002 ヤバイ奴がいる!!
002
「ハルトさんブレンドン育ちなの?」
アンジェリカは僕のことをファーストネームで呼ぶようになった。
「うん。帰るのは3年ぶりかな。父さんは何度か会いに来てくれたけど、母さんや妹に会うのは久しぶりなんだ」
「わたしはマスノースが実家。行商で行く街はだいたい契約してる宿があるから、そこに泊まってるわ」
「ブレンドンにも何日か泊まるの?」
「親戚が働いてるし、長居するかも」
僕らは他愛ない話をたくさんした。
「じゃ、暫くはブレンドンの宿でアンジェリカは歌うんだ?」
「歌いたいけど、歌わせてもらえるかな……」
「どうなんです?」アンジェリカのお父さんに聞いてみた。
「歌姫が遠征で来てるはずなんだ。だからアンジェリカが歌うのは飛び入りしかないんじゃないか?」
「チャンスが無いわけじゃないんですね」
「ああ。ずっと歌ってることは無いからね。宿側と歌姫が許可してくれれば歌わせてもらえると思うよ」
「うん。わたしあの人たちに憧れてるの」
「あの人たち?」
「エルヴェットミュージーズって歌姫グループだよ。ワシはよくわからんが」
「知ってる。マスノースのギルドで歌ったこともあるよ。コーラスグループなのにソロでも歌えて組み合わせで印象ががらりと変わるエルフの4人組だ」
しかも4人とも綺麗でスタイルが良い。
デビュー以来安定した人気が続いている。爆発的ヒットは無いけど、何曲か歌えば知ってる曲が必ずある。
すごい人たちが来るんだな。
「以前楽屋お会いしたとき、ちょっと褒めてもらえて」
「話したの?」
「いい声ねって。一言だけだったけどね」
アンジェリカは「嬉しかったな」と小さく付け加えた。
今日は昼にも2曲だけアンジェリカは歌った。
夜にも歌おうとなり、練習を兼ねてどんな曲順を組むかで話が弾んだ。
お父さんはまた眠ってしまった。
ディナーも終わりアンジェリカもキャラバンの皆も一息着いた頃、護衛に雇われていたパーティーが神妙な面持ちで話をしていた。
「ちょっとトラブルがあったようだから行ってくる」
アンジェリカのお父さんを呼びに来た隊商の人の顔が厳しい。
「御者と商人のみんな、ちょっと集まってくれ」
僕は馬車のお客さんだけど、集まりに後ろから首を出して話を聞いた。
「ちかくにゾンビの群れが発生したようだ。冒険者を呼びに行ったが間に合わんと思う。
護衛団もいるが他にもゾンビが発生しているかもしれん。夜間でいつもより足元が悪いのは分かるが、月も出ているしまだましだ。
ゆっくり移動しようと思う。みんな荷物をまとめて準備してくれ」
ゾンビは動きが遅いが音に敏感で襲ってくる。
そうだ音に集まる習性がある。
僕はなんどかクエストで撤退戦を経験したことがある。
集まりの後ろから手を挙げた
「提案があります。ゾンビだったら音に集まる習性があるので、僕のスキルで馬車の音を消して移動してはどうでしょう。すこしは安全に移動できるはずです。」
「そんなことが可能なんですか?」
「可能です。マスノースのギルドで何度か経験があります。」
僕も加わって隊商と護衛のパーティーとしばらく談義する。
結論はすぐに出た。
「多少でも効果があるならやってみましょう。ヒューイットさん、是非ご協力をお願いいたします」
作戦は決まった。僕は中心に配置された装甲馬車に乗る。
護衛団はキャラバン全体を囲むように配置された。
「出発」
「護衛団は二人組でチームを、周囲に警戒して」
キャラバンと護衛団の距離に気を付けながらスキルを発動させる。
僕らはゆっくり移動を開始した。
時々遠くにゾンビらしい影が見えるが、こちらに気づく個体は無かった。
護衛団が周囲の警戒を後方重視にするころになると、ゾンビの影は見えなくなった。
夜中になろうとするころ「もういいだろう」という事になって警戒を解いた。
「予定地とは違うが、今日はここで泊まりましょう。護衛団は予定通り交代で見張りをします。皆さんは休んでください」
キャラバンは何時でも移動できるよう、念のため最低限の野営で今日は眠ることにする。
「念のためもう少しスキルを発動しています」
「助かりますヒューイットさん。じゃぁもう少しだけお願いします」
護衛のリーダーが去った後、アンジェリカが夜食を持ってきてくれた。
「ありがとう」
受け取ってサンドイッチを食べた。
「すごいねー。スキルって常時発動したままで疲れないの?」
「うん。冒険中はつけっぱなしの時もあったから長時間は問題ないよ。効果範囲や対象が厄介かと思ったけど、この程度の範囲なら問題ないみたい」
「寝てる時も使えるの?」
「それは無理じゃないかな? ギルドに入ったころも集中力が切れて、効果が消えたって失敗を何度かしたから」
夜食を食べ終わったころ、乗っていた装甲馬車の中からお客さんらしき人が出てきた。
「こんばんわ。ハルト・ヒューイットさん。お隣、よろしくて?」
金髪縦ロールに青いドレスの女の子が、THE執事と言う感じのおじいさんと一緒に出てきた。
「私はリオネッサ・フィロニアと申しますコチラはエドガー。昨日と一昨日のライブ、感激いたしましたわ」
「ありがとうございます。でもそれはアンジェリカに言ってあげてください。」
「ええ。もちろん。いい歌をお聞かせいただいて光栄ですわ。アンジェリカさん。
ですが私はヒューイットさん、貴方にも興味がございます」
「僕ですか?」
「はい。私も歌は少々歌を嗜んでおります。それに少女楽団も設立いたしました」
「歌がお好きなんですね」
「ええ。ですが狭い室内では満足できず、屋外では天候に左右され、思うように音楽が楽しめません。かといって劇場を何時でも使用できるという訳ではありませんし」
「たしかに」
「私昨日と今日のライブを見て考えました。貴方のお力があれば劇場でなくとも、どのようなところでも最高の音楽が、歌が楽しめるのではないのかしら?」
突然彼女は熱っぽく語った。
「貴方様のお力で是非私たちを歌わせてくださいませ。どの様な場所でも最高の歌を、皆様に楽しんでいただきたいのです」
「え!? どこでも?」
「私はフィロニア家が関わる事業にお力を貸していただきたいと存じます」
「だめよ。ハルトさんのスキルは歌う皆、聞いてくれる人、皆が楽しめるスキルよ。だれかが独り占めしちゃ不公平よ」
「もちろん。その通りですわ。聞けばヒューイットさんはブレンドンの実家にお帰りになるとか。でしたら私と共にコンサートギルドを構え、ヒューイットさんが私の依頼にこたえていただけばよろしいのでなくて?」
あ。僕も昨日の夜、コンサートギルドを考えた。資金はあまり無いけど。
「私の家で資金を調達すればそう難しいことではないと思いますの」
すごい。全て頼るのはどうかと思うけど、一気にに物事が進んでいく気がする。
考え込んでいると執事さんが口を開いた
「ヒューイット様。突然の提案で混乱されているのは当然のことと存じ上げます。ここはいったん胸の内に収めていただき、ご実家にお帰りになってから熟考されるのがよろしいかと」
そうだな魅力的だけど試したいこともいくつかある。その実験が終わってからでも遅くないと思う。
「色々考えたいことがあるのが正直なところですが、前向きに検討したと思います」
そう言うとフィロニアさんとエドガーさんはにっこりと頷いた。
「族だ!」
護衛の人の叫びが聞こえた。
「お嬢様方は中に」
アンジェリカとフィロニアはエドガーさんに押されて装甲馬車の中に隠れた。
「さ、ハルト様も」
そう言ったエドガーさんの横から盗賊が襲い掛かってきた。
「破っ!」ズサァァァ!
盗賊はエドガーさんの体術で放り投げられたが、すぐ体制を整えて立ち上がった。
そのとき反対側からも盗賊が飛びかかってきた。二人の盗賊は目標を変えて僕に襲い掛かる。
「ハルト!」「ハルト様!」
アンジェリカとフィロニアさんの声が聞こえた。
僕は「来るな!」と叫ぶことが出来ず、両手を盗賊に向けて叫ぶことしかできなかった。
「うわああぁぁぁぁ!!!!」
バン! バン!
ド! ド!
恐る恐る目を開けると盗賊は遠くに吹き飛ばされていた。
「お、おい! 下がれ! ヤバイ奴がいる!!」
盗賊は口笛を吹くと現れた時よりも早くどこかへ消えた。
「な・なんだ? なにが起きたんだ?」
尻もちをついて両手を見つめる僕にアンジェリカが抱き着いた。
「わかんない。ハルトが凄い声で叫んだら盗賊が吹き飛んだの」
フィロニアさんが手を貸してくれて僕は立ち上がる。
「妙でしたわ。声がした時、大きなハンマーで殴ったように盗賊が吹き飛びました」
エドガーさんは周りを警戒しながら言った。
「そうですな。お嬢様の言うように私も見えました」
多分、僕の声とスキルが重なったんだ。声の音を操ってハンマーとなって敵を吹き飛ばした。
きっとそうだ。
「声の、音のハンマー……」
僕の『音制御』は武器にもなるんだ。
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