94:進撃! アジマ火山城!
「かかれ、かかれェーッ! いかに勇者たちの力を温存できるか、勝利の道を切り開くのは我々だ! 我ら一人一人ががんじがらめの未来への門を開く勝利の鍵なのだ! かかれェーッ!!」
魔法で拡大したマッシュの声が兵の皆の間に響き渡り、猛々しい重なり声が鼓舞を押し返してくる。
勇ましい鬨の声に打ち鳴らされる武具の音、さらに火を吹く砲音をまぜこぜにした大音量。これを伴って人類連合軍が突き進むのは、火山城。ネガティオンの居城であるアジマ火山だ。
流石は鋼魔の本拠と言うべきか、遠目にも強大強固であるだろう城門の前には、ひしめきあった魔獣がヤゴーナ連合軍の突撃を受け止めている。
「ええい! これだけの大群を前に斬りかかることも出来んとはッ!?」
「落ち着いてグリフィーヌ、今は作戦通りに、温存の時だ」
「分かっている。だが歯がゆいものは歯がゆい!」
グリフィーヌが込み上げる女騎士としての性を放り出すように、サンダークローを放つのに合わせ、吊るされた私もプラズマショット。この直撃に飛行型の魔獣は巨体を空で支える翼から力を失って地に落ちる。だがここまでだ。地上にで先頭を切って戦うことが出来ないのは私も辛い! しかし人々のたっての願いからの作戦である以上、無碍にしてしまうことは私には出来ない。
鋼魔王ネガティオン。これを討ち取れる可能性があるのがライブリンガー隊、その主力に限られる以上、その力は温存すべきである。
これがマッシュの提案し、連合軍の支持を得たアジマ火山城攻略作戦。通称「お宝は最後までとっとけ」作戦である。
多大な犠牲が出るだろうこと。それが火を見るより明らかなこの作戦に、私はとても賛成できなかった。しかし、立案者であるマッシュと彼を推す人々は、我々に守られてばかり、任せてばかりでなく、力を合わせて戦うのだと熱烈に説いてきた。これにセージオウルも圧倒的なネガティオンの力を理由に、私を説得する側へ。
熱意と理屈で押しに押された私は、条件付きではあるが、結局人々を前に出すこの作戦を承認してしまった。
その条件とは、次善策として私たちが前に出る陣形への切り替えタイミングと、私たちが突入するタイミングの前倒しである。
私たちを温存させた上で突入させるいう計画上、その本質はあくまでも突破口を開くことである。よって軍勢でもって力押しにこじ開けるのではなく、工作隊によって火山城の入り口を開くことを第一とし、それが成った段階で私たちの出番となる。
そして工作隊が門を開けるまでに、連合軍の陣容が崩壊する事態となった場合。例えば鋼魔の将を強化したような大物の登場。例えば鋼魔王が早々の出陣などがあった場合には、即座に私たちが先頭に立つ形となること。そうなるまでも、空から頭を押さえてくる魔獣に対処するのは良し。これらを条件とするのが、私には精一杯であった。
「ええい! 私が使っていた空からの入り口がガチガチに塞がれていなければ、陽動を任せるのはともかく強行突入出来たものをッ!」
グリフィーヌは忌々しげに吐き捨てながら雷電爪を一閃。直後空を滑った我々のいた空間を熱線が貫く。これが火山城の鋼魔空軍用の出入り口を塞いだバンガードからの砲撃である。
空からの先行偵察もしてもらったところ、グリフィーヌらが使っていた出入り口には先の戦いで結界を揺るがした大亀のバンガード、それに類似した小型のものを詰められてギチギチに塞がれてしまっているのだ。グリフィーヌの追放と離反、ウィバーンも戻らずということで、私たちを招き入れることにしかならないだろうとはいえ、思いきったことをしたものである。しかし進入路を埋めて封鎖している都合上射角には制限がかかっているようで、幸いにもドラゴの守りを貫いて城門に押し寄せる連合軍を狙い撃てるほどでは無いようだ。設置した側もそれを分かっているようで、その分私たち狙いに集中させているようだが。
それでも砲撃ごとの正面突破も不可能ではないだろう。だがそれは火山そのものを吹き飛ばしかねないし、それでネガティオンを倒せなかったとしたらことである。だから力任せに封鎖を破るという手段は取れずにいるというわけだ。
「もういっそのこと、クレタオス辺りにイルネスメタルを足したのでも出てきてくれれば、こちらも陣形を変えられるものを!」
「あまり滅多なことは言わないでくれよ。ほら、こっちに来たよ!」
「ウォオオオオオッ!? お手柄だぁッ! 仕返しだッ! こないだとっ捕まえられた万倍返しだぁあッ!?」
私が地面を指差せば、そこには炎と土煙を巻き上げて私たちへ走る猛牛戦士の姿が。
鋼魔王の敵である私と、離反者であるグリフィーヌ。そんな手柄首である私たちしか見えていない牛なのに猪な鋼魔破将クレタオスを見下ろして、グリフィーヌはその猛禽の目を鈍いリズムで瞬かせる。
「素のままで出てきて、私たちを地に堕とせるつもりなのか?」
そして退屈げなつぶやきを漏らしながらひと羽ばたき。対空砲撃の火炎弾と火山のバンガードの砲撃をするりとかわす。
私を吊り下げていながらこの機動は流石だ。しかし今のところは問題なく対処出来ているが、このモチベーションの低下は危うく思える。それにクレタオスの走っているこのコース、このままでは連合軍を巻き込みかねないぞ。
「グリフィーヌ、彼が前というか、私たちしか見えていないのは好都合だけれど、このままのコースでネガティオンのご機嫌取りを、というのはさせたくないな」
「……ふむなるほど。私自身が剣を振るうのを最小限にという縛りの中でやるならば……うむ、それはそれで!」
私の願いを受けて戦場を俯瞰した彼女は、鋭い眼光を灯す。私の言葉から何を読み取ったのかはともかく、やる気が蘇ってくれたのは何よりだ。
そのやる気を乗せた力強い羽ばたきで火炎弾とエネルギー砲を避けつつ大きく空を滑る。そうなれば自然――。
「逃がすかよッ!!」
クレタオスはその旺盛な闘争心に任せて、私たちを追いかけて機体を返す。もうもうと赤く染まった土煙を上げる上げてターンしたその先は、鋼魔に従属する魔獣の集団。いわばクレタオスの配下の者たちだ。
「ぐおッ!? 邪魔だどけぇえッ!?」
燃える角から怒涛の勢いで突っ込んだクレタオスは、それが陸生魔獣の集団だと気づいているのかいないのか、ただ私たちとの間を阻む障害物を打ち破ろうと躊躇なく角を振り回し、踏み込みの力を上げる。その力は一直線に鋼魔軍を引き裂き、火をつけていく。
「うぅむ……想定通りそのまんま、なのだが、こうまで手のひらでコロコロに自軍を攻撃されてしまうのを見ると、さすがに引くな」
「うーん、なんというフレンドリーファイア」
誘導されるがままに、自軍の陣容を蹴散らし踏み荒らして焼いていく猛牛のありさまには、誘導しているグリフィーヌも私もちょっと戦果だと喜ぶ気分にはなれない。しかしこれも、私が教唆して彼女が行動した結果であるので、クレタオスに地獄絵図を起こさせてしまった戦果として甘んじて受け止めるほかないだろう。
「あ、グリフィーヌ、火のついた魔獣の内、味方に近いのは倒すなり吹き飛ばすなりしておこう」
「うむ。火遊びの後始末はせねばな」
私がプラズマショットと共に促すのに続いて、グリフィーヌもまたサンダークローで延焼を起こしつつあるものを切り倒していく。
味方である連合軍にまで炎の被害に合わせては申し訳が無い。
そうして放火魔を誘導しながら、彼の着けた火の始末をつけるという、半ばマッチポンプじみたやり方で魔獣たちの被害を広めていると、地面から噴き出た水柱がクレタオスを足元から打ち上げる。
「グオワァーッ!?」
「だーめだぞー! ちゃんと前見なきゃだーめー!」
顎を大きく仰け反らす勢いで打ち上がった火炎猛牛を叱るのは、泥水から顔を出したグランガルトだ。フルメタルの大ワニは泥から這い出ると、地面に角から突っ込んでしまった同胞の尻に噛みつき引っ張り出してやる。
「アーッ!? な、何をしやがる!?!」
「せっかくはまってたのを助けてやったのにー!」
「引っ張り出してくれたのはお前だが、突っ込ませたのもお前だろうが!? てか放せ、食いついたまま喋るんじゃねぇーッ!?」
「あばれすぎてるからだー。ディーラバンからちょっとおさえとけってー」
そのまま渡河に失敗して餌食になったかのように、クレタオスはグランガルトの泥穴に引きずり込まれていってしまう。
グリフィーヌはそんなかつての同僚の絡み合いを、呆れたような色合いの目で見下ろす。
「……何をやっているのだ、あやつらは……もはやここで一発、強めの雷でも落としておいてやるか……」
私もそれに合わせてスパイクシューターを落とした方がいいだろうか?
そんなことを考えた瞬間、火山城の内部へ続く出入り口が爆音を上げて弾け飛ぶ!
「やったぞ! 工作隊がやってくれた! みんな、勇者たちの道を閉じさせるなッ!」
「おお、開いたかッ!? すわ!」
盛大な音を立てての突破口開通に負けじとマッシュの声が響くのに、グリフィーヌが突撃だと滑空の姿勢に入る。が、それに待ったをかけるように、門を隠す煙幕の中から、転がり出るものがある。
それはフルメタルのキツネ。それも紅葉めいたレッドブラウンと、光を跳ね返す雪のような銀の二頭だ。大きさはノーマルの私よりも大きく、鋼魔の将たちや三聖獣たちに近いだろうか。カラーリングは対で各部に細かな差異はあるもののほとんどがそっくりそのままの共通だ。
「……何者? 新手の鋼魔か?」
ここへ来て知らぬ双子のメタルフォックスの登場に、グリフィーヌを始め、ヤゴーナ連合軍は警戒を強める。
だがその口からこぼれ落ちた者が、大きく両手を広げ、未知の相手を牽制しようという動きを阻む。
それをやった者の姿に、私もグリフィーヌも目を激しく点滅させられてしまった。
「ビブリオ、ホリィッ!? どうして彼らとッ!?」
「撃たないで! ハイドたち、この二人は味方なの!?」
「っていうか、ビッグスさんとウェッジさんたちだったんだッ!?」
「はぁあッ!?!」
工作隊に加わっていた友人たちの無事に安堵する間もなく押し寄せる仰天情報に、私たちはみな混乱にその動きを止めていた。そこへ薄まった煙の中から黒い影が、鋼魔の迅将クァールズが飛び出してくる。
「毎度毎度目障りなガキがッ! 今日こそ、今度こそッ!!」
忌々しさを込めて躍りかかる黒豹を止めようと、私とグリフィーヌは慌ててその間に滑り込もうと。しかしいかに急いでも埋められないものが私たちの間を阻む。
だがクァールズの爪もワイヤーも、ビブリオとホリィには届かない。細身の素早そうな鉄巨人へとチェンジしたメタルフォックスの双子が、友へ向かう魔手を阻んでくれていたからだ。
この動き。そしてバースストーンの輝きが、彼らが間違いなく味方であると、私たちに知らせることとなったのであった。




