82:尋問をしよう
「おう。ウィバーンの奴ならたしかに帰って来てねえぞ」
先の戦闘で捕獲したクレタオスに、私たちは現在尋問の真っ最中だ。
私の名をつけた隊のメンバーに囲まれた今のクレタオスは、水魔法の封印で縛られた上に、私手製の丸太壁と屋根で囲われているといった姿だ。正面は牢の格子に見立てて、間隔をおいて突き立てた丸太柱が並び、そこから中と外でお互いに様子を見れるというわけだ。
砦を囲う壁の内側に作ったこの捕虜小屋であるが、脱走防止用の檻というよりは目隠しだ。
隠す対象は鋼魔の救出班とその斥候……よりはむしろ人類連合軍の人々だ。
なにぶん、積極的に人類軍との戦いに出ていたクレタオスである。どれだけ人々の怒りを買っているか、知れたものではない。
戦うに値する強者のみ。それだけを相手としていたグリフィーヌとは段違いのレベルであることは間違いないだろうが。
戦友の仇、親兄弟の無念を、と見かけて襲いかかられたら困るだろう。というのがマッシュやセージオウルたちからの意見だ。
私の提案で捕虜にしたからとはいえ、それで仲間たちに要らぬ疑惑がかかってしまうというのは望むところではない。
そんな小屋の隙間から、クレタオスはカーモードの私に瞬く目を向けてくる。
「しかし、俺はてっきりお前らが討ち取ってるかと思ってたんだが、違ったのか」
「ああ。こちらでも遺骸や逃げていく姿は確認できていない。ネガティオンはなにか知ってる素振りは無いのか?」
「さてねえ、俺たちは手柄を上げれば前線での指揮を任せてやるって言われてるだけだからな……ところで、質問には正直に答えてるんだから、あとは分かるよな? へっへっへ」
「それで先走りーの足並み乱れーの取っ捕まりーのじゃあ競争どころじゃないじゃねえかよ」
「なんだと!? やるかテメエッ!?」
「縛られといてずいぶんでかい口を聞くじゃねえかよ?」
「よせよせ。挑発するな」
ファイトライオの一言をきっかけににらみ合いを始めるのをガードドラゴが割って入る。
それをよそに私はセージオウルやグリフィーヌたち残る仲間とヘッドライトの瞬きで合図して少し後ろ回りにタイヤを転がす。
「どう思う?」
「ホッホウ、ネガティオンの態度からすると、すでに死んだものと見なして後釜の地位をエサにやる気を煽ろうとしているようにしか聞こえないがな」
抑えた声で尋ねれば、セージオウルからは鋼魔の側でもウィバーンはいない、戻ってこない前提で動いているようだとの見立てが。
これにマッシュとビブリオが何度も首を縦に振る。
「ずいぶん失敗重ねてたし、仮に生きていても帰りづらいだろうしな」
「この前もめちゃくちゃに怒られてたしね」
先の戦いで目の当たりにした、ネガティオンによる踏みつけるほどに激しい叱咤を思い出してか、語る顔は血の気が薄い。
しかし、ネガティオンの力を思えば、本気で見限ったのならウィバーンを跡形もなく消してしまうことも造作もないはず。
そうすることなくチャンスを与え続けているあたり、暴虐な振る舞いに反して寛大であるとも言えるだろうか?
「しかしもし生きてどこぞに潜んでいるとしても、手ぶらで帰還するつもりは無いだろうな」
グリフィーヌが言う通り、積み重ねが積み重ねなだけに今度ばかりはただでは済まないだろうとの不安から、手土産になるような成果を持ち帰ろうと狙っているということは充分にあり得る。
「その辺りは彼が行方知れずになった場所が場所なだけに、後方、というか連合全体に広く警告しておいた方がいいだろうね」
「ふむ。手配書でもばらまくか?」
「それは良いな。姿絵の焼き付けなら私もできるからね」
物はためしにとヘッドライトで地面を照らし、そこにウィバーンの姿、飛竜と翼持ちの人型二種を投写。少し間を置いて消せば、そこには土に焼き付いたウィバーンのモノクロ写真が残っている。
「わっほい! すっごいやライブリンガー、絵も得意なんだ!?」
「こんな写し取ったみたいに正確なのを……」
「いや、これを絵画……といわれてしまうと、絵描きさんには申し訳ないんだが……」
焼き付けた写真を、ビブリオとホリィやマッシュたちは感心しきりと見下ろしているが、記憶にあるものを出力しているだけなのだ。絵筆で描けるわけではないのだ。
「じゃあこの絵をつけた手配書を添えて連合各国に注意喚起してーの、そこから各国で広めていきーのってことになるが、その前に出てくるか、ライブリンガーにぶちのめされるかの方が早そうだな」
「だよねーウチのラヒーノ村に届く頃には解決してそう」
このマッシュの軽口に、仲間たちはありがちな話だと納得顔だ。しかし、手配書を広めるのにそんなにも時間が必要になるものだろうか。
「そんなにかかるだろうか?」
車体を傾けて尋ねる私に、マッシュたちは一度顔を見合わせる。
何を言っているのだ。とばかりの反応であったがそれも一瞬。私の足回りから大きなフルメタルの仲間たちまでぐるりと見回して、しょうがないなとばかりに解説を始めてくれる。
「そりゃあライブリンガーたちが全部面倒見てくれるんなら、たいした時間はかからんかもだが、俺たちが足に使ってる馬はライブリンガーほどには速くもなければ、スタミナも無いんでな」
まあそれはそうだろう。
樹木などの乱立した狭い道など、より小回りの利く騎馬の方が良いとされる場面はあるだろう。だが、走行能力のおおよその面で劣るところはないだろう。チェンジありならなおのことだ。
それに私でも骨が折れる距離であれば、飛べるグリフィーヌにセージオウルもいる。いや、セージオウルは遠出はしてくれないかもしれないが。
ともあれ、私たちフルメタル組の移動性能はごく一部だけが出せるもので、人類連合全体で備えているモノではない、と言いたいのだろう。少数精鋭かつ最大戦力である私たちが伝令だけに集中させてもおけないだろうからね。
「んで、問題はそれだけじゃあないんだよな。急ぎにしてもいくらか形式は整える必要はあるし、それ抜きにしても手配書を用意するのにも時間はかかるからなぁ。いくらライブリンガーの手本があるとはいえ、写しを作っていくのも結構な手間だぜこれは」
なるほど。言われてみればその通りだ。
ヤゴーナで紙といえば羊皮紙だ。
安価な植物繊維由来の紙は、耐久性の面から普及していない。
ビブリオたちが暮らしていたラヒーノ村のあたりだと大体は木板と炭棒が筆記具の代わりだったりする。
余談ではあるが、識字率も人類連合全体で見れば読み書きのできる人間はそう多くはない。教育者のいるラヒーノ村のような集落が例外的に高くなる形だ。それだけに読み書きができるだけでスキルとして扱われる形だ。
さらに印刷技術もまだまだ未発展だ。
だれか思いついている人はいるかもしれないが、普及してはいないように思える。
なので木版にインクをつけて、別の木版なり紙なりに転写する方法を提案してみると、マッシュは情報と一緒にアイデアとしてメレテに提案するつもりになってくれる。
「うん。とにかく色々都合がつかなくて、私のイメージより情報の伝達に時間と手間がどうしてもかかるだろうというのは分かったよ」
「おう。伝えはするし広めもするけどもな」
さてウィバーンが行方知れずであることからその捜索と注意喚起を行う。それは良い。となると問題はこの参謀兼前線指揮官不在の状況に乗じてどう奪還作戦を進めるか、ということになる。
「まあしかし、鋼魔の将の一人は捕まえて、それでいて手柄争いでろくに足並みも揃わないってことは分かったんだ。ライブリンガー達の加わった連合軍が数で押せば楽に落ちるだろうさ。まあ魔王ネガティオン直々の御出馬が無ければ……だけれどな」
マッシュはファイトライオとにらみ合う檻の中のクレタオスを見ながら、得られた情報から今後の戦況は楽なものになるだろうと見立ててまとめる。
たしかにその通り。鋼魔側は数を減らしていて、懸念となるのはネガティオンの参戦のみ。そしてそのネガティオンも我々が力を束ねた結界ではじき出すことは不可能ではない。
だが私にはどこか拭いきれない、手放しに楽勝だとうなずけない。そんな不安がある。
「……そう、だね」
「どうしたのライブリンガー? 何か心配ごと?」
「なんだ? 何か気づいたことがあるなら言ってくれよ。水臭いのは無しだぜ?」
そんな不安は思いっきり車体に出てしまっていたようだ。
見切られた以上、ここで誤魔化して隠すのは不義理に過ぎるだろう。
「いや鋼魔が、ネガティオンが動かせるだろう戦力がまだいるだろうと思ってね。そうなるとやはり楽観はできないな、とね」
「近衛のディーラバンか……」
グリフィーヌの挙げた名前に、私はヘッドライトを上下させることでうなずく代わりとするのであった。




