72:仇討ちに燃える黒いもの
「グリフィーヌゥウッ!?」
グリフィーヌの体を砕いた上で私へ押し寄せるエネルギーの奔流。
ストームホールドの余波とグリフィーヌが間に入ってくれたおかげで、拡散減衰していたらしいケイオスストリームは、私のマックスボディを濁流となって押し流すだけ。
必殺の威力は失ってもマックスボディを軋ませるほどのエネルギーの流れの中、私は辛うじて原型を留めているグリフィーヌの胸から上を受け止める。
押し流された勢いのまま私は背中から不時着。それだけで勢いは収まりきらずに二度、三度とバウンドさせられてしまう。が、私はそんなダメージにはかまわず受け止め抱えたグリフィーヌが崩れてしまわないように庇い続ける。
「グリフィーヌ! しっかり、しっかりしてくれ、グリフィーヌッ!!」
そして最終的に背中を地面に停止した私は腕の中の仲間に呼びかける。
「ああ、ライブ、リンガー? どうやら、無事、のようだな……」
この呼びかけに、ひび割れた鉄仮面のバイザーに弱々しく光が瞬いて応じてくれる。
「何が無事なものかッ!? うかつな私を庇ったがために、キミがッ! こんなッ!?」
「……私のことで、嘆けるあたりは……どうやら捨て身に、盾をやった甲斐は……あったらしいな……飛翔のため、軽量化してあるにしては、上出来じゃないか……」
言葉を詰まらせる私に、しかしグリフィーヌは笑い声を溢しさえする。その声の響きと目に灯った光は、弱々しくも満足げですらある。
「なにを笑って! まだ息がある内に外れてしまった体を集めて繋がなくては……!」
「……殿ッ!?」
治療、延命をしなくてはと焦る私の言葉を、ロルフカリバーの警告が遮る。
しかし何事かと尋ねようとした私の声は、言葉になるよりも早く衝撃に封じられる。
不意打ちの衝撃に、私の体は出鼻からねじ曲げられた声を上げながら地面を削って横滑りに。
そして抱えていた大切な仲間の重みが消えていることに気づいた私は、慌てて身を起こす。
「グリフィーヌッ!?」
そんな私の正面にあったのは、ネガティオンに片手で吊り上げられた胸から上だけのグリフィーヌの姿であった。
「おのれネガティオン! グリフィーヌを放せッ!!」
敵の手の内からとにかく救わなくては。
そんな思いで私はロルフカリバーを叩きつけに。
しかしネガティオンが右腕を変形させたアームキャノンが、そんな私の踏み込みをカウンター気味に迎え撃つ。
突進の勢いとそれに反発する爆発の威力に、私は声も出せずに跳ね返されてしまう。
そんな私が立て直すまでに、さらに足を狙った砲撃が立て続けに。
「グォオオオッ!?」
「お前の相手は後でしてやる。だから少しばかり大人しくしていろ、な?」
とっさにシールドストームを用いて防御するものの、冷ややかな声と共に撃ち込まれる砲撃は盾を突き破って私の機体を揺さぶってくる。
しかしこの程度で、仲間を助けるのを諦めるわけにはいかない!
「だから順番を守れと言っているだろうが」
だがそんな呆れつつも噛んで含めるような物言いに合わせて、とんでもない重みが私にのし掛かる。
何か物体に押さえつけられているわけでもないのに、マックス形態の私が押し返すことも出来ないこの重み。
私を一方的に地面に押さえ込むこれに、マックスの機体は装甲のひび割れから軋み音を漏らす。
「ふむ。いまの今まで必要でないので試したこともなかったが、これがなかなかどうして便利ではないか。防護エネルギーによる拘束だったか」
これがネガティオン流のストームホールド!?
私は打ち破るどころか、身じろぎさえ出来ず押し潰されずに耐えているので精一杯だと言うのに!
ここまで、ここまで一方的な差が私と鋼魔王の間にはあるというのか!?
「おのれ……だとしても、だったとしてもぉお……」
しかし私は重圧による拘束をどうにか打ち破ろうともがき続ける。
対してネガティオンはやれやれとばかりに頭を振ると、吊り上げたグリフィーヌへ視線を移す。
「さてグリフィーヌ。お前はここで我の手にかかって朽ちるわけだが、これで満足なのか?」
太く冷厳な声音での問いかけに、グリフィーヌはその目を弱々しく瞬かせる。
「もちろんです。ライブリンガーと出会い、ぶつかり……共に戦い、そして我が身を盾に守る……短い間ではありましたが、彼と……彼の仲間たち、彼らとの時間は、グリフィーヌとして……満ち足りたもので、ありました……ネガティオン様に、産み出していただいたことを感謝するほどに……」
「……そうか」
か細く、弱々しくも、迷い無いグリフィーヌの言葉。
いまバラバラに砕いた相手に対しての感謝に、ネガティオンの吊り上げる腕がわずかに下がる。
「ならば満ち足りたままで死ねいッ!!」
しかし無情な一言と共に彼女を放り投げると、流されるままに放物線を描くグリフィーヌへ砲撃。
この無慈悲な一撃は、すでにバラバラであった女騎士の体を、命を粉々に打ち砕いてしまった。
「あ!? あ、ああ……ッ!?」
押さえつけられたまま、何も出来ずにいる私の見ている前で、グリフィーヌだった破片が爆風に散らされていく。
彼女の死を思い知らせようと、刻みつけようというのか、酷く緩慢なその景色の中でグリフィーヌの核であったイルネスメタルがキラキラと輝きながら流れていく。
その光の中には、私に切りかかってきた姿が、人々に降りかかる災いを切り払う姿や、私たちと騒ぐ姿、私と並び、支えとなって戦う姿が次々と浮かんでは消えていく。
フルメタルの私が幻覚を見るというのか?
だが溢れ出た洗浄液で滲んだ視界では、鮮明なる思い出のスライドショーの虚実をはっきりとさせることは出来ない。
「こうなることは見えていただろうに、その上で我に手向かい、悔やみなく散る……なかなかに上等な果てではないか」
しかしそこで割り込んできたこの声に、私の視界を濡らすモノが蒸発する。
見えるものをクリアにした熱量は私の内から生まれたモノ。
私の頭脳を、心を焼き焦がすこの熱量が、私の体を正面に向けて突き動かす。
「なにが上等かぁあッ!?」
「ほう? 我が封じるのを弾き飛ばすか」
いつの間にか破れていた拘束だがそんなことはどうでもいい!
詰みあがったダメージで情けないことに足まともに動かないがそれも関係ない!
ロルフカリバーを手放し、両腕のシールドストームと動くスラスターとで前へ、仇敵へ。
この私自身を焦がす怒りよりも熱く、そしてドス黒いモノを怨敵へ叩きつけたい。それだけだ!
「おのれぇえええええッ!?」
後先もなにも無く、ただぶちかましに放った破壊竜巻の拳。
ただ激情に任せたこれはしかし、ネガティオンがゆらりと体を傾けたことで空振り。逆に待ち構えていたかのような拳に顔面をひしゃげさせられてしまう。
「ぐはッ!?」
「大した力だ。だが感情任せに体当たりにぶつけに来るようでは食らってなどやれんな」
捻じ曲げられた突進力で流れる私へ、ネガティオンはグリフィーヌを殺したアームカノンで追い討ちを。
これを私はみなぎるエネルギーに任せたシールドストームで弾き、その余勢でもって方向転換。からのバスタートルネード!
これを腕を盾に受け止めたネガティオンは踏んばる足で地面に轍を刻む。
「フハハ……怒りでタガが外れたからとはいえ、ここまでの力を秘めていたとはな」
「だまれぇえッ!! ロルフカリバーッ!!」
悠々と受け止め笑うネガティオンへ、私はバスタートルネードを押し付けたまま、逆の手で嵐を放って前進。呼び寄せたロルフカリバーを両手持ちにクロスブレイドを仕掛ける。
「だからそれがイカンというのだ」
だが工夫も何も無く、ただ高まる力を重ねて伸ばした刃は同質のエネルギーを帯びた刃によって受け流されて。
そして手繰り寄せられるように引きつけた私の体を切り上げた。
「がふ……ッ!?」
「殿ッ!?」
怖ろしく滑らかで鋭利な刀傷。
そこから激情に滾っていた熱さえもが逃げ出すように失われてしまった私の手から、ロルフカリバーが弾き飛ばされてしまう。
それをきっかけに、私の機体はまるで後先考えることなく振り回し続けた報いだと、そう言わんばかりに自由が利かなくなってしまう。
「巨大な力は、考えなしでも無造作でも、ただ振り回すだけでも脅威であることに違いはない。が、それが通じるのは圧倒的な差がある場合のみだ。これでは、グリフィーヌと共に創意工夫でもって立ち向かって来ていた時の方がよほど手強く、よほど面白かった」
そんな膝をついて動けなくなってしまった私に、ネガティオンは結果を突き付けるように結晶質の刃を私の胸元へ。
エネルギーを帯びたそれは、軽く押し出すだけでマックスボディを板切れのように貫き、その奥に収まった私のコアボディも容易に串刺しにしてしまうに違いない。
「……グリフィーヌを殺したお前が言えたことか……ッ!?」
「うむ、違いない。この状況でそれだけの口が聞けるとは、大したものだ」
致死の刃が押し当てられているにも構わずの返しに、しかしネガティオンは愉快げにほくそ笑むばかり。
「さて呆気ないが、これ以上貴様に好き放題にされるのは目障りなのでな。消えてもらうとしよう。今すぐに行けばグリフィーヌを寂しがらせることも無いかもしれんぞ? もっとも、我々に霊魂とやらが、そして行くべき冥府とやらがあるのであればだが」
白い鋼魔の王はそんな風に笑い飛ばすと、私に引導を渡すべく突きつけた刃を前に。
ゆっくりと私の命を止めに来るそれを前に、私の心に浮かぶのは未練だ。
まずはビブリオにホリィ、マッシュ隊のみんな、親方さんやこれまでにであった人々。それとセージオウルにガードドラゴに顔を会わせてもいない獅子。そんな彼らの、仲間たちの鋼魔軍とのこれからの戦いの力になれないこと。
そして私のために大切な仲間のひとりを、グリフィーヌを死なせてしまったことの後悔。
この二つの申し訳の無さと悔しさ。それが今この瞬間に私の胸を満たした全てだ。
この思いを晴らせないようでは悔やんでも悔やみきれない。死んだとして死にきれたものではない!
結晶の刃が私の胸に触れた瞬間、そこで高まっていた未練が、執念が溢れだしたかのように光が辺りを塗りつぶす。
「ぬぐッ!? 圧はない、が、何の光ッ!?」
これを真っ向からモロに浴びたネガティオンは顔を庇って呻き声を上げる。彼が灯した毒々しい緑の光と対をなすような朝焼け色の輝きだ。さぞ眩しく感じることだろう。
鋼魔王の目が眩んだこの瞬間はチャンスであるが、あいにくと今の私には手足を引きずって刃の間合いを少しでも外すので精一杯だ。
そうして私たちが揃って満足に動けずにいる間に、眩いほどの輝きに満ちた周囲の空間では地面から浮かび上がる物たちがある。
キラキラと輝きを跳ね返すのは金属片。バラバラの粉々に砕かれ散らされてしまった気高きグリフォンの女騎士の遺骸だ。
それは私のすがり付くような未練と後悔を拭おうというのか、それとも奮い立たせようというのか、呆然とする私の周囲を飛び交う。
そんな中には彼女の心臓部であった緑色の輝きも。やはり私の後悔の念の拡大が、グリフィーヌを引き留めてしまっているということなのか……。
いや、だがちょっと待って欲しい。
いま私の顔近くを通りすぎたグリフィーヌのコア、やけに大きくなかっただろうか?
彼女のコアはネガティオンのとどめのアームキャノンでそれこそ砂粒のような細かさにまで粉々に砕かれていたはずだ。
それがさっき私が見たものは、多少欠けてはいたものの、ほぼほぼ原型そのままであったような気がする。そして色合いも何と言うかイルネスの緑にバースストーンのオレンジが入り交じってまだらになっていたような?
そんな混乱する私の目の前で、砕かれていたグリフィーヌの機体が組み合わさり、繋がる。
それもその一組だけではない。私の周囲に飛び交う彼女の断片同士が自ずと組み合っていっているのだ。
これは、緑とオレンジのまだらになったコアを中心に、自ずと組み上がっていく立体パズルだ。
そして程なくグリフォンの女騎士のボディは色を変えたコア以外は完全に砕かれる前の姿を取り戻す。
理由はどうあれ、理屈はどうあれ、失われたはずの彼女のボディが、いまここで復元されたのだ。
「グリフィーヌ!?」
復活したグリフィーヌのボディが都合の良い幻では無いのか、そうで無いのならば手放さないように掴んでおかなくては。
そんな思いで触れようと私が手を伸ばしたところで、まだらだったグリフィーヌのコアがオレンジ一色に染まって輝く。
そうしてあふれでた光に覆われたグリフィーヌのボディは私の背中側に回り込んで体当たり。
やがて私もろともに包む光が収まると、私のボディは空に。
フルメタルの巨体を飛翔させ得る力強い翼を備えて空にあったのだ。




