003 アンジェリカ、軽く歌ってみないか?
003
馬車に乗って3日目、夕方には故郷ブレンドンに着く。
「盗賊の襲撃で馬車が傷んでしまったから、修理を兼ねて予定より長く滞在することになりそうだよ。重傷者が出なかったのは幸いだな」
「お父さん、長期滞在するなら商品が足りないんじゃないの?」
「ワシもそれを少し考えたんだが、ブレンドンには知り合いが居る。新しい商品を仕入れてみようと思うんだ」
「どんな商品を扱ってるんです?」
「わたしたちは衣類を扱っているの、普段着がメインだけど、おしゃれ着もアクセサリーも販売してるわ」
「知り合いなんだが、かなり個性的な衣装を作るんだ」
「可愛いのとかカッコイイのを作るんだけど、人前で着るのはちょっとね。派手すぎたりセクシーすぎたり」
昼休憩になった。僕はアンジェリカ親子とフィロニアさん、エドガーさんと昼食を取る。
「アンジェリカさんの歌には感動いたしました。ぜひ私の家にご招待したいわ」
「リオネッサちゃんも歌うんでしょ。今日のお昼は一緒に歌わない?」
「素敵!是非お願いいたしますわ」
昼食後のミニライブはデュエットで歌った。
明るくのびのび歌うアンジェリカと、エッジの利いたクールな歌い方をするリオネッサは絶妙のハーモニーを生んだ。
2曲で終わろうとしたが、アンコールが多かったので3曲歌い、僕らはブレンドンに向けて再出発する。
「ハルト、わたしたちはクレモンテに泊まる予定よ」
「もし歌うことが決まったら教えてくれ。応援に行くよ」
「きっとよ」
「さぁ街に入るぞ」
ブレンドンはほんの数年ですっかり変わった。
マスノースほどではないけど、垢ぬけた街並みになっている。
「わ。いろんなお店が出来てる。高い建物も増えたなぁ」
活気あふれる街を窓から眺め、ボクらは馬車の駅に着いた。
隊商は別れ、それぞれ予定の宿へ向かう。
「ハルト様。私共は別荘へ向かいます。何時でもおいでくださいまし」
「ええ。是非。いろいろお聞かせいただくことになると思います」
リオネッサとエドガーさんとはここで別れた。
「さて、ワシらもクレモンテに向かおう。ヒューイットくん、途中まで送りますよ」
「助かります」
僕は途中の大辻でアンジェリカの馬車から降りた。
「ヒューイットくん。今回の旅ではお世話になった。これはほんのお礼だよ」
「え? スーツじゃないですか! 良いんですかこんな高そうなもの」
「サイズは私の目利きで合わせてもった。昨晩のゾンビや盗賊から救っていただいたお礼さ。アンジェリカもお世話になったし。是非受け取ってくれ」
「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」
「ハルト。遊びに来てよ。絶対!」
「うん。必ず」
アンジェリカ親子と別れて家路につく。
懐かしい街並みと、いろいろ変わったお店を見ながら歩いた。
「友達や知り合いとのあいさつは後日だな」
急な帰省だけど、家には手紙が先に届いているはずだ。
当初予定していたよりも早く家に着いた。
「ただいまー」
「お帰りおにーちゃん」
まず出迎えてくれたのは妹のメリッサだった。
「ハルト、おかえり」
「おう早かったな。おかえりハルト」
母さんと父さんも出迎えてくれた。
「みんな変わりなくてよかったよ」
「で。これからどうするんだ。この町にもギルドがある。そこに再就職するのか?」
「いや、ちょっとやりたいことがある。そうだな……メリッサちょっと歌ってくれるかい?」
「うん。いいよ」
昔からある童謡を歌い始めた。1番が終わって2番が始まるタイミングでスキルを発動する。
リビングにクリアな音が広がる。街中のノイズは入ってこない。
「これは……どういうことだ。家の中がまるでホールになったみたいだ」
「ホント。メリッサの声がすごく綺麗に聞こえるわ」
歌い終わったメリッサがぽやーっとした顔で僕を見る。
「歌っててすごく気持ちよかった。どうして?」
「これが僕のスキル『音制御』の応用だよ。今までは音を消すことでギルドの役に立つと思ってたけど、音を出す、音を整えることも出来るって分かったんだ。」
「へー。スゴイじゃないか」
「このスキルを応用すれば、酒場や劇場、コンサートなんかで活躍できると思うんだ。フィロニアさんて人からも考えてみてって言われた」
「フィロニアってフィロニア商会か? 最近めきめき伸びてきた新興勢力だな」
「そうなの?そこのお嬢さんの楽団を手伝ってくれないかって。他にもいろいろ出来そうだから考えさせてくれって返事した」
「まぁいいさ。しばらくゆっくりするんだろ」
「うん。その予定」
数年ぶりの自室に入り、荷物を片付ける。
晩御飯の時間になって食卓に着いた。
マスノースの様子やブレンドンの近況など、話に花が咲かせる。
「冒険者も大変だな。モンスターだけでなく国境警備にも駆り出されるのか」
「ダンジョンやモンスターの駆除もやるし採集クエストもある。剣と魔法の何でも屋だよ」
「隣国の動きが大きくなっている。今すぐってことは無いが、一大事はあるかもしれん」
国同士の話はよく分からないけど、戦争は嫌だなぁ。
とりとめのない話が続いたが、やっぱり疲れていたんだろうすぐ眠くなった。
「疲れてるみたいだからもう寝るよ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
着替えてベッドに潜り込んで明日の予定を考える。
クレモンテに寄って、アンジェリカと話してからリオネッサの家に行こう。
大まかなスケジュールとどんな話をするか考えているうちに眠ってしまった。
翌朝、クレモンテまで行くと玄関に馬車が4台並んでいた。ひとだかりが出来ている。
「なんだろ。偉い人でも来たのかな」
「エルヴェットミュージーズが来たんだってよ」
「もう来たんですか? 何処にいるんです?」
「わからん。お忍びで別の馬車で来てるのかもな」
人をよけて中に入る、1階のエントランス兼受付にアンジェリカとお父さんがいた。
「おはようアンジェリカ」
「おはようハルト。わたしエルヴェットミュージーズの前座で歌わせ貰えることになったわ」
「やったじゃないか。出番は何時から?」
「ディナーショーの前後だから5時と8時の予定。今、設置中の舞台で歌うの」
近くに見えるホールを見た。
軽く食事もとれるテーブルも座席もある。
ギルドの食堂の豪華版、と言う感じだ。
「ピアノがあるのか。じゃ、この宿には演奏楽団も居るんだね」
「普段は常設楽団。エルヴェットミュージーズは専属の楽団が演奏するそうよ」
「オモテの馬車は楽団も含んでたのか。」
ぐるりとホールを見回した。朝食の時間は終わっていたのでお客さんはもう居ないが、いろんな所にミュージーズのコンサート準備で忙しく作業をしている人たちがいる。
「アンジェリカ、軽く歌ってみないか?」
「今歌うの?」
「そう。ホールマスターに掛け合ってくるよ」
責任者らしき人にお願いすると快諾してくれた。
「許可が出た。1曲やってみよう」
「うん。じゃ今日歌う予定の曲、歌ってみる」
アンジェリカは胸の前で軽く手を組む。僕は軽めにスキルを発動する。
彼女の声は「よく通る声」ぐらいになるはずだ。
深呼吸して、昨年大ヒットになったR&Bを静かに歌いだした。
♪
「Darling.I want only you to know my dream」
作業で騒がしいホールにアンジェリカの声が響く。
最初は作業に集中していた人たちも、Bメロの頃には彼女に注目していた。サビに入った時にはみんな聞き入っていた。
一曲歌い、アンジェリカがぺこりとお辞儀すると拍手と口笛が響いた。
「お嬢ちゃんどこで歌ってんだい?」
「わたし今日のミュージーズの前座で歌うんです」
「そうか、なら聴きに来ないとな」
いい宣伝になった。アンジェリカのファンがついてくれると良い。
「アンジェリカ、また来るよ」
「絶対来てね。最高の歌を歌うわ」
アンジェリカはボクの両手をぎゅっと握って、キラキラした目を僕に向けた。
「うん。必ずだ」
そう言ってアンジェリカ親子と別れ、リオネッサの別荘に向かった。
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*次話投稿は本日18時過ぎを予定しています。
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