81:確かめたいことがあるから
いま私は一人、正面に見える砦に向けて歩を進めている。
数十年は年月を重ねただろう木々。その枝葉を脛に擦らせるこの脚はマキシローリーが変形したもの。
砦から放たれる火炎を右スピンするアームローラーで弾くのは元はマキシローラーである上半身。
そう。鋼魔に占拠された砦を奪い返しに進む私は最初からマックス形態だ。
「的はデカイぞ! 撃って撃って撃ちまくれ!」
「うちまくれー!」
そんな私の前進を阻もうと、クレタオスとグランガルトに囃され煽られた魔獣たちの魔法が絶え間なく私へ降り注ぎ続けている。
しかし私は退かず緩めずに、守りの嵐を両手にひたすら前進あるのみだ。
客観視するまでもなく力任せな独りよがりの攻め口である。が、考えも無しに単独の力押しをしているわけではない。
私自身を餌に、鋼魔の将のいずれかを捕まえよう。そう言う作戦だ。
先日打って出てきたのを逆に追い詰めたものの取り逃がした戦いの後、私は制圧した砦の中で、仲間たちに自分の「考え」を話した。
鋼魔の将を捕まえるつもりで戦おうという私の提案に、仲間たちはもちろん最初は難色を示した。
しかし私の気がかりを話せば、その裏取りはしてみるべきかという意見も出てきた。
意見を動かしたその気がかりというのは、鋼魔側の連携の乱れだ。
連携らしい連携は元々取れていないだろうというのはその通りだ。しかし、それでもこれまではバルフォットやウィバーンといった参謀が前線で音頭を取って、役割分担などで可能な限りの統制を取ってはいた。
しかしここしばらく、先のを含めてキゴッソ城を目指した城砦攻略戦の数々での戦いは特にひどい。
それぞれが配置も何もなく、自分の考えのまま手柄を競い合って抜け駆けっている。その繰り返しで私たちに破れているのに、それでも好き放題に動くのを繰り返し続けている。
これは戦闘の仕切り役、具体的に言えばウィバーンがいなくなっているのではないか、というのが私の考えだ。
私たちと三聖獣の協力結界をはじめて使ったメレテ王都攻防戦。あの時に結界の勢いに呑まれたのだろう。だが具体的にどうなったのかは確認できていない。
実はネガティオンとのシンクロ現象であるが、あの王都攻防戦を境に全く起こらなくなっていて、私自身も鋼魔側の様子を探れていないのである。それは裏を返せば、向こうも私たちの様子を探れていないだろうということでもあるので、一長一短であるが。
ともあれ、飛竜参謀ウィバーンを討ち取れていたのか。その辺りを含めて、鋼魔側の動向を調べるのに捕虜を取るのはありだろう。そういう方向に私たちの意思は固まった。
捕まえると決めたからには確実に。ということで、彼らが手柄首だと飛び付いてきた私を囮にして罠にかけようとのが私の計画だ。
捕まえるだけならば、確かに私のストームホールドがある。鋼魔王ネガティオンすらも短時間とはいえ縛り上げた実績のあるあの技ならグランガルト相手でも間違いなく捕らえることはできるだろう。
だがあれは強力な拘束技には違いないが、欠点もある。締め上げは強くても、効果時間はそれほど長くはないのだ。そもそもが私の必殺技の準備時間を稼ぎ、確実に当てるために仕立て上げた繋ぎの技だ。工夫して延ばせても数分が関の山という有り様なのである。
そこで囮作戦なのだが、やはりと言うべきか、ビブリオとホリィには渋い顔をされてしまった。
また自分を犠牲にするようなことを考える。と膨らませてしまったが、それも私を心配してくれてのことなので、申し訳ない一方で嬉しくもある。
結局は自分達のことも戦力から外さないことと。捕まえるのにこだわって無茶はしないこと。この二つを条件にどうにか了解してもらった形だ。
そしてその要望を踏まえて、我々の参謀役であるセージオウルやマッシュによって大幅な手直しが加えられ、実行される運びとなったのだ。
作戦の本番の前準備として、私が聖獣以外の仲間たちを率いて砦のひとつを制圧。砦の制圧を進めるチームと、後方をまとめるチームに分散したように見せる。
そして三聖獣たちのいる後詰の部隊が動かないうちに、今度は私がグリフィーヌとビブリオらに砦を任せて単身で攻略に出る。
それで見ただけで撃って出てくれば良し。でなければ攻めあぐね、傷ついたふりをして後退。砦を使ってでも鋼魔の将をできる限り捕らえよう、というわけだ。
理想としては情報持ちのクァールズだが、こだわって誰も捕まえられないよりは、ということだ。
「ハッハーッ!? どうだこの威力!? 反撃したくても砦ごと吹っ飛ばすわけにはいかんだろうがッ!?」
「おー! いかんだろうがー!」
そして現在はその釣り出し段階の真っ最中。餌役として行動しているところというわけだ。
調子のいい声に合わせて魔獣と一緒になって火炎弾を放ってきているあたり、攻めあぐねて防戦一方に振る舞うのは上手く行っているようだ。
案外、私は演技の才もあるのかもしれないな。いやビブリオたちからは、私には芝居は向いてないだろうからと、そこもこの釣り出し作戦で心配されてしまっていたのだが。なんの、行けるものではないか?
……っと、ここで攻めきれないフリにばかり力をいれても仕方がない。大事なのはまず鋼魔の将を誘い出すことだからね。うん。
そう自分に言い聞かせながら、私は黙って両腕シールドストームにプラズマショットの応射を交えつつジリジリと後退りをしていく。
「よーしよしよし! いいぞいいぞ、撃ち方そのまま、後は俺が直々にぶちのめしてきてやる!」
「おー、じきじきにだー! って、ぬけがけすなー!」
「フハハハ! 乗り遅れる方が悪いんじゃ! フハハハハ!」
そうしていたらクレタオスは私の苦戦を疑うことなく砦を開門。切り拓いた道を私に向けて、遅れたグランガルトを引き連れて飛び出してくる。
なんだかな。私たちの予想通りの計画通り……なんだが、ここまでスムーズに釣れてしまうと、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。
しかしこの場合に裏で動くとすればクァールズ、あるいはここまで見事に隠れきっていたとしてウィバーンか。
そっちの手がビブリオたちのいる拠点に伸びていたとしても、グリフィーヌもロルフカリバーも一緒だ。
私と三聖獣たちの合流で、まとめて捕らえてしまえばいい。
警戒は必要だが、とにかく今は計画通りに事を運ぶべし。私は改めて己にそう言い聞かせて、掩護射撃のある中を突進してくるクレタオスとグランガルトをいなしつつ、こちらの砦近くにまで下がっていく。
「どうしたどうした! いつもの勢いがないぞ!? 戦い続きでとうとうガタでも出たか!?」
「がたがたかー?」
「そんな、心配は、無用だッ!」
守りの嵐とプラズマショットをメインにした私の動きを、二人は不調と見なして攻め込んでくる。
こうまで疑わずにくる彼らを罠にかけて捕まえるとなると、なんだか私の方が酷いことをしている気になってしまう。
だが彼らが人間を滅ぼすための尖兵として戦っている以上はそれを止めさせなければ!
「今だッ!!」
「任せてよッ!!」
予定地点、門の目の前にまで標的二名を誘い込んだ私は合図を。
それに応じて砦に詰めていたビブリオたちが力を合わせた魔法を発動!
地面が窪み、そこへ天冥火水四つの魔力で編まれた鎖が網のようにかかる。
「なんだとッ!?」
「なんだー!?」
足場の変化にバランスを崩したところへ襲いかかる魔力の網。絡み付いていくこれにクレタオスとグランガルトは戸惑いをあらわに。
だがまだ油断はできない。ここから長時間拘束し続ける封印として完成するまで破られてはならないのだ。
そのために私は拘束技ストームホールドを重ねがけに――。
「おおっと、そいつは不味いな!」
「グオッ!?」
しかしいざというところで構えたローラーにワイヤーが絡み、ストームホールドは狙いを逸らされてしまう。
「クァールズッ!? いつからッ!?」
「そりゃずっとさ。怖い怖いグリフォン騎士の見張りがあっちゃ、おちおち走れもしないからな!」
問うが早いか稲妻の爪を飛ばすグリフィーヌに、クァールズは前もって飛び退くことでこれを回避。
その勢いのまま、クレタオスとグランガルトを捉える魔法の力場を引っかいた。
「しまったッ!?」
すれ違いの勢いを乗せた爪はロープに刃物を入れたように拘束魔法をほつれさせる。
このわずかな綻びが、振りほどき逃げ出そうとする力を助け、脱出口を作ってしまう。
「うわー! やっととけたぞー!」
グランガルトはこの緩みを逃さず掴み、力任せにこじ開け脱する。
「お、おま……自分だけ……!?」
「両方ともを逃がすわけには!?」
続いて壊れかけの結界を破ろうとするクレタオスだが、そうは問屋が卸さない。放ち損ねて残っていた防御エネルギーでのストームホールドで拘束を補強だ!
「じゃあなー! 俺らはすたのらさっさと行かせてもらうぜー!」
「すたこらー」
しかしこの間にもクァールズはボールをばら撒き、それがもうもうと放つ煙が私たちの視界を塞いでくる。
口先では逃げるようなことを言っているが、この煙に隠れて救出していくつもりなのでは。
この予感に私たちは風を操り、急いで煙幕を吹き飛ばす。
しかし煙を晴らして晴れた視界は、閉ざされる前とほとんど変わらない。
クレタオスは縛られてそのまま、その他鋼魔の迅将と水将だけがこの場から影も残さずに消えていたのだ。
「おのれ逃がすかッ!?」
「いやグリフィーヌ、無理に追いかけなくていい! 逃げた方向と、切り返して仕掛けて来ないかを見張っていてくれ!」
してやられたと、カッとなったままに上昇するグリフィーヌに、とっさに追跡よりも大事な仕事を頼んで引き留める。
私たちが今回目的としていた、鋼魔の将の捕縛はできたのだ。
無理に追いたて攻めるよりも、捕獲作戦の成果を確実にしなくては。
グリフィーヌも納得してくれたのか、上空に留まり睨みを効かせてくれる。
努めて抑えてくれたのだろう彼女に感謝しつつ、私は視線を地面に下ろす。
すると魔法とストームホールドで抑えつけられた全身金属の猛牛の姿が目に入る。
捕まえるつもりではあったが、救出を試みられることもなく置いていかれてしまうとは、さすがに予想していなかった。
「……そんな目で俺を見るなッ!?」
「すまない」
そんな同情の思いを見て取ったクレタオスの叫びに、私は反射的に素直にお詫びしてしまった。




