二話 アニータ 幼少期~婚約2
剣ダコを隠すように両手を握る。どうせ断られるのなら、この場で直に断られた方がショックが少ない気がして、俯きながらも彼に断ってもいい旨を伝える事にした。
「あの、オリバー様、えっと、このお話は、必ず受けなければならないわけではなくて、だから、その、お断りになられても良いんですよ。…私は大丈夫なので…」
「僕はあなたの気に障ることを、何かしましたか?」
「いえ、…えっと、わ、私、今は白粉で隠しているけど、そばかすがあって…手にも剣ダコが…あと、ちっともお淑やかじゃないし、髪も目も地味で……オリバー様は、その、とてもお綺麗ですから……私なんかは釣り合わないというか、隣に並ぶのは烏滸がましいというか……」
自分で言っていながら、なんだか悲しくなってきた。昔はこのそばかすも剣ダコも、ポニーに乗れることだって、決して卑下するものなんかでは無かったのだ。なのに今は……
その時、視界に白くて華奢な手が現れ、私の両手を包み込んだ。
思わず顔を上げると、オリバー様は私の手を握り、覗き込むようにこちらを見てる。
「僕にも、人に話すのをためらうことが幾つか有ります。それを話せば、あなたは僕を嫌いに、そして軽蔑するようになるかもしれない……」
何かを逡巡するように言われる。
「だから、そんなに急いで結論を出さないで。僕はアニータ嬢、あなたの話を聞きたいし、そして、僕の話を聞いて欲しいと思ってる」
オリバー様にそう言われて、思わず涙が出てきた。もうしばらくは、彼の側にいても良いんだと理解したから。そして、この妖精のようなオリバー様相手に、私は完全に恋に落ちたのだと気づいたからだった……
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子爵家の跡取り令嬢との婚約話があると聞かされたのは、夕食後、家族でくつろいでいる時だった。その話を聞いた姉様は少し面白がるような顔をされた。
「いいお話だと思うわ。何度かお見かけしたことがあるけれど、アニータ嬢はとても元気で可愛らしいお方のようだし、オリバーには合っていると思うもの」
「そうなの?」
「ええ。ご本人は、ちょっとばかり容姿のことを気にされているようだけれど、オリバーなら大丈夫よ、きっと」
何が大丈夫なのかは判らなかったが、姉様にそう言われたので、顔合わせの日が少し楽しみになった。そして当日。
父様と一緒に子爵家に出向いた僕は、かつて、僕が飾りすぎて母に笑われてしまった時の<ビィ>のような女の子を前にしていた。栗色の髪を結い上げて生花とリボンで飾りたて、大きなリボンがいくつも付いたドレスを着た、くりくりとした茶色の目をしたその子は、僕の顔を見た途端、真っ赤なになった。
(なんか、可愛い……)
でも、その後、急に真っ青になって両手を握りしめたため、もしかして何か気に障ることをしてしまったのかと慌てたけれど、実はそうではなくて……
(あぁ、これ、姉様が言ってた……)
俯いて、しどろもどろに話す彼女の言葉を聞いているうちに、僕は、彼女と僕はよく似ていると感じていた。世間がこうあるべきと決めて押し付けてくる姿と、自分が望み、心地いいと感じる姿の差に息が詰まる思いをしているのだと。
だから僕は彼女の手を取り、僕にも人に話すのをためらう秘密があることを告げる。
(できれば彼女が僕の話を聞いても、僕のことを嫌いになったりしなければ嬉しいなぁ)
目の前でぽろぽろと涙を流す彼女を見ながら思った。