004 好きな人に届けるように歌って
004
「失礼。フィロニアさんの別荘をご存じないですか?」
「ああ。ここを道沿いにすすで4つ目の角を右に進めば、遠くの丘の上に目立つ赤い屋根があるからすぐわかるよ」
馬車の駅員さんに教えてもらって通りを進んだ。
教えてもらった通り進むと、昨日見た馬車が止まっていた。
「思ってたより大きいな。別荘どころかお屋敷だ」
正門の係の人に要件と名前を告げたらすぐに通してくれた。
「こちらです。お嬢様は楽しみに来訪をお待ちしておりましたよ」
エドガーさんに案内されて応接室に通される。
「ハルトさんお待ちしておりましたわ。早速ですが私の楽団をご紹介いたします」
リオネッサの少女楽団を紹介してもらった。
みんなお人形のようにかわいい。
「ヒューイットさん、はじめまして。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ初めまして。ハルト・ヒューイットです」
「8人で演奏するんですか?」
「そうです。曲目によって編成も楽器も変わりますが、この8人とボーカルとしての私を加えて9人編成のバンドという事になります。ご紹介いたしますわ」
リードギターのレニー。
ギターのキャロライン。
ベースのフローラ。
ピアノのニーナ。
サックスのセリナ。
ドラムのベッキー。
パーカッションのシンディ。
バイオリンのクララ。
みんな若い。リオネッサと同じか、もうすこし下。
「聴かせてもらえます?」
「ええ。是非お聴きくださいな」
リオネッサをリーダーにテキパキと少女楽団は準備をすると演奏を始めた。
♪
「It ’s good that the boy is with me」
イントロこそスローだったが末広がりにアップテンポになる。聴いたことのない激しい曲だった。
見た目とは真逆にボーカルのリオネッサはパワフルだ。楽団8人の演奏に全く引けを取らない。
歌い終わってリオネッサは肩で息をしている。
「素晴らしいですよ。曲はオリジナルですか?」
「そうですキャロラインの作曲です」
前髪ぱっつんの女の子が、大きなギターを抱えてお辞儀した。
「よろしくキャロラインさん。素晴らしい、衝撃的な曲です。他にも作曲を?」
「はい。ピアノのニーナも曲を作ります」
「よろしくニーナさん」ニーナも挨拶を返してくれた。
「ハルトさんのお力があればホールだけでなく、何処でも演奏できると思います」
「他にもレパートリーが?」
「もちろん。何曲かお聞きいただいてよろしくて?」
「ええ。何曲でも」
リオネッサと楽団は何曲か聴かせてくれた。時にメンバー構成を変えたり、ツインボーカルになったり。
気付くとだいぶ時間が経っていた。
「お嬢様、ハルト様。そろそろご休憩はいかがです。軽食を用いたしました。こちらにどうぞ」
「ハルトさん、みんな、いただきましょう。」
リオネッサに誘われみんなで食事をした。
「そういえば今日の夕方、クレモンテでエルヴェットミュージーズが歌うんだ。前座でアンジェリカも歌うんですよ」
「まぁ、そんな素敵ことなぜ今まで黙ってらしたの? エドガー、出かける準備を。みんなも行くでしょ?」
楽団の子たちも馬車の旅でアンジェリカの歌を聴いていた。少女楽団のみんなも行くことになった。
出発するのに良い時間までおしゃべりして、大型馬車に乗った。
「ハルトさんはこちらへお座りくださいまし」と僕はリオネッサの隣に座った。
馬車内には少女楽団も乗り込み、僕以外はみんな女の子になった。肩身が狭い。
「では出立いたします。」
エドガーさんが御者に合図すると馬車が動き出した。
女の子ばかりで車内はにぎやかだ。スイーツの話が多かったが、最近流行のファッション話が盛り上がった。僕は全くついていけないけど。
「ハルトさんはエルヴェットミュージーズを御覧になったことはございますか?」
「ギルドに来た時は何度か。楽屋のお世話もさせてもらいました。印象としては綺麗な大人のお姉さんという感じですかね」
「好みの方はいらっしゃいましたか?」
「好みですか?そうですね。カルラ、リアナ、イレーネ、テルマ。どの方の声も素敵ですが、低音が力強いテルマが好きですね」
「もう!そうではなくて!」
リオネッサがぷくっと膨れている。楽団のみんなはクスクス笑ってる。どうしてだ? しまった。ファッションの話だったか。
「お嬢様、もうじき到着いたしますぞ」
エドガーさんが告げた。窓からはクレモンテが見える。
多くの人が来ているようで、エルヴェットミュージーズの人気が分かる。
「ではお嬢様、私も後ほど入店いたします」
「ええ。エスコートはハルトさんにお願いいたしますわ」
「では」
エドガーさんは馬車に乗って裏手へ消えた
誰かが僕の腕を取った。
「ハルトっち、行こうぜ!」
見れば楽団のメンバーでベースを演奏していた子だ。
「ずるいー! アタシも!」
背中に飛びついてきた子がいる。
「はしたない。ハルトさんが迷惑ですわ」
「はーい」
しぶしぶと言った感じで降りてくれた。たしかパーカッションを担当していた子だな。
「さぁ、ハルトさん参りましょう」
リオネッサが右手を差し出した。
「ええ」
彼女をエスコートしてクレモンテの正面玄関をくぐる。
中に入ると人でいっぱいだった。
「ヒューイットくん。こっちだ」
アンジェリカのお父さんが手を振ってスタッフ席に呼んでくれた。
「助かりました。どこで観賞しようか困っていたところです」
「ハートレイさん、ごきげんよう」
「お嬢さんこんにちは。娘の晴れ舞台です。と言っても前座みたいなものですがね。どうぞ楽しんでください」
「大勢で押しかけてごめんなさい。うらやましいですわ。私共も楽しませていただきます」
やがて時間となり、おめかししたアンジェリカが奥から出てきた。
パステルピンクのドレスで肩口が大きく開いていた。
こっちに気付くと軽く手を上げたが、ムッという顔をした。やっぱり大勢で来すぎたな。
ごめん。
気を取り直して僕はスキルを発動し、アンジェリカの声がみんなに届くようにする。
「お集りの皆さん。ご来場いただきありがとうございます。エルヴェットミュージーズの出演までしばらくお待ちください。それまで、わたしアンジェリカ・ハートレイがお相手させていただきます」
集まったみんなが歓談を止めて彼女に注目する。
アンジェリカの合図で常駐演奏者がピアノを弾き始めた。
♪
「Darling.I want only you to know my dream」
始まってすぐ気づいた。いつものアンジェリカと違う。
「彼女、たびたび私たちを見てますわ。集中力を欠いてらっしゃいます」
「緊張しすぎだ。何度も聞いた彼女の歌声じゃない」
観客の中のアンジェリカの歌を知ってる人が「ん?」って顔してる。
キャラバンの同行者か、朝の練習を聞いた人だろう。
間奏に入った。その時思いついた。
アンジェリカだけに僕の声をとどける。ギルドにいたころ何度もやったことがあるスキルの使い方の一つだ。
『アンジェリカ。好きな人に届けるように歌って』
僕のスキルで彼女にだけ聞こえるように囁く。
アンジェリカは僕の声と気づいたようでこっちを見た。
僕に向かって頷くと、いつものスタイル。手を胸の前で合わせるように組んで歌い始めた。
♪
「Do you know how much i love you」
再び歌いだした彼女の声は聴いていた全員の心に響いた。
手元のジョッキに手を付けていた人たちも振り返った。
やがて曲も終盤に入り、最後のフレーズが流れる。
♪
「Love for you has begun」
歌い終わるとみんながスタンディングオベーションで彼女をたたえた。
「アンジェリカさん凄い。後半から生まれ変わったようですわ。数回しか聞いていませんが、これまでと段違いの迫力でした」
「僕も驚いた。あまり強くスキルを掛けてなかったけど、スキルが無くても良かったぐらいだ」
なかなか静まらない会場に、スタッフが落ち着くよう言っている。
「みなさんこの後のエルヴェットミュージーズのディナーショーを存分にお楽しみください」
タイミングを見計らってアンジェリカが舞台から消えると、徐々にお客さんも落ち着いた。
「我が娘ながら驚きました。歌姫になりたいという夢もかなってしまいそうな歌でした」
「彼女はもっと伸びますよ。彼女は必ず誰もが知る歌姫になります。必ず」
僕は自信を持って答えた。
アンジェリカが町中の、やがて国一番の歌姫になると思えた。
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