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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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第六章「対決」(一)-2

「!」


 集合から五分ほど経過した頃、編隊左翼に緊張が走った。

 笹井も目を凝らすと、友軍の斜め前方に大編隊を作り上げる空に撒いた胡麻粒が見えた。

 昼間に星が見えるほどでなはいが、十分に相手が単発機の群だと分かる。

 僚機の中には、早くもスロットルを開く準備をする者が現れたが、笹井は無線とバンクで制した。


 敵集団はこちらと同じ高度三〇〇〇。

 密集していて数も多い。速度も戦闘機だけにしては遅い。つまり、敵空母を飛び立った攻撃隊ということだ。


 その後お互いは十分ほどかけてすれ違った。

 米軍編隊の規模は、おおよそで二百から三百。自分たちより少なかった。

 そして、先発していた編隊からの無線で、横を通り過ぎていく敵編隊が二つ目であることを教えられた。


 双方の艦隊が動き回りながら艦載機を放ったので、後発だった自分たちとは違う空を敵の第一陣は通り過ぎたのだ。


 そして、第二陣が近くを過ぎたという事は、敵も間近だ。現に、編隊すべてを先導している彩雲は、少しずつ敵編隊の先へと進路を変更している。


 編隊の進路がこれほどしっかりしているのには理由があった。

 敵艦隊は、大きく移動をしておらず、四方八方の基地から飛び立った各種偵察機が、昨日の夕刻からずっと張り込み続けているからだ。

 夜間も平然と監視ができたのは、まさに電探と無線様々だ。

 おかげで笹井たちも、黎明全力出撃なんて芸当が、相手艦隊に対してできたのだ。


 敵が同じ事をしてきたのも、潜水艦か何かがずっと張り付いていたのだろう。

 互いに大艦隊すぎて、ここまで来れば隠れることなど不可能に近かった。


 また、大編隊が敵に対して奇襲をかけることも不可能。誰かが無線機ごしに呟いた。


「ホラ、おいでなすった」


 敵編隊とすれ違ってから約十五分、ついに敵直掩隊とご対面だ。

 彼らの少し向こうには、幾筋もの航跡も見える。

 間違いなくアメリカ太平洋艦隊主力だ。

 よもや日本近海で対決するとは思わなかったが、ここで会ったが百年目、恨み晴らさで置くべきかというやつだ。


「編隊全機に告げる。これより当部隊は、規定の方針通り先陣を切って敵の中心に向けて突っ込む。フンドシを締めて掛かれ、行くぞ」


 言うなりスロットルを全開にして、エタノールも遠慮なく噴射した。


 定格出力二一三〇馬力のエンジンは、オクタン価九九のガソリンとエタノールによって爆発的なエネルギーを与えられ、全備重量五トンに迫る機体をもの凄い勢いで加速させた。

 速度計はみるみる上昇し、アッという間に時速六〇〇キロを越えた。


 笹井大隊のうち連れてきた二十四機の烈風は、文字通り烈風となって米軍編隊に切り込む。


 あまりの加速と速度に不意を打たれた深いブルーの機体は明らかに動揺した仕草を見せた。

 そして、かまいたちの前の木の葉のごとく、熟練者たちの正確無比な射撃の餌食となっていく。


 十以上の爆発と黒煙が通過後に発生し、中央を切り崩された米防空隊の一角が完全に崩れ去った。

 笹井隊の他にも、翔鶴、瑞鶴所属の烈風も同じように敵に切り込んでおり、新鋭機の威力を存分に振りまいていた。


 だが、飛び立つ間際に説明されたよりも、相手が脆かった。


 笹井らがもう一度少し後ろに位置していた別の編隊に急降下で切り込み、そこで小隊ごとに分かれて格闘戦に持ち込む間際、編隊の誰かが叫んだ。


「なんだ、こっちと同じっていう逆ガルの新型がいないじゃないか!」


 確かに、笹井が確認した限りでも目にはいるのは、夢に出るほどシルエットを覚えさせられた、F4Fワイルドキャットばかりだ。


(脆いのはそのせいか。向こうも新型は攻撃隊に付けたという事だな)

 そう納得した笹井は、ならばと編隊を積極的に相手を突き崩す動きに変えさせた。

 烈風の速度ならF4Fより最高速度で百キロ以上優速で、降下しても逃がすことはないのだから、攻撃隊の進路を切り開く動きに徹した方が合理的だったからだ。


 そうして笹井らの戦闘機隊が切り開いた空路を、九割がた無傷で突破した攻撃隊が進んだ。

 目標は敵空母機動部隊。今現在眼下見える戦艦の群など、後回しで構わない。まずは空母を叩き、それから戦艦を料理すればいい。

 それが小沢長官の考えであり、機動部隊所属のほとんどの者の意見でもあった。


 時代は自分たちのものなのだ。


 だが、米軍は一筋縄ではいかなかった。


 攻撃隊には、日支事変から戦い抜いてきた歴戦の強者も多数含まれていたが、今回ほど濃密な対空砲火は初めてだった。

 ついこの間の聯合艦隊の演習の時の自軍砲火の全力射撃訓練に近いかもしれないが、見るのと体感するのとでは大違いだった。


 攻撃隊が接近すると、統制の取れた対空射撃が開始され、高角砲が作り上げた黒い花と恐らく二種類以上の機銃が作り上げた横殴りの流星雨が蒼空を埋め尽くした。


 だが、砲火が濃密だからと言って、攻撃隊の搭乗員達はまったく怯まない。

 悪意ある砲火を浴びせかけられるは初めてではないし、後は運を天に任せて突撃するしかないことを彼らは体験で知っていたからだ。

 伊達に英東洋艦隊を全滅させたわけではない。


 初手の攻撃が、制空権奪取を目的に戦闘機の比率を増やしたからと言って、約二百機もの攻撃機が編隊には含まれ、九割が防空圏を突破し、さらに一割が対空砲で撃墜もしくは脱落した。


 そして残り一六〇機は、空母だけに狙いを定めて対空砲の花を後ろで咲かせつつ急降下し、高度十メートル以下で突撃した。



「これが彼らの実力というわけか」


 その日の午後遅く、ハルゼーからのダメージレポートと戦果報告を聞いたニミッツは流石に嘆息した。


 その日、黎明から開始され互いに五波もの攻撃隊を送りあった日本とアメリカの空母部隊の対決は、十二ラウンドを戦い抜いたボクシングの試合のようになった。


 しかし、ヘビー級の世界王者決定戦のはずだったのが、アメリカの方が一ランクも二ランクも格下の相手であることを思い知らされた。

 アメリカは空母戦でKO負けを喫したからだ。


 もちろん完敗ではなかったが、好意的に見て惜敗、普通に考えれば惨敗だった。


 日本海軍第一機動艦隊は、母艦二十隻から五度の攻撃隊を出して見せた。

 黎明の第一次攻撃隊四百機、第二次攻撃隊四百機。

 接近を続けて昼頃に再び出した攻撃隊は、百から二百機程度だったが、延べ機数は千二百機にものぼった。

 しかも彼らは当初二百機、最後の段階でも百機近い防空戦闘機を艦隊前面に張り付かせて、アメリカからの攻撃をガードし続けた。


 大量の母艦と艦載機、そしてすべてを有機的に運用するシステムがなければできない事だった。


 対するアメリカ艦隊は、先日の航空撃滅戦で消耗しており、最初から逃げ切るべき意見が強かったほどだ。

 何しろ決戦など挑まなくとも戦略的な勝利は得られたからだ。


 作戦参謀のアンダーソン大佐などは、「スプルアンス参謀長と私で立案した作戦は、この段階での日本艦隊との決戦は想定していません。

 相手との個体実力差が同等であったとしても、大規模戦闘のための地の利がありません。

 勝率は三割に満たないでしょう」と言い切ったほどだ。

 その場はスプルアンスのフォローとニミッツの決意、そして何より大統領命令によって戦闘が決意された。


 手駒は、大型空母十隻に、すでに消耗した艦載機が約八百機。

 二番手となる戦艦は十四隻。航空戦で相手機動部隊の戦闘力を奪えば、あとは艦隊決戦に持ち込めば、砲撃力の差で勝利の可能性は十分あると見られていた。


 しかも、運のいいことに深夜に友軍潜水艦が空母部隊を完全に捕捉し、夜明け前まで報告を続けた。

 しかもその後も友軍からの情報に引き寄せられた潜水艦が日本艦隊を攪乱し、午後の混乱を突いて空母に雷撃を成功させるものすらあった。


 幸運から見放され予想外の事態に突き当たったのは、戦闘が開始されてからだった。


 日本軍大編隊をレーダー斥候艦が捉えると、すぐさま防空戦闘機隊が全機飛行甲板を蹴った。

 それは友軍攻撃隊を送りだしたすぐあとの事であり、タイミングはギリギリだった。


 米防空隊はレーダー情報と無線管制で戦闘していたのだが、各所で予想外の事態が発生した。

 破局の始まりは、機材とパイロットの練度の差だった。


 特に第一機動艦隊のパイロットは半数以上が実戦経験者であり、戦闘機隊搭乗員の何割かがアメリカで言うエースだった事が大きく影響していた。

 日本軍パイロットの多くは、戦場の女神が数年かけて選び抜いた戦士たちだったのだ。

 このためインターセプトは各所で失敗した。


 そして米軍の驚きは、日本軍艦載機はどれもが、優速だった事で頂点に達した。

 防空戦の主力だったF4F戦闘機より速い艦爆すらあったほどだ。

 つまりは、最初のインターセプトに失敗すれば、一部部隊に配備されたF4U以外追いつくことが極めて難しいのだ。

 これには、戦艦アイオワの戦闘指揮所から状況を見ていた米軍司令部も為す術がなかった。

 戦闘機の数が互角である以上、作戦や戦術で覆せることではなかったからだ。


 また、米軍は十分に準備していたとは言え、今回ほど大規模な航空戦は初めてだった。

 硫黄島や九州南部・沖縄の攻撃の時ほど初心者特有の混乱はなかったが、とても統制しきれる規模ではなかった。

 双方合わせて約一〇〇〇機以上の敵味方が、あまりにも狭い空域に満ちあふれているのだ。

 こんな事は、バトル・オブ・ブリテンでの資料にも載っていなかった。



 そして防空の要である戦闘機隊が突破されてからは、ダメージレポートのオンパレードとなった。


 第一次攻撃では、アメリカ艦隊は空母を中心に三十五発もの命中弾と二機の自爆機を受ける事になった。


 十隻あった空母のうち早くも半数が火柱を上げ、護衛の軽巡洋艦と駆逐艦も一隻ずつ被弾した。


 空母のうち、レキシントン級は流石と言うべきか被弾しても、外見上は平然としていた。

 レキシントンの方は飛行甲板を破壊され黒煙を吹き上げているので戦力価値は無くなっていたが、直接防御力の高さは米空母随一と実感させられる。


 それに対して、レキシントン級と同じ空母群に属していた空母で被弾したヨークタウンは、魚雷と爆弾を複数受けて完全に戦力価値を失っていた。

 ヨークタウンは早くも傾き、速力も大きく落ちていた。


 いっぽう、新鋭のエセックス級で構成された第一群は、五隻のうちイントレピット、フランクリン、ハンコックが被弾していた。


 もっとも、ハンコックは艦後部に爆弾を一発受けただけなので、一時間以内に損害復旧可能と判定されていた。三十分ほどで火災も消し止められている。


 だが、イントレピットとフランクリンは深刻だった。


 イントレピットは、片方に魚雷を四本も浴びせられ、爆弾も五百キロ級の大型爆弾を三発受けて完全に大破していた。

 船体は大きく傾いており、司令部ではすでに自沈処分を検討している。

 設計時には分からなかったが、エセックス級は水面下からの攻撃に弱いところがあるようだった。


 フランクリンは魚雷は一発で済んでいたが、爆弾の方は六発も浴び艦橋脇に自爆機にも突入され、全艦火の海状態だった。

 格納庫を含めて船体上部は炎に包まれており、航空燃料のガソリンに引火している事を伺わせた。

 艦橋が破壊されたため統一した指揮系統も消滅し、クルーも激減したため消火活動は思うに任せない。

 駆逐艦や巡洋艦が寄り添って消火を助けようとしているが、火勢が強くて近寄れないほどだった。


 だが、最も恐ろしかったのは、日本軍の第二波だった。

 彼らは、攻撃機の比率を多く編成し、すでに半壊していた米防空網を強引に突き破ると、止めとばかりに攻撃を行った。


 護衛戦闘機が少なく新鋭機もいないので、防空隊は相応の活躍もできたのだが、三〇〇機もの攻撃機に襲いかかられては、焼け石に水だった。


 第二波は、二〇〇機以上が投弾し、残っていた母艦のほとんどが被弾した。

 慰めとなったのは、母艦のほとんどが格納庫を空にしていたため誘爆が殆ど発生しなかった事で、またダメージコントロールチームの活躍で被害を最小限に食い止められた事だった。


 また、少し遅れて到着した日本軍の一部は、空母を狙わずに手近にあった戦艦部隊に襲いかかったのも、米空母群の健在に貢献していた。


 結果、旧式戦艦のうち二隻が手ひどいダメージを受けたが、空母の方は復旧したハンコックを含めて三隻が健在だった。

 残された手札は、エンタープライズ、タイコンデロガ、ハンコックだ。


 これではクックロビンを埋葬してやることはもう出来ないが、ジャップを埋葬することはまだ可能だと指揮官のハルゼーは闘志を失っていなかった。


 日本艦隊にも相応のダメージを与えた事が、不確定ながら判明していたからだ。


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