五話 オリバー 幼少期~2
侯爵家に住むようになって半年ほどたった頃、僕の部屋には沢山のぬいぐるみが置かれていた。ビィを大切にしている僕を見て、姉様が自分のぬいぐるみを次から次とくれたからだ。
今も物置部屋で、探してくれている。
「確かこの辺に入れてたはずなんだけど……」
側でその様子を見ていた僕は、部屋の隅に置かれている、ある物を見つけた。
(わぁ、綺麗………)
それは衣服を架けて収納する為の物で、埃がかからないよう布が掛けられていたが、下の部分からいくつものドレスの裾がその美しさを覗かせていた。
引き寄せられるように近づき、掛けられている布をそっとめくる。
息が止まるかと思った。
そこにはピンクや赤、水色などの色とりどりの布に、可愛らしくも上品に装飾されたレースやリボン、おまけに造花まであしらわれたドレス達が並んでいた。それらはその絶対的な美しさで、あっという間に僕を魅了した。
そのうちの一枚に手を触れる。柔らかな生地のそれは、淡いピンクのドレスで、白のレースとリボン、そして少し濃いピンクの造花で飾られていた。
言葉もないままドレスに見とれる僕は、姉様の眼にどんな風に映っていたんだろう?
「…着てみる?」
その言葉に驚き顔を上げると、少し困ったような顔でこちらを見ている姉様と目が合った。
「……いいの?」
「…ただし、お部屋の中でだけよ、いい?」
言葉も出ない僕は、自分でも音がするのではと思うほどの勢いで肯いた。
「可愛い…」 「天使…」 「…妖精…」
姉様の部屋で僕にドレスを着せてくれた侍女達と姉様が、口々に褒めてくれる。
僕は綺麗なドレスを身に着けている自分にドキドキしながら、鏡の前に立った。
そこには淡いピンクのドレスを着て、同じ色のリボンを髪に結んだ子が、はにかむように、でも、とても嬉しそうに笑っていて…その姿を見て、僕はこれまでなんとなく感じていた違和感が、ストンと落ちて消え、ようやく本当の自分になれた気がした。喜びと高揚感が全身に満ちる。
「これ、母様にも見せてくる!」
部屋を飛び出し走り出す。自然に笑いがこみあげてくる。姉様が何か言ってるみたいだけど、早く母様に<僕>を見せたかったから、くすくすと笑いながら、そのまま走った。
***
「オリバー、お部屋の中だけだって…言ったのに…」
3歳年下の異母弟は有難いことに、屋敷に来た当初から私を慕ってくれた。わたくしはそんな弟を何とか喜ばしたくて、ぬいぐるみをせっせと渡していた。オリバーはその度に嬉しそうにお礼を言ってくれていたが、先ほどのような輝くばかりの笑顔を見たのは初めてだった。
(あんな顔を見てしまったら、<今回だけ>なんて言えないわ……これからもきっとオリバーはあのような格好をしたがるだろうし。それこそ禁じれば、隠れてでも。ならばいっそ、家族でルールを決めてしまった方が良いのかもしれない……)
わたくしはお父様に相談するために、その旨を侍女に伝えた。これですぐにお父様の都合は判るだろう。だけど、いったいどう伝えたら良いのかしら……