23 この手紙を渡したら、もう私たちは、二度と会うことができないかもしれない。(猫崎桃)
私が出発する日、まだ魚住くんは眠ったままだった。
このままお別れするのは辛いけれど、しょうがない。時間切れだ。
「本当にいいんですか、茜音と会わないままで」
ボンネットバスの外まで、見送りに来てくれた青都さんが、私をじっと見つめてきた。その優しい瞳は、少し寂しそうに見えた。
「茜音はきっと、君がいなくなったら、悲しむと思うよ」
「ごめんなさい。もう行かなきゃ。この手紙を、お願いします」
差し出した手紙を、青都さんに渡そうとした。
けれど、その指を離すことができなかった。この手紙を渡したら、もう私たちは、二度と会うことができないかもしれない。
でもこの手紙を書くときに、私は決意したのだ。
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、なんとか青都さんに、手紙を渡した瞬間、ずっと我慢していた涙が、どんどん溢れて、止まらなくなった。
「まいったな。女の子の涙には、世界一を誇るぐらいに弱いんですけどね」
青都さんは困ったような顔をして、ハンカチを差し出してきた。
涙をぬぐっていたら、急に突風が吹き荒れて、ボンネットバスの仕切りが空いた。
我先にと抜け出してきた猫たちが、何匹も近づいてきた。まるで泣いている私を慰めるみたいに、足元にすり寄って、甘えるみたいな鳴き声を出す。
いつもなら魚住くんに群がっている猫たちが、今日だけは出血大サービスをしてくれているのかもしれない。
最後になるかもしれない『猫じゅうたん』を、私はたっぷり撫でて、メーターを貯める。
「君たちとも、さよならだね。わざわざお見送り、ありがとうね」
ようやく涙が止まると、ハンカチを青都さんに返した。
「じゃあ、もう電車の時間もあるので」
「駅まで送ろうか」
「大丈夫です。今日はまだ明るいし」
青都さんは、照りつける太陽をちらりと見てから、小さく笑う。
「じゃあ、気をつけて。またいつでも、いらっしゃい」
その言葉に、私は曖昧な笑顔を返して、駅への山道を歩き出した。
ここに来ることは、もうないかもしれないけれど、二人の幸せをずっと祈っています。
ありがとう、魚住くん、青都さん。さようなら。




