ゴブリンはボディービルダーを目指します
二千二十年、十月四日、結末を変えました。
「うんしょ、うんしょ。おお、筋肉が成長の喜びの声を上げているな」
ゴブリンのゴブロウは身体を鍛えていた。一年後にオーガが主催するボディビル大会に出場するためだ。
オーガは自分の肉体を過信せぬよう、筋力トレーニングを行った。生まれ持った肉体に胡坐をかかぬよう、さらに磨きをかけることに力を注いだのだ。
そしてオーガは他の種族にも筋トレを勧めた。力ばかりでなく、肉体の美しさを他種族に広めようとしたのである。
ゴブロウはその中でも筋トレに力を入れていた。彼は一族の中では体が弱かった。男には馬鹿にされ、女には相手にされない。そんな自分に嫌気がさし、ボディビル大会に出場することを決意したのだ。ゴブロウの他にも身体が弱い者はみんな参加している。
他のゴブリンたちはゴブロウたちを小馬鹿にしていた。体を鍛えたところで無意味だろうと陰口を叩いていた。
だが目の前では言わない。ゴブロウというか、ゴブリンの村ではオーガのトレーナーが来て、希望者に指導していたのだ。さすがにオーガの前でボディビルの悪口を言う勇者はいなかった。
「よいか。筋肉トレーニングは計画的に行わなくてはならない。筋肉は正しい指導でなければならないのだ」
オーガのオガオがゴブリンたちの前で教えていた。オーガは殺した相手の死体を解剖する。そうすることで相手の身体の仕組みを知ることができた。
それらの知識を利用して、筋トレの研究も行ってきたのだ。
「まずは動的ストレッチだ。腕を回し、腰を回すことで体を柔らかくするのだ。身体が硬いままトレーニングを行うと却って身体の筋を痛めやすいのだ」
ゴブロウたちはオガオの言葉に従い、身体を動かす。腕で円を描くように回し、腰を曲げたりした。色々動かすと身体がポカポカしてくる。なんとなく身体が軽くなった気がした。
「次にスクワットだ。こちらは脚を鍛えるのに最適だ。こいつは十回行う」
ゴブロウたちは指示された通り、スクワットを始めた。脚を少し開き、腰を降ろすように下げる。それをゆっくりと十回ほど繰り返した。
最初は簡単だと思えたが、五回、六回となると徐々に脚がきつくなる。十回ほど繰り返すと、脚がふらふらになった。
「ああ、なんてきつんだろう。脚がふらふらだ」
「スクワットは一番きついトレーニングだ。脚のトレーニングは我々オーガでもつらいものだ。これを毎日行う、すると段々慣れてくるだろう。そしたら十回を二セット行う。さらに慣れれば三セットだ。さらに進めばバーベルを担ぐバーベルスクワットを行うのだ」
オーガですら鬱になるという脚のトレーニング。事実ゴブリンの中でも大半がスクワットを投げだしたのだ。ゴブロウも心が折れそうになったが、女にもてたいので我慢した。
さらに片足だけで行うブルガリアンスクワットがあり、両脚でやるよりもさらに負担がかかった。
「次にプッシュアップだ。腕を使うが上腕筋だけでなく、胸の筋肉、大胸筋に強く影響する。プッシュアップは腕を広げたり狭めたりするだけでも筋力の影響力が違うのだ。足を延ばすのが無理なら、膝を曲げてもよい。これをできるだけやるのだ。筋肉に限界が来るまでやらねば筋肉は成長しない」
ゴブロウはプッシュアップを行った。腕がパンパンになる。一晩明けると胸や腕が痛くなる。腕が太くなり、胸が厚くなった。
「ふぅ、腕が太くなった。腕枕しているとき、自分の腕とは思えなかったよ」
「最後はクランチだ。腹筋はかなりきつい。下手をすれば腰を痛めるのだ。ゆっくりと行うことが大事だ。そうでないとせっかくの負荷が台無しになる。慣れたら左右の肘と膝を交互にくっつけるバイシクルクランチや、両脚を上げるレッグ・レイズなどもある。脚と大胸筋、腹筋は人体の基礎だ。トレーニングの種類は豊富だが、自分に合ったやり方が重要だ」
オガオは自分の腹筋を見せた。見事に六つ割れている。ゴブロウはオガオの腹筋に見惚れた。がんばって腹筋が割れるように力を注いだ。
あとは食事制限にも気を遣う。肉や魚だけではなく、豆やキノコ類も多く摂るように勧めた。これらはオガオがゴブリンの村の村長に指示させた。ゴブロウたちだけ特別扱いし、差別されないための配慮だ。
無論、村の仕事もきちんとこなせる。仕事をさぼってまで筋トレに夢中になってはならないのだ。オーガたちは筋肉によって不幸になった。ダイエットするあまり一切の食事をとらずに餓死した者もいたのだ。だからこそ筋肉の悲劇を繰り返さないように教えを広めているのだ。
☆
とある森の広場で、オーガ主催のボディビル大会が開催された。ゴブリンだけでなく、コボルトやオーク、ミノタウロスやオーガなど種族は豊富だ。
リザードマンは肉が付きにくいので参加しなかった。ハーピーやケンタウロスなどは上半身だけを評価するフィジークで参加していた。下半身が鍛えられない種族のための配慮である。ケンタウロスはもちろんのこと、ハーピーは両腕が翼だがプッシュアップやクランチはできる。
フィジークの部もそれなりに盛り上がっていた。身体を鍛えた他種族を見るのはなかなか楽しい。
ケンタウロスは分厚くなった大胸筋を見せつけたし、ハーピーも六つに割れた腹筋が素晴らしかった。それにフィジークは見た目のバランスを重視している。下半身は評価されないと言ってもバランスを取るには足を鍛えることも重要だ。下半身は奇麗に着飾っている。
そのうちボディビルの部が始まる。
ゴブロウを始めとして、オークやコボルトも出場している。全員マントを羽織っていた。
「おいおい、ゴブリンの奴が出てきたぜ。まったく無謀だよなぁ」
「ちびの癖に生意気だよね。オーガに勝てると思っているのかよ」
「目障りだ、消えろよ!!」
ゴブロウに対して罵詈雑言が浴びせられた。同族のゴブリンたちも冷めた目で見ていた。しかし彼は気にしない。なぜなら彼は一年以上筋力トレーニングを繰り返した。仕事も同時にこなしている。長い間鍛え上げられた肉体に自信を持っているのだ。
ゴブロウはマントを脱いだ。すると観客は野次を潜め、息をのんだ。
ゴブロウの僧帽筋はウロボロスが巻き付いたようにのように太くなっていた。大胸筋はまるでオークの尻である。腹筋はリザードマンの鱗のようで大根を降ろせそうだ。上腕筋はケンタウロスの足のように太く、肩にはちっちゃいドラゴンが乗っているように見えた。
脚はヒドラの首のようであった。
「あのゴブリン、土台が違うね。すさまじい迫力があるよ」
「ああ、オーガより体は小さいが衝撃がすごいね。まるで噴火寸前の火山だよ」
「鍛え上げられた筋肉は心を癒すね」
観客たちはステージに上がったボディビルダーを見て、歓声を上げていた。腹筋が割れたオークに、けむくじゃらだが日焼けの代わりにくっきりと筋肉が浮かび上がるコボルトなどがポージングを決めていた。
ゴブリンたちもゴブロウの肉体に見惚れていた。自分たちの貧弱な体と比べてゴブロウの発達した筋肉のなんと美しいことか。オーガの生まれついた筋肉と比べて迫力が違う。
その一方でゴブロウの均等に鍛え上げられた筋肉は素晴らしい。
「……くぅ、俺たちの負けだ……」
ゴブリンたちは膝を屈した。その様子をオガオが後ろから見ていた。筋肉の美しさに見惚れた者は皆兄弟だと思っている。ゴブロウには復讐心などない、ただ筋肉のすばらしさをみんなに知ってもらいたいだけだ。その望みは叶えられた。
ゴブロウはその後ゴブリンの村で祝福を受けた。そして惚れた女性の前に立ち、プロポーズを試みる。
「結婚してもいいけどボディビルはもうやめてちょうだい。なんだかムキムキで気持ち悪いわ」
その言葉にゴブロウは撃沈した。
のちにゴブロウは筋肉仲間を増やした。人間の冒険者たちの前で、十匹ほどがフロント・ダブルバイセップスのポーズを決めながらじりじりと近づくのだ。
人間たちは恐怖のあまり逃げる。しかし背後にはバック・ダブルバイセップスを決めたゴブリンが十匹待機していた。
円を描くように人間たちを包囲する。フロント・ダブルバイセップスから、バック・ダブルバイセップス。サイド・チェストからフロント・ラットスプレット。バック・ラットスプレットからサイド・トライセップス、最後にアブドミラルアンドサイで決める頃には人間たちの心は折れていた。
「うあぁぁぁ、ゴブリンのくせに大胸筋がベヒーモスみたいに歩いてるよ……」
「肩にちっちゃいケルベロスが乗ってるよ。なんなのあれ……」
「背中に悪魔が宿っていると思ったら、天使が羽根を広げたみたいになってる。狂ってるよ……」
その後、冒険者たちは筋肉を鍛えたゴブリンたちに囲まれ、潰されるのであった。
ゴブロウは族長となり、みんなに筋肉のすばらしさを教えた。人間たちはオーガ並の筋力を誇るゴブリンたちに恐怖するのであった。
ゴブリンにボディビルダーをやらせる作品です。
小柄なゴブリンだからこそ筋肉を身に着けた時の印象が強いと思いました。
楽しんでいただけるなら幸いです。