プロローグ
「婚約破棄~」から五か月ほど前になります。
「えっ、……殿下?」
オリバーのその言葉に、血の気が引いた。殿下、てことはヴァイオラ様の婚約者?どうしよう!一番会ってはいけない人に鉢合わせた!!
「…君は?」
「あっ、えっと、私は…」
「あー、私はビダール子爵家のアニータです!では、殿下、御前失礼いたします!」
急いでオリバーの腕をつかみ、その場から逃げる。走るわけにはいかないけれど、可能な限りの速さで足を動かす。
できるだけ早く、あれから逃げないと!!
だって、今のオリバーはドレス姿だぁ!!
***
「はぁぁ、心臓がバクバクいってる。……死ぬかもしれない……」
「僕も。こんなに慌てたのは初めてかも……」
とりあえずオリバーの自室へと逃げ込んだ私達は、息も絶え絶えになっていた。閉じたドアを背に、二人してしゃがみこむ。
「……オリバーってばれたかな?」
「……わかんない」
「だって、アンドルー殿下とは何度も会ってるんでしょ?」
「うん。4年前に、姉様と殿下の婚約の顔合わせに出席した時と、その後何度か屋敷を訪ねてきた時に。ここ2年ほどは僕が避けてるから会ってないけど」
「それ、男の恰好で?」
「そう、男の恰好で」
おぉ、それならまだ希望はあるかも!
「……だったら、いっそ別人のふりは?」
「…僕、今日お化粧してないし、髪も結ってない」
「……………じゃぁ、ばれたね……」
「……そうだね…」
「「はぁぁ………」」
2年前に婚約したオーシーノ侯爵子息のオリバーは、さらふわ長めな金髪に綺麗な緑の瞳で、すごくカッコいい。ただし、世間には隠している趣味がある。
それが今の状況。いわゆる女装趣味だ。もちろん彼の家族も私の家族も理解を示してくれてるし、私はそんな趣味も含めて彼のことが大好きなので、何の問題もない。
今日、私とオリバーは馴染みの仕立屋に行き、出来上がったばかりの揃いのドレスを、そのまま着て侯爵邸に帰ってきた。馬車の中でお互いの姿を誉め、可愛いを連発しあって、それはもう浮かれていた。
侯爵邸に着いてもそれは続いていて、手を繋いで、お茶をするためにいつもの東屋に向かう途中で、エチケットルームから出て来た殿下に遭遇し、今に至るわけだ。
「…ねぇ、オリバー。殿下、何か言って来ると思う?」
「例えば?」
「『女装趣味の弟のいるような女とは、結婚出来ん!婚約破棄だー!』とか?」
「どうだろう?でも、僕としたら婚約が解消できたほうが良いけど」
「そうなの?」
どうやらオリバーは彼の姉、ヴァイオラ様の婚約者であるアンドルー第二王子のことが、あまり好きではないらしい。
「とにかく偉そうなんだよね。王族だから確かに偉いんだろうけどさ。うちの侯爵家は姉様が継いで、殿下はそこに婿に入るんだけど、それが判って無い感じ?」
我が国では、王位も爵位も男女関係なく長子が継ぎ、庶子には相続する権利がない。今の国王陛下には、正妃様がお産みになった第一王子と第一、第二王女の三人、そして側妃様がお産みになった第二王子がいる。
すでに第一王子が立太子して王太子となっており、二人の王女もそれぞれ自国の公爵家と、隣国の王弟殿下のもとへ輿入れすることが決まっている。なので、側妃様としたら第二王子を公爵として臣籍降下させたかったらしいが、与える領地が無いとして認められず、それどころか神殿に入ることを仄めかされたらしい。
それをなんとか回避するために、侯爵家への婿入りをごり押ししてきたそうだ。ヴァイオラ様は13歳で、アンドルー様は14歳の時だという。
「なのに、≪王族がわざわざ侯爵家を継いでやるんだから、有り難く思え≫みたいな態度でさ」
あーーー、確かにそれは気分悪いわ。
次からはしばらく過去の話になります。
過去に興味の無い方は、九話まで飛ばしてお読み下さい。
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