89:地上を任されたからには
私の名はグリフィーヌ。元は人間に仇なす鋼魔の飛翔剣士であり、一度バラバラにされて生まれ変わった今は、先頭を切って人を守り、共に戦う勇者ライブリンガーの翼だ。
だが今共に飛んでいるのは勇者ライブリンガーではなく、巨大シロフクロウの賢者セージオウルだ。
「勇者殿と分散して私たちとでは不満もあるだろうが、ここは堪えて欲しいな。ホッホウ」
「分かっている。だが不満などないぞ。彼の信じて託してくれた役割なのだからな」
くすぐるようなセージオウルの物言いにバッサリと切り返すが、相手は気にした風もなく笑っている。
予想通りと言わんばかりの態度は正直鼻につく。が、私はそちらにクチバシを突っ込むことなく壁を蹴りつけることで強引に迷宮の角を曲がる。
自在に飛び回るには狭すぎる地下迷路であるが、無理で通せば飛んでいけない道理は開く!
「ホッホウ、もったいない……」
傷ついた壁をセージオウルが惜しむが、それこそ言ってる場合か!?
地上には今も危機が迫り、その対処を任されたから急行している最中だろうに。
人間たちの安全圏を作る私たちの結界。それを崩しかねない力を、ついに鋼魔が完成させて仕掛けてきたのだ。そろそろ用意してこないものかと、私が不用意に口にしたのが呼び込んだことではないと分かってはいる。いるがしかしどうにも申し訳ない気持ちになる。
そんな申し訳なさを抱えた私を煽るように、結界を崩そうとの攻撃による振動が繰り返しに。
そうして揺れる壁に挟まれながら、セージオウルを引き連れて地下迷宮を飛び出し空へ。すると私たちの真正面から強烈な輝きが迫る!
「狙撃だとッ!?」
結界もろともを狙い待ち構えていたかのようなこのエネルギー砲は、しかし唐突に割り込んだ分厚い水の壁にぶつかる。
砲撃を受けた水の壁は深くたわんで輝きを沈ませるや、ぐるぐると渦巻く。
この動きが撃ち込まれたエネルギーを散らし、小分けにして逃がす。そうして四方八方の方向に散らされた砲撃は周囲の森に落着。爆音と衝撃波を私のいる高さにまで叩きつけてくる。
「流石の守りだガードドラゴッ!」
結界より前に出て見事に受け流したこの防御が何者によるものかを察して、私はその技をたたえる。
意表を突かれたのだろう初撃はともかく、それ以降のことごとくはさっきのように見事に凌ぎ切ってみせたのだろう。稽古として何度か手合わせをして知ってはいるが、やはりドラゴの竜の盾とそれに重ねた水の盾の守りは堅く、頼もしいな!
こうして無事に凌いでくれたのを受けて、私とセージオウルは共に翼で空を打って散開。賢者はより俯瞰しやすい高みに、私は強烈な大砲の持ち主のいるだろう前へ!
すると真正面にはいくつもの大砲を背負った陸亀魔獣のバンガードが。いや、金属を土台にいくつもの岩塊をまとわせたそのサイズはもはや岩山と呼ぶべきほどだ。
「だっしゃあオラァアッ!!」
そんな巨体へ向けて威勢のいい声と共に飛びかかる赤いヤツが。
「グリフォンナイト直伝! チェンジからのぶった斬りぃいッ!!」
炎の獅子は跳躍の勢いのまま人型に変じ、タテガミの二丁斧を岩山に叩き込む! 強烈な熱を帯びた刃が体当たりの勢いも受けてバンガード魔獣の岩山部分を切り裂いて土台の金属部を露出させる。なるほど、他に地の部分が露出しているのは、今までにライオが炎の斧を叩きつけた部位だというわけか。
だがこの攻撃に、バンガードがハリネズミのように生やした大砲のひとつがうねり、払い落しにかかる。
「手合わせで軽く見せた程度で、完璧にまねされるようなのではな!」
「おお、グリフィーヌ! 来てくれたかッ!?」
そこへ私もまた急速接近、空中可変に合わせてのサンダーブレード! 迎撃砲をかわしつつライオをはたき落そうとするものを切り落とす。しかし大砲だと思って稲妻の剣で切り落としたそれは、首だ。目玉も鼻もない。牙の生えた口だけでフルメタル。しかし長く伸びたのを自在にうねらせる生きた首だ。
それをすれ違いざまに見て取った私は即座にチェンジからの急加速で離脱。直後に、私を追いかける形で砲を捻じ曲げたバンガードからの砲撃が網を作った!
「これは一撃離脱しかないわけだッ!?」
「だろ!? オレ様だってこんなん喰らったら蜂の巣どころじゃすまないモンよ!?」
軽口を投げ合いながら、私たちは砲撃の網をすり抜けていく。
そうして攻撃役である私たちを追い払ったバンガードは再び城を狙った最大の砲撃首からエネルギーを吐き出した。
「オウル、手伝えッ!!」
「ホッホウ、任せよ!」
強烈な砲撃にガードドラゴは怯むことなく盾をかざして前に踏み出し、その盾から放たれた分厚い水の壁にセージオウルの稲妻網が重なる。
金属補強を受けた大盾か壁といった趣になった水壁は、先ほどは散らすしかなかった強烈なエネルギーの奔流を、なんと受け止めきってみせた。
「へッ! 結界がミシミシ言わされた時にはヒヤリとさせられたもんだが、この調子ならいけるんじゃねえかッ!?」
連携して防ぎ切った仲間の見事な守りに、ファイトライオが喝采を上げる。
彼が言うほど気を抜けたモノではなく、ドラゴの負担も考えればあまり時間はかけられない。しかし、絶対的に勝ちの目が見えないというような絶望的な状況でもない。
「油断は禁物だがな! まずはひときわ大きな大砲首から黙らせるかッ!?」
闘志を奮い起たせるべくなるべくに威勢の良い声をあげて、私はファイトライオと共にバンガードへ突っ込むべく体を切り返す。だがその瞬間、私は自分の胸に走った疼きに従ってバレルロール。回る私のすぐそばを鋭いものが通りすぎ、合わせての青白い何かが顔面を打ち据える。
「グァッ!? このッ!?」
殴り付け、目を焼くばかりか首に絡もうとしてくるこれに、私はでたらめに稲妻の爪と翼とを振るい振りほどく。が、追撃を避けようと飛び回った私を衝撃が襲う。
「ウグ……何が?」
体を丸めて墜落の衝撃を受け止めた私は、鋼の体に触れる感覚を頼りに身を起こす。
「ウォオッ!? やったな、テメェ!?」
「お前と遊んでろっていわれたからなー!」
この声はファイトライオとグランガルトか?
焼けつきが多少は引いたものの、まだぼやけた視界の中では、確かに赤いのと青いのがぶつかり合っている。
迂闊だった。バンガードが出てきているなら、それを操る将もいて当たり前だ。だがだとしても、さっき私を襲った攻撃をグランガルトがやったとはとても思えない。あれで直感と経験から思わぬ手を打つヤツではあるが、あの手口は違う。と、考えたところで、私の聴覚が風切り音の迫るのを拾う。
音を頼りにしたサンダークローでこれを迎え、辺りの木々をなぎ倒すのも構わずにとにかく立ち位置を変える。
そうして焼けつきが収まるまでの時間を稼いだ私が見たのは、山のような亀の胴体に空いた穴から私を狙うディーラバンの姿だった。
「最初からいたというわけかッ!?」
私はやられたと口惜しさを吐き出しながら上昇。同時に放たれた槍を避け、追いかけての槍にはこちらもサンダークローを飛ばす。
そして高くから味方の様子を見回せば、セージオウルにはクァールズ、ガードドラゴにはクレタオス、そしてファイトライオとグランガルトがぶつかり合っているという有り様だ。
完全にしてやられた。
巨大で強力なバンガードはこちらの結界に対する攻城兵器であり、最悪のタイミングで私たちを押さえる戦力を運ぶ運搬役でもあったのだ。
まったく。どこぞの自称知恵者よりもよほど痛い策を打ってくれるじゃないか!
「これなら飛竜でなく貴殿が近衛と参謀を兼任していたら良かったものを!」
智勇兼備で義理堅い。そんな出来すぎなくらいに良く出来た近衛黒騎士に吐き捨てて、私は岩山じみた亀のバンガードへ突っ込む!
巨大陸亀の背負った目のない大蛇が、その口に光を溢れさせているのが見えたからだ。
墜落のダメージもあって体が軋む。近づけまいとするエネルギー砲の歓迎はディーラバンのものも加わって分厚く過激だ。だがそんなことは関係ない!
ここでみすみす撃たせては、私を信じて任せてくれたライブリンガーに申し訳が立たん!
「おぉりゃぁあああッ! ぶった斬れろぉおおおおッ!?」
ダメージも強引に吹き飛ばしながら、私は全速全力を込めた稲妻の剣を大砲の首に叩き込み、断ち切った!
良し!
両脇に見える断面に、私は内心で拳を振り上げる。
だが次の瞬間、この戦果を示す断面から蓄えられていたエネルギーが暴発。私を挟み込むようにして叩きつけてくる。
結界を揺るがす威力の暴発。これには私も声も出せずに吹き飛ばされ、再びの墜落でダメ押しのダメージを叩き込まれてしまう。
このダメージは正直少しばかり重たい。が、それだけの価値はある。ダメージに構わず口元が緩んでしまうほどだ。
だがそんな私の喝采は全てぬか喜びでしかなかった。
私が見ているその前で。岩山亀その本来の頭の口にも眩い輝きが灯っているのが見えてしまったのだ。
私が切り飛ばしたのは、主砲のひとつに過ぎなかったと、片割れを切り飛ばして得意になっていたに過ぎなかったと言うことか!
「撃たせて、たまるものか……ッ!」
当然私は口の中に突っ込んででも止めに行くつもりで力を振り絞る。だがダメージが重石となって飛び立つことも出来ない。
そんな私に降伏勧告のつもりか、亀バンガードの体から離れたディーラバンが槍を突きつけてくる。
この円錐状の槍を掴んで起き上がってやろうとするも、私の内に燃える闘志はこのランスに指を食い込ませるので精一杯だ……悔しい!
「おいおい、一人で頑張りすぎじゃあねえのか?」
「背負うのはいいが、分かち合える仲間を忘れては困るな」
「まんまと押さえられていた私たちでは、頼りないかもしれんがな。ホッホウ」
打ちひしがれた私にかかった声に顔を上げれば、ちょうど三聖獣がバンガードの口の前に飛び出したところだ。
追いすがっていた鋼魔の将たちが、巻き添えを食らうのを嫌ってUターンに離れていく中、竜と獅子と梟は今にも放たれようとするエネルギーを前に躊躇なく踏み留まって対抗すべく力を漲らせる。
「死ぬ気ならば……」
止せと、捨て身を思い留まるよう私は叫ぼうとする。だがその言葉を爆発が遮る。
叩きつけてくる輝きと、暴風に私もディーラバンも踏ん張ることしか出来ず、支え合うような形になってしまう。
そして程なく、強烈な爆発の余波は収まり、私たちは爆心地がどうなったのかと窺う。
「なんと!?」
仲間の骸が横たわる最悪を想像し、恐る恐るとなってしまった私は、そこで見た光景に目を瞬かせてしまう。
巨大バンガードと三聖獣の力のぶつかり合った中心地。そこに立っていたのは一体の鉄巨人だ。
巨体を支える太くたくましい両足と、胸当てとなった分厚い竜の鎧。
右肩に獅子の頭を備えた力強い両腕。
そして理知的な輝きを称えた両目と巨大な白い翼を持つ頭部。
三聖獣をひとまとめにした、ライブリンガーマックスに匹敵する巨体の姿があったのだ。




