78:祝いの空気を冷やすわけには行かないから
「せーのッ!」
「トォウッ!」
私ライブリンガーとグリフィーヌは、声を合わせて空中チェンジ。
組み代わる機体に太陽光を跳ね返しつつ巨人モードに変わった私は、マキシローリーの上に重なったマキシローラーの上に着地、片足立ちに飛行機のポーズ。
その上にきりもみ回転に落下してきたグリフィーヌが、翼と両手を広げ、両の脚をピンと伸ばした姿勢で私の背に乗る。
マキシマムウイングをやるだけあって、この状態ではたしかに彼女の方がいくらか大きい。だがグリフィーヌ自身がその広く、縦横無尽な空中機動を支える柔軟な翼でもってバランスを保ってくれているから、支えるだけなら苦労はない。
そんな四段重ねにピタリと静止する私たちの姿に、取り囲む人々は盛大な歓声と拍手でたたえてくれる。
ここは私たちと三聖獣の張った結界による安全圏の中。とは言ってもウィバーンの強襲飛行部隊とネガティオンの襲撃を受けたメレテ王都ではない。
ここはメレテとキゴッソの国境。イナクト辺境伯領にある、鋼魔を食い止める峡谷関門。私たちがしばらく前にキゴッソ奪還の最前線拠点として利用していたあの砦だ。
別動隊を用意した上で鋼魔王自ら出陣という作戦によって撤退したマッシュとフェザベラ王女率いるキゴッソ王城の人々。彼らを受け入れられるキャパシティがあるのがココだということで、一度キゴッソ奪還軍とその計画を立て直すための場として選ばれたのである。
理由としてはそれだけではなく、三聖獣の復活と集結、そして鋼魔王の侵攻を退けての勝利を祝いたいという連合所属国家首脳陣の思惑もアリ、比較的に安全圏内であるということもこの場所でとなった決め手の一つなのであるが。
参加者全員合流までで準備期間も数日は稼げる事であるし。
そうした士気と連合の連携の維持のための考えはどうあれ、私たちとしては護衛のために迎えに行った撤退軍に、メレテ王都までの逃避行を強いなくてよかったし、祝いの宴が長旅で疲れた彼らを労うことにもなってよかったというだけだ。
「いや今回の曲芸はいくらかウケたみたいでよかった。場の空気が冷えてしまってはただでさえ疲れた皆を余計に疲れさせてしまうだろうからね」
そしていま現在その祝いと労いを兼ねた宴の真っ最中で、私も宴会芸に参加していたというわけだ。
戦うことで出来るのは人々の涙を拭うこと。拭った後は笑わせたいものだからね。むしろ笑顔になってもらう方が私も楽しい。
重なったマキシビークルたちをゆっくりと降りながら、眼下に広がる人々の顔を見ると心からそう思う。
「ネガティオンを退けたので沸いているこの状況で、空気が冷えるような芸はそうそうないと思うが?」
「いや、これが意外に難しいんだよ。以前にこれは受けるだろうとやって見せたのはなんと言うか、気持ち悪がられたと言うか、引かれてしまったからね」
「参考までに聞くが、何をやったんだ?」
「いやなに、車と鋼鉄巨人にチェンジを繰り返しながら踊ってみただけだよ。で、下半身だけとか上半身だけ人型にしたりの中途半端なチェンジこそが面白いと思ったんだが、それがいけなかったみたいでね」
「ああ、なるほど。それはちょっと……うん……」
そう解せぬ反応をするのは、私のすぐ近くでまたゆるゆると高度を下げるグリフィーヌだ。
コアがイルネスメタルからバースストーンに変わり生まれ変わった彼女には、もう一つ大きな変化がある。
それは人型モードの時の顔だ。頑健な防具然とした鉄仮面であったのは過去の事。
いま現在の彼女の顔は、二つのオレンジ色の目に、声や表情に合わせて柔らかに動く口と、私と同じくヒトと同じようなものになっている。
筋の通って高い鼻やシャープな顎から頬のラインといい、ヒト視点でもかなりの美女なのではないだろうか。
「……な、なにを私の顔をじろじろと見ている? 変化してからこっち、今日で初めて見たわけでもあるまいに」
「ああそうだね。しかし何度見てもずいぶん美人さんに整ったものだ……とは思ってね」
「んぬあ!? は、恥ずかしいことを言ってくれるなッ!? 別に、私はこうなりたいと願っていたわけでは……」
そうブツブツと言葉を転がしながら、グリフィーヌはうつむきがちに目を逸らす。
しかし、先日初めて目にした時にも素直な感想を告げたのだが、その時には恥ずかしがるあまりに飛んで逃げてしまった。それから目を引かれた度に言ってきたので、多少は馴れてきたと言うことだろうか。
「……な、なんだ、その目は!? そんな柔らかな光を湛えた目で私を見て、微笑ましいとでも思っているのか!?」
そうでもあるが。
これもグリフィーヌが恥じらい悶える様が愛らしいから良くない。
敵を前にしての女騎士としてのあり様とのギャップ効果というものだろうか。
しかし、それを素直に告げてしまっては、グリフィーヌが恥ずかしさに堪えられなくなってしまうかもしれない。
「殿! 奥様も、先ほどの余興はお見事でございましたな、息もピッタリで……」
「誰が奥様かぁッ!?」
どうしたものかと考え込みだしたところで、デフォルメされた狼の騎士、ロルフカリバーが割り込んでくる。
それに対するグリフィーヌの返しに、ロルフは不思議そうにその目を瞬かせる。
「誰がって、殿とその身をひとつにしたグリフィーヌ殿の他に誰がいると?」
キョトンと、なにを分かりきったことをと言わんばかりのこの反応に、グリフィーヌは言葉を詰まらせてしまう。
「ほ、ほら、今度はオウルたちがなにかやるようだから、場所を取り続けているのも良くないからね」
その間に私はマキシビークルを異空間の向こうに片付けて、二人を引っ張ってこの場から離れる。
「ホッホウ行くぞ、ドラゴ、ライオ! 聖獣合体ッ!!」
「おうッ!」
私たちの撤収に続いて、三聖獣はオウルの号令を受けて飛ぶ。
そして重々しい音を立てて落ちたのは、下からドラゴ、ライオ、オウルで積み上げた三段重ね。
なんというか、ポーズも取ってることも相まってちょっとしたフルメタルトーテムポールといった風情だ。
「いや、やっぱ出来てねえじゃねえかッ!?」
「こんな堂々と失敗して、気合いを入れた返事をしたのが恥ずかしいぞ!?」
「ホッホウ。まあもともとダメ元というか、追い込まれていざ出来ませんとならんように……という練習と実験のつもりだったからなぁ」
「じゃあ何か!? 最初からこのマヌケをさらす前提でやるぞ、やってみるぞって声掛けたってのか!?」
セージオウルのしれっとした返事にライオが食って掛かるのに、周囲の人々からは笑いが漏れる。
「これで上手く行かなかったってことは、やっぱり並びが良くないんだろ!? 今度はオレ様が一番上な!?」
「いや待て、並び順を変えるのはいい。しかしそれなら我輩が先に一番上に回っても良くはないか?」
「いやいや待て待て、やはり一番上は三聖獣の頭脳担当である私こそが、だろう?」
三者三様の主張が出揃うが早いか、三段重ねの聖獣たちはぐるぐるとその場で上下を入れ換え始める。
立ち位置をほとんど動かさず、ただその場でぐるぐるとてっぺん争いをし続ける様には、即興とはとても信じられない連携が感じられる。
もし打ち合わせ無しに出来ているのだとしたらとんでもない呼吸の一致だ。
観衆にもそれが感じられたものがいるのか、笑うものばかりでなく感心しきりといった様子で入れ替わる聖獣タワーを見るものが出てくる。
そんな衆目の集まりに、三聖獣はてっぺん争いに夢中で今の今まで気付かなかったとばかりに目を瞬かせると、改めて上からフクロウ、ライオン、ドラゴンの順で積み重なった形で締めのポーズを取って見せる。
「うぅむ、できる……!」
「いや、そこまでか!? そんなに感心するほどにか!?」
美しいほどの流れと連携。割れんばかりの拍手と笑いを受ける三聖獣に思わずうなってしまっていた私に、グリフィーヌもまた反射的にツッコミを。
「もちろんだとも。打ち合わせ計算し尽くされたかのようなタイミングと、それに淀み無く応じて噛み合った連携。これに感心しなくてどうするのかと思うくらいなのだが」
私の素直な評価を語って聞かせれば、グリフィーヌは不規則な目の瞬きと口許の歪みで当惑を伝えてくる。
「しかし、しかしだな……それも宴会芸で、でしかないのだが……」
「だがそれがいい。それがいいじゃないか」
優れた連携であることは認めても、受け入れがたいといった風なグリフィーヌだが、私はそうは思わない。
確かに今は鋼魔と人間たちとの間で戦となっている。
そして戦時であるからには戦力が求められるのは自然なことだ。
だが戦力として、それだけを追い求めると言うのは寂しいし、虚しいじゃないか。
いつになるにせよ、戦いが終われば必要になるのは戦う力だけではなく、作り出す力や直す力もだ。
少なくとも、私はキラーマシーンブレイカーに徹するつもりはないし、鋼鉄巨人の仲間たちにもそれをやらせたくはない。
むしろ私個人としては家の修復や、植林や開拓といった、そういう仕事だけをやっていたいくらいなのだが。
「……まあ、すべてはネガティオンの侵略から人々を守りきった後のこと。今の段階では、獲らぬ狸の皮算用もいいところだがね」
そう語るのを締め括れば、グリフィーヌは神妙な顔で顎を指で擦って考え込む。
そこへ辺りの人々の中から、私たちの足元に飛び出してくるのが。
それはもちろんビブリオやホリィをはじめとした仲間たちだ。
「わっほい、ライブリンガー! 今のオウルたちの見た!? ボクも笑っちゃったよ!」
「ああ、すごかったね。練習してる素振りも無かったのに、見事なものだと私も感心していたところだよ」
「でもライブリンガーとグリフィーヌのもスゴかったわ。あのスピードで、高く積み上げたのの上でピタッと静止するなんて」
「ありがとう。以前の失敗もあったから少し不安だったんだが、今回は上手く行ったみたいでよかったよ」
「おいおい、ライブリンガーともあろうものが大道芸のウケを心配するのかい?」
「そうだとも。正直なところ、私にとっては戦いと同じくらいな心配ごとだよ?」
私のこの一言に、仲間たちがどっと笑いで沸く。
私としては冗談抜きの真剣に言ったのだが、まあ皆が笑顔になってくれたのならそれでいい。
「なるほどこれが……では私は、ライブリンガーをこの景色で溢れた場所にまで連れていく翼になろう」
「それはありがたいが、運んでおしまいだなんてつもりでいないでくれよ? 私にとっては、グリフィーヌも笑って生きていて欲しい命たちに含まれているのだから」
「また恥ずかしげもなくそんな……だが、覚えておこう」
そうして私たちを囲んだ勝利の宴は、夜が更けてもその勢いを失わずに続くのであった。




