92:謎めいた新兵器
今こそ鋼魔の本拠にまで攻め上るべし。
聖獣合体ミクスドセントの登場により、鋼魔軍を撃退したヤゴーナ連合軍の出した結論がこれだ。
話は分かる。新たな合体により、味方に強力な戦力が揃ったのだ。鋼魔もアレだけの規模のバンガードを再び用意するには時間を要することだろう。加えてグリフィーヌがこちらに加わった事で、攻め落とすべき本拠地がどこにあるのかがハッキリしている事も大きい。
古くから魔獣たちの支配圏と見なされていた大陸の北部、そこにあるランミッド山脈にも連なる活火山アジマ。そこがネガティオンの居城なのだ。
攻め落とすべき場所が定まり、相手も体勢の立て直しの中と思われる時。勝利して決着をつける好機だというのは、私ライブリンガーも同感だ。
「しかし、それだけではうなずけないのが本音だね」
「そうね。お城の地下の迷宮も封印し直したけれど……」
私のつぶやきに運転席に座るホリィがハンドルに寄りかかりながらうなずく。
そこは動くから支えには向かないよ。とは思ったが、さておき彼女の言った事は私の心配事のひとつだ。
詳細はともかく、危険なものが閉じ込められていることが分かったあの地下迷宮は結界を揺るがす襲撃を撃退したのちに、後始末の一環としてすぐさま扉を閉じて封印した。それはもう厳重に。具体的に言えば扉にもう一枚厚手の金属板を被せた上、土砂で埋め、さらにマキシマムウイングでロルフカリバーを装備した私と、合体した三聖獣で結界を張ったくらいにはガチガチにだ。
何故鋼魔が手出しをしなかったのか。それがハッキリするまで調べもしないうちに、私たちの総力でも簡単には開けられないように閉ざしてしまったのは、学者肌の持ち主にはおぞ気が走るようなことかもしれない。
だが調査のためとはいえ、あんなモノが潜んでいる迷宮を開け放ってはとてもおけない。心を、命を冒涜しようとするアレは、絶対に地上に出してはいけないものだ。
鋼魔が何を企み、何を狙って封印された迷宮を破らずに、むしろ守るようにしていたのかはともかく、内からも外からも解放されないように封じ続けていれば良いことだ。出さずにおけば何の問題もない。それも出さずにおければ、の話だ。
「結界を破壊しうる手立てを鋼魔が用意できる。それが分かってしまったからね」
「でもそれは、だから時間かけちゃいけないだろって言われちゃったんだよなー」
「それも間違いなく一理あるんだけれどね」
助手席のビブリオのぼやいた通りに、会議の席でこの懸念は、逆に今こそ攻め込む時との意見を後押しすることになった。
前線を押し上げたのなら、同時に大きな拠点に破滅の手が届くまでの時間稼ぎにもなるので構わないのだが。
だが心配なのは、危険なモノを封じた迷宮が解かれることだけではない。それも含めてのことだが、私たちの留守中を守れる戦力のことだ。
決着のために軍を進めるということは、必然最大戦力である私たちを一丸に攻め手に回すことになる。結界があるから専守防衛に勤めればそうそう総崩れということも無いだろうが。それでも、私たちが抜けてしまえば犠牲の増えることは避けられないだろう。防衛のための戦力増強はしてもらわなければ、攻め手として安心して前進することなど出来ない。
「その解決策も出してもらえたけどさー……それがあのメレテの王子様からのっていうのがなぁ……面白くないの! 絶対なんか落とし穴があるんだから!」
ビブリオはそう言ってムスッと窓の外を向いてしまう。その姿に、隣に座るホリィが困り笑いを浮かべながら弟分をなだめるようにその肩を撫でる。
防衛用の戦力の補充は、メレテ王子が送ってくれていた新兵器を装備した部隊が担ってくれる運びとなった。まるで示し合わせたようなタイミングでの派兵あるが、もちろん最初からつもりで出してくれていた戦力ではない。単純に戦力を充実させるために寄越してくれた部隊が渡りに船だったということだ。
「その増援隊の隊長さんも隊長さんだよ! くっついて来てる人がたくさんいるからって、ライブリンガーを迎えに来させようだなんてさ! 王子様のお気に入りで新兵器を任されてるからって調子に乗ってるんじゃないの?」
「言うものだねえ」
「だっておもしろくないよ! その新兵器だって、どれほどのもんだかわかったもんじゃないじゃない!」
というわけで今現在私たちは、街道をキゴッソ王都に向かって進んでくる新兵器を備えた増援部隊を迎えに行っているわけだ。しかしそんな現状に対するビブリオの不平不満が止まらない。後部座席に座るエアンナもそうだそうだと煽るから余計にだ。その原因はホリィを傷つけるメレテ王子への反感だろう。その反発は、私にも分からないでもないが。
「私やライブリンガーを思って言ってくれてるのね。ありがとう」
「しかし、今回の場合は私としては迎えに行かないわけにもいかないね。そうだろう?」
「うん、まあ……フォス母さんが一緒に来てるから、行かないわけにはいかないけどさぁ……」
増援の新設部隊に同行してきている人物の中には、皆の育ての母フォステラルダさんも加わっている。そんなわけで、普段はフェザベラ王女の傍に付き従っているエアンナも今日は私に乗って一緒に、というわけだ。
「そんな顔で様子見に来てくれた先生に会うわけにもいかないわよね? 面白くないのは分かるけど、今は忘れていきましょ?」
ね? と、呼びかけるホリィに、ビブリオとエアンナは唇を尖らせたまま、渋々ながらうなずく。
そんな車体の中でのやり取りを見守っていた私は、ふと前方からの奇妙な振動を感じ取る。
タイヤから伝わるこれに私が警戒を強めるのに、車内の三人もまた「どうしたの」と潜めた声で尋ねてくる。
「重たい、足音かな? そんなものが前の方から近づいて来ているんだよ」
「ええ!? まさか魔獣の群れ、鋼魔が!?」
「それにこれから行く方なら、母さんたちが教われてるかもってこと!?」
「お願いライブリンガーッ!」
任せてくれと乗り込んでいる友たちに返して私は音を立ててタイヤの回転を上げる。
前方からの足踏みのリズムは、複数が折り重なっているものの一定で、激しく足取りを変える戦闘のものとは違う。しかし戦闘中でないだろうからと楽観視するのは危険だ。クァールズがグリフィーヌの目を盗み、結界の隙間を潜るなど、潜入工作が行われる可能性はゼロではないのだ。
そんな思いで急ぎ足に地響きの元へ駆け寄った私たちの前には、予想だにしなかった景色がーー。
「な、なに……あれ?」
「また、ニセライブリンガー? またなの?」
再びの私の贋物。ビブリオがそう表したとおり、正面から石畳を踏み均しくるのは、鉄巨人の集団だった。
それはかつて、人々と私たちの間に不和の種を蒔き、グリフィーヌの怒りに触れて斬り倒されたあの悪意の軍団を思い出させるモノではあるが、そうではない。
一歩踏む度に、重たげに鳴る分厚い騎士甲冑は地金の色がそのまま。さらに兜の面覆いは斜め十字のスリットが入ったツルリとしたもので、私とは全く似ていない。車輪も見えず、車への変形機構も有していないようだし。
そして彼らの鎧と掲げた旗には、都の守り像だったファイトライオを象ったメレテの国章と、部隊章なのだろうか飛竜を象ったものが。
「……つまりは味方で、あれらが巨人騎士が王子様の寄越してくれた新兵器だと言うことか」
「そんな!? あんなのが作れちゃったっていうの!?」
私も信じられない思いだ。魔法があり、鋼魔という敵や味方の私たちという実例を見たとはいえ、淀み無く歩ける巨人騎士を用意できてしまうような力がどこにあったのか不思議で仕方がない。だが、いくらそうはならんだろうと言ったところで、現物が目の前にあるということは、できているということだ。
そんな正面の光景に、私たちが愕然としていると、巨人騎士の足元から一騎の騎馬が飛び出し、こちらへ駆け寄ってくる。
「ああ、勇者様じゃないか!? ホリィにビブリオ、エアンナも乗って来てるのかい?」
「フォステラルダさん? え、ええ。せっかくですから、三人といっしょにお迎えに来ましたよ」
その騎馬は白い神官服を来た黒髪の女性、フォステラルダさんのモノだった。神官服を翻して巧みに手綱を捌いて馬を車体に横付けにした彼女は、車内にいる子どもたちに笑顔を向ける。
「今のところ勝ち戦続きだとは聞いてたけど、アンタらはケガはしてないみたいだね。ケガは」
「はい先生。ライブリンガーのおかげで私たちはケガひとつ」
「そうそう! おかげで三人揃って母さんの迎えに出てこれたんだ!」
「でもいきなりお城から引き上げさせたりとか、せっかく捕まえたのにアッサリ交換に出しちゃうとかで色々振り回してもくれてるけどね」
「それを言われてしまうと、ぐうの音も出せないね」
「アッハハハ! そうかいそうかい。調子も崩してないみたいだね。大体は……」
子どもたちのやり取りに軽快な笑い声を上げたフォステラルダさんだが、その目は最後にホリィをチラリと。やはり育ての親だと言うことか。ホリィが五体満足でも何事もないわけではないと察せられたようだ。
「親子の語らいのところ失礼、神官殿。変わってもらってよろしいか?」
そんな私たちのやり取りを重たい足音と声で遮るのは兜飾りを着けた巨人騎士の一人だ。私の正面で立ち止まったその胸鎧が開いて、そこから軽装ながら良く磨かれた鎧の若い騎士が乗り出している。
なるほど、この巨人騎士は人が乗って動かしていたのか。
私がそんな感想を抱く一方で、フォステラルダさんは巨人騎士隊のリーダーらしい彼の求めに応じて私たちから離れようとする。
「フォステラルダさん待ってください。子どもたちとはゆっくり水入らずで話していてくださいよ」
私は言いながら三人を下ろしてチェンジ。ラヒーノ村の親子をひとまとめに私の後ろへ送る。そして目や仕草で感謝を伝えようとする皆にうなずき返すと、割り込んできた巨人騎士隊長さんに向き直る。
「メレテ王家からの増援の皆様ですね。ご要望通りにお迎えに参りました」
私と並ぶ全高の巨人騎士、その胸元へ向けて軽く会釈をすれば、若い騎士隊長さんはグッと息を飲む。が、すぐに自分がどこにいるのかを
思い出してか彫金の施された胸鎧を押し上げてゆったりとうなずき返してくる。
「うむ。勇者殿にはご苦労であった。神官殿を含めて勇者殿の守りがあれば安心できるという声が大きかったものでな。しかし、殿下肝煎の我が機兵隊が揃ったからには、もう勇者殿たちばかりに頼りきりになることもなくなることだろう」
そう言って騎士隊長さんは、頼もしげに自分の操る巨人騎士を指差す。
しかし私には、彼の誇る鋼の巨体の奥に、どこか危ういものを感じるのであった。




