最期の戦い
戦争が起こった。
大きな、大きな戦争だ。
俺はただの一兵卒だから、「大きな戦争なんだな」としか思っちゃいなかった。
だけどな、俺はわかっちまったんだ。これが「ほぼ確定の負け戦」なんだって。
戦場に建てられた簡易テントの中で考える。
周りの奴らは上の兵士たちの「我軍は優勢だ」という報告を無邪気にも信じちゃいるが、絶対にそんなことはない。
もしかしたら、無邪気に信じている奴らはそれに気づかないふりをしているだけなのかもしれないが……とにかく、この戦争は負け戦だ。
理由はいくつかある。
日に日に、俺たちの食料が減っていってる。
普段、この国は戦争を行う際、王室の食料庫から『戦争が終わるまでに十分兵士が腹を満たせる量』を取り出し用意する。
そして殆どの場合、食料が尽きるかつきないかのところで戦争は終幕を迎え、勝利を収めてきた。
しかしどうだ、今出されている飯は。どう考えたって腹は満たされない。
みんな満たされていないにもかかわらず、誰一人不満を漏らさずここまでやれているのは、素直にすごいと思うが、これから先どうなるかわからない。
万が一、より量が減ると兵士たちが牙をむくことを考えていないのか。
兵士たちの疲弊が著しいのも気になる。
ここしばらくまともに休んだ記憶がない。戦場に出ずとも、いつ攻め込んで来られるかわからないことから、夜だって交代制で寝たり起きたりを繰り返していた。
こんなんじゃ、いざ攻め込むときの体力が持たない。せめて飯が十分にあったら良かったのだが、十分どころか減る一方だ。
そして、身近に武器を置いていないことも気になる。
昨日まで武器は各自携帯が義務付けられていたのに、今日の朝取り上げられた。
ここのところ、いつもとは違うことばかりだ。国は頭がおかしくなっちまったっていうのか。
これで兵士たちが反乱を起こしても、文句は言えんぞ。
もしくは、それすらも折込済みか――。
「おい、聞いたか!俺たち勝ったんだってよ!」
「……――なに?」
俺の思考を遮り、俺の相棒とも呼べる兵士が肩を組んで話しかけてきた。
気づくと周囲は歓声で賑わっている。
「本当か?」
「ああ、兵士長から『我々は勝利を収めた!しばらくしたら迎えが来るからこの場にて待て!』って宣言があったんだ……って、どうした、そんな青い顔をして」
「ああ、いや……――」
勝った?本当に?では「我軍は優勢」というのは事実だったのか?
わからない、わからない、わからない。
俺は思考の海へ落ちていく。
もしや、ただ『予想以上に時間がかかった』だけで、『負けていた』わけでないとしたら、それほど嬉しいことはない。
だが、なにか引っかかる。
何が引っかかる?
そうだ、兵士長の宣言だ。
迎えが来る?そんな高待遇、今まであったか?
今までは、戦争が終わった後、勝利宣言の後、歩いて帰るよう通達されてきた。
しかし今回は「迎えが来る」という高待遇……なんなんだ。嫌な感覚が俺の体を駆け回る。
それに、勝った?そうだそこが一番おかしい。
だって、俺達は、3日近く、外へ出ていない。
外のようなど、知りようもない。
――ああ、ああ。
俺たちはとんでもない勘違いをしているんじゃないか。
なにか、なにかもっと早く考えろ、思考しろ。
飯が少なかった。休憩が少なかった。武器が取り上げられた。
にもかかわらず騎士長は「勝利宣言」をした。
「迎えが来る」という高待遇。
ヒントは、あるはずなんだ。答えは、もう見えるはずなんだ。
早く結論を出さなければ――。
「――おい!逃げろって!」
バシンッ!と頬を相棒に叩かれ俺は思考の海から脱する。
結論は出ていない。だが、必死の形相をする相棒に俺はすぐに答えを得た。
「わ、悪い……裏切られた、のか。俺たちは」
思考の末、たどり着いたたった一つの結論は、それだった。
思いたくなかった。今まで忠義を尽くしてきた俺たちを裏切るなんてそんな真似しないと思いたかった。だが、現実は残酷だった。
「ああッ!そうだよ!俺たちは――裏切られた!」
相棒は続けて捲し立てる。
「敵兵が攻めてきてんだよ!兵士長のやつ、嘘を付きやがった!」
「逃げる?迎撃ではなく?」
違和感を俺は覚える。いつもなら敵兵が攻めてきた時は皆武器を取り撃退してきた。今回集められている兵士たちはその経験があったは、ず……ああ。そういうことか……。
「ああ、そうだ、普段なら迎撃してる。けど、いま、俺たちは武器がねんだよ!」
「……」
ああ、信じたくない。
俺たちは囮にされたんだ。今この戦場にいるのは、俺たち兵士だけじゃなく、国王や兵士長、その他国家の重鎮たちだ。そいつらが死んでしまっては完全敗北も同義だ。だからこそ囮にされたんだ。
飯が少なくなったのは、たしかに負けが確定したからだ。
休みが取れなかったのは、俺たちを疲弊させ、、逃げられないよう体力を削ぎ、囮として働かせるためだ。
武器が取り上げられたのは、次の兵士たちに使わせるか、あるいは金属を別のものに加工するためだ。
兵士長の発言は、俺たちを確実にここに残らせるための嘘だ。
「迎え」があの『あの世』への迎えとは、おもしれえ洒落だな、クソ。
「ふざけるな!」「俺たちを騙したな!」「俺達の忠誠を裏切ったっていうのかよ!」
周囲は阿鼻叫喚に包まれ、まさに地獄と形容していい状態だ。
俺は後ろの出口から出ていく兵士達をかき分け、敵陣を見据える。
「俺は残る。これでは、どうせ逃げ切れん」
外へ目を向けると、数多くの騎馬兵が眼前へと迫っているのが見える。
逃げたところで馬の足の速さにはどうやったって勝てん。
だったらせめて、あがいてやろう。みっともなく。
「お前は逃げていいぞ、相棒」
「……ああっ、クソッ!お前なんかと相棒にならなきゃよかった!とっとと死んどきゃよかった!そうすりゃこんな絶望的な戦いをしなきゃならねえことにはならなかったろうな!」
頭を大きくかきむしり、相棒はそう大きく愚痴を叫んだ。
「ああ、まったくだ。俺もそう思う」
俺は迫りくる騎馬兵達に対して悠然と腕を組んだ。
――早く死んどきゃ、こんな想いはしなかったってのに。