006 今更どこをほっつき歩いているのやら
006
追加にワインを頼んで飲んだ。
もう一杯注文して到着を待つ。
「ご来場の皆様、本日はエルヴェットミュージーズのショーをご満足いただけましたでしょうか」
「この後も宿クレモンテは引き続き営業致します。ごゆっくりお楽しみください」
ショーが終わって席を立とうとする人がいたが、アンジェリカとリオネッサ、二人の姿を見て座席に戻る人が多かった。
インパクトあるイントロで、少女楽団の演奏が始まった。
♪
「Where is the sun」「Listen to the wind」
「「The answer is at the end of the horizon」」
「ダンスまで。あの短い準備時間でよく打ち合わせできたな」
「こんなアンジェリカが見れるなら、嫁さんも連れてくるべきだったよ」
「私は旦那様方に今夜のお嬢様の報告をするのかと思うと、頭が痛いですな。嬉しくはありますが」
曲の終わりはサックスのソロパート。
演奏が終わると拍手と歓声の中、彼女たちは一礼してステージのそでに下がった。
「ふー。娘の晴れ舞台が見れてよかったが、疲れてしまったよ」
「私も楽しゅうございました。しかし今になってどっと疲れが押し寄せてきたようです。はやく屋敷に帰りたいですな」
果実水を人数分頼んで彼女たちの帰還を待った。
「ただいま~」
「ふぃ~緊張した~暑い~」
アンジェリカとリオネッサが少女楽団とともに帰ってきた。
みんな果実水を飲んでクールダウンだ。
僕も一杯頂いた。
「ヒューイットくん、それワシが……」
なんだかワインみたいな果実水だ。
「ハルトさん。いかがでした?」
隣に腰かけたリオネッサに問われた。
「ああ。もちろん。歌もダンスも可愛かったよ」
「でしたらご褒美くださいな」
彼女はずいっと寄ってきた。
「ごほうび?」
「ミュージーズがされてたみたいな、アレが良いです!」
アレ?アレって何だ。
4人がここに座って何かしたのか?記憶が途切れてる。覚えてない。
分からないけど彼女を褒めなきゃいけない。頑張ったもんな。
「良かったよ、頑張ったね」と、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「むー。まぁ今夜は良しとしましょう。フフフ」
ご満足いただけたようだ。
「リオっちズルーイ! ハルトっちアタシにも!」
少女楽団の子たちが寄ってきたので、順にいい子いい子してあげた。
「みんなよく頑張ったね。可愛い可愛い」
「ハルト。わたしも」
アンジェリカも膝を寄せてきた。
ラストの曲はダンスもしていたからか、乱れた胸元に汗が浮いてちょっとセクシーだ。
「ああ。アンジェリカも可愛かったよ。歌もダンスも」
彼女の頭を撫でたら、頭が冴えてきた。
この子たちを知らない人がいない歌姫にする。必ず。
少女楽団も加えて歌姫グループなんてカッコイイな。
そのためにはどうすれば良いか、何時でも彼女たちの歌が聴ける場所が必要だ。
一か所、出来るかもしれないと思う場所があった。
「みんなお疲れ様。本当に」
ボーカルの二人。伸びやかなアンジェリカとパワフルなリオネッサ。
少女楽団の子たちも一人一人が輝いている。
まだまだ未熟だけどパッションがあって魅力的だ。
「アンジェリカ、リオネッサ。明日はどうする? また前座するかい?」
「もちろん。歌わせてもらえるならどこでも何曲でも歌うわ」
「私もと言いたいけど。そうねアンジェリカさんの出番を奪ってしまうのも何ですし、明日は別荘で練習いたしますわ」
「ま。リオっちがそーゆーなら、ウチらは従うよ」
「分かった。僕も今日のショーで思うところがあるから、明日は色々顔出ししてくるよ」
「ふむ。ではお嬢様、楽団の皆さん今夜はもう別荘に帰りましょうか。」
「そうですわね。あまり遅くなっても家の者が心配するでしょう。そろそろお暇いたしましょう。エドガー、お願い」
「承知いたしました。馬車を回してまいります」
エドガーさんは一礼して出て行った。
「アンジェリカ、ワシらはこのまま部屋に帰るか」
「うん。わたしは支配人に挨拶してから戻るわね」
「じゃ、ここで解散だね」
僕らはここで別れることにした。
「お嬢様、みなさま。馬車の準備が出来ました。どうぞこちらへ」
戻ってきたエドガーさんと一緒に、リオネッサと楽団は馬車に乗った。
「アンジェリカさん、今宵は楽しゅうございました。ハルトさん、何時でも私の別荘においでくださいまし。ごきげんよう」
彼女たちを見送ってから、クレモンテの玄関でアンジェリカ親子と別れる。
「アンジェリカ、お父さん、おやすみなさい。お先に失礼します」
「おやすみハルト」
「おやすみなさい。ヒューイットくん」
「おやすみなさい」
僕は玄関から中庭を抜けてクレモンテの外に出ようとした時、突然話しかけられた。
「ハルト・ヒューイット様ですね。エルヴェットミュージーズのカルラ様の使いでお迎えに上がりました。夜分遅く大変申し訳ございませんが、しばしお付き合いいただけませんか」
黒ずくめのスーツでミュージーズと同じエルフの人だけど、身長が高い。200は無いだろうけど180は越えている。
「かまいませんが、今ですか? 日を改めるわけにはいきませんか」
「ワタシはヒューイット様をお連れするよう申し付けられただけですので、詳細は」
「分かりました。お会いいたします」
「助かります。ではこちらへ」
クレモンテの従業員専用出入り口に案内された。
僕は中に入り、エルヴェットミュージーズの楽屋に案内された。
「カルラ様。ヒューイット様をお連れいたしました。」
「どうぞお入りになって」
「失礼します」
「マネージャー、彼にコーヒーを」
「かしこまりました」
楽屋は広かった。みんな楽器の手入れや打ち合わせをしている。
カルラさんは化粧台に背を向けて座っていた。
「お呼び出ししてごめんなさい。先ほどは時間が無くてお話しできなかったけど、またお会いできて光栄です。お座りになって」
「僕がお話しできることなんてそうありませんよ。お休みにならなくていいんですか」
「私たちが休演したほうが良いのでなくて?彼女達の公演が増えるわよ。そうなれば私たちが宿に賠償金を払うことになるけど」
カルラさんはクスクスと笑った。
「ヒューイットさん。一つお聞きしたいのだけど貴方がいたギルドって、もしかしてマスノースの『白璃狐』かしら?」
「ええ。そうです。よくわかりましたね。」
「最初にお名前をお聞きした時は、思い出せませんでしたの。楽屋に帰ってから思い出しました。貴方がシズク・ジンの言っていた面白い子でしたのね」
「ジンさんをご存じなんですか?」
「ええ。仲良くさせていただいています。巡業中に会う度あなたの話を聞かされたわ。『音を操るスキル持ちがいる。鍛えれば面白くなる。可愛い可愛い』って何度も。元が甘えん坊だからお酒が入るとすぐ泣くのよ」
「自由冒険者とはいえよくギルドに顔を出してお酒飲んでました。すごく強いのに、やたら甘えてくるし、人の話聞かないし、すぐ泣くし。気が付くといつの間にか居なくなってるんですけどね」
「フラフラしてばかりのくせに、貴方の元へはよく顔を出してたみたいね」
「はい。良くしてもらいました。僕は初心者育成が専門だって言ってるのに、高難度クエストに連れ出されて何度も怖い思いをしました」
「そう。今更どこをほっつき歩いているのやら」
カルラさんは、ふーっと一息ついた。
「話がそれたわね。私が興味があるのは貴方が言った『音を操る』能力のことよ。どういったことが出来るのか教えてくださる?」
「最近までは『音を消す』ことしかできませんでした。ですがアンジェリカに音を出すというか、『音を響かせる』というアイデアを貰ったんです。それで馬車旅のキャンプ中にミニライブをやったのが、『音を出す』の最初です」
「キャンプ中のライブってどれくらいの広さ?」
「そうですね、今日のショー会場よりも2倍くらい広いくらいですか、直径50メートルぐらいかな。やろうと思えばもっと広がると思います」
「他にもどんなことが出来るの」
「ゾンビが近くにいるという事で緊急避難のために、行商隊全体の音を消して移動しました」
「キャラバン全部?」
「そのあと夜のキャンプ中に襲ってきた盗賊を撃退しました。『音の塊で殴る』と言えば良いでしょうか」
「音を塊に? 音に形を与えるという事かしら」
「たぶん他の形にも出来ると思います」
「……。貴方はその能力をどういうことにお使いになるつもり?」
「今日アンジェリカと一緒に歌ったリオネッサと楽団でユニットを組んで歌姫ギルドは作れないかと思っています。僕のスキルがあれば、何処でもライブやショーが開催できると思うんです。人が集まる場所があれば、ですけどね」
「今考えていることはそれだけなの?」
「? どういうことですか?」
「たとえば……。そうね、もっと個人的なこととか」
「個人的……。ああ、考えました。楽器や歌のレッスン場所が確保できない人向けに『音がする空間を限定する』。いわばどこでも個人スタジオです。ですが、僕と教師がセットになる必要があるので、効率的でないと思い、断念しました」
「そう。そうですか……」
なんだろうか、思ったより使えないスキルってことだったのかな。
「歌姫ギルドを作るという事だけど具体的にはどうなさるおつもり? 何かツテがあるの?」
「まだありません。フォロニア商会の力を借りようかとは思っていますが、その前に試したいことがあります。それからです」
僕はいくつかのアイデアをカルラさんに話した。
彼女は熱心に聞いてくれて、他のメンバーやバックバンドの人に意見を聞いたりしてくれた。
勉強になったことや、新しいアイデアも浮かんだ。
「ヒューイットさん。ありがとうございました。歌姫ギルドに関しては私たちにもお力添え出来ることがあると思います。何かあれば気軽にお知らせください。帰りの馬車をお呼びします。乗って帰ってらして」
「はい。ありがとうございます」
「彼女たちの活躍が本格化するのを楽しみにしております」
「こちらこそ。歌に関しては素人同然ですから、色々アドバイスしてください」
彼女のお眼鏡にかなったかどうかは分からないけど、僕にとってはすごく太いパイプが出来た。
なにせ有名な歌姫と少なからず人脈が出来たんだ。
貴重な時間だった。
「ヒューイット様、馬車のご準備ができました」
「ありがとうございます。それではみなさん失礼いたします」
僕は馬車に乗ってクレモンテを出て、ほどなく帰宅した。
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*次話投稿は、本日お昼ごろを予定しています。
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