93:すべては勝ち残り、生き残ってからか
「なんなのだアイツらはぁーッ!?」
轟いたグリフィーヌの雷を、私はロルフカリバーで受け止めさばく。無論一度閃き轟いて終わりということはなく、腕を返し翼を翻して幾重にも雷鳴を連ねる。
「ホッホウ。本日のキゴッソ王都外れの天気は、ところにより雷と刃と言ったところかな?」
「オウル、あまり茶化すな」
「まあ、荒れる気持ちも分からんでも無いがよ。俺様の旗揚げてる連中だからなあ……」
笑い続けるセージオウルに、苦言を呈するガードドラゴ、そして何も言えねえと伏せるファイトライオ。そんな三聖獣が眺める中、私は女騎士型のグリフィーヌと切り結び続ける。
グリフィーヌを苛立たせている「アイツら」とは、かつての上官飛竜参謀とその手の者――ではなく、飛竜の紋章と獅子の国旗を掲げた機兵隊だ。
「アイツら、今まで我々が使っていた城近くの区画を乗っ取って、我々を外へ追いやるとは何様のつもりだというのだ! それも寝返り組だと嘲る私だけならばともかく、ライブリンガーたちまでッ!!」
「そうだそうだー! これまで鋼魔との戦いのせんとうでがんばり続けてきたのが誰だと思ってるんだー!」
「ライブリンガーたちが留守の間の守備を任せるための戦力という話しにはなってるけれど、こんなさっさと行ってこいって風な配置替えなんて、あんまりだわ!」
グリフィーヌの雷に混じって、ビブリオやホリィ、ラヒノスが不満を吐き出す。
城主であり、国主となるフェザベラ王女とその補佐であるマッシュを始めとする人たちは機兵隊主導の配置転換に待ったをかけてくれていたのだが、新兵器であるが故の整備や、守備隊としての務めの都合を理由に、さらにメレテ王子寄りの人たちの後ろ楯を受けてゴリ押しに進めたのだ。
「ああもう! ライブリンガーが止めてくれていなければ、今ごろは実力を試す模擬戦で頼るに足らぬというところを見せつけてやったものを!」
「うん、まあグリフィーヌが加減をしくじるだろうとは思わないが、それでもあちらは味方で、魔獣掃討で力を示している以上は、ね……」
現にフラストレーション任せに剣を振り回している風ではあるが、ノーマルの私でも受け止め、凌げる程度の鋭さ以上にはなっていない。そんな彼女の技量は信頼しているが、連合軍の内部でも機兵隊が少なくない味方をつけている以上、グリフィーヌが立場を悪くするのも忍びなく、止めるしかなかった。
「ライブリンガーの気づかいはありがたい……だがやはり、アイツらのやりようは、言葉は……どうにも許しがたいッ! 我が勇者を用済みだとばかりの……ッ!!」
「もはや我々に伝説は必要なくなった、だったな、ホッホウ」
「言ってくれるなあぁーッ!!」
諳じたセージオウルの言葉に、耳にした瞬間の怒りが甦ったのか、グリフィーヌは大上段からの落雷じみた剣を落とす。
これはちょっと危なかったな。いや、もちろん刃の腹での受け止めは出来たが。
「し、痺れたあぁ……」
受けたロルフカリバーから震える声が漏れるほどには、鋭利で重たい一撃だった。
これにグリフィーヌは、焦り気味にロルフカリバーに叩きつけた稲妻の剣をボディごと退く。
「うおっと……スマン、力が入りすぎた」
「け、賢者殿! 竜騎士殿が言うように、火に油を注ぐようなのは慎んでくだされッ!」
「ホッホウ、すまんすまん。勘弁してくれ」
グリフィーヌの謝罪に対して、ロルフカリバーに名指しに非難されたオウルのは軽くてゆるいものであった。
「……しかし、伝説が必要無くなった、か。これが本当ならば良い、喜ばしいことだがな」
続いたこの一言に、グリフィーヌがギュンと踵を返して稲妻の刃を白フクロウの賢者へ向ける。
「何が、良いとッ!?」
「そうだよセージオウル! 何でなのさッ!?」
今にも踏み込みかねない勢いのグリフィーヌにビブリオが続く。しかしセージオウルはこの剣幕に大きな目をぱちくりと明滅させつつ首を回す。
「ふむ? 闘争の最前線から身を引ける、引退できるというのは良いことではないかね?」
ホッホウと締めるオウルの言葉に、私は深く納得を示す。
戦わなくても良いということは、復興や開拓の仕事をメインに持っていくことが出来ると言うことだ。多少戦力として当てにされることはあるだろうが、それでも主力でなくて良いのなら少なくとも今以上に大工仕事に取り組める余裕は出来るだろう。
「それは間違いなく良いことだね」
私のこの一言に、ドラゴとライオも重ねて首を縦に振って賛成してくれる。
「然り。近しい人間を守ることに専念し、平和に心穏やかに過ごせるのならどれだけ素晴らしいことか」
「ちっと力が有り余って退屈するかもだが、腕試しの試合程度でなら良い相手もいるしな」
「なによりあくせく飛び回って、頭を回さなくて良くなるのが良い。人間同士の諍いに気を回すのはまっぴらだからな。ホッホウ」
「お前はそればっかりだな」
セージオウルのものぐさ発言にライオが突っ込み、三聖獣は笑い合う。ここまででセージオウルの言葉意味を理解したグリフィーヌも、サンダーブレードを解除する。
「……たしかに、強さを競うの相手に事欠かないのならば、悪いことではないか」
「……でも待ってセージオウル、いま人間同士のって言ったよね? 鋼魔をやっつけたあとはそのまま平和になるんじゃないの?」
しかしその一方で、ビブリオはセージオウルの言葉を取り上げ、詳細を尋ねる。
この質問に言ったセージオウルはもちろん、ドラゴとライオも、ホリィも気まずそうに目を伏せる。
違うのだろうか?
現在は鋼魔という共通の脅威を前に、連合を結んで固く協調して戦ってきている。そういう人々であるから、今後も連合という枠組みの中、力を合わせて行けるのだろうと。そう思っているのだが。
「ホッホウ。ビブリオもライブリンガーも純粋なことだな、それはそれで良いことではあるがな」
自分を含めた周囲がフォローすればよいことと、セージオウルはキョトンとする私とビブリオを眺める目を瞬かせる。そのリズムが優しいのはいい。いいんだがどうにも居心地の悪い気持ちもある。
「えぇ……そうかなー? ライブリンガーみたいに心配になるほどお人よしじゃないと思うけど」
しかしまさかのビブリオの一言である。いや、日ごろから心配させてしまってるのだろうというのはすまないとは思う。思うが、解せぬ。
皆も同じ考えのようで、しょうがないなと言わんばかりに揃って目の輝きが懐深く柔らかいものになっている。
「……共通の敵がいてこそ、広くまとまれるというところはあるさ」
そこへずしりずしりという足音と共に、落ち着いた女性の声が。それに振り向けば、こちらへ四足で歩いてくるラヒノスと、その背を借りた黒髪の女神官フォステラルダさんと、相乗りする鍛冶屋の親方さんの姿が。
「俺らで言えば、とんでもなくデカイ注文によその工房とも手を貸し合うってところだな。それを捌けばまた元の商売敵に逆戻りと言うことよ。と、ありがとうよラヒノスよ」
親方さんとフォステラルダさんは足代わりをやってくれたラヒノスに礼を言って降りると、自分たちの足で私たちのところへ歩いてくる。
「……手を取り合い続ける、ということは出来ないのでしょうか」
私のこの言葉に、フォステラルダさんは色々な意味で残念ながらと頭を振る。
「関係が友好的に傾かない、とは言いきれないけどね。狩り場が被った狩人が、話し合いで折り合いがつかないのなら、獲物を取り合うことにもなるさ。生き物ならひもじいことは恐ろしいし、そうさせる相手と飢えの恐怖を結びつけないってのは難しいよ」
「政治の話は分からんが、俺も工房のモンを食わせていかなきゃならん。その食い扶持を取られかねん相手、取り合ってきた奴らとの付き合いというのはな……」
預かる命が多くなればなるほどより多く、複雑に手取りを増やしていかなければならないと。そういうことなのか。
命がより安定した生を求めて動くことが、同時に他の命を脅かす。理屈としては分からないでもない。けれど、どうしても避けられないことなのだろうか。
「それで鋼魔をここまで押し返してきてあの機兵の登場だろ……まったく、キナ臭いったら無いじゃないか。いつから作ってたのやら」
「ああ。鋼魔に対抗するのに必要で、秘伝を漏らしたくないからというのは分かるが、俺らもごく最近の鎧やら武具やらの部分にしか関わらせてもらえなんだからなぁ。まあ動いているのを見たら、鎧の発注もお断りしたくなったがなぁ」
「私もなんとなく危うい気配は感じていましたが、そんなにですか?」
二人が味方であるはずの機兵に対する疑惑と嫌悪感をあらわにするのに、私自身も不安は持っていたが、抑えていてもうなり声が漏れてしまう。
「ああ。どんな魔力で動かしているやら、勇者様方の近くにいるのと違って、どうにも落ち着かんからな」
「色々と怪しすぎるさね。対抗して用意した鋼魔への用事が終わったとして、その後の使い方は、国内の魔獣狩りだけに留まるのかねえ……」
「ホッホウ。現段階で始まっていないだけまだマシ、良識的だと言う他ないな」
「そんな、メレテが連合してる相手に攻めかかるなんて……」
言葉にしたビブリオはもちろん、私もショックだ。けれどセージオウルたち聖獣もフォステラルダさんも、ホリィまでもがこの未来図に確信を抱いているようであった。
「そんなことになったら、私は……いや私がそんなことをさせたりは……」
「いや、それはやめておいた方が良い」
「だな。それには俺様も反対させてもらうぜ」
しかし私の争いを阻もうという決意を、ドラゴとライオがお見通しだとばかりに先回りにキャンセルしてくる。解せぬ。
この思いと疑問が顔に出ていたのか、セージオウルがゆっくりと首を左右に回す。
「人間たちが手に負えぬ相手との戦いにならばともかく、人間同士の戦いにまでは加担、干渉すべきではないぞ。それをやるのならば、最後まで人類種族を管理、統御する覚悟を持たなくては。ホッホウ」
「それは……それが、三人が石の眠りについた理由だというわけかい?」
「……理由のひとつではあるな。合体に目覚める前では、全ての力を尽くして眠りにつかねばならないほどの脅威を相手取っていたことも理由のひとつではあるがね。ホッホウ」
私の推測からの質問に、セージオウルは「具体的なところはおぼろげなのだがね」と苦笑しつつ首肯する。三聖獣は私たちよりも先に生命の危機に立ち向かった大いなる先達である。経験からくる忠告なのだろうかと思い至れば案の定だ。その経験は尊重するべきであるし、私も人々とは良き隣人、良き友ではありたいだけだ。人々を導くなどという大それたモノになるつもりはないし、その必要もないだろうと信じている。しかし、だ。だからこそしかしだ。
「……それで友が危険にさらされたり、道を踏み外したりというのを黙って見過ごすことは私には出来ないよ。それがもし仮に、何か巨大で邪悪なる意志に誑かされてのことかもしれないとなれば、なおのことね」
「ライブリンガー……ありがとう」
「ふむ。それでこそ我が勇者だ。私はどうなろうともライブリンガーに付き合うぞ」
「無論殿の剣である拙者もです」
私の結論を受けてビブリオは顔を明るくして、グリフィーヌとロルフカリバーからも弾んだ声が上がる。
「なら友達として人々が邪悪に踊らされることがないようにしないと! ……と言いたいけれど、ついこの前に惑わされてしまった私が言っても良いのかしら?」
途中までは勢いがあったのに、尻すぼみに力を失うホリィの言葉に、みんなそれはないだろうとばかりに肩を落とす。
が、その中でいち早く立ち直ったフォステラルダさんが弱々しい養娘の肩を叩く。
「何言ってんだい。惑わされかけたからこそ分かるもんだってあるだろ? あとだからって、アンタが背負子みたくもないもん背負うことはないし、立ちたくもない舞台に立つこともないからね」
「そ、そうだよ姉ちゃん! 母さんの言うとおりだよ。ボクだっているんだから!」
「ありがとう……先生、ビブリオも……!」
養母がウインク混じりにホリィの背を押して力づけるのに、ビブリオも続く。これにホリィは感極まってフォステラルダさんとビブリオに順繰りに抱きつく。
この包容にビブリオはたまらずに目を白黒とさせ、顔を全身の血液を集めたみたいに真っ赤にする。
「ホッホウ。しかし色々と先々や裏のことお考えはしたが、結局大きく動くのは鋼魔との戦が終わってからのことだからな」
「ああ。今のところは結局、捕らぬ内の皮算用といった話だからな」
「決戦か。燃えてきたぜ!」
そうだ。つい友人たちの様子に微笑ましく見入ってしまったが、とにもかくにも目の前に迫った戦いのことだ。人々を蹂躙し滅ぼそうと言う鋼魔王、ネガティオンとの決着をつけてからのことだ。




