90:地下迷宮に潜む邪悪
「待ってくれホリィ!」
「姉ちゃんどうしちゃったんだよ! 落ち着いてよッ!?」
グリフィーヌとセージオウルたちに地上を任せて分散した私ことライブリンガーは、残る仲間たちと共に迷宮の奥へ走って行ってしまったホリィを追いかけている。
「……しっかしなんてスピードだよ!? 強化魔法を使ってるったって、十四の娘さんだぜ!?」
「聖女と呼ばれる。それほどに治癒魔法を駆使していた魔力を強化に傾けたからということなんだろうが……だからってまるで息継ぎ無しな勢いだな。ビブリオもだが」
私に並走しながら、ウェッジとビッグスが先行する二人の背に驚嘆の声をあげる。
はぐれないように加減しているとはいえ、私に遅れずについてこれている二人の走力強化も大したものだと思う。
しかしそれはあくまでも熟練による効率化あってのもの。走るにしても歩幅を大きく、跳ねるようにして、強化は踏み込む瞬間に集中させているのが分かる。
一方のホリィとビブリオのは、バースストーンによる魔力の増幅を受けての力業だ。テクニックがあっても生身そのままと、アシスト付きでは出力持久力ともに大きな差が出ることだろう。
しかし仕方がないとはいえこのままでは、ビブリオが追い付いてタックルでもしない限りにはとても追い付けない。最悪分散してはぐれることさえありうる。未知の迷宮でそれはあまりにも危険だ。
「殿! 前方に何者かが!」
ロルフカリバーの警告を受けて気配を探れば、正面に魔獣らしきものが待ち構えていると。
急行させて割り込ませるのは、強引すぎて危険だと思い避けていたが、もうそんなことは言っていられない!
「ロルフカリバー任せる! 行けるな!?」
「お任せあれッ!!」
私の指名を受けてロルフカリバーは呼び出した刃部分に飛び乗り飛翔。天井を擦りつつホリィを追い越してその先へ!
同時に並走してくれている二人に私は必要なものを飛ばして寄越す。
「二人にはこれを!」
「うわっと、コイツは!?」
「ビブリオたちが持ってるものと同じ、勇者の……命の輝石!?」
「それほどのではないけれどもね!」
訂正の言葉を残しつつ、私もロルフカリバーに続いて加速だ!
事実、二人に渡したバースストーンは小さな欠片をさらに二分割したもので、力の増幅幅は小さく、石を通じた意思疎通も互いの位置関係が分かる程度。しかし私の持つ地図と合わせれば見失うことはない。
はぐれ防止の発信機を残して急行する私の正面には、頭骨にロルフカリバーを食い込ませた巨人の骨格が。
そんな明白な致命打を受けているように見えるギガントゾンビ、あるいはスケルトンは、しかしまるで構わずに、足元のホリィを捕まえようと金属質な骨格で組まれた腕を足元へ下していく。
「させるものか! チェーンジッ!!」
こっちを見ろ。そう思いを込めて叫びながら私は人型へ。その勢いのまま頭骨を割る大刃の茎を掴む。これがスケルトンの頭に出来た裂け目をこじ開け真っ二つに。
バースストーンのエネルギーも注ぎ込んだこのダメージに、さすがのスケルトンものけぞり怯む。
そこへ私はすかさずのプラズマショット。修復回復はもちろん、姿勢を立て直す暇も与えず、柄と合わさってノーマルな私の手に収まるサイズになったロルフカリバーで背骨を縦一文字に割った。
「……ふぅ、大丈夫だったかいホリィ?」
頭ばかりか、軸となる脊椎まで無くしたことで、完全にバラバラに崩れテイクのを確かめて、私は安堵の息を吐きつつ、友の無事を確認する。
しかしホリィは私の問いかけには答えず、倒れて砂に崩れていくスケルトンの、その左手に向かって駆け寄る。
その勢いのままホリィが砂山じみた骨の粉を掘り起こせば、長い金色の髪の女性が現れる。
顔立ちはどこかホリィに似ているだろうか。しかし白一色の服を身に付けた彼女の顔は、その衣以上に青白くてまったくと言っていいほどに血の気がない。
この女性を見かけたから、ホリィは私たちの声が届かなくなるほどに慌てて助けに走ったということか。
そんなホリィの優しさは尊重したいところだ。しかし、私にはこの女性がどうにも怪しく思えてしまう。怪物の犠牲になりつつあった人を疑うなど、私だってしたくはない。したくはないが、この女性には不自然なところが多すぎる。
たしかに亡霊・怨霊の類いの怪物に襲われたのだから顔色が悪いのも無理もない。しかし、それは外であればの話だ。こんな私たちが開くまで誰にも知られていなかったような迷宮の中に先客がいることがおかしい。
不慮の事故なりで空間を飛び越えた先がたまたまにここだった。そんな偶然が起こる可能性は否定しきれない。が、あまりにも苦しい話だ。
そして何より、ホリィの抱えた女性の気配が、生き物のものとしてはあまりにも希薄に感じられるのだ。
とにかく、いつでもホリィを守れる、庇えるようでいなくては。私はそんな警戒心を胸に、ロルフカリバーを握りなおす。
「……そんな、そんなまさか……」
「ああ、ホリィ? アナタなのねホリィ……大きくなったわね……」
「……お母さん、なの?」
そんな私の警戒をよそに、ホリィは抱えた女性を母と呼び、呼ばれた側もまた笑顔でうなずく。
バカな! たしかに二人の顔立ちは母娘と言って不思議でないくらいに似通っている。だがホリィのお母さんは、ホリィが幼いころに亡くなったはずだ!
いや、死の淵からの蘇生と言うべきか、そういった奇跡の事例はセージオウルやグリフィーヌという身近な例がある。自分はその恩恵を受けておいて、ホリィのお母さんはその例外だと断じてしまうのはおかしい話だ。
だがホリィの母だという彼女が本物である保証はない。まだ偽物だと断じれる決定的な証拠もないのだが……!
私がそんな逡巡をする一方、ビブリオは腕のブレスレットを翳しながら一歩前に出る。
「地底の国の支配者よ、死者の安住の地を治める女王よ、生ある我が伏して願いを……」
「び、ビブリオ!? 何をするのッ!?」
地と闇を、そして冥府を司る冥属性。その魂送還の術をビブリオが唱えると、ホリィは母だという女性を抱く腕に力を込める。
この躊躇ない動きには私も完全に虚を突かれた形になってしまう。
そんな私をよそに、ホリィは腕の中の女性を体全体で包み庇うようにして弟分を睨み。しかし対するビブリオはこの非難の目に怯むことなく冥府へ誘う輝きを強める。
「姉ちゃん忘れたの? 生きてるのと死んでるのの生きてる世界は違って、その境目が壊れるのは、壊そうとするのは、お互いのためにならないって。苦しめて、悲しいことになるだけなんだって。それを守る冥の精霊神様が、そのみ使いの門の番犬がそんなの許すわけないって。それは姉ちゃんと、母さんが教えてくれたんじゃないか」
精霊神神官の教えを受けて育ったものとしての言葉に、教えて育ててきた当人であるホリィは目を伏せる。
「それにさ、ボクは姉ちゃんのお母さんのことは知らないけど、その人は違うと思うよ」
「そ、そんな……!? どうしてそんなことが!?」
「だってそうでしょ? その人、姉ちゃんの事を危ない方へ危ない方へっておびき寄せてたじゃない。フォス母さんだったらそんなことしない」
先ほどの怪しい行動と義理の母との比較に、ホリィは返す言葉を詰まらせる。それでも抱えた女性を手放さずにいるホリィへビブリオは畳みかけるように続ける。
「それにさ、ボクが冥属性のターンアンデッド使ってるのに、どうしてその人へっちゃらなの?」
国境侵犯した輩を拘束し、強制的に連れ戻す。そんな死者ならば畏怖してしかるべき術だ。庇われているとはいえその使い手を前にしてまったく反応しないということなどあるだろうか。いや、ないだろう。
指摘されてようやく疑念を抱いたホリィはようやく母だという女性を抱えた腕を緩める。
「……あーあ、せっかく器にするのにいい具合のが来てくれたと思ったのに……」
そしてうつむいた蒼白な顔から漏れた声を受けて、私はロルフカリバーと共鳴させたバースストーンの輝きを放射。これに弾かれる形でホリィの腕からお母さんに化けた何者かが飛び出す。ビブリオもそれを狙って発動直前で抱えていた魔法を放つ。
「アハハハ! ざーんねん。そんなの通じないわよーだ!」
先ほどまでとは違う幼い笑い声を残しながら、その声の主は冥府への送還術をすり抜ける。
しかしビブリオはそんなことは分かった上でのことだとばかりにホリィの盾になろうと前に出る。
同時に私も二人を守るべく、より前に出て佩剣との共鳴光を放ち続ける。
「ああもう、眩しいったらないわね! まったく忌々しい光だわ!」
私たちに加わってビブリオも放つ朝焼けの輝きから目を庇うようにしながら、金髪の女性はその姿を変えていく。
ホリィと並ぶか、わずかに高い程度の背丈はビブリオよりも低くなり、金色だった髪は内から滲む光が混じりきって真っ白に。その一方で眼球はあらゆる光を吸い込むかのように瞳も何もない黒一色に。
思い出のお母さんの姿からこの姿への変化を見て、ホリィは振るえる手を支えとするように頬に添える。
「そ、そんな……成りすまし……? 私の、お母さんの姿を盗んでたって言うの!?」
「ハーイ、そのとおりー! 心が揺らいで戸や窓の立て付けが悪くなって出来た隙間から覗き見てちょちょいとね? もういない相手なのに、まんまと騙されてくれちゃって、いやー笑わずにいるのに苦労したわー!」
震えるホリィの声に大正解だと答えるその声は残酷なまでに明るくて。そのあまりにも軽くて鋭利な言葉に、ホリィは愕然とよろめき、膝から崩れる。
「お前は! 人の心にずけずけと上がり込んで、あまつさえヘラヘラと踏みにじって……いったいなんだと思っているんだッ!?」
「きゃー! その大きな大きな剣でわたしをぺちゃんこにするのねー!?」
憤りから剣を構えて踏み込む私に、しかし白髪黒目の少女はわざとらしく体を掻き抱いて震えて見せる。
「その必要はないだろう?」
「きゃー! 目が、目がぁーッ!?」
見え透いた挑発に乗ってやるのではなく、嫌がっているバースストーンの輝きを強めて浴びせてやれば、少女の姿をした者はその目を塞いで悶え苦しむ。
それにだ、打ちのめすのは私の役割ではないからね。
「よくも姉ちゃんをぉおッ!!」
今だと目配せするまでもなく、ビブリオの放った白いフクロウの形をした光が、悶える少女に爪を立てる。
さらには水の竜に炎の獅子と、三聖獣を模した魔法を憤りのまま立て続けに。
私たちの放つ光を浴びながら、その光を込めた連続魔法を受けて、少女の姿をした者は白い髪を振り回して宙を舞う。しかしビブリオはまだ満足しておらず、自分の作り上げた聖獣たちを手繰って三方同時に食らいつかせようとする。
「人間にしては生意気じゃないの」
しかし三聖獣の一斉突撃は金属質で巨大な骨の腕にブロック。標的に届かぬまま散らされてしまう。
宙に浮いたままの少女姿の怪物が腕を振るうに合わせて、骨の腕は拳を固めて振りかぶる。するとそこにどこからともなく生じた角ばった金属がまとわりつき、筋肉や鎧を生み出す。そうしておおいに質量を増した鉄拳は、ビブリオを狙って振り下ろされる。
「それはさせられないな」
「ありがとうライブリンガー!」
大鉄拳を分厚い刃で受け止めた事への礼を受けながら、私は刃に纏った夜明けの光を強め、友へ伸びた魔手を払って散らす。
直後、がら空きになった少女姿の怪物の正面を光が駆け抜ける。
くるりと怪物の回りを巡って身を括ったのは、円と十字を重ねた四精霊神のシンボルを象る光と、それに連なる水の鎖だ。シンボルと繋がった逆端はホリィの手に握られている。
とらえた怪物を見据えたその目には打ちのめされた弱々しさはなく、自分の心を土足で踏み荒らした敵への怒りの一色だ。
こうして立ち上がれるのならもう大丈夫だろう。
「よくも、私の大切なものに化けてくれてぇえッ!!」
「ちょっと待った待ったー! 本当にやっちゃっても良いの? わたしがいればぼやけて来ちゃってるお母さんの顔をはっきり見せてあげられるのにー」
握った鎖に魔力を込めて凍らせるホリィに対して、怪物は再びその顔をホリィの母の物に変えて見せる。
それを見た瞬間、水の鎖の全てが凍りつき、その冷気でもって怪物をさらに締め上げ凍てつかせる。
挑発で駄目押しをしたのだ。ホリィの怒りがさらに高まるのは当然の結果だろう。
「あーあ、ざんねん。ここまでか」
怪物はそんな軽い諦めの言葉を残して凍りつくと、ホリィが容赦なく高め続けた圧力によって砕け散る。
「どうだ! 姉ちゃんが優しいからって本気で怒らせると怖いんだからな!?」
「……もう、それってどういう意味なのビブリオ?」
「わっほい!? 姉ちゃんかんべんしてー!」
ビブリオが砕けた氷の破片に向けて、どうだと胸を張るのに、ホリィは苦笑を浮かべて、弟分の赤毛頭を掴む。
そうして始まるじゃれ合いを、私は頬を自然と緩むに任せて眺める。
「……ごめんなさいライブリンガー。心配も、面倒もかけて」
「いや。ホリィが無事でなによりだ。さあ。地上も心配だ。急いで戻ろう!」
「ビッグスさんとウェッジさんも乗せてね!」




