役令嬢みたいなドレスなら破れていただろうが今のイヴリンは緑色のジャージ姿だった。

 流石はしのぶ、女が相手でも容赦ねえ‼


 「いいかよく聞け、イヴ。金の話をしている時に愛を語るな。次に禁忌を侵した時にはお前のあだ名をヘドラー女王にする」


 「ヘドラー女王さんは好きだけど、絶対に嫌あああああッ‼」


 結果、イヴリンの腕は倍くらいの長さになってしまった。


 「もうお嫁にいけないわ。どうしてくれるのよ…」


 イヴリンは伸びまくった自分の腕を見ながら泣いている。


 「仕方ない。治してやろう…」


 しのぶはスキル”整体術”でイヴリンの関節を元に戻す。


 要するに麻酔無しの手術だった。


 バキン‼バキン‼バキン‼ギギギギギギ…ッ‼


 「いやあああああ‼」


 こうしてイヴリンの腕は元に戻ったが心には決して消えない傷が出来てしまった…。


 「必要な時はまた言え」


 ふじわらしのぶに慈悲の心は無い。


 全く。イヴリンもつき合いが長いんだから少しは考えろよ…。

 と考えつつも俺は自分のギャラの話をするタイミングを探している。


 しのぶはいつの間にか硬貨の入った袋を持って俺の方を見ていた。


 よし、チャンスだ。今のうちに聞こうか。


 「しのぶ。リーダーである俺の報酬はどうなっているんだ?」


 俺は両腕を組みながら威圧するようにしのぶを睨みつける。

 ふふふ、どうだ?童顔の俺でもこれだけ圧をかければしのぶとて…。


 「ああ、お前の分な。十万ゴールドだ。大事に使えよ?」


 しのぶは俺の目の前に袋を置く。


 十万?百万の間違いだろ⁉しのぶ⁉


 俺は焦って袋の中身を確認したが十万ゴールド以上入ってはいなかった。


 「しのぶ。俺の実力は知っているよな?光の槍に、光の剣、光弾だぞ?光の三神器を操る勇者レスターのギャラが十万ゴールドっぽちなワケないだろ?」


 俺は念の為に自分の”冒険の書”をチェックした。


 ”レスター 討伐モンスター数 15体 ”ヨシ、”お尻に剣が刺さった男”は殺してない。


 他に…ええと、撤退はしてないよな…。オケオケ。


 「しのぶ。俺はミスなんかしていないぜ?」


 「そうだな。だが…」


 しのぶは俺の報酬の項目に人差し指を向けた。

 そして眼鏡をくい、と上げる。


 そこには”勇者スキル使用料 百二十万ゴールド”と書かれていた。


 勇者スキル使用料?そんなのあったか…? 

 俺は何度も思い出そうとしたが心当りが無い。


 「ヒントお願い」


 しのぶのかおが翳に覆われる。多分怒っている。

 つき合いが長いから俺にはわかる。


 「お前の神器の特性だ」


 神器の特性?


 ええと、四属性に対して有効で特に闇属性に強い。

     攻撃の時は相手が常に”発光”で目くらまし判定をしなければならなない。

     他に何かあったっけ?


 「コストだ。しのぶはかなり切れてるぜ?」


 「さっさと謝りなさいよ…」


 いつの前に俺の両隣にガンドーとイヴリンがいた。


 「コスト、コスト…ああッ⁉もしかして完全なコストオーバー⁉」


 「純粋な報酬が八十万、神器のコストが合計百三十万…。俺は優しいだろ>レスターちゃんよう…」


 しのぶは笑いながら俺の肩を叩く。

 しかし目は全然笑っていない。


 一応説明しておくが俺のような”勇者”の職業クラスに就いている者はB級以上だと何らかの神器と契約している。俺の場合、は鍛冶神ゴブニュと契約して光の神ルーの三神器という具合にだ。


 そして神器を使う時には何らかの対価を払わなければならない。

 それは生命力、魔力みたい等価交換が可能な物であり俺は報酬金額から引かれていた。


 「前はもう少し金を取られなかったんだがな。今は俺一人だから減額一千万ゴールドが限界だ」


 実はしのぶが僧侶の職業をしていた原因は俺の神器を召喚した時に亡くなる金銭を少しでも減らす為だった。

 しのぶはこんな顔をしているが利益が一致する限り仲間の事を考えてくれる。


 「ごめん、しのぶ。お前が”使徒”のスキルを持っていなければ一千百三十万ゴールドだったんだな」


 「以前は俺とオリビアでチャラにしていたんだがな。やはり一人では限界がある。誰とは言わないが僧侶にクラスチェンジしてくれないかな…」


 しのぶはユーリとイヴリンを見つめていた。

 実はどちらも精神と知力のパラメータが高い。


 「ねえ、しのぶ。オリビアって誰?登録名簿で見たけど、そんな名前の女性はいなかったわよ?」


 頭が切れそうな外見だが、知力はガンドーと変わらない女エリザがしのぶの肩を突っつく。


 「ですよね、先輩。オリビアって受付の女の人以外にいませんよ?」


 リンナは本拠地のフロントにいる女性を思い出していた。


 「ああ。あの感じの良い女の人ね。ひょっとして彼女がオリビアさん?」


 まあ彼女は非の打ち所がないが無いからな。むふふふっ。


 ところがしのぶはあまり浮かない顔をしている。


 どうしたんだ?いつもの絶対零度対応と毒舌は?


 「ああ。エリザが入る前に引退して管理職に回ってもらったんだ…」


 しのぶの言葉はどうにも要領を得ない。


 「おい、しのぶ。今回の冒険の打ち上げはどこでやるんだよ⁉俺は回転寿司の後で銭湯がいいぜ!」


 ガンドーはこの面倒なご時世にお気楽な要求を突きつけてきた。


 でも回転寿司かー、…いやラーメン屋も捨てがたいな。


 「…そんな男子学生やサラリーマンしか楽しめない場所で打ち上げはやらない。今回はリンナの歓迎会も兼ねてケーキビュッフェに行く」


 わああああああーー‼


 しのぶが宣言した後、女性たちから歓声が上がる。

 エリザとユーリはともかくイヴリンはもうケーキって年齢でもないだろ?


 「うおおおお!ケーキッ!ケーキッ!ケーキッ!食って食って食いまくるぜえええええっ!」


 ガンドー、お前普段は何を食べてるんだよ。恐いから聞かないけど。


 「今回は俺の落ち度で報酬を逃したようなもんだから参加費は全て俺が払う」


 「いよっ!太っ腹っ!流石はしのぶだニャー!」


 ユーリがしのぶの腹を叩いて大はしゃぎしていた。

 しのぶは…笑っているが目の奥ではユーリの評価を一段階下げているところだろう。


 「おい、レスター。久しぶりの打ち上げだぜ。オリビアは誘わなくていいのかよ?」


 俺がユーリを止めに行こうかと考えているとガンドーが話かけてきた。


 うーん、オリビアか…。

 来てくれたら嬉しいけど忙しいから多分、断られるんだろうな。


 「難しいだろうね。彼女、最近は新人の指導なんかもやってるって言ってたし」


 「ンなモンはよ”俺のペ〇スが欲しけりゃ黙ってついて来い、メスブタ”って言えばいいだけだと?」


 「はっはっは!そりゃいいっ!倒してから電子ジャーに封印されたいか、ガンドー?」


 ズガンッ!ガシャアアアアアアンッ!


 耳をつんざくような轟音の直後、ガンドーは前方に向かって吹き飛び窓を突き破って地面に落下した。


 HPが高いから死なないと思うけど。


 俺が振り返るとエリザが特注の大弓をケースに収納していた。


 「下品」


 エリザは感情の無い声で呟く。

 そうか、こういう怒り方をするタイプなのか。念の為にメモをとっておこう。


 「ところでレスターさん。オリビアさんの話ですが、良かったら私たちから言っておきましょうか?」


 リンナはキラキラと目を輝かせながら俺に話しかける。


 「うーん…。お気遣いは有難いんだけどさ、家に帰ったら話す事になるからいいよ」


 「へ?」


 リンナは何か知らないけど驚いている。俺、変な事を言ったかな?


 「あの、それはどういう…」


 「オリビアは俺の奥さんだからね。家が一緒なのは当然でしょ?」


 「この童顔結婚詐欺師ぃぃ‼…びええええええええええんッ‼」

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