69:命がけな追いかけっこ
高く跳んだライブリンガーマックスが、炎の翼を広げて突っ込んでいく。
ボク、ビブリオが見上げているなか、すぐに小さくなっちゃったその背中は、何だかすごくイヤなものに見えて。
それで隣のホリィ姉ちゃんを見てみたら、姉ちゃんもその青い目を不安そうに揺らしてる。
お互いの不安な目を見たボクたちは、うなずきあってライブブレスとシンボルに呼びかける。
「ライブリンガー!? 何する気なんだ!?」
「無茶は止めて! みんなで力を合わせて戦おう? ねえ!?」
バカな事はしないでって、考え直してって呼びかけるけど、ライブリンガーから返事は無い。
「なんでだよッ!?」
力を合わせていこうって、そんな感じだったのに、ボクらとは肩を並べられない。そんな風に突っぱねられたみたいで、ボクはたまらず地面を蹴飛ばす。
「ライブリンガーッ!? 聞いて、応えてよッ!?」
「返事も無しで納得なんか出来ないんだから!?」
姉ちゃんもボクほど激しくは無いけども同じ気持ちみたいで、ムキになって呼び掛けを繰り返す。
そうしてる間にも、ライブリンガーマックスと鋼魔軍の戦いの起こす風は激しさを増して、ボクらのところに届いても体当たりするような威力を持ってる。
「こうなったら、姉ちゃん!?」
「そうね、私たちも前に!」
それじゃあもう勝手に助けに行こう。
そんな感じで心がひとつになったボクらはライブリンガーマックスの戦う場に駆けつけようと踏み出す。
けれどその道を上から降ってきた白くて丸い壁がふさいでくる。
「それはいかんなぁ。行かせるわけにはいかんよ。ホッホウ」
「ちょ!? セージオウルッ!? 何で邪魔するのさッ!?」
とおせんぼをするデカい金属のフクロウの脚に、ボクはベチベチと平手を叩きつける。
「そりゃボクたちはライブリンガーや聖獣、鉄巨人なみんなみたいに頑丈じゃないし、パワーもない……けど! バテたのにパワーを注いだりとか、役立つところもあるんだからッ!?」
ただの役立たずなんかじゃない。出来ることは、力になれることはあるんだってアピールを、手のひらと一緒に叩き込む。
でも天の梟はボクの言葉に首を縦でなく横に振る。
「それは分かっている。だがここにネガティオンまでが出張ってきているのだ。行かせることは出来ん」
「そんな……鋼魔の王が……ッ!?」
セージオウルが空から見てきたモノを聞かされて、ホリィ姉ちゃんが息をのむ。
前にマックスのライブリンガーを圧倒して、天狼剣まで折ったヤツだ。
「だったらなおさら、みんなの力で立ち向かわなきゃッ!?」
「ホッホウそれは道理だ。だが、足元へ駆けつける理由にはならんな」
なんでさ!?
意気込みを認めておいてそれは違うだなんて、そんなのおかしいじゃないかッ!?
でもセージオウルは体ごとぶつかるくらいに前のめりになったボクに、首を左右に回し続けてる。
「鋼魔が攻めようとしているのはここばかりではないからだ。この場を引き受けるライブリンガーの足元に居残るべきか、それとも、彼の手が届かない場所を守り、この場で心置きなく戦えるようにすべきか。どちらが良いかはビブリオにならば分かるはずだと思うが?」
この言葉に、ボクは言い返せなくなってしまう。
ネガティオンまで来てるけど、ここに来てるのは鋼魔の全部じゃない。
メレテの獅子像を狙ってるのをほったらかしにしてここにしがみつき続けるのをライブリンガーが喜ぶわけがない。
まだファイトライオに復活のエネルギーを注いだりする方が役に立てるのは間違いないと思う。思ってしまう。
同じ場所で一緒に戦うだけが力を合わせるってことじゃない。それはたしかに。
意固地になってライブリンガーマックスとネガティオンの強烈な攻撃が飛び交う場所に居残り続けるよりは、よっぽど力になれるはずだと思う。
くやしいけれど!
くやしいけれども!!
「……分かったよ。それでボクは、ボクらはどうしたらいいの?」
渋々にでもボクと姉ちゃんが状況を受け入れたのに、セージオウルはホッと息を吐く。
「いったんこの城から人を退いて、勇者と魔王の戦いに人が巻き込まれないようにする。それがまとまったら私とガードドラゴとともにメレテへ急行……」
「それで、メレテの都を守って三聖獣がそろい踏みになってからライブリンガーの救援にとんぼ返り、というわけですか?」
「そう言うことになる。私たちが全てよどみなく、手早く済ませるということが条件になるが、こことメレテ王都どちらにも対応して、となるとこれが実現可能な目のある唯一の策となるな」
「そう言うことなら、もうちょっとでもぐずぐずしている間はないじゃないか!」
セージオウルの計画を聞いたボクたちは、方々に分散してキゴッソ城からの避難を促しに走り出す。
「ホッホウ!? 待て待て待った! マッシュとフェザベラ姫に、撤退する者たちをまとめる頭になるのに話を通してまとめてからでないと!」
「そっちはやっといてッ! 敵は北東から来てるんだから西へ、メレテに抜ける門に集まるように言えば良いでしょ!?」
「ホホウッ!?」
マッシュさんたちにも知らせるのは大事だけど、まとまって話し合ってる暇はないやいって、ボクらは避難のお知らせを広めるのを分担する。
その途中、回復魔法をかけたことのある兵士さんを見つける度に鋼魔側に魔王ネガティオンがいること、お城からメレテ側に民を退かせる事を広めてもらう。
戦いの余波が風になって、ここまで伝わってるせいもあって、走る先々で攻め込まれてることを知らずにいる人はいない。
だからもう避難準備を始めてる人は西門へ行くように伝えて、慌てるあまりにおかしな方へ行こうとする人には鎮静の魔法をかけて向かうべき場所を伝えておく。
それと一緒にボクはライブリンガーが食い止めてくれてるって、守備兵と一緒に鋼魔と魔獣と戦ってくれているんだってことを天の魔法の風に乗せて広めていく。
そうして走っている内に、ボクの頭の上で影が通りすぎた。
イヤな予感を感じたボクは、さっきまでと同じように避難誘導をしながら、方向は人気の無い方へ、居残ってしまっている人を探しに行く感じで向かう。
「誰か、いませんか!? ケガをしていて歩けない人、聞こえてたら声を上げて! ボクは回復の魔法が使えますから!」
こんな風に声を上げながら、ボクは修理も半端な区画を奥へ。
「こんなとこまで探しに来るなんてお優しいことだな坊主。そうでなきゃ俺たちみたいな勇者サマのオトモダチなんかやれてないか?」
何軒めかの建物を横切ったところで、頭の上からからかうような声が落ちてくる。
聞き覚えのあるこの声に、ボクは天光の魔法を打ち上げ、魔法で強化した勢いで横っ飛びに手近な建物へ飛び込む。
その直後、空気を引き裂く鋭い音がボクの真後ろで。
飛び込んだ勢いで壁まで転がった体を起こすと、ボクの飛び込んだ入り口と窓は、黒いものに塞がれていた。
あの声に黒い体、間違いないクァールズだ。きっとライブリンガーとネガティオンの戦いの巻き添えになるのを嫌がって、城の方に攻撃をかけに来てたんだ。
「へえ? 先に声をかけたのは見くびりすぎだったな。いや伊達にライブリンガーのお小姓はやってないか。ガキの癖にやるやる」
クァールズは獲物を逃がしたって言うのに、余裕をたっぷりと楽しそうにつぶやく。これを聞きながらボクは、稲妻の魔法を入り口に投げながら階段に駆けこむ。
「いや軽く狩れる獲物だなんて、甘く見て悪かったよ」
そのすぐ後で壁が吹き飛んだのか、瓦礫がめちゃくちゃな勢いで階段の入り口を通りすぎる。
滑り込んでくる風に追いたてられながら、ボクはとにかく魔法を後ろへ投げながら階段を上へ上へ。
「おお? 今のからも逃げたのか? いや大したもんじゃないか。人間のガキのくせして……」
声は真下から。多分建物に首を突っ込んで覗いてるんだ。だったら。と、ボクはこの家を直してた人たちと住むはずの人たちに心の中で謝ってから、屋根の上から入り口と通路のあたりを狙って冥属性の超重圧魔法を発動。
範囲当たりにあるものの重さを何倍にも引き上げるこの魔法は、範囲内にある屋根と二階部分の床をへし折って、クァールズの首から頭にのし掛かる!
「うぐぇッ!?」
よし! さすがはセージオウル直伝の魔法。相性の問題からオウル自身は知ってるだけでしかない魔法だけど、威力は言うこと無し。
鋼魔のパワーがあっても、本人のメタルの体も重くなってるから、突っ込んだ頭と背中からベタンと地面に伏せてる。
この隙にボクは屋根を稲妻弾で破って屋根の上へジャンプ。そのまま別の屋根に跳び移ると、クァールズが嵌まった家に火を放っておく。
「ぐ、がッ!? 火を着けたぁ!?」
驚きの声を背中で聞きながら、ボクはそのまま身体強化を全開に屋根の上を走って距離を取ると、ほどほどのところで踏み台を挟んで地面に、いりくんだ路地に転がり込む。
いくら体の力を強化したって、体が大きくてパワーのある鋼魔とかけっこして逃げられるわけがない。
だから巣穴を活かすネズミのやり方で逃げ回るしかない。ネズミ以上に頭を回して。
打ち上げた稲妻弾と火の手が上がったことで、この辺りに侵入者があったことにセージオウルか誰かが気づいてくれるはず。
後はオウルやドラゴが駆けつけてくれるまで時間を稼いで生き延びる。そしたらここは……。
「……ボクの勝ちだーって思ってるか?」
頭上からかかった声に顔を上げる。
するとそこには屋根の隙間からボクを見下ろす金属の黒豹の顔がある。
「そんなバカな、重圧を食らってて早すぎるって顔だな?」
ボクの心を見透かしたように言い当てるその声には、ずいぶんと意地の悪い、玩ぶような色がある。
「単純な話さ。鋼魔の四将軍にはそれぞれ相性の良い属性があってな、俺の適正は冥。さっきお前が使った重圧と逆ベクトルの力を、俺は常に少しだけ自分に使ってるのさ」
そんな意地悪く楽しげな声での種明かしに続いて、屋根の上の黒豹は鋭い鉤を着けたワイヤーを落としてくる!




