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009 うん。待ってる

009



朝食を食べ終わると母さんが話しかけてきた。


「ハルト、今日はどうするの?」


「少女楽団が演奏できる場所を探そうと思う。公園に行ってからクレモンテに行ってみようかな」


「じゃお弁当作るから持っていきなさい」


 おお。お弁当なんて何年ぶりだ? 小学校以来か?


「ありがとう、持っていくよ」


 いったん自室に戻り、町の地図を広げた。


「路上ライブは楽団じゃ難しい、やっぱり公園がベストか」


 移動は馬車か、それとも楽器編成を変えて軽くするか。


「どちらにしても現地を見てみよう。ライブが可能そうなら交渉だ」


 僕はバックを担いで家を出た。母さんのお手製弁当と水筒でちょっと重い。


 平日の街は人通りも多い。僕は自然公園に向かう。

 今は無職だけど夢がある。やりたいことが出来た。ギルドを出た時の不安はない。


 公園の入り口をくぐるとフルートの音が聞こえた。

 音がする方へ足を向ける。


「ハルト!」


 聴きなれた声に振り向くとアンジェリカがいた。


「おはよう、どうしたの。今日もクレモンテで歌うんでしょ」


「練習に来たの。宿屋の中でも良いけど空の下で歌いたかったから。ハルトは?」


「少女楽団が演奏できる場所を探しに来たんだ。第一候補として公園を視察してるところ」


「路上演奏してる人、休日は多いわよね」


「歌う人はいないの?」


「多いわよ。オペラ歌手のタマゴとかよく見るわ」


「ふーん。みんな考えることは同じか」


「わたしがこの公園で練習してるところあるの、コッチ」


 アンジェリカは僕の手をグイグイ引っ張っていく。


「路上ミュージシャンの人と被ると迷惑だから、わたしはちょっと離れたところで歌うの」


 連れていかれたのはバラ園を抜けた先にある小さな広場だった。

 遊具とベンチががいくつか置いてあるが、人影は無い。


「……こんな寂れたところで歌ってるの?」


「邪魔にならないし、ベンチあるから休めるし、空は抜けてるから気持ちいいよ」


「そんなもんか。公園は練習だけ?」


「人前で歌いたくなったら噴水広場に行ったり、フリーで使えるステージで歌ったり。普段は劇団の人がつかってるからあまり使ったこと無いけど」


「へー。昔から何度も来てるのに全然知らなかった」


 ベンチに腰かけて荷物を置くと、アンジェリカが隣に座った。

 僕のことをじっと見てる。


「なに? 歌うんじゃないの?」


「聞きたい?」


「もちろん。アンジェリカの歌は好きだよ」


「歌だけ?」


「昨日のダンスも好きだよ」


「ふむ。ま、良いでしょう」


 アンジェリカは立ち上がってお尻を軽く払うと僕に向き直った。


「ウォーミングアップに一曲歌いましょう。何が良い?」


「そうだな晴れた公園で聴くんだから明るい曲が良いね。『Park on a sunny day』なんてどうだい」


「懐かしいリクエストね。いいわ」


「A boy and a girl meet on a sunny day」


 ゆったりした曲だ。公園で日向ぼっこしながら聴くには最高の曲だ。

 彼女の伸びやかな歌声との相性もいい。

 だけど素人感は抜けきれないとも思う。

 カルラさんに相談してみるか。


 歌い終わったアンジェリカが、自分のカバンから水筒を出して一口飲んだ。


「次はどうするの? 僕は公園をぶらついて路上ライブが出来るところを探すよ。」


「わたしいくつか知ってるから案内しよっか」


「練習はいいの? 発声練習とか」


「歩きながらしましょ。誰かに聞いてもらった方が気が楽だし」


「わかった。じゃ行こうか」


 アンジェリカは「あ・え・い・う・え・お・あ・お」と声に出したり、早口言葉を僕に聞かせたりしながら公園内を歩いた。

 時折園内の整理をしている職員がこっちを見たけど、アンジェリカはお構いなしに歌った。

 自然公園は大きくは無かったけど、知らないスポットがたくさんある。

 さっきの広場みたいなところは、演奏してる人がポツポツ居たけど、お客さんは居なかった。

 噴水広場は中央の噴水を囲むように大道芸人が演じている。何組かの路上ミュージシャンもいた。

 アカペラや弾き語り、楽器演奏いろいろな人がいたし立ち見客もいる。


「やっぱり噴水周りが一番多いね。お客さんも多い」


「人が集まりやすいしベンチも多いしね。ベテランはスケジュールを合わせて、ブッキングしないようにしてるみたい」


「少女楽団のような人たちは居ないね」


「イベントがあれば何組か見るけど、公園の管理者が企画してるみたいよ」


 噴水広場の端っこで僕らは昼食をとることにした。

 お弁当の中はオーソドックスにサンドイッチだった。


「思ったより量が多いな。アンジェリカも食べなよ」


「食べさせてよ。あ~ん」


「君はいつからそんな甘えたになったんだ。ホラ」


「あむ。おいひぃ」


 僕らはだらりとベンチに座りサンドイッチを頰張(ほおば)った。


 一息ついた頃アンジェリカに聞いてみる。


「アンジェリカは歌の先生についてるの?」


「小さい頃は先生がいたけど、今は独学。なんで?」


「うん。やっぱりいくら上手くてもアマチュアのままじゃ限界あるかなって」


「そうよね……。リオネッサを見てちょっと焦ってるんだよね。このままで良いのかなって」


 気にはしてたんだな。

 リオネッサも少女楽団もアマチュアとしてはトップレベルだと思う。

 だけどミュージーズと並ぶとやはり見劣りする。


 彼女たちを成長させながら歌姫ギルドを運営する。

 思いついたときは良いアイデアだと思ったけど、結構難問だ。


「歌姫って分からないんだけど、どうやってなるの? 誰かに弟子入りするの?」


「オペラ歌手を目指すならそういう人もいるでしょうけど、あまり聞いたことは無いわね。音楽学校から楽団に入ったりすることもあるけど、ほとんどは町のコンテストに出たり、酒場やバーで実力をつけたり。もちろん路上から有名になった人もたくさんいるわ」


「音楽学校か。なるほど」


「わたしと一緒に入学する?」


「アンジェリカと一緒に入学したら、自分の才能の無さに絶望して死んじゃうよ」


「死んじゃ駄目よ」


「冗談だよ。これから僕は公園の管理事務所に顔を出して色々聞いてみるけど。アンジェリカはどうする? もっと練習する?」


「うん。もうすこし歌ってからクレモンテに帰るわ」


「そっか。管理事務所、どっちか知ってる?」


「こっち」


 練習広場に案内したときと同じで、彼女は僕の手を引っ張った。

 だけど今度はゆっくりと管理事務所まであるいた。


「しばらく同じところで練習してるから」


「練習熱心だな。用事が済んだら迎えに行く」


「うん。待ってる」


 管理事務所に案内してもらってから、僕とアンジェリカは一度分かれた。


 管理人の話ではステージは予約していれば優先的に使えるそうだ。搬入口も裏手にあるそうで、馬車の横づけが出来るらしい。


 園内の演奏に関しては特に規定はない。お互いが邪魔しないように離れてくれという事だけだった。


「半端な時間になっちゃったな。リオネッサのところにも行きたかったけど、アンジェリカを迎えに行ってクレモンテに向かおう」


 バラ園の小広場に向かった。

 アンジェリカはベンチに腰かけて眠っていた。

 歌っているときより幼く見える。

 昨日のステージではドレスアップしていたから余計にそう思う。

 起こすのも悪いがクレモンテで歌うならまた事前打ち合わせもあるだろう。


「アンジェリカ起きてくれ。出番に間に合わなくなる」


 数回肩をゆすると彼女は目を開けた。


「あ。ハルト。来てくれたのね」


 背伸びをして眠気を追い出した。


「眠り姫を目覚めさせるのはキスじゃないかしら?」


「それは王子様の役目。僕は王子様じゃないよ、お姫様」


「ぶ~。面白くない」


 膨れる彼女に僕は肩をすくめて見せた。


「さて、そろそろ向かわないと遅刻しちゃうわ」


 いい時間に来れたらしい。彼女は荷物を手に持って、反対側の手を僕に差し出した。


「はい」


「はい?」


「立てない。引っ張って!」


「あ~はいはい。今日はわがままだね」


「そういう気分なのよ」


 手をつないで一緒に公園の出口に向かいながら、大道芸や演奏を流し見する。


 見ているとミサンガやアクセサリーなどグッズ販売をしている人もいた。

 あまり近寄ると売りつけられそうなので遠めに見ていたけど、なかなか面白そうだ。


「物販もして良いのか?」


「大げさじゃ無けりゃね。あんまり多いと場所代を取られるらしいわよ」


「ふ~ん」


 物販か、なんか面白そうだな。


「ね、明日も来る?」


「あー。特に予定は無いけど。どうして?」


「同じ時間に練習してるから来てよ」


「午前中なら付き合うよ」


「やった」


 公園の出口に着くころには日が傾いていた。

 僕らはクレモンテに向かって歩き出した。






ご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

 誤字、脱字など、ご指摘ご指南いただけましたらなるべく早く対応します。

 ご感想やこうしたほうが良いんじゃない? などありましたら、ぜひご意見お聞かせいただきたく思います。


 よろしくお願いいたします。

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