007 だからキスしちゃった?
007
『カルラの視点』~クレモンテ・楽屋~
「カルラ様、ただいま戻りました」
ハルト君を家まで送り届けてマネージャーのナツが帰ってきた。
「お疲れ様。彼、どうだった?」
「夢見る少年。ですね。しかし自分を分析し実行できるアイデアを行動に移そうとしています。きっと成功するでしょう。そして他人を平等に見る姿勢は称賛に値します。人としての魅力もある。彼ならお嬢さんたちも少女楽団も有名にできると思います」
「ナツはいつも意地悪ね。元ニンジャとして見たらどうかしら? 」
「正直妬ましいですね。なぜ彼のスキルが私に与えられなかったのか、神を恨みますよ。殺したら手に入りませんかね」
「あら、物騒」
音も無く忍び寄る能力。音を武器にする証拠の残らない攻撃。
アサシン系のジョブなら、のどから手が出るほど欲しいでしょうね。
「リアナ、イレーネ、テルマ。貴方たちはどう?」
「同じだよ。夢見る少年。でも、ちょっと転べば凶悪な暗殺者になる。危険だと思うね」
「私も。可愛いとは思うけど敵に回ったらこれほど厄介な人間もいないわ」
「同じく。今は大丈夫だけど危なすぎる」
「スキルを与えられたのが彼のような朴訥で悪意のかけらもない人なのは奇跡ね」
野心も何もない。夢を追いかける少年。キラキラした瞳をしている。
菓子を口に咥えてリアナは言った。
「今はスキルの興味が歌方面のみだけど、攻撃に興味を持たれたら手が付けられない。今のうちに処分するのが妥当と思うね」
イレーネは塗り直したマニキュアの出来を確かめている。
「スキルが暗殺に向いていることを、気付く前に消すべきだわ」
化粧用パフをケースに戻したテルマが言う。
「悪用しようとする奴らが誘拐する前に拉致するべき」
「私たちの手元に置いておくことは不可能かしら?」
「出来なくはありませんが、現実的に厳しいでしょう」
ニンジャのナツが言うなら無理だわ。そもそも彼を留め置く理由がない。
「いっそあたしら4人の愛人として囲えば良いわ」
「スキャンダルになってミュージーズは解散ですね」
「スタッフのみんなは田舎に帰って第二の人生ってね」
「良いアイデアね。考えてみましょ」
イレーネとテルマが私の傍の椅子に座りなおした。
「ジンの話では大したスキルじゃないと思ってたのに。聞いてみたらとんでもないわ」
「正直に言っちゃえば?貴方のスキルは危険だから使ってはいけません。保護しますって」
「どこに保護するの?無音の空間じゃなきゃ音で道具を作って逃げるわよ」
そんな空間を作るなんて、どんな魔法を使っても不可能な気がするわ。
リアナも私の近くの椅子に座った。
「暗殺か、洗脳ね」
「どう考えても暗殺しかないように思えるわ」
「あの希少なスキルを永遠に失うことになっても良いかしら?」
「……」
希少。そう、希少。『音を操る』なんて聞いたこと無いわ。
コンサートライブにも暗殺にも絶大な効果を発揮する。応用によっては他にも使えそうだわ。
「みんなハルト君のスキルが惜しいという事ね」
「惜しいね」
「失うには余りも貴重で強大だわ」
「暗殺軍団を丸ごと失うに等しいもの」
「そう、暗殺軍団。良い言い方だわ」
詳しい規模は不明だけど、キャラバンを丸ごと無音で移動させた実績がある。
大人数を無音で動かせる。彼は無音の暗殺軍団を操ることが出来る。
「彼が敵に回ったら厄介です。音も無く動き、武器は見えない。明かりがあるところならともかく、暗闇で襲われたら手立てがない」
「アサシンジョブじゃなくても同じだよ。音を変形させて盾を作れば彼は両手が自由に使える。両手武器なのに盾持ってるのと一緒よ。チートね」
「盾じゃなくても武器でもいい。3本腕の戦士ってわけだ」
「あら凄い。味方に付いてくれたら百人力じゃない。味方に付けば、ね」
「やっぱり欲しいね。どうしても」
「私も。魅力的な男の子だしね」
「可愛いよ、とっても」
「だからキスしちゃった?」
「ちゃかすなよ。本当に欲しいんだ、彼のスキルが」
「個人的に? 『国家』的に?」
「『私達』に欲しい」
テルマは強く言った。
私達に欲しい。それが本音。
奪われたものを取り返すために、彼のスキルは非常に有効だわ。
「上には内緒にしておきましょう」
「いいのかい、それで?」
「知らせる義務は無いわ。私達の仕事は変わらない。表も裏も」
「あの子はどうするんだい?」
「今は見ているしかないでしょう」
「毎晩ショーに呼ぶかい?」
「良いアイデアだわ。私たちは彼を監視できる。彼はショーの勉強になる。WIN-WINね」
「妥協点のカタマリでしかない結論ですね」
「……」
手元に置いておくことが出来れば最良。
住み込みで働いてもらう?無理ね。
彼は夢に燃えている。すぐに飛び出していくわ。
「なんとかハルト君に警戒されずに傍で監視できればいいんだけど」
「シズク・ジンはいかがです?」
ナツが突然提案を出した。
「ジンですって?」
「ヒューイット君と何度もクエストをこなした仲です。彼がシズク・ジンを疑うことはないと思います」
「そう、ジン。ね。適任じゃないかしら」
ジンはハルト君を気に入っている。ハルト君もジンと相当仲が良いらしい。
私達とも親交がある。
彼の傍にいても私たちの傍にいても不自然ではない。
「ではシズク・ジンと連絡を取りましょう」
「おねがい。掴まると良いけど」
シズク・ジン。SSS級の自由冒険者。
ギルドにも国家にも属さず、難度の高い依頼を専門に受ける。
気分屋でいいかげんな酒好き。
今頃どこにいるのかしら。
ご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。
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*今回は文字数が少ないので、次話は本日夕方ごろ投稿いたします。
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