67:動き出す鋼魔
「ホッホウ鋼魔めらが獅子像を、ライオを本格的に狙って動き出した、か……」
キゴッソの王城。
休養に滞在していたラヒーノ村で鋼魔王の夢から目を覚ました私は、跳び起きた勢いのまま共にいた仲間たちを急がせて、大樹をベースとした本拠点に急行。グリフィーヌに吊るされたその道すがらと到着後で、スリープ状態で得た情報を語ったのであった。
「ぬぅう我輩ばかりか、ライオにまで暴虐の片棒を担がせようというつもりか……許せんな!」
「しかし先に確保しようにも、まだ確実にこれが本物だと言える情報は集まっておらんのよな」
先日までイルネスメタルの寄生による傀儡化を受けていたガードドラゴが憤るのを、セージオウルがなだめている。
「それにしても話には聞いていたが、古巣の様子が筒抜けに知らされてしまうのは、どうにも複雑な気分だな」
一方で、苦笑気味に黒い車モードの私を見るのがグリフィーヌだ。
彼女には仲間になってくれてから、私がネガティオンの耳目を通して鋼魔側の様子を抜き取っていたことを説明してはいるが、実際に得た情報を知らされるとショックもあるのだろう。
「筒抜けというほどには、自由に覗き見と盗み聞きが出来ているわけではないが……軽蔑したかな?」
「まさか。偶発的に転がり込んだ情報だろう? ただそれで、私が向こうで主張していた言葉も聞かれていたのだろうと思うと……何と言うかその、恥ずかしいものだ、とな」
うつむき恥じらう鋼のグリフォンの姿は微笑ましいものだ。
「な、なんなのだ、その目は!? 何でそんな柔らかい光を私に向けるッ!?」
車体としてはヘッドライトと言うべきなのだが、まあ細かいことだ。重要なことではない。
ともかく微笑ましく思う気持ちが溢れ出たが故の光を受けながらグリフィーヌは、恥ずかしげに目を逸らしたまま咳ばらいをする。
「ともかく、と・も・か・く・だ! 具体的にはこれからどうするつもりなのだ? 火聖獣を手元に納めようという鋼魔側の動きをぼんやりと見守っているつもりはないだろう?」
「それこそまさか、だが……」
「どうしたのライブリンガー? 何か心配事?」
「うん。今回の夢の中でのネガティオンの行動なんだが、どうにもわざとらしいように思えて仕方が無いんだ」
グリフィーヌの本題への舵取りに素直に乗れない理由がこれだ。
今回の夢の中で、ネガティオンはウィバーンに獅子の聖獣像を強奪する企みがあることを聞かせてから私とのリンクをシャットアウトした。
以前にも私とのリンクを一方的に断ち切ることをしておいて、だ。
「気が付いたタイミングがそこだった、というのは考えにくいわよね?」
ホリィが言う通り、今回は偶然に気づくのが遅れたと見るのは楽観のし過ぎだろう。
「じゃあわざと自分たちがどう動くかを聞かせたってこと? 何でそんなことをッ!?」
ビブリオの疑問はもっともだ。
すでに同調による諜報があると気づいている以上は、気づいた端からシャットアウトして情報を渡さないようにするのが普通だ。
知っていて渡したと言うことは知られてもいい情報だということ。
「あるいは、私たちを翻弄するためのニセ情報だということなのか」
わざと渡す情報となるとそれくらいしかない。
この見立てには賢者も賛成のようでじっくりとうなずいて納得を示してくれる。
「……しかし、我々としてもファイトライオを、探し出さずにいるわけにはいかないからな。ホッホウ」
「うむ。我輩ら三聖獣の一員を鋼魔めらの好きにさせるわけにはいかん。必ず先回りに見つけ出して目覚めさせねば!」
「それには私も同意だ。だが、本題の話題に入るのは少し待って欲しい」
そう。セージオウルの言う通り、鋼魔の動向がニセ情報であったとしても、私たちはファイトライオのためにも、人々のためにもその捜索の手を一気に進めなくてはならない。
しかし、苦しみの記憶からか逸るガードドラゴに、私は待ったをかける。
チカチカと瞬く目でもって理由を話すように急かす水竜。そんな彼を正面に、私は離してしまってから浮かんでしまった不安を口にする。
「……今この瞬間、私もまたネガティオンののぞき穴になっているのかもしれないのだ」
「そんなッ!?」
「まさか殿がッ!? 思い過ごしでは!?」
ビブリオにロルフカリバーは考えすぎだと言ってくれる。が、これこそ楽観視してはいけないことだ。
これまで私はネガティオンの耳目で覗き見た情報を仲間たちに素通しに報告してきた。これまではそれで都合よく鋼魔側の動きや企みを探ることが出来ていた。が、今後逆に利用されていないとどうして言える?
――深淵を覗くならば、深淵もまた等しく見返すのだ――
誰の言葉だったか。いま私のいる世界で聞いたものでは無かったはずだが。
ともかく、私の今の状況はまさにこの言葉そのまま。
魔王の目というのぞき穴を使い、向こうに見つかってその穴を狙いすましたタイミングで塞がれてしまうようになってしまっている。
こんな風になっていて、向こうからはのぞかれているはずがないなどと思い込むのは楽観的過ぎる。
むしろ今までにも、何度かのぞき見されていた可能性だってある。これまでが楽観視し過ぎに、無警戒に過ぎたのだ。
「そんな……そりゃライブリンガーの言うことももっともだけど、心配のしすぎじゃないかな? 今だって、変な感じがしてるわけじゃないんでしょ?」
「それは、私が気づいていないだけとも言い切れないな。事実、ネガティオンも遮断するようになるまで回数を重ねてきていたしね」
食い下がってくれたビブリオだが、私の心配が拭えないと悟るや、閉口してしまう。
友の気持ちには申し訳ないが、楽観よりも慎重が必要なところであると思うのだ。
「そこまで心配で仕方が無いと言うことなら、ライブリンガーはこの場を外してはどうか、ホッホウ」
「オウルッ!? なに言ってるんだよッ!?」
「殿を除け者にしてもよいというのですか、賢者殿!?」
「貴公も後ろで知恵を回すのを好むとして、飛竜のような情の無い輩とは違うと信じていたのにッ!?」
次の動きを定める会議の場から外れるように進めるオウルに、ビブリオやロルフカリバー、グリフィーヌからは猛然と反発の声が上がる。
本当はぐずぐずと理由を並べずに、私が申し出なくてはいけなかったことなのに、言ってくれたばかりに、言わせてしまったばかりに、セージオウルには受けなくて良い非難を浴びせてしまった。
そんな申し訳なさから、私はわずかにタイヤを転がして前へ。
「みんなの気持ちはありがたい。だがセージオウルを責めないでくれ。彼はただ、私が不安を抱えたまま会議の内容を聞いてしまうよりは、少しでも安心できるようにしたらどうかと言ってくれているだけなのだから」
セージオウルのフォローに入る私に、オウル当人は呆れたようにその首を派手に左右に回す。
不平不満を受け止めてくれるつもりだったのかもしれず、その気づかいを無碍にしてしまったのは申し訳ない。だがそれで私に平気な顔でいろと言うのは無茶というものだ。
「……でも、それならライブリンガーの不安を払うのが本当で……!」
それでもとビブリオは食い下がってくれる。その優しさと真っ直ぐさは本当にありがたい。
「ありがとう。しかし今は、私が私を安全だと確信できるのを待てるほどの時間は無いからね。とにかくこの場は鋼魔への情報漏洩を避けるため、私は外れさせてもらう」
私はそう言って仲間たちの会議の場から離れていく。
話し合いが熱を帯びても聞こえないだろう距離。そこまで距離を取り一人になって思うのは、ネガティオンとシンクロを起こすあの現象の異常さだ。
なぜよりにもよって鋼魔王と。そんな相手に対する疑問もある。あるが、なによりもおかしいのは遠く離れた場所で、自分とまったく違う者の見聞きしているものを、自分で見ているように感じ取れていることだ。
これは仮に相手がウィバーンであったとしても、ビブリオであったとしても同じこと。こんなことは絶対におかしいのだ。
こんなおかしなことが起こる私にはいったい何があるのだろう。私とネガティオンの間にいったい何があるというのか!?
振り返ろうにも、私の記憶の中にはっきりと答えてくれるものは何も無い。
私がどうやって生まれて、そしてどこから来たのか。その答えとなるだろう光のトンネルを潜る前のことは私の中には無いのだ!?
「……私はいったい、何者なんだ……!?」
自分自身への疑いと不安が、自然とそんな言葉になって漏れ出ていた。
「何者って、ボクらの勇者じゃない」
そんな私の独り言に答える声が。
それに振り返るまでもなく、頭上を巨大な翼影が追い越し、目の前に飛び降りる者たちが。
「ビブリオ、ホリィ……!? それにグリフィーヌにロルフカリバーまで!?」
席を外した私を追いかけて来てくれたのか。目の前に回り込んで現れたのは、この四人の仲間たちだった。
「セージオウルたちとファイトライオの居場所についての話し合いをしないで良かったのかい?」
「そっちは今集まってる情報と、二人がかりでの気配探りでなんとかできるらしいわ」
「私も偽獅子像を拾ってきた場所について伝えてきたからな。残りものの場所と合わせればまず間違いないだろう」
「というか、ボクらにとっては、そっちよりもライブリンガーのことが心配だったからね?」
「いや、ビブリオ。聖獣様方やこっちに来なかった人たちも、ライブリンガーが心配でない訳でも、疑ってる訳でも無いからね?」
当然だと胸を張るビブリオに、ホリィはあくまでも手分けに、自分達を後押ししてくれただけなのだと念押しに訂正する。
だがそこの辺りは、今さら私の側から疑うことも無い。
「ありがとう。勇者だろうと言ってくれたあとで情けないが、不安を抱えた時に一人でいると気が滅入る一方だったからね……」
気を紛らわしてくれた感謝を素直に告げれば、正面の皆はなんのなんのとばかりに笑みを返してくれる。
「そんなこと気にしないでいいのに。ボクたちの前でくらい、不安とかそういうのはどんどん出してくれちゃっていいんだから!」
「そうそう。いつでもどこででも、たった一人で不安も何もなく進み続けられる者なんているはずがないんだから。心細いときにはいつだって助けになるわ」
もっと友として頼ってくれていい。
そんな風に言ってくれる友人たちの言葉に、冷えていたボディが温まるような気持ちだ。
「すまない。ありがとうみんな……では、少しばかり……」
仲間たちへの感謝に続けて、私は自分の抱えている不安。ネガティオンとの異様な同調現象を起こしている私自身への疑いを吐き出す。
私の愚痴じみた弱音に、しかしこの場の誰もが言葉を挟むことなく耳を傾けてくれている。
「……確かに、敵と繋がってしまって、そのカラクリを解く答えがないともなれば、ライブリンガーも不安に思うか……」
そうして弱音を受け止めきってくれた皆は、このグリフィーヌの言葉に深くうなずいて、無理もないと理解を示してくれる。
そんな仲間たちの中からホリィが一歩前に進み出て、私の車体を撫でる。
癒しの光を灯したその手は暖かで、金属の私の体にもじわりと温もりが染みてくるようだ。
「ねえライブリンガー。あなたが鋼魔と、それもその王様と切っても切れない繋がりをもって生まれたのかもしれないって、不安は分かる。今までの自分の気持ちも、やって来たことも、全部ひっくり返ってしまうかも知れないんだもの。それは、怖いわよね」
ああ。ホリィもまた予想外の自分のルーツに心を揺さぶられていたことがあったのだった。
私も揺さぶられてここまで足元が覚束ない、足場が勝手にどこかへ抜けていったような気分にさせられるものかと思い知らされたところだ。
「……だからね。だからこそ自分が、ライブリンガー自身がこれまでやって来たこと、感じたこと、覚えてること全部を振り返ってみたら良いと思う。名前以外にはまっさらだったあなたを突き動かして来たのはなんだったのかを」
似たような不安に悩んだ彼女に促されるまま、私は覚えている限りの自分の思い出を思い返す。
危機に瀕し、助けを求める声に導かれてビブリオとホリィを守ったことに始まり、鋼魔や、それらの率いる魔獣に襲われる人々を護るため、時には村や砦の盾となり、時には奪われた土地を奪い返す剣となっての戦いの日々。
理不尽に奪われるモノ、踏みにじられるモノ。それらを少しでも減らそうとがむしゃらに走り回っていた中で、頼もしく、かけがえのない仲間は増えていった。その中には初めは敵としてぶつかり合った者もいる。
そうだ。私は理不尽に苦しめられる命を守りたくて。命を、心を虐げるものを野放しにしておけなくて。
その思いが、私をここまで突き動かしてきたのだ。
だから私は、原因がどうあれ人間種族であるという理由だけで抹殺しようと目論むネガティオンに立ち向かっている。
彼と私の間に何があろうと、その一点だけは絶対に譲れない。相容れることは、断じて出来ない!
ここに至って私はハッとヘッドライトを瞬かせる。
これを受けて、ホリィはニッコリと頬笑みうなずく。
「自分のルーツを考えるのは間違いじゃないけれど、どこからどう生まれたかよりも、どう生きたいかの方が重要だもの、きっと。宰相さんの子が猪突猛進な武官だったり、その逆だったりなんて珍しくもないもの、ね」
「そうだね。ホリィの言う通りだ」
私が何者であるのかは、私自身の心が、行いが決めること。
その事がストンと心の中に収まってからは、まるで重石が入ったかのように揺らぎが静まる。
「さっすがホリィ姉ちゃん。ライブリンガーの目もいつもの明るさに戻ったね!」
そうして私が気持ちに確かな支えを得て落ち着いたのを見て取って、ビブリオをはじめとした仲間たちはうなずきあう。
するとその直後、私たちの頭上を光がよぎる。
黄色がかった白と深い青。その二色の光は揃って迷うことなく同じ方向へ並んで走る。
続いて、残光が敷いたレールの間を通るように仄かな赤の光が跳ね返る形で。
記憶している地図に照らし合わせると、光の応答があったのは――。
「あれは……メレテ方面、それも王都か」
「オウルとドラゴが探って、それに返事があったってこと?」
―確かに見たぞ、聞いたぞ―
この瞬間、私の中に重く響く声が。
聞き覚えのあるこの声に、私の心に冷たいものが走る。
「ネガティオンッ!?」
私の内側に感じる気配。重々しく、威圧的な魔王の存在感!
そうか。この異物感を感じとるのか!?
覗き見されている感覚を理解した私は、反射的に異物に対する拒絶の意志を私の内側で膨らませる。
これでネガティオンの気配は私の中から居なくなる。
「どうしたのライブリンガーッ!?」
「知られてしまった! 今のをネガティオンに見聞きされてしまって……」
この危機を仲間たちに伝えようと言葉にしかけたところで、暗い雲を運んでおどろおどろしい風が走ってくる。
この不吉な風に続いて、激しい半鐘の音と伝令に走る馬蹄の音が響く。
「伝令! でんれーい! 鋼魔に動きあり、動きありーッ!!」
「マキシローラーッ! マキシローリーッ!」
この報告を受けた私は、駆け出しながらマキシビークルを呼び出して合体!
その勢いのまま両腕のローラーを共に右方向へ全速回転させる。
「ダブル・シールドストームッ!!」
この全力の防御は、黒く分厚い雲から放たれた緑色の稲光を受け止める。
両腕を使った守りの嵐を通してなお、私の足を地に沈めるこの重み。この威力に、私は先に私の内に触れていた気配を色濃く感じ取るのであった。




