79:今出来ることをひとつずつ
私、ライブリンガーは現在、黒い鉄巨人モードで崩れた石壁に新しい石を積む補修作業中だ。
傍らには私サイズの工具や資材を背負った熊型魔獣、ガイアベアのラヒノスが助手役として付いてくれている。
キゴッソ王城の象徴であり、軸である天を突く大樹を臨むここにはしかし、すでに鋼魔と魔獣を排除する結界に包まれている。
だがラヒノスは結界の中にあって平然と私の大工作業を手伝ってくれている。
こんな私たちに都合のいい現象がなぜ起きているのかといえば、私の中にある結界の知識によると、私と三聖獣たちの敵味方認識によって区別されているものらしいとのこと。使い手である我々の認識そのものが結界のフィルターとなっているということか。
ともあれ、仲間と認識してる分には排除されないのは都合がいい。仮にグリフィーヌが転生前の状態であったとしても排除されることもないだろうから、仮に今後向こうからの追放・離反組が頼ってきたとしても受け入れ可能だという安心感がある。
そんなことを考えながら大工仕事に勤しんでいれば、「殿」と呼び掛ける声に続いて頭上に被さるように影が。
それに釣られて顔を上げれば、鈍器じみて分厚い、今の私よりも長大な剣が浮いている。その上には、刀身を波乗り板にするようにしたデフォルメがかった狼の騎士、私の剣でもあるロルフカリバーと、彼に抱えられた赤毛の少年ビブリオの姿が。
「ライブリンガー! 防壁の工事はほどほどにして、次の攻略に進もうって!」
「なんと、今日の攻略予定は既に達しているのにかい?」
「うん。順調だから予定を繰り上げてやろうって、マッシュ兄ちゃんとオウルが」
「急な繰り上げで申し訳ないですが、殿にはすぐに準備していただけるとありがたいです」
「なるほど。それは私にしか出来ないことを任されるべきだね」
重機の真似事をして工事に私が加わることで助かる人もいるだろうが、しかし対鋼魔結界を形作るのは私と仲間たちにしか出来ないことだ。であれば、優先すべきがどちらかは明らかだ。
「ごめんよライブリンガー、修繕工事したかったんだろうけど……」
「本当に、急な話で申し訳ありません」
「いやいや。そんなに落ち込まないでくれ。順調に進んでいるのだからいいことじゃないか」
萎れるみたいに頭と肩、そして高度を落とすビブリオとロルフカリバーに、私は笑い返して車モードになって壁の修復作業を切り上げる。
ここで改めて振り返っておこう。
私たちは現在キゴッソ王城に向けて包囲を狭めながら進軍している最中だ。
それも拠点のひとつひとつに鋼魔・魔獣を退ける結界を張ってジリジリと締め上げていく形でだ。
先の戦闘、グリフィーヌの生まれ変わりとマックス形態の私との合体、マキシマムウイングの誕生した戦いにおいて、私は殿として残りながら、メレテに向かったネガティオンを追いかけて城の守りを放棄してしまった。
結果、守備兵も撤退してがら空きになっていたキゴッソ城は、再び魔獣の巣に、鋼魔の縄張りに飲み込まれてしまったのだ。
あの場で追いかけた判断が誤りであったとは思わない。そうしていなければ仲間たちは残らずメレテ王都と共に滅ぼされていたことだろうから。
しかしそれはそれ。これはこれ。
どういう戦況で危機の移り変わりがあったにせよ、私が自分で任されておきながら重要拠点を明け渡してしまったことは事実。
その一方で、私たち鉄巨人グループだけで再制圧をしてしまっては、大陸人類種連合のヤゴーナ軍としては、おんぶだっこで示しがつかない。
幸い鋼魔を、その首魁をもしめだすことの出来る強力な結界を張る術は得た。というわけで、その結界発動の中心として奪還再占領軍の最先鋒で、結界包囲網作成とその進行のために走り回り飛び回っているわけだ。
「しかし妙だね」
「なにが?」
「ああ、アレだよ」
そうして次の制圧予定地に向かう道中、私がこぼした一言にビブリオが代表した仲間たちの疑問に、私は人型にチェンジしてある方角を指さす。
その先にあるのは空と大地の間を支えるがごとき大樹。キゴッソ城だ。
遠目からでもはっきりと見えるあの大樹は、人間たち、取り分け古くからこの地に住む鳥人種を中心としたキゴッソ人にとっては、自分達の象徴のようなものだ。
かの大樹を害された場合、キゴッソの民は心に深い傷を負うことになるだろう。それはヤゴーナで対鋼魔連合を組んだ人類種全体の士気をへし折ることにもなる。それは鋼魔にとって、人類種絶滅を目論むネガティオンにとって都合がいいことのはず。
だのに、かの大樹はいまだに健在である。
我々がいくら急いでも連合所属国家それぞれの都合と、大軍を伴っての速度である以上、いくらでもチャンスはあっただろうに。
それこそチャンスというならそれ以前に、我々が一度奪還する以前にだっていくらでもあった。
「……占領地を整地して舗装してなんてやってた鋼魔側にとって、それこそ多少骨の折れるサイズであっても取り除けなくもないし、残す意味も無いはず……なにか私の知らない、大樹に手出しを出来ない、排除してしまっては都合の悪い事情があるのか?」
私は思うままに疑問を口にしながら首を巡らせて視線をある一点に。
仲間たちも釣られて高くに持っていったそこには、朝焼け色の宝玉を胸にしたメタルグリフォン、グリフィーヌが飛んでいる。
「いやすまない。生憎だが私も知らない。確かに切り倒してしまうことが無いようにとは言われていたが……」
しかしグリフィーヌから帰ってきたのは、お求めのモノは持ち合わせていないと言うお手上げの答えだった。
そこへドラゴが、その長い竜の首をもたげて問いかける。
「ふむ、それを妙だとは思わなかったのか? どんな理由で破壊を避けるように指示されたのか気にならなかったのか?」
「恥ずかしい話だが、その時には興味が無かったものでな。心の踊るような強敵のことで無ければ割りとどうでもよかったというか、空を行く上でよい目印でもあるから、そちらの都合かと……」
「ホッホウ……なんという脳筋」
だんだんと尻すぼみになるグリフィーヌの返答に、セージオウルはこれ見よがしに首を回して嘆いて見せる。
対するグリフィーヌもまた、自分の視野の狭さを恥じているのか、悔しげに嘴を軋ませながらも、反論すること無く押し黙っている。
「ままま、確かに空で行くにせよ陸で行くにせよ、いい目印になってるのには違いないしな。その気にならなきゃ調べたりもなかなかしないよな」
そこへことさら声を弾ませた赤い獅子が、フォローに回ってくれる。
「んでセージオウルよ。物知りのお前なら何か知ってるんじゃないのか?」
「いや。お前もそうだろうが、私も永い眠りの間に記憶や知識に欠けができていてな。無くしたその中にはあったのかも知れないが、少なくとも今の私は知らないな」
そして話を振られたセージオウルの返事がコレである。知ったかぶりにもったいつけて、とやられるよりは潔くて良い。良いのだが、なんとも釈然としない。
「じゃあとにかくキゴッソ城の謎はこれから調べなきゃってことで、今は取り戻さなきゃって事なんだよね?」
「ああ、そうなるね。ビブリオの言う通りだ」
今私たちが出来ること、やるべきことは、キゴッソ城を奪い返すこと。
城の軸である大樹。その謎に思いを馳せ、解き明かすために調べようにも、まず取り返しておかないことには話にならない。
そう結論づけた私は黒い車モードにチェンジ。ビブリオたち小さな仲間たちを乗せて、今回の目的地へ向けて急ぐのであった。




