008 俺には絵物語の悪役令嬢にしか見えん。
008
『ジンの視点』~ギルド白璃狐にて~
バネッサ・オルターが先代に変わりギルドを仕切るようになって、いままでで最悪の事態だ。
カシュパルの後に座ってすっかり舞い上がってるが、俺には絵物語の悪役令嬢にしか見えん。
「坊やを追放だ!? バカかお前!? どんだけ坊やが重要で貴重な人材か理解してねーのか?!」
「しかしジン様、ハルトのスキルは『音を消す』だけです。使い道はありません。」
「そのスキルがどれだけ白璃狐に恩恵をもたらしたか知ってるのか?!」
「むろん初心者冒険者には有益です。慣れないクエストで音を立てず行動することは冒険者の帰還率を高めます。ですが我がギルドはもはや初心者ばかりの弱小ギルドではありません。これからは中級、上級冒険者に高報酬のクエストを受けてもらうことでさらなる発展を目指します」
「何やってんだ、仕事回せよスカタン! 高難度クエストにも同行させろ。坊やは初心者だけに有益なんじゃねぇ、全レベルの冒険者に有益なんだよ!」
坊やは初心者と高難度クエストに相性がいい。特に隠密作戦は最高の相棒だ。
バネッサもギルドの連中も、まったく坊やの実力を理解していない。
「ヌケサクな事言ってんじゃねーぞ。なんでありえねーほど高速で白璃狐に中級上級が増えたか分かってんのか? 坊やが守ってくれたからだろ! ビギナー育てなくてどうやってギルメン維持すんだタコ!」
じゃなきゃ何百人死んでたか分からん。俺だって危ういことが何度もあった。
「冒険者なんて長くやれるもんじゃねー。絶えず新人を育てねーでギルドなんか維持できねーんだよ!」
冒険者の引退は早い。だいたいの奴がそこそこ稼いで結婚して転職だ。
そもそも上級冒険者が必要なでかいクエストが毎日起きてりゃ人類なんか滅びる。
「マルセル。おまえ上級よな? どんな依頼うけてんだよ」
「え。その、秘境探索とか?」
「以前ハーピーの歌声に踊らされて、池ポチャしてたが? それを秘境探索っつうのか?」
「……」
「グリフォン相手にイキって飛び出して、仲間呼ばれて逃げ出したこともあったな?」
「ジン様、その、特殊なクエストは事前の調査資料があれば……」
「資料を作ってたのも坊やじゃなかったか?」
「これまではそうでした。ですが事務仕事は受付の子たちでも出来ます」
「マッピングも坊やだろ?ここの受付嬢はマッピングも出来るのか?」
「……」
カウンターの奥の受付嬢と目が合った。
「お嬢ちゃん、どうやってモンスターに気付かれずにマッピングするんだ?」
「マッピングはしません。商人から購入しようかと思います」
「商人から? 本気か?」
商人の地図なんざ、どれほどの精度があるんだ?
そもそもどこのどいつが作ってるか分からん物、怖くて使えない。
「バネッサ、坊やの解雇理由はコスト面と言ってなかったか」
「地図の購入は大きなコストがかかりません。ハルトは毎月給与が発生します。彼を解雇したのは間違った判断ではありません」
「で、このギルドに来ても坊やのマップはもう手に入らないのか」
「彼が作成したマップの収入は微々たるものです。ギルドの収益に影響しません」
「そうだといいな」
坊やが実際に検証し、手書きしたマップ以上の物なんざ、めったにお目にかかれるものじゃない。
えげつねぇ精度だった。このギルドの目玉商品だぜ。
「ティルッツくーん。荷物落としまくる上にマップ読めないティルッツくーん。君は誰に荷物持ってもらって誰にマップ読んでもらってたっけ? え? 誰?」
「ハルトッす」
「君、マップいらないの? ん? じゃダンジョン最下層目指すか? あ?」
「いえ、ムリっす」
「あれ~? マップ無くても三次元迷宮楽勝なんでしょ~? トラップも近道もマップなくても一発攻略でしょ~?」
「あの、マップないとできないっす。」
「お前の仕事はダンジョンで迷子になることか?」
「……。」
坊やが居れば迷ったとしてもモンスターに気付かれずに脱出することも出来る。
こいつら何度も坊やに助けられたことを忘れてんじゃねーのか
「で、上級冒険者の皆さんは大型モンスターをどうやって狩るのかね?」
「そりゃ、タイミング決めて一斉に」
「一斉に? タイミングずらした不意打ちも、挟み撃ちもしない。ということかね? ん? 後ろに回り込むまでモンスターに気付かれずに移動するスキルがあるのかお前ら」
「鏡とかでこう光らせれば合図は……」
「おまえ腕が3本あるの? 武器も楯も持ったまま鏡を出し入れするの? 坊やのスキルで合図したほうが早くない?」
「アイテムの出し入れは剣を仕舞ってから……あれ?」
「合図も作戦変更も不意打ちも、坊やがいるから出来んだよ!」
そうだ、坊やがいれば連携がとりやすい。地味だが重要なことだ。
腕を組んで周りの連中を見回したが、だれも反論してこない。
溜息をつくと受付嬢が走ってきた。なんかあったゾ。コレは。
「ギルド長代理。ビギナーが帰還しましたが、その……けがで引退することに……」
「何ですって?あれほど注意しろと……。何が原因なの?」
「木に引っ掛かったバックパックからアイテムが落ちて、ゾンビの群れに気付かれたそうです」
「……バネッサ。群れ相手に初心者だけで行かせたのか?」
「いいえ、中堅を1名付けました」
「彼も引退です」
「な……!」
「オイ、グスティン。このギルドはゾンビの対処法も知らねー奴を中堅って言うのか?」
「……」
「大方、大声出して撤退指示出したんだろう。ゾンビの群れ相手にデカイ音出してりゃ世話ねーぜ」
「こ、これぐらいの損失は問題ありません。他の冒険者の活動で回収できます」
「どんなクエストに行ってんだ?」
「セイレーンの討伐に……」
「坊やのスキル無しを考慮に入れた編成か?」
「対策はしています。耳栓を持たせました」
「どうだか? 何も聞こえない戦闘で連携できる奴なんて白璃狐にいたか?」
「……」
バネッサもギルメンも自分たちの過ちに気づいていない。これ以上話しても無駄か。
「坊やは故郷に帰ったんだな? たしかブットベだったか」
「いえ、ブレンドンです」
「ああ。ブンドレだったな」
「あの、ジン様はどの様なクエストをお望みで?」
「ここには無い」
俺はギルド白璃狐を後にした。
坊やの故郷、ブ……ブンド……ブタの……ブヒなんとかに向かう。
ご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。
誤字、脱字など、ご指摘ご指南いただけましたらなるべく早く対応します。
ご感想やこうしたほうが良いんじゃない? などありましたら、ぜひご意見お聞かせいただきたく思います。
*次話投稿は明日の朝の予定です。
よろしくお願いいたします。