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勇者転生ライブリンガー  作者: 尉ヶ峰タスク
第四章:分かたれた者
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85:夜会に落ちる雫

 月明かりに照らされたキゴッソの王都。

 先日フェザベラ王女たちが守将ディーラバンと、捕虜にしたクレタオスとの交換交渉で取り戻した大樹を軸とした城とそれを取り囲む都だ。


 すでに成立、履行された交換交渉であるが、その交渉自体も非常にあっさりと、さして粘り強いすり合わせをするまでも無く成立した。

 連合側が求めた即時退去に、鋼魔側はクレタオスの解放確認と同時にならばという条件で合意。後は鋼魔側からキゴッソ城から鋼魔配下の退去撤収の間は停戦をという条件に、鋼魔側からの攻撃がない限りは保証するということで私が後押し。

 こうして交換条件をまとめると、私たちのチームによる護送と監視の元でクレタオスを解放。キゴッソ王城から鋼魔率いる魔獣たちが退去したのを確認するや、即座に私たち全員の力を束ねた結界を張ったのだ。

 なおその際、城の外ではあるが結界の範囲内という条件ギリギリのエリアに、クァールズとその部下らしい隠密型の魔獣が隠れ潜んでいたのを弾き飛ばしている。

 これを取り沙汰に責めようという声もあったが、鋼魔本隊の撤退はすでに終了。つまりは停戦期間も過ぎていて特に意味がないこと。そして逆に、結界を張る前に入り込めるモノは居らず、安全の保証になったということで、追求せずに流すという方向で落ち着いた。おまけにディーラバンがお詫びとしてお肉として食べられる魔獣を運んできたので、この律義さに人々も毒気を抜かれてしまったのもある。


「いやはや鋼魔を相手に交渉でもって居城を奪い返すとは。キゴッソ王女殿下は若くして王者の風格を備えているようですな」


「然り然り。さらに長ずれば素晴らしい女王となられることでしょうな」


「いやーキゴッソも復活を迎えるに当たって、優れた導き手を得られて実に喜ばしく、先行き明るい話ですな」


 このような談笑をする貴族がいるのは、城の軸である大樹の根本にある広場のひとつ。魔法の明かりやかがり火を煌々と焚き、貴人向けのパーティ会場として設えられた場所だ。

 キゴッソ城に結界を張って、鋼魔に対しても安全な拠点として成立したところ、ヤゴーナ連合に属する国家の首脳陣がここへ一度集まるという話になった。

 戦い続けている兵の皆さんを労い休めなくてはならない。なのでキゴッソ王城奪還はいい区切りであるから、高貴な方々を迎える宴を開くのは良い。しかしその為に、急ピッチで鋼魔側に荒らされたのを整えることになったのであるが。


 そうして急ぎ整えた夜会の場が屋内でないのは、主催であるフェザベラ王女とその補佐であるマッシュがそうすべきだと強く主張したためだ。


「皆様のお言葉はありがたいのですが、交渉に持ち込ませてくれたのは勇者ライブリンガー達がいてくれたからこそです」


「我々も懸命に働いてはいますが、やはりきっかけを切り開いてくれる勇者たちが最大の功労者である、ということは揺らぎませんよ」


 集まった連合貴族の皆さんに語って聞かせてくれているように、鉄巨人になれる我々こそ労うべき相手だという考えからだ。

 つまり私も、このパーティ会場に参加者としているというわけだ。自分で急ピッチ設営に勤しんだ場に労われる側でいるというのも変な感じであるが。


「私としてはボディを丁寧に磨いてもらっているし、あとは人々が笑顔で過ごしているのを様子を見られるだけで充分なのだけれどね」


「そう言わないで。せっかく今日の日に合わせて丹念に磨いたんだもの。ね? グリフィーヌもそう思わない?」


「うむ。翼の部位一つ一つまで細やかに磨いてもらってしまったからな。これはなかなか……誇らしくもなるな」


 グリフィーヌはそう言って、ツヤツヤになるまで磨かれたフルメタルのボディを見せつけるように胸を張る。

 彼女と同じく、今日の私の車体も薄く香りの良い油を塗られていて、黒い色のツヤが違う。せっかく貴人を前にしても霞まないようにと手をかけてくれたのに、先の私の言い様はその手間に土をかけるようなものじゃないか。


「ああ、うん。そうだね、私もその気持ちは分かるよ。せっかく手をかけてくれたのにすまなかったねホリィ」


「いいのよ。本当は労う相手が満足するようにってやるのが本当なんだもの……私だって正直なところこんな格好は肩がこるもの。申し訳ないけれどね」


 そう言う彼女の姿は可憐なドレス姿だ。艶のある淡い青の衣はホリィの金色の髪と青い瞳によく合っていて似合っていると思う。が、希少で高品質な生地で作られたものは、ホリィの庶民的な感覚からすれば憧れ以上に重たくも感じるだろう。


「だよねー。ボクもこういうのは苦手だなー着心地が悪い訳じゃないんだけどさ」


 窮屈そうに言うビブリオもホリィとならんで遜色の無い上質な仕立ての装いだ。白を基調にした精霊神神官の儀礼用衣装を仕立て直したモノなのだろう。固く撫で付けた赤毛の髪といい普段のイメージとは違うが、小聖者とも言われるビブリオには合っているのではないかと思う。


「私は二人とも似合っていると思うが、やはり私たちは最前線で戦うなり、治療して回るなりするタイプだからね」


 ヘッドライトを上下させつつの私の言葉に、ホリィもビブリオも苦笑混じりにうなずく。


「そうよね。でも……私はライブリンガーやグリフィーヌを飾るんだったら、もっとやりたかったかも」


「む、そうなのか? しかしあいにくと、私たちは大きさが大きさだからな」


「二人で着飾るようには難しいんじゃないかな?」


 私たちは人型にチェンジするだけで、人で言うところの鎧を着ているようなバランスになる。それでいてその鎧の表面が皮膚のようなものでもあるので、今回のようにオイルで磨いて、飾り布を巻きつけ被せるくらいが精一杯だと思うのだが。ちなみに、メレテでロルフカリバーを手にして勇者の称号と勲章を賜った時には、人型モードにマント風に飾り布をつけた状態で参加したものだ。

 それ以外となると、まさかチェンジしたその上に儀礼用の鎧を被せると?

 フルメタルボディに重厚な板金鎧を着込んだ私の姿を想像してみたが、どうもおかしくはないだろうか。私の想像図が悪いのだろうか? 見た目に重すぎるというか、なんというか……私の飾り鎧に使うよりはもっと有意義な鉄の使い道があるのではないか、と。


「いや、いけるんじゃないかしら。あんまりたくさん使うのが気が引けるって言っても、こう……マントの留め具とか、そういうちょっとした金属飾りとかで! グリフィーヌならどういうのがいいかしら、黒地に白の稲妻模様で雷雲を表現した飾り布とか、どう?」


「お、おう……良いとは思うが、らしからぬくらいグイグイ来るな……」


「色々と重たいものがあるみたいだからね。あまり引かないであげてくれ」


 功績から、あるいはもしかしたら程度の血筋からの周りからの扱いなんてね。

 本人も私たちと同道しての支援や、拠点での治療の忙しさにかまけて意識の外に追いやってきたところはある。だがさすがにこういう場面だと、目を逸らすこともできないのだろう。

 その辺りはグリフィーヌも承知の上であるからか、手で作った枠を覗きながらイメージを走らせるホリィに何も言わずに受け入れている。


「うひょひょひょ……なにやら商売の匂いじゃな?」


「イコーメの陛下!?」


 ご機嫌な笑い声と共に現れたのは、立派な髭を撫でる竜人王、イコーメの国王様だ。


「し、しばらくぶりです、イコーメ王陛下」


「うむうむしばらく。ああ、そんなに畏まらんで良い良い。楽にしてくれ」


 慌てて居住まいを正すホリィたちに、鱗と角を備えた老王はその動きを手で制する。

 そしてそんなことよりもと、にんまりとした笑みを深める。


「しかし面白い話をしておったようじゃの。どれこの爺に話してみんか? 力になれるかもしれんからの」


「えっと、さっきは商売の匂いーとか、行ってません、でした?」


「うひょひょ、確かに言ったな言ったがしかし、勇者殿らの活躍で助けられているからの。手を貸したいというのも本心じゃよ」


 イコーメ王が言うのは、グランガルトの通商航路封鎖の解除、キゴッソ領内の港町の解放と整備のことだろう。王様が言うにはさらにその他にも、鋼魔相手の戦で勝てる可能性が生まれたことで、商業が安定したこともあるのだそうで。

 とにかく商業の盛んなイコーメにとって、私たちの仕事が結構な助けになっているのだと。修復以外は守ると言っても戦うばかりかと思っていたが、思いがけず後方の人々の生業を支える力にもなれていたようだ。

 こういう話を聞かせてもらえると誇らしい気持ちになれるものだ。


「……ふむふむなるほどなるほど。こうしたパーティやらで勇者殿たち鉄巨人を飾ってやりたいと……ならばここはワシが一肌脱ぐことにするかのう!」


 そんな風に浸っていたらイコーメ王様はホリィ達からカクカクシカジカと説明を受けて鼻息をひと吹きに胸を叩いてみせる。


「い、いいんですか!?」


「お気持ちはありがたいです。ですけれど、私たち大げさな呼び名はついていても田舎育ちの神官でしかないので、お手数に報いることが出来るかどうか……」


 話してみるだけタダだと思って説明したら、王様があまりにも気前よく一肌脱ごうである。庶民育ちのホリィとビブリオでは遠慮を通り越して怯みもしようというものである。

 そんな二人の遠慮に、竜人王は無用だと苦笑交じりに頭を振る。 


「ワシの方から恩に報いようと言うのに、そのようなケチ臭いことは言わんよ」


「しかし、商売と……」


「うひょひょ……なにも儲けを出すのは、直にでなくとも良いのじゃよ」


 私の疑問に竜人王様は心配はいらないと笑みを深めて言う。

 そういうことならば問題ないだろうか。


「いやライブリンガー、商売人の言うことを鵜呑みにするのは危険ではないのか?」


 グリフィーヌが呆れたように言うけれど、イコーメの陛下ならばそんなに心配することはないと思うんだが。しかし、もしウィバーンからお得な話だと持ちかけられたとしたら……うん、たしかにそれは警戒するかもしれない。


「それで、どうやって儲けを出そうというんです」


「……我が王家の懐を当てにしている、ということですかな?」


 具体的にどうするのかと私が訊ねたところ、ふいに横から推測を投げる声が。

 そちらを視界に収めれば、金髪青眼の青年が立っている。仕立ての良い服にメレテ国を表す獅子の紋章を身につけた彼は、メレテ国王の代理である王子様だ。


 この急に割り込んできた王子様に、ホリィは私の陰に回り、イコーメ王陛下は首を傾げて見せる。


「さてさてはてな? 確かにメレテ王家をお客にがっちりと掴めてしまえたとしたら、それはめでたいことには違いない。だがそのようなことは考えてはおらぬがのう。一国の王家のみを相手とするよりは、ヤゴーナの連合全体を相手にした方が銭の動きは広々と行き渡るだろうからのう。うひょひょひょ」


 うーむ。一国の王家を相手に、いいお客様であるが客の一人に過ぎないと言い放つとは。その視野と堂々たる態度。さすがは経済国家の王様だ。

 そんな私の関心の一方、メレテの王子様はうなずいて見せながらも納得がいかないのか、にこやかさの中に探るような眼をそのまま潜ませ続けて。


「左様でございますか。いやさすがはイコーメ王陛下。私はてっきり勇者殿の後ろ楯や、兵、民衆からの人気を取っ掛かりに我が父をたぶらかそうとするものがいるのでは、と……」


 言いながらその探るような眼は私を、いや車体に隠れたホリィへ向けられる。

 この方は、あろうことかホリィを敵として探っている!? 妹であるかもしれないホリィを!

 それを悟った私の中に反感が巡る。それとほぼ同時に、ビブリオやグリフィーヌも王子様の眼からホリィを隠すように立ち位置を動かす。


「さて、もし仮にそのような事をできたとして、実行に移すような人物に、私は心当たりはないのですが?」


「勇者殿は身の回りをずいぶんと信頼しておられるようで、大変にけっこう。いや羨ましい限りですよ」


 私がホリィを庇う言葉を、王子様はさらりと流してくる。


 王子という立場もあるから、妹かもしれない相手でも普通の家族のように接する訳にはいかないのかもしれない。だが妹かもしれないのだぞ!? どうして降って沸いた血筋話に苦しんでいるだろうからと、そうならないのだ!?


「どうして、なぜそんな……」


「……大丈夫よ、ライブリンガー……みんなも。ありがとう……」


 そんな反感のままに私たちが言葉を放とうとするのを細い声で遮って、ホリィが車の陰から出る。

 そんなホリィの前に、ビブリオが皆の後ろに引き留めようと。


「姉ちゃん、そんな……無理しないでも」


「ありがとう。でも大丈夫だから」


 ホリィは私たちを代表して庇い守ろうとするビブリオの言葉に頭を振ると、弟分の手を手を握って兄かもしれない相手の前に。


「殿下、ご安心を。たしかに勇者ライブリンガーと親しく、過分な評を得ている私ですが、しかし父も知れぬ孤児でございますから」


「ほう? 精霊神に愛された慈悲深き聖女殿は、さる高貴な方の血筋なのでは、などと聞いていたが?」


「嫌ですわ。殿下までそんな噂話を真に受けられて。私に父はおりません。その事実が一人歩きに転がって飾りをつけて大きくなった。その程度の話ですわ。そんな噂をされて、孤児生まれの神官としてはただ荷が重いばかりですのに」


 所詮は面白おかしくされただけの迷惑な噂話である。王家に繋がる可能性をそうばっさりと切り捨てたホリィに、王子様は一瞬面食らった顔を見せる。

 しかしすぐにホリィに対する痛ましげな、同情的な顔に変える。


「なるほどたしかに。根も葉もない噂がついて回るというのは聖女殿としても辛かったことだろう。いや真に受けていた私が言えたことではないか? こういう時勢だ。人々は英雄譚を求めるものだが、共に踊らされることなくいようではないか」


「ええ。そう願います」


 メレテ王子は声音や表情でホリィをいたわってはいる。けれど結局は他人行儀で突き放しているように聞こえる。けれどホリィはこれにも笑顔でうなずき返す。気丈だが、やせ我慢してみせてのものは見ている私のほうが締め付けられるような気分になる。


「では、イコーメ王陛下、勇者殿も。私はこれで。直に勇者殿便りの戦も終わりになることでしょうからその時に備えないとなりませんのでね」


 ホリィの返事に満足したのか、メレテの王子様はそんな挨拶を残して悠々と歩き去っていく。その背中が見えなくなったところで、私はドアを開いて飛び込んでくるホリィとビブリオを迎える。


「グリフィーヌ、頼みたいことが……」


「ああ。私の大きな翼にも思いがけない使い道があったものだな」


 みなまで聞くことなく翼で私の窓を遮ってくれる、このグリフィーヌの察しの良さには感謝しかない。

 そうして周囲から隠れて膝を抱えるホリィと、それをなだめて支えるビブリオをボディの内に抱えながら、自分のできる限りを尽くしてこの二人を守ろう。そう改めて誓うのであった。

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