一話 アニータ 幼少期~婚約1
ここから二年ほど過去に遡ります。
小さな頃からおてんばで、お人形よりも剣が好きだった。元騎士だったお父様に、素質があると褒められたのが嬉しくて、毎日木剣を振り回していた。
お父様の馬の前に乗せてもらうのも大好きで、5歳の誕生日には馬が欲しいとお願いした。もらえたのはポニーだったけど、嬉しくてビビと名付けて可愛がり、ズボンをはいて木剣を腰に差し、1日中その背に乗って走り回っていた。
日に焼けてそばかすのある顔も、あの頃は気にならなかったし、自分はビダール子爵家の一人娘で、将来は婿を取って家を継ぐことは判っていたけれど、遠い未来の話だと思っていた。
でも、もうすぐ7歳という頃、近くの男爵家の令嬢の誕生日パーティーに招待されたとき、自分は他の令嬢とは違うことに気が付いた。いや、気付かされた。
誰もそばかすなんてなかった。日に焼けてもいないし、剣ダコなんてものもない。馬なんて触ったこともないような顔をして、整えられた庭園でお上品にお茶を飲む令嬢達がそこにいた。
その中に入った私は、ただひたすら居心地悪く、息苦しかった。だから、唯一の知り合いであり、女の子ばかりの集まりに困っていた主役の兄と2人、会場の隅のテーブルで黙々とお菓子を食べて続けた。
そのことがきっかけで、少しは変わろうとしたのだが、やはり持って生まれたものはどうしようもないのではないかと、12歳になった最近、思うようになってきた。
一応基本的な礼儀作法は、家庭教師に叩き込まれたおかげでなんとかできるようには為ったが、立ち居振る舞いは一向に優雅にならないし、ダンスときたら、何故かスカート部分が足に絡まり、転びそうになる。
これでは婿の来手も無いかもしれないなぁ……などと考えていたが、ある日お父様から、婚約者候補との顔合わせが10日後にあると聞かされ驚いた。
お相手は、庶子とはいえオーシーノ侯爵家の御子息で、年は同じ12歳。どんな子だろう?気に入るだろうか?いや、それよりも、私が気に入ってもらえるだろうか?などと、うだうだ考え、ドキドキしながら当日を迎えた。
その日はお母様が侍女達と共に、朝から気合を入れて私を飾り立ててくれた。自分でも、ちょっと滑稽だと思うほど盛られ、塗られ、飾られた私は、応接室に背の高い男性と一緒に入ってきた少年を見て、口を開けたまま固まってしまった。
これほど綺麗な子を見たことがなかった。ふわふわとした金髪に、鮮やかな緑色の瞳、透き通るほど白い肌に、ほんのりと色づく頬とサクランボウのような唇。どう考えても自分と同じ人間とは思えず、この世界に妖精が紛れ込んだと思った。
「初めまして、アニータ嬢。オリバーと申します」
(おぉ!妖精がしゃべった!しかも、声も可愛い!!微笑んだ顔はもっと可愛い!!)
どうやら私は、口を開けて真っ赤になったまま固まっていたようで、そっと横に来たお母様が、私の顎を押し上げてくれた。しまった、こちらも挨拶を返さないと!
「こ、こちらこそ、は、初めまして、オリバー様。ビダール家のアニータと申します」
家庭教師が見たら、鞭でも持って追いかけてきそうな出来だが、何とか挨拶を終えた私は、カクカクとしか動かない関節をどうにか動かし、オリバー様をテラスに用意されたティーテーブルまで案内する。今日はここで二人で話をすることになっていて、親たちは少し離れた所で見守るらしい。
(あぁ、座っても可愛い……お母様自慢の庭の薔薇も、今はただ彼を引き立てるために咲いているとしか思えない……)
ぼんやりとオリバー様を眺めていた私だが、ふと自分の手が目に入り現実に引き戻された。
今だに剣ダコの消えない手。
体の温度が一気に下がる。
こんな手を、そして、いまだにそばかすの残っている顔を持つ女を、これほど綺麗なオリバー様が気に入るとは思えなかった……