64:鎮まり給え、荒ぶる水聖獣!
「ライブリンガーッ!?」
自爆気味にマックスボディから投げ出された私に、仲間たちは口々に悲鳴じみた声を。
そして慌ただしくその目を瞬かせたグリフィーヌが私へ向けて加速する一方、私自身は自分自身の腕に手をつける。
動作不良の原因である歪んだスパイク。これを取り除きたいのだが、排出しようにも引き抜こうにも上手く行かない。
その間に私の体もう海面のすぐ上に。そんな私を迎えようと、青い鋼が水面を押し上げて浮上する。
が、その衝突スレスレにグリフィーヌが私のボディをキャッチ。海面を擦るようにして八首竜の背中と頭の一つから逃れる。
「ありがとう、助かったよグリフィーヌ」
「前から思っていたが、貴公は口ぶりは慎重派な割りに無茶が過ぎるぞッ!? さっきの自爆も! エネルギー循環か凍るかと思ったッ!!」
「すまない。だが彼らを見捨ててはどうしても置けなくてね」
そうして私が指さした先、それにグリフィーヌは言葉をつまらせる。
それは渦巻く海にもみくちゃにされたグランガルトとラケルの姿だったからだ。
「貴公は……アレは敵で、人間連合、ビブリオたちの兵站のために取り除かなければならない驚異なんだぞ!?」
「それは分かっている。分かっているが、この状況を天の助けと見捨ててしまうのは……!」
これがウィバーン辺りが実験のつもりで暴走させて巻き込まれたのなら、私も敵方のミスとチャンスにしてしまうことだろう。
だが、話が違うと流される彼らは、せめて戦いを仕切り直すくらいにはしたい。
「……その貴公の甘さに救われたのは、私も同じか」
「ありがとう!」
グリフィーヌはそんな私の思いを酌んでくれて、流され水軍たちへ翼を向けてくれる。
加速する彼女にぶら下がった私は波間からわずかに覗く二人に向けて手を伸ばす。
「掴まれぇえッ!」
これが聞こえたのか、藁でも構わないと反射的にすがったのか、マシンテンタクルの先端がすれ違いざまに差し伸べた腕に絡み付く。
瞬間、二体分の重量と荒波の抵抗がグンと腕にかかり、肘が軋む。
「くぅおッ!? 頼むよ、グリフィーヌッ!!」
「任せておけぇえッ!!」
急激に増した重みに負けじと、私たちは呼吸を揃えて渾身の力で腕と翼を振るう!
かかる負荷に構わず、強引にグランガルトらを水中から引き上げた私たちは、その勢いに乗せて遠くへ。
放物線を描いた鋼魔海将とその副官は、八首竜の作る渦潮の外で高々と水柱を上げる。
「うおおー流されなくなったー? ライブリンガーもグリフィーヌもありがとうなー」
巻き込もうという波に逆らいつつ水面に顔を出したグランガルトから感謝の言葉が上がる。
こうやって、それはそれと素直にお礼を言ってくれるから、敵であってもやりにくいことこの上ないのだよ。
「それは、ライブリンガーが言えたことか?」
しかしぼやきを聞きとがめたグリフィーヌからはこの一言。次いで様子を伝えるために通信機能をオンにしていた友たちからも同意の声が。そして剣からもフォロー不可能と。
解せぬ。
「助かりはしたけれど、なんのつもりで? まさか情けをかけたのだから味方になれだなんて言うつもりは……ッ!?」
そんなラケルの真っ当な疑問は、八首の一つが迫ってきたことで遮られてしまう。
「敵ながら忍びないというのが我らが勇者の意志で、慈悲だ! アレにお前らを取り込ませて、より強大で、話ができるかどうかも分からんものになられるのは避けたいという私の打算もあるにはあるがッ!!」
降ってきた大口を回避しつつ、グリフィーヌは広がる波に乗って離れていくラケルたちへ叫ぶ。
「お人よしが過ぎるんじゃないの!? 助かったからありがとうだけども、お礼だけ言ってすたこらさっさするかもだわよ!?」
「それならそれで構わない!」
「そうだとも、邪魔さえしないでくれるなら充分! むしろ好都合でさえあるぞ!」
空中と水中の双方で暴れまわる竜の首から逃げ回りながら、私たちは言葉を投げかけあう。
「とにかく、後は私たちで何とかするから、貴殿らはアレの暴走を言い訳にして帰ってしまえッ!」
さっさと逃げ帰れと、水軍二人の撤退を促したグリフィーヌは追いかけてきたドラゴンヘッドの一つを叩き斬る。
そのまま私もプラズマショットを牽制に放ちながら、刀身をボードに空を滑るロルフカリバーとビブリオ、ホリィに合流する。
「それでライブリンガー、これからどうしようって言うの!?」
「マックスボディをやってくれてるのは海に投げ捨てられてしまったし……」
絶え間なく代わる代わるに迫る牙を掻い潜り、返り討ちに切り払う中、ビブリオとホリィから勝利に向けての段取りを求められる。
確かにマキシローラーもローリーも噛みつきを振りほどくために分離したまではともかく、もう海中だ。
再度合体する隙も、よしんば出来たとして、私自身もほどなく息切れしてしまうことだろう。
それでも囮くらいはできるだろうが、逆に言えば頭のいくつかを請け持つくらいしかできない。
だが、なにも八首竜を倒す必要は、再生できないように破壊しつくす必要はどこにもない。
「バンガードに寄生されているガードドラゴを救い出す。とにもかくにもそれだ」
恐らく狂化暴走させられたグリフィーヌと同じように、過剰なイルネスメタルをバンガードごとに切り離してしまえば良い。
解放した手段にもよるが、別れたバンガードが倒れず暴走を続けたとして、依り代を無くせばそのバランスは一気に崩れることは間違いない。
「そのためにイルネスメタルに一撃を加えるだけならば、マックスのパワーが無くともなんとかなる!」
むしろ救出すべきガードドラゴに傷をつける可能性が減るので好都合な面もある。
竜の水聖獣救出優先の方針に、仲間たちからも異論は上がらない。
だが即座にオッケー作戦スタートとも行かない。
「救出するにしても、こうも八つの頭に暴れまわられていては、な!」
問題は巨大な八首の攻勢が激しく、逆襲をかけるタイミングがまるで取れないということだ。
黙らせて数を減らそうにも、その再生能力は切り落とそうが一息ほどの間に新しいものを生やしてしまうほど。
切り口を電熱で焼いておこうが、ビブリオとホリィの二人がけ魔法で凍りつかせようが、縦方向に唐竹割りに断ち切っていこうが、その回復力はまるで衰えない。
「拙者のエネルギーブレードでも変わらずと……まったく、どこから回復のためのエネルギーを得ているやら!」
水中の魔獣を捕食し、取り込んでいる様子もない。そうなるとガードドラゴの持つエネルギーを反発しないように変換してか、あるいは水の精霊エネルギーを海水から汲み上げているとか。
無尽蔵の再生とそれを支えるエネルギー補給。そのからくりを解き明かせれば、あるいは突破口も開けるのかも知れない。
しかし、それを待たずして我々が息切れを迎えることになるだろう。
「せめて八の頭の半分、いや一本二本でも注意が逸れてくれたなら……」
「それができたなら、もう少し勝ちの目も広がるのだろうがね」
そんな無い物ねだりを呟いていると、不意に八本首のいくつかがその軌道を逸らして明後日の方角を睨む。
何事かとそれらが食いつきに向かった先には、渦潮の外から八首竜に攻撃を仕掛けるグランガルトとラケルの姿が。
「お前たち!? なんのつもりだ!?」
「やっぱり、恩返しに助けてくれるつもりになったのッ!?」
「そうだぞー! お礼はちゃんとしないといけないからなー!」
「グランガルト様がこう言うんだもの。やるしかないじゃない?」
魚雷や超圧縮水球で援護してくれていた彼らは、そんな義理堅い一言と共に潜水。襲いかかる水流の頭をスイスイと泳ぎつつ攻撃を織り混ぜて引き付けてくれる。
「二人が作ってくれたこのチャンスは!」
「逃すわけにはいかんなッ!」
思いがけない援護にドラゴンヘッドたちの注意が傾いたこの好機。私たちはここを逃さず、一丸となって敵の本丸、救出すべきドラゴを納めたボディへ向けて突っ込む。
私たちが一転攻勢に出たのを受けて、グランガルトらを追いかけず水上で鎌首もたげていたのが慌てて動き出す。
左右から挟み込みに迫るのにグリフィーヌとロルフカリバーが刃を叩きつけ、道を切り開く。
しかし巨大な鋼の首の合間に滑り込んだ私たちを追いかけて別の頭が背後から迫る。
「グリフィーヌ殿、殿とビブリオ殿、ホリィ殿を頼んだ!」
これにロルフカリバーは抱えていたビブリオたちを私へパス。素早く乗っかった剣の切っ先をターンして後続のドラゴンヘッドへ突っ込む。
そんな追っ手を叩きに行ったロルフカリバーに返事をするどころか案ずる間もなく、私たちの真正面には「おいでませ、いやむしろ迎えに行く」とばかりに大口開けた別のドラゴンヘッドが迫っていた。
「イィヤァアアアアアアッ!!」
だがグリフィーヌは臆さずに加速。稲妻の剣でもって真正面の竜の頭を真っ二つに切り開く。そしてその勢いのままに掴んでいた私を放り投げる。
「引き付けるなら水中だけでなく空にも必要だろう!?」
そう言うやグリフィーヌは再生してきていた首二つに切りつけ、チェンジからチェンジしての斬撃を繰り返すヒットアンドアウェイに。
この頼もしい戦いぶりを背後に、私は友人たちを中へ納めながら車モードへチェンジ。頭を再生している最中の首を道路にその根本へタイヤを回す!
取りつき走る私に気づいたのか、首がうねる。しかしこの程度の悪路でひっくり返る私ではない。
跳ねるタイミングを測っての加速減速、時には人型モードへチェンジしてのジャンプも交えて、乗車した友を抱えたまま目標地点へ走る。
そうして長く伸びて暴れまわる首に反してずいぶんと控えめなボディが目前と言うところで、首の付け根が展開、氷混じりの鉄砲水を放ってくる。
この迎撃の礫入り高圧水流をかわしたために、私は目的地を目前にしてコースアウト。波の渦巻く海へ投げ出される。
「ビブリオ、ホリィ!」
「任せてよッ!」
しかし友たちが真下に巨大な氷を形成。人型にチェンジした私はそれを踏み台にして八首竜の根本へ跳ぶ!
もちろんただでは取り付かせまいと、迎撃のポンプ砲台が私たちに狙いをつけに。
「マキシビークルッ!」
しかしマキシローラーだッ!
海中に投げ捨てられていた私のマックス上半身と下半身を、砲台の真上に転移させる。
ハイドロカノン砲を踏み潰すローラーを踏み台に私はさらにジャンプ。その勢いに任せてガードドラゴを閉じ込めた、毒々しい緑色の結晶体へ足から飛び込む!
「ここだぁあーッ!!」
ここまで仲間が組み立ててくれたお膳立てに答えるべく、出し惜しみなしに蹴り込む両足とレッグスパイクにエネルギーを注ぎ込む。
しかし巨大に結晶化したイルネスメタルは、その膨大なエネルギーでもって、私が蹴り入れるエネルギーを相殺して見せる。
負けじとスラスターを全開に押し込むも、エネルギーバリアはびくともしない。
どうにか届いたというのに、最後の守りを破れずに私のエネルギーはどんどんと持っていかれてしまう。
「ボクらもいるんだぞッ!!」
しかし今にも力が枯れようと言うその時、私が腕に抱えた友たちからの声と、暖かな力が。
私が胸に灯したのと同じ朝焼けの光は、尽きかけていた私の内に力を注ぎ、また私の蹴りと同じくイルネスメタルを叩く。
三つの連なる波と打ち寄せた朝焼けのエネルギー。
そのバイブレーションは毒々しい結晶体を揺さぶり、障壁の内側へ力を染み込ませる。
足裏とスパイクを通じて伝わったその揺らぎは程なく結晶に亀裂を生み、スパイクを楔と食い込ませる入り口を開く。
「いっけぇえーッ!!」
私たちは声を揃えてその蟻の一穴へ力を注ぐ!
こうなれば自然、阻むものが保つはずもなし。我ら三人の注ぎ込むエネルギーに耐えきれずに決壊する。
毒々しい緑の結晶が破れて砕け、朝焼けの輝きの奔流に押し流される中、その流れに逆らうようにして、ブルーメタルのドラゴンが私たちの方へ。
私たちが注ぎ込んだ力を吸収したのか、分厚い胸に収まった命の石はその欠損を完全に補っている。
救出成功。
ガードドラゴの様子からその四文字を頭脳に浮かべた私は、エネルギーの枯渇から体に力が入らなくなる。
だがビブリオたちだけでも守らねば。
その一心で私は車モードにチェンジ。二人を体内にしっかりと包み込む。
それと合わせて、心臓部を失った八首竜のボディが崩壊を始める。
しかし崩れ落ちてくる瓦礫と押し寄せる波は青い障壁によって阻まれる。
「同じ輝石を胸にした勇猛なる鋼の戦士よ、感謝する。後は我輩が引き受ける!」
そう言って竜の大盾と槍を構え、波と瓦礫から私たちを守る重装の騎士。
頼もしいその姿が、私が意識を失う前に見た景色であった。




