雪だるま、お菓子
前に一度食べたことがある。
雪のようにふわっふわで真っ白な雪だるまの形をした甘い甘いお菓子。
その名前も、どうしてそれを食べたのかも、どこでそれを食べたのかも忘れてしまったけれど、あの味だけは覚えているし、未だにその時の光景を想い浮かべることができる。
そう、例えばこんな感じに。
真っ白なお皿の上にちょこんとのった、真っ白な雪だるま。
フォークを入れると、さっくりとした感触と共にほろほろと解けて、お皿に溢れ落ちる。
ふわふわな綿あめみたいに軽いそれを慎重に口に運ぶ。
口に入れた途端に広がる濃厚な味。
甘すぎず苦すぎない、ちょうど良い味。
するりと舌の上で溶けた後には、ほんのちょっぴり寂しさが残る。
まるで独りだけ世界から置いていかれたようなあの寂しさ。
涙が出るくらい哀しかったから、美味しさを求めてもう一口頬張った。
「美味しいかい?」
思い出した。
声を聞いた気がする。
低いアルトの声。
前から手が伸びてきた。
「それはみんなの哀しみの味さ」
「楽しくて楽しくてしょうがないけれど、どこか哀しい」
「そんな味」
不意にすとん、と腑に落ちた。
ああ、これが。
誰かが笑う気配がする。
「思い出したかい」
寂しいのがいやで、またそのお菓子を一口頬張る。
思い出したくない。
いつの間にか、周りは一面白だった。
なんにもない空間で目の前の机とその上のお皿だけが異様に目立つ。
そういえばここはどこだろう。
なぜここにいるんだろう。
「キミはすぐにここに迷い込んでくるね。まるでアリスみたいだ」
机の向こう側に座っている、へんてこな帽子を被った人がお茶を飲みながら言う。
口の中の雪だるまがするりとなくなって、また寂しくなる。
また一口。
幸せに浸る。
「可哀想に。向こうはそんなにつまらないのかい」
つまらない。
私は何につまらないと思っているのか?
考えても考えても何もでてこない。
「退屈なキミ。そんなキミにはこれをあげよう」
指がぱちんと鳴らされる。
机の上にティーセットが現れた。
まるで魔法みたいに。
「さぁ、楽しい楽しいパーティーの始まりだよ」
「寂しいのがいやな子はおいでなさい」
「退屈なのがいやな子はいらっしゃい」
「“ここ”はいつでも、キミの味方さ」
ことん、と置かれたティーカップに手を伸ばす。
雪だるまが私を見て、にっこりと笑った。
私も笑い返す。
「よってらっしゃい、みてらっしゃい」
「おかしなおかしな楽しいお茶会の始まりさ」