71:翼、散る。
「グオゥワッ!?」
背中から倒れた私、ライブリンガーマックスの巨体が地響きを起こすところへ、ダメ押しとばかりに緑色のエネルギーキャノンが叩き込まれる!
着弾からぶわりと広まり強まった圧力はガリガリと音を立てて私の装甲を抉り、機体を大地へめり込ませる。
これを耐えた私の正面には、暴力的なエネルギーの渦巻く砲口が。
当然ただ的にされているつもりはなく、私はプラズマショットを連射。こちらを狙うネガティオンを迎え撃つ。
「そんな豆鉄砲が通じるはずもないと、思い知っているはずだがなぁ?」
しかしネガティオンは私の抵抗をものともせずにアームキャノンのエネルギーを臨界に。
「させるものかッ!!」
しかし、いざ放とうという瞬間を狙って頭上からグリフォンの女騎士グリフィーヌが斬りかかる。
「ハハハッ! 我を相手に躊躇なく来るか!? 健気なことだッ!?」
だが急降下からのサンダーブレードは白き魔王が右手首から伸ばした結晶体の刃でいなす。
彼女が作ってくれたこの隙に、私は地面にめり込まされたボディを強引に起こしてその場から離脱。
この直後に私の転がされたいた場所をネガティオンのアームキャノンが直撃。緑色の爆発を起こす!
「これならばッ!?」
その爆風を追い風にして、私はスラスターを全開に、バスタースラッシュを体ごとぶちかます。
これはネガティオンが盾にしたイルネスメタルの刃と衝突し、一瞬の拮抗の後にへし折った!
「ほう。意趣返しか我が刃を砕くか。しかしな」
しかし同時に私の胴にはネガティオンの左アームキャノンが押し当てられ、発砲しながらのアッパースイングが私の機体を浮かす。
「ゴフッ!?」
軽々と打ち上げられた私はグルリと視界が転がるなか、スラスターと手足を振り回して強引に姿勢制御。ロルフカリバー持たぬ左腕からのバスタートルネードを無理矢理に放つ!
「ほほう!? やるなッ!?」
うちひしがれていて、まさかと思ったタイミング。そのつもりの一撃だったが、破壊の竜巻は野太い感心の声を添えた結晶体の刃に払われてしまう。
「そう言う割りには、余裕綽々にさばいてくれてッ!」
着地を待つのももどかしく、私はマックスボディを振り回す勢いを強引にねじ曲げて前進。踏み込んでくる白と緑の魔王に破壊竜巻を纏う左を撃ち込む!
「ふん。後ろで見ている分には目障り極まるが、合間見えてぶつかってみればなかなかどうして楽しませてくれているからな」
私の拳を魔王の刃がそらし、その横合いを狙ったグリフィーヌの稲妻剣は装甲に滑らされて、毒々しいエネルギー弾に追われることに。
グリフィーヌは手足と翼とを巧みに操って追いすがる破壊力から逃れるも、接近を感知したかのようにエネルギー弾が爆散。広がる破壊の波が彼女のフルメタルボディを木の葉か何かのように吹き飛ばした!
「グリフィーヌッ!?」
「大事ないッ! 心配無用だッ!!」
自分でも飛んで距離を取っていたのか、吹き飛びぶりの割にはエネルギッシュに無事を伝えてくれる。
あわせてどうにかバランスを整える彼女を攻撃させまいと、私はプラズマショットとバスターナックルをネガティオンへ。
「意識の隙間を突いたつもりだろうが、その程度でもらってやるほど、サービス精神は旺盛ではないぞ?」
この私の攻撃はしかし、結晶体の剣とアームキャノンを駆使した牽制で悠々といなされてしまう。
だがそれがいい。
私に意識を向けさせる。それが今この瞬間には重要なのだ。
バランスを整えたグリフィーヌがネガティオンの首を狙うべく位置取りする間に、私は猛烈な左回転エネルギーを蓄積した右腕を突き出す。
「我が剣をまたへし折ろうというか?」
遊んでやろう。そう言わんばかりにネガティオンは剣で待ち構える。
が、ロルフカリバーを横合いからいなそうと動いた刃は空を切る。
それもそのはず。私はとうに右手からロルフカリバーを手放していたのだ。
「なッ!?」
「バスタートルネードッ!!」
読んでいた間合いが外れたことに目を剥くその顔面に、私は右腕から破壊竜巻を!
チャージから解き放たれたバスタートルネードはうなりを上げ、拳が伸びるようにネガティオンを撃つ。
装甲をガリガリと削る破壊竜巻の威力に白い魔王はその巨体をのけ反らせる。しかし浮きかけた足が地を踏みしめるや、バスタートルネードの圧をものともせずに反った上体を降り戻してきた!?
「正攻法しか知らぬかと思えばなかなかどうしてッ!?」
「真っ向から叩き割ってッ!?」
今度は私が「まさか」を突かれた形だ。
受けた破壊竜巻を打ち砕いて踏み込んでくるネガティオンに、私はプラズマショットを連射しながら、伸びきった右を振り戻す。
同時に振り上げた左拳を、四門エネルギー砲に構わず切り込んできた魔王の刃にぶつける。
「その程度でなぁあ!?」
しかし受け止めるはずであったのに、ネガティオンの踏み込みは、踏ん張る私を強引に下がらせる。
「覚悟ぉおおッ!!」
そこへ高空からグリフィーヌがグリフォンモードで急降下!
対するネガティオンは私を押し込みつつ、バックハンドでアームキャノン。
これをバレルロールで避けたものの、わずかなタイミングのずれは刃筋を乱れさせ、すれ違いざまにネガティオンの装甲を浅く裂くだけに終わる。
「覚悟が必要なのはお前の方だったようだなグリフィーヌ!」
首を取り損ねて離れていくグリフィーヌへ、ネガティオンはその軌道を追いかけるように腕のキャノンを向ける。
「今だッ!!」
そして意識が押さえつけた私と天を走るグリフィーヌヘ向いた瞬間、これを好機と合図を。これを受けて白い魔王の脇腹を、下から掬い上げるように鋭いものが襲う。
その分厚い刃はロルフカリバー。
柄の部分がチェンジした小柄な人影が抱えて突き出したマックスサイズの剣だ。
「隙を作らせてそこを躊躇なく突く。少しでも力の差を埋めようと懸命に工夫をするものではないか」
「バカなッ!? がら空きでまるで通らないとッ!?」
しかし伏兵による必殺を狙ったこの突きは、ネガティオンの装甲に挟まれて噛み止められてしまっている。
「ダメだロルフカリバー、離れて、手放してでも!」
私の慌てて出した指示に、ロルフカリバーは素直に自分の刀身を手放して後ろへ。
それをネガティオンが蹴り飛ばしたのに合わせ、私は両腕の回転を全開に押し返しに行く。
「おおっと」
私の全力の抵抗に、しかしネガティオンは軽い調子でバックステップ。
この間に私たちもまた間合いを取りつつ合流を。
集結点を狙ってネガティオンのアームキャノンが火を噴く。が、迫るエネルギー弾を私は剣に変わって戻ってきたロルフカリバーで叩き割る。
二つになって私をはさむように広がる爆発の中、空から降りてきたグリフィーヌが私の斜め後ろに。
「すまない、ライブリンガー。チャンスを掴み切れずに……」
「それを言うならば拙者こそ。あれほどのお膳立てを受けながらあの体たらくで……」
「二人が謝ることは何も無いさ。二人がいてくれなければ、こうまで戦い続けることも出来ず、とっくに打ちのめされているだろうからね」
力及ばないことを詫びてくるグリフィーヌとロルフカリバーだが、それは私も同じことだ。
むしろ責任で言えば、二人の助力を受けても力の差を覆しきれない私の方にこそあるだろう。
「しかし……三人がかりでも届かないとは……力の差があることは理解していたつもりだが……これが鋼魔王と言うことか」
互いに謝り合っていても埒が明かないと言うことで話を切り上げて正面の敵へ。
正直なところ、グリフィーヌにロルフカリバーもいればもう少しまともなぶつかり合いができる。戦い方次第では撃退することも不可能ではない。その程度に考えていただけに、ここまで悠々とさばかれてしまったのはやはり自惚れが過ぎたということか。
こちらに踏み込むでもなく、構えた私たちをただ眺めているその姿は、無防備で隙だらけである様に見える。
だがダメだ。
どこから、どんな技で打ち込んでもしのがれて返されてしまう図が見えるだけ。
とても勝利への道筋が、勝った未来図が見えないのだ。
鋼魔に挑んでいた人々はこれと同じか、より絶望的な力の差を感じながらも挑み続けてきたと言うことか。
ああ、そうか。そういうことか。
恐怖に立ち向かい、恐怖を我が物とする。それが勇気。
故郷とそこに生きる近しい人々のために、逃げ出すこと無く戦ってきた人々。真に勇者と呼ばれるべきなのは彼らのような人々で。
ただ力があるから、出来るからと鋼魔とぶつかって来ただけの私には、やはりまだ勇者などと呼ばれる資格は無かった。
勝ち目のまるで見えない恐ろしい魔王。ネガティオンに立ち向かっているいまこの瞬間が、私がその称号を背負えるかどうか。その分かれ目だったのだ!
「……まったく、情けないじゃないか……」
臆していたのか、気づかぬうちに後退りしていた足を前に踏み出して、ロルフカリバーを突き出す形に構え直す。
挑みに行くこの構えに、ネガティオンは興味深そうにその目を瞬かせて剣を構える。
勝てないと諦めるな。
全力を叩き込むべき時と場所、その一点を探し続けるのだ。
そして、そのために必要なものをひとつとして惜しむな。
そう自分に言い聞かせながら、私は右腕のローラーを左回転。左腕のローラーを右回転。そして生じた相反する二つのエネルギーを、重ねてロルフカリバーに纏わせる。
「一つ覚えか、と嘲笑うモノもあるだろうが、それしか無いだろうからな」
私が持つネガティオンに通じるだろう唯一にして最大の武器。これを構える私に、白の魔王は出し惜しみしないこの判断を認める。
受けて立ってやろう。そう言わんばかりに待ち構えるネガティオンへ、私は両腕から剣に流すエネルギーを強めつつ、じりじりと間合いを合わせる。
「ライブリンガー……ここで乗ってしまうのはあまりにも危険ではないか? いや、私が言うのもなんだとは思うのだが……」
「そうだろうね。大技を構えて見せたところで打ってこいだ。しのいで打ちのめす。そんな自信があるんだろう」
「分かっているのだったら!?」
勝負に乗ることを警告するグリフィーヌの考えを肯定すれば、彼女はその目を激しく点滅させる。だが問いの声に沿った当惑の瞬きはすぐさまに収まる。
恐らくは、私なりに魔王の腹を察した上で挑む策を抱えていることを察してくれたのだろう。
「先を譲って、大技を打たせても返り討ちに出きる。その自信はつまり、私を侮っているということだからね」
「……そこまで言うのならば、もう止めはしない。フォローは出きる限りにさせてもらうが」
「ありがとう。お願いする」
察しもよく、頼もしい。まったく私にはもったいないほどの味方だ。そんな彼女がこの場で共に剣を構えてくれている。こんなにありがたいことはない。
もはや踏み込むまで。
エネルギーの高まりと距離、そして並び立つ仲間の納得。その全てが整ったと見た瞬間、私はスラスターを全開。フルパワーでネガティオンへ打ちかかる!
「クロス・ブレイドォオッ!!」
破壊と防御。その反作用によって生じたエネルギーのほとばしる刃。それをロルフカリバーの厚い刀身から離すこと無く凝縮。体ごとにぶち当たる勢いで切り込む。
広範囲、長射程に拡散するのでなく、ただ一点、一部にのみ集中させる。これならば、たとえ巨大な壁のごとき白い魔王であろうと、その守りもろともに断ち切れる!
その期待どおりに、一点集中クロスブレイドはネガティオンが受けに出した結晶体の刃を、受け流そうと捻る動きをもろともせずに両断する。
だが同時に、私の足元で大爆発が。
ネガティオンが受け流しに出したのとは逆の腕、大砲に変形した左腕からのエネルギーキャノンの砲撃が私の足元に放たれたのだ。
渾身の力を込めて踏み込んでいただけに、わずかばかりに足元を掬われただけで、私は大きく体勢を崩されてしまう。
そうして暴走した推進力はネガティオンの蹴りでもってさらに歪められて私の体をあらぬ方向へ。
「これしきの事でぇえッ!!」
いなされて地面を削らさせられた私はスラスターの向きや腕や足を振り回して強引にめり込むままから離脱。
浮かび上がったそこへグリフィーヌが背中に取りついて姿勢制御を助けてくれる。
「すまないッ!」
「謝るよりも、狙われているぞッ!?」
言われて正面に現れたネガティオンはそのアームキャノンを私たちに向けている。
「いつも狙い通りにあしらえると思うなッ!」
対して私は両手持ちにしていたロルフカリバーから左手を離して前へ突き出す。
当然クロスブレイドは解けてしまう。だがローラーの回転はそのまま、左腕からシールドストームが。だがこれはキャノン砲を受け止めるための盾ではない。
一点一部に集束するべく束ねて練り上げていた守りの嵐は槍のような勢いで前に。放たれたエネルギー弾を貫き、ネガティオンの左腕に絡み、それを足掛かりに全身を縛り上げる。
これがオウルの雷電網などの拘束術をヒントに練り上げた私の新技、ストームホールドだ。
「なんとッ!?」
初見の技にようやく顔色を変えたネガティオンへ向けて、私は破壊竜巻を帯びたロルフカリバーを突きの形に。
私と標的の間を繋いだストームホールド。これを辿る形で沿わせて反作用エネルギーを突き入れるのだ。
「受けてみろネガティオンッ! ホールドからのクロスブレイドスタブをーッ!?」
そして放った必殺の技。
だが同時に嵐に縛られ動けないはずの白い魔王はその顔を笑みに歪める。
「貴様に出来ることが、我に出来ぬと思っていたのか?」
その問いかけに続いてネガティオンを縛るストームホールドが力任せに引きちぎられる。
いや、違う。吹き飛ばされたのだ。ヤツが纏った逆ベクトルでより強力なエネルギーで、力任せに。
そしてネガティオンはホールドを吹き飛ばし、融合螺旋のガイドレールを散らしたそのエネルギーを右腕に束ね、逆ベクトルのエネルギーを左腕に。
これは、まずい!
私はこの技を「知っている」。
ヤツがいま放とうとしているモノの威力を「知っている」んだ!
この直感から散らされたエネルギーを束ね直し、同種の力で打ち消そうと構える。
だが遅い。ネガティオンの方が練り上げも発動も何もかもが早い!
「ケイオスストリーム」
異様なほどにはっきりと届いた宣言と共に、反作用エネルギーを帯びた両腕が突き出されて。同時に、私の背を支えていた浮力が突然に消えて無くなる。
「さらばだな、ライブリンガー」
「グリフィーヌッ!?」
静かな一言をすれ違いに残して、グリフォンの女騎士が前に。
私という重石を手放した彼女は、止める間も無く、ネガティオンの放つ力の奔流へ稲妻の剣を突き出して突っ込む!
刃がぶち当たるや、まるで盾になろうというのか、大きく翼を広げて踏みとどまる。
しかしそれも一瞬の事。
瞬く間の均衡を打ち破ったケイオスストリームによって、グリフィーヌの体はみるみるうちにバラバラに。
私を庇ったばかりに、混沌の奔流を散らした彼女は散って、散らされてしまったのだ。




