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南洋の決闘 〜日米海軍の一騎打ち〜  作者: 扶桑かつみ


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序章「出逢」

2007年に、私どもが一度同人誌で発行した架空戦記小説の転載になります。

ネット上では初出しで、私どものホームページにも掲載していません。

一九四三年九月二五日 サンクトペテルブルグ



 男の眼前には、バロック様式の大げさな作りの劇場があった。

 建築から数百年経過しているのは明らかで、恐らく戦禍でできたであろう小さな破損すら建物の演出なのではと感じさせるほどの風格があった。

 ただ、少し作り物めいて見えるのは、この町のいやロシア帝国時代の西欧風建築物の特徴だろうか。


 その劇場に向かって、一人の男が歩みを進めていた。


 眼前の劇場に入った男の外見は、ダブルのスーツを着こなした青年風で、金髪碧眼の目もと涼やかな一見青年実業家のようだ。

 普通の企業人と違うのは、歩調だった。

 歩調に調律が取れすぎており、同業者から見れば彼が軍人だと簡単に見抜いただろう。


 彼は劇場の中に進むと、目の前の大きな扉を控えめに人一人が滑り込めるだけ開いた。

 扉を開くと、声量過剰で音が割れてしまった声が轟いてくる。



 壇上にはちょび髭を生やした一人の男が銀幕の向こうにいて、男こそが声の張本人だった。


「諸君、親愛なるドイツ国民の諸君! 今、戦いは新たなる局面を迎えたのだ!」


 壇上の男は、中肉中背の身の丈を内面に溢れさせた精神力で数十倍にも見せんばかりに獅子吼している。


「なぜか? 歴史上ただの一度も敗北したことのない我が同盟国が、勝利の歴史に新たな一ページを刻み込んだからだ。そう、諸君らもご存じの通り、先日イギリス帝国東洋支配の象徴であったインド・カルカッタが陥落した事が、新たな勝利の記録なのだ。そして東洋の盟友は、自らの勝利によって我が帝国に次なる行動を求めていると言っても過言ではないだろう」


 演説する男のボルテージは、自らの言葉と共に青天井で上昇している。

 演説を再編集してプロパガンダ映画とした上映だったが、演説だけで一〇分以上にも及んでおり、銀幕を見つめる聴衆も男の演説に酔いしれている、はずだった。


「ふあぁぁ」


 場違いなまでの欠伸が、演説の間に見事にはさまり場内に響き渡った。

 周囲からは非難がましい目線が注がれ、非難の咳払いも一つや二つではない。

 今のご時世を考えれば、悪し様に罵られたり、官憲に突き出されたりしないだけ、場内の人々は節度と寛容さがあったと感謝すべきかもしれない。



 しかし欠伸をした人物は、周りを意に介した風もなく、薄暗い場内の椅子に腰掛け、肩肘を付いて眠そうな顔を前に向けている。


 欠伸男に興味を持った青年は、扉を静かに閉じると男の側に進んでいった。


「隣の席に座ってもいいですか?」


 青年は、ややぎこちないロシア語で男に問いかけた。薄暗いので分かりにくいが、欠伸男は身長一八〇センチ以上、ガッチリした体格で肌の色から東洋系のロシア人のように見えた。

 東洋系にしては目鼻立ちもハッキリしており、無精ひげさえなければかなりの好男児なのではと思われる。もっとも今その目はまったく眠そうに半開き状態だ。


「ああ、どうぞ。それとロシア語が不得手でしたら英語でもけっこう。私も助かります」


 欠伸男が前を向いたまま答えた。ややぶっきらぼうな口調だが、発音そのものは見事なキングスイングリッシュだった。

 それに、座っても良いかと問いかけただけなのに、青年が自分に否定的でない興味を抱いていることを見抜いているのには少しばかり驚かされた。

 欠伸男にさらに興味を抱いた青年は、自然と問いかけてしまった。今度は英語だ。


「ご出身は? ああ、失礼。私は……」

「アメリカ東部ご出身とお見受けしますが?」


 今度は欠伸男が首を向けて質問してきた。

 目は相変わらず眠そうに半開きだが、漆黒の瞳は深い知性を感じさせた。


「その通りです。良くお分かりですね。あ、私はロバート・アンダーソン。お察しの通りアメリカ東部出身です。ところで、あなたはアメリカ人ですか」

「いえ、ワシントンに少し居たことがあるだけです。発音があの街の人と似ているので、そうではないかと思いました。私は金城次郎。日本人です」


 金城と名乗った男は、最後の日本人を強調した。だが、アンダーソンと名乗った青年の予想通り知的な人物のようだった。もっとも、日本人というのは全くの予想外だ。

 彼の知る日本人とはまるで違っていたからだ。青年の口から自然に漏れたように、アメリカ人と言われた方がまだ納得いっただろう。しかし、青年から出たのは別の言葉だった。


「ミスター・キンジョーですか、よろしく」

「そう、金城です。英語に直訳すればゴールデン・キャッスル。名前ばかり立派で困っています。おまけに国じゃ、しょっちゅう読み方を間違えられる」

「ハハハ、幾通りにも読めるあなた方の文字も大変ですね」


 青年が儀礼的に小さく笑いながら答えると、男もニヤリと笑いかけてきた。

 男性的魅力のある笑みで、彼にデジャブーを感じさせた。


「ところで、何か私にご用でも?」


 さあ、本題だとばかりに、金城の顔から眠そうな目も笑みも消えていた。


「たわいない事です。このような場で見事な大欠伸とは、どのような人物なのかと興味を持ちまして」

「ああ。まあ、単に退屈だっただけです。暇つぶしに映画館に入ったのに、出し物まで退屈だとは世の中うまくいかないものだと悲嘆に暮れていたのです」

「なるほど。それはお気の毒に。しかし、日本にとってこの映画の主人公は、敬愛と恩義を感じる人物なのでは」

「まあ、結果的にはチャイナの泥沼から抜け出しただけでなく、諸々の問題も一刀両断してくれたワケですから、恩人も恩人、大恩人ですね。しかし、私にとっては仕事を増やしてくれた張本人に過ぎませんよ」

「お仕事? やはり外務か軍事関係の方ですか」


 金城は無精ひげのアゴをなでながら、もう一度ニヤリと笑いかけてきた。


「恐らく、貴方と同じ方の職業でしょう。ところでアンダーソンさん、アメリカ人にしては日本にお詳しいのはなぜですか? 差し障りなければお聞きしたい」

「お察しの通り、私も軍人です。今回の講和会議への出席を命じられたのも、最初はイギリスへ、続いて日本へ観戦武官として派遣された影響なのです。そして、日本の舞鶴と軍艦の上で半年ほど過ごしました。その時、日本語と日本人、そして強大な日本海軍に触れることになりました。もちろん「カンジ」にも」


 デジャブーが本物だったと納得したアンダーソンは、丁寧に答えを返した。

 目の前の男は、知己を得て損はない男であると確信したからだ。金城の方も同様に感じたようだ。

 目が半開きの眠そうなものから、本来あるべき目に戻っている。

 そればかりか別人のように真剣な眼差しを向けてきていた。

 それだけで顔立ちが数倍映えるようだ。


「イギリス海軍への観戦武官なら、私はあなたの乗っていた艦艇を攻撃したかもしれない。ご無事でなによりでした」

「と言われると、インド洋へ出戦されていたのですか?」

「はい、駆逐艦艦長だった上に最後は二隻だけの臨時戦隊の先任指揮官とされて、アラビア海でそれはもう酷い戦闘を体験させられました」


 アンダーソンに戦慄が蘇った。

 彼がトラウマになるのではと思わせるほどの恐怖を与えた艦隊の一部を、目の前の男が指揮していたのだ。

 金城もアンダーソンの変化を察し、さらに口を開きかけたのでアンダーソンが先を制した。


「お心遣いありがとうございます。しかし、立場の違いです。それに激戦となったアラビア海海戦を体験していなければ、赤色戦争での日本海軍への観戦武官へ志願などしなかったでしょうし、今もこうしてレニングラードじゃなくて、サンクトペテルブルグなどにもいなかったでしょう。もちろん、金城さんあなたに出会うことも」

「なるほど、私はあなたの人生に少しばかりの進路変更をさせてしまったわけだ。何か埋め合わせをしないといけませんな」


 金城は真剣にそう考えているらしい。

 知的な人物だが、先ほどの欠伸といい、どこか個性的な人物のようだと、新たな評価をアンダーソンはつけ加えた。


「おかまいなく。と言うより、私はあなたと出会えた事を今素直に喜んでいます。どうしても埋め合わせをとお考えなら、あなたと今少しお話をさせていただきたい」

「ああ、申し訳ない、私はもうすぐ仕事に戻らねばならないし、別件のため帰国も近いのです」


 金城は「う〜ん」と悩みこんでしまった。あまりに大げさな仕草で両腕を抱え込んでいるので、思わず笑みが漏れそうになる。

 そこで助け船をだそうとしたアンダーソンが口を開こうとしたとき、ガバっと立ち上がった。指先には、フロックコートの下のスーツの内側から神速で出された名刺が握られている。

 アンダーソンは、一瞬拳銃でも突きつけられるのかと思ったほどの勢いだった。


 また、ちょうどスクリーンでは、総統閣下の演説がクライマックスを迎えており、金城に他の客からの非難の声と視線が集中するが、金城は劇場の音量に負けないほどの声で切り出した。


「ミスター・アンダーソン、もし日本にお越しの際は、願わくばここを訊ねてください。我が家の住所です。家族共々歓迎させていただきます。ガキどもも喜ぶでしょう」

「あ、ありがとうございます。東京オリンピックには行く予定ですので、必ず訪問させていただきます。あと、今後私の事はロブとお呼びください」

「オーケー、ロブ。じゃあ私もジローでいい。では、そろそろ時間なのでこれで失礼する」


 アンダーソンが急いで自らの素性や住所を書いたメモを渡すと、金城は足早に立ち去っていった。

 まるで海軍軍人だと宣伝するような歩き方だった。

 もっとも、胸元から出した懐中時計を気にしているので、ただ忙しげな人にも見えて面白みがあった。


(暢気なんだか忙しいのか、よく分からない人だ)


 金城の後ろ姿を見送りながら、アンダーソンも内心を声色にのせまいと努力しながら声をかけた。必ず、再会しましょう、と。


 そして金城も、遠目でもハッキリと分かる顔にニヤリとした笑みを浮かべると、必ず、と言って光の溢れた扉をくぐって立ち去っていった。


 アンダーソンは、光の中に消えていく金城を見ながら、再会が五輪での再会であれば良いと思っていた。


 彼の頭脳は、今回の赤色戦争でのアクシズの勝利により、ステイツの現政権が焦りを強くしているではという危惧があった。


 そんな彼の内心を見透かすように、ドイツ総統アドルフ・ヒトラーの獅子吼が続いていた。


「諸君! ドイツ国民の諸君! 欧州のすべての諸君! アクシズに参加するすべての諸君! 私はここに確約しよう。私は常に諸君らの先頭を歩むと、諸君らの勝利の前進と共にあると!」



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