001 出て行きなさい。追放です
001
ギルドの中から僕を嗤う声がまだ聞こえる。
僕は裏手にある社員寮に向けてトボトボと歩いた。
「ギルドから追放された無能なんて、もうこの街じゃ雇ってもらえないよ……」
自室の扉を開けて、先ほどのことを思い出す。
「ハルト・ヒューイット。貴方は当ギルドには不要となりました」
「……あの、僕、何か悪いことしました?」
「貴方は不要だと申しました。私共はあなたのスキル『音を消す』を必要といたしません。すぐさま故郷にお帰りなさい」
初心者パーティーの案内を終えてマスノースの街最大ギルド『白璃狐』に戻った僕に、バネッサお嬢様が飾りのついた扇を突き付けて言った。
「ちょっと待ってください! たしかに初心者は少なくなって出番は減りましたけど、モンスターに足音も聞こえないし、話し声も聞かれないから作戦も立てやすいですし、僕のスキルは使えると思います」
僕はギルド長代理のバネッサに自分の重要性を訴えた。
「たしかに初心者には有効かもしれませんね。しかし我がギルドはもはや弱小ではありません。いつまでも初心者を重視していては意味が無いのです。おわかり?」
「たしかにウチのギルドは大きくなりました。今は中堅か上級冒険者しかいません。でもそれだってみんな初心者の頃、音を消して不意打ちしたり相談して作戦を立てられたってのもあるんじゃないですか? いままでの功績も考えてください。それに時間があれば資料作成やマッピングも手伝って……」
「本当に必要だったかなー?」
後ろから上級パーティーのリーダー、マルセルが声を上げた。
「ちょっと気をつければ音は立てずに歩けるし、作戦もハンドサイン決めれば出来るしなー?」
他のパーティメンバーも「そうだよな」と同意する。
「まぁ作戦なんてダンジョンに入る前に立ててたし。入っちまえば必要無いぜ」
「そんな……みんな……初級ダンジョンで苦労してたじゃないか」
「あの……」
今日一緒に入った初心者の子たちがおずおずと手を挙げた。
「僕らも不要っていうか邪魔かなーと……。ポーターとして付いてきてくれるのはありがたいけど、足音が消えるってメリット感じないというか、作戦も小声で伝えられるしちょっと……」
「……」
「それによ」ようやく中堅ランクに上がったティルッツがビール片手に言った。
「戦えねーし、魔法使えねぇし、足手まといなんだよな」
「ちげーねぇ! がははははは!」
古参のグスティンが笑いだすとみんな笑った。
ギルドのみんな、受付嬢もコックも笑った。
バネッサお嬢様がパチンと扇を閉じて言う。
「決まりのようね。お情けで退職金は出して差し上げます。明日中にギルド寮から出て行きなさい。追放です」
「はい……」
翌日。
受付で退職金を受け取り、荷物の送り先を伝えてギルドを出た。
「せめてお世話になった人達に挨拶したかったな。ジンさんとか……」
田舎に帰るまで馬車で三日だ。どうするかはゆっくり考えよう。
「今日は定期便が無いけど、行商隊が出るから一緒に乗せてもらえるように言ってみるよ」
気のいい駅員さんが行商隊の人と交渉してくれた。格安で荷馬車に乗せてもらえることになった。
「ありがとう。助かります」
奴隷に荷物を預けて馬車に乗る。
慣れ親しんだマスノースの街が小さくなる頃、車内で持ち込んだ軽食をとった。
同じ馬車に乗った行商隊の娘さんが、ハミング交じりに流行歌のバラードを歌っている。
ほんとに楽しそうに歌う子だ。酒場や劇場で歌えばきっと人気者になれる。
「うちのジャリっ娘は歌ってばっかりなんだよ。将来は歌のギルドを作って歌姫になるなんぞと言うんだ」
「ジャリっ娘じゃないわよ、お父さん。」
娘さんが「もぅ!」とお父さんの肩を叩く。彼女は僕を振り返って自己紹介した。
「わたしアンジェリカ・ハートレイ。歌姫目指してるの。今は修行中」
やや紫がかった赤い髪の女の子だ。
「僕はハルト・ヒューイット。きれいな声だね。すごく聞き心地が良い。リズム感も最高」
「ありがとう」と笑うと、また違う曲を歌い始める。
彼女の歌を聴きながら、読みかけだった本のページを進めた。
読み終わった本を閉じるころ、初日の旅は終わろうとしていた。
「ヒューイットくん、これから山に入るよ。山中で一晩過ごして翌朝再出発だ」
夜になってキャンプ地に着く。
晩御飯の時にアンジェリカに話しかけられた。
「ヒューイットさんはお仕事なにしてらっしゃるの?」
「ギルドで冒険者のお手伝いみたいなことしてたんだけど、皆にお前のスキルは不要だって言われちゃって、クビになって田舎に帰るところなんだ」
「どんなスキル?」
「音を操れるんだ。音を消してモンスターに近づいたり、気付かれないように作戦を練ったり。便利だと思うんだけどな」
昨日のことを思い出してため息をつく。
そんな僕を見て彼女は意外な提案をしてくれた。
「ね。音を操れるなら、私の歌をみんなに聞いてもらうことも出来るのかな?」
「え? 音を消すんじゃなくて?」
「うん。音を大きくしてみんなに聞いてもらうの。どこでも!」
「音を消す」じゃなくて「音を出す」。それは考えなかったな。
「どれだけの広さで音を出せるか分からないけど、やってみようか」
いつも入るダンジョンや森よりもかなり広いが、効果範囲をキャンプ場全体に決めた。
アンジェリカは深呼吸すると、食事を終えて一息ついてる行商隊に向かい、馬車で歌っていたバラードを歌い始めた。
♪
「The melody that flows between you and me」
行商隊全体に彼女の歌が響く。作業中の人も休んでいた人も何が起きたのかと周りを見回す。
僕の隣で歌うアンジェリカが歌っていると気づくと、みんな彼女を見た。
月明りとランプが彼女を幻想的に照らす。
一曲歌い終わり一礼すると、そこら中から拍手と歓声が沸き起こった。
「どこの歌姫が来たのかと思ったよ」
「アンジェリカちゃん、すごいじゃないか」
「いつもは近くじゃないと聞こえないのに、今日はキャラバン全部に聞こえたぜ」
「もう一曲歌ってくれよ。今度は明るいのを頼む!」
スキルはうまく発動したようだ。
「そうか、逆に音を出すっていうのもあったのか」
「ヒューイットさん。ありがとう!わたしこんなにいっぱいの人に聴いてもらえて嬉しい!」
アンジェリカは僕の手を取って喜んだ。
「ありがとうは僕の方だよ。すごいアイデアだ」
アンジェリカが何曲か歌うと「私も歌いたい」と飛び入りしてきたたり、酔ったおじさんが乱入したり、皆で合唱したり踊ったりした。
「ヒューイットさん、一緒に歌いましょ」
「デュエットか。妹とやって以来だ、何年ぶりかな」
「妹さんがいるのね」
「君より少し下だよ。僕に似ず可愛いんだ」
「ふふふ。『dear my sister』歌えるでしょ?」
僕らは歌った。僕が兄役、アンジェリカが妹役。
「兄ちゃん。上手いな、もう一曲頼むぜ」
「よろこんで」
「ヒューイットさん大人気ね」
「キミのおかげだよ」
騒がしいけど楽しい一夜を過ごし、やがて解散して就寝した。
僕は「音を出す」というスキルの使い方に、新しい商売の構想が浮かんでずっとウキウキしていた。
街角の吟遊詩人や演奏家とコンサートを開くのも良い。
一緒に旅をするのも悪くない。
「家に帰ったら今夜のことを家族に話そう。いろんなアイデアをいっぱい話すんだ」
僕は楽しくなって毛布にくるまったまま、笑いをかみしめる。
「このスキルで人を幸せにできるんだ」
いつの間にか眠っていた。
夢の中で僕は、大きな劇場の指揮者になった。
大楽団が演奏し、アンジェリカが純白のドレスで歌ってる。
僕のスキルでみんなが楽しんでくれる。
そんな夢だ。
翌朝、僕らは元気よくキャンプ地を出発した。
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