62:海でワニ釣りをしよう
私ことライブリンガーは、ただいま海面に鎖を垂れている。
この太く、頑丈な金属の連なりは元は船の錨に使われていた物で、奪い返した港町跡に残されていたものを拝借してきたのだ。
そんなものを海に垂らして何をしているのかと言えば、手釣りである。
実は、私に合う長さと太さの竿は用意できなくもない。なのだが、糸を含めて相当に魔法的な加工と職人技、そして時間を要するので、今回はどうしても間に合わなかった。
「殿! 強度が必要ならば拙者を使って下さればよいものを!?」
「やる気には答えたいのだけれどね……かかったのを引き上げる銛の役を任せたいのでね」
「クッ! それを言われては、別の仕事を任されてはそちらに集中するしか……ッ!!」
自我に目覚めたロルフカリバーは立候補してくれているが、剣としてでない使い方をするというのは気が引けてしまう。
使ってくれと言っているロルフカリバー自身に、というよりは、武器として打ってくれた親方さんたちに、だ。
もっとも、実際に確認してみたなら好きなように使ってくれと、気にせずに役立ててくれと豪快に笑い飛ばしてくれそうな気もするが。
とにかくそういうわけで、今回はアンカーチェーンを手に、ヤゴーナの大陸に囲まれた内海。その中心近くに浮かぶ小島に足をつけて、手釣りに興じているというわけだ。
うん、分かっている。
だからなぜそこで釣りなのか。そう言うことだろう?
実際私も、揺れる波を眺めながら同じ疑問が何度も過ぎったものだ。分かる。
なので、もう少し詳細を振り返っていこうと思う。
先日私たちは鋼魔軍の占領下で荒らされていたキゴッソの港町を解放した。
そこで指揮を執っていたのだろうウィバーンを仕留めることは出来なかったものの撃退し、彼が操る魔獣や、バンガードを寄生させられたガードドラゴを追いはらう形で。
しかし奪還できたこと自体は良かったのだが、鋼魔たちが撃退止まりであったこと。これが良くなかった。
ウィバーンが港町跡から撤退したのに示し合わせたかのように、グランガルトとラケルの鋼魔水軍による船舶襲撃がピタリと止んだのだ。
良いことではないか。
襲撃停止だけを聞けばそうなる。
しかし、積極的な襲撃こそ止まりはしたものの、渦潮遊びをしている姿は、海上パトロール中に出会ったイコーメの船の乗組員が確認している。
もっとも、お互いに見つけるなりすぐに潜って隠れてしまった、とのことだが。
つまり、水軍組はいまだ撤退しておらず、海中に隠れ潜んだままだと言うことだ。
恐らくは監視しているのだろうクァールズから私たちの撤収報告を待って、悪趣味な遊びを再開するつもりなのだろう。そんなのを放置して王城に戻っては、港町を取り返した意味が薄くなる。
しかしそこできっちり彼らを撃退しておこうにも、あちらは我々の撤収待ちに隠れて行動自粛中。
空からのグリフィーヌの目があるとはいえ、目立つのはお互い様だ。
先に警戒網に引っかかって、目の届かない深みに隠れられてしまってはさすがに見つけようがない。
しかし見つかるまで、腰を据えて根比べというわけにもいかない。
私たちに負けて逃げかえったウィバーンが、ネガティオンに叱責されるまま赦免と挽回を得るために、手薄であるキゴッソ王城攻めを計画する夢を見てしまったのだ。
それを裏付けるように王城方面では魔獣の活動が変化、種族を超え組織立って集合する動きを見せているのであると。
本拠地の守りに戻りたい。
しかし通商航路の安全も確保しなくてはならない。
この板挟みに私たちはグランガルトたちを素早く撃退して本拠地に素早く戻るという方針を決定。
そんなわけで私もまたグランガルトを釣り上げるべく鎖で手釣りを行っているというわけだ。
「でもさ、向こうだってボクらがここに居るのは気づいてるでしょ? 分ってて食いつくかな?」
それでそれなりの時間鎖を垂らしているが、全く反応がないことにビブリオが作戦の成功、というか効果に疑問を。
何もしないよりは。と、具体的な代案が無かったこともあって実行に移されたのだが、こうも空振り感で覆われてしまえば不安や疑問が出てくるのも無理もないことだろう。
「いや、大丈夫だ。心配ない。グランガルトなら見つけたなら必ず食いつく」
しかしそんな空気の中、グリフィーヌはこのままで良いと釣り上げ作戦に太鼓判を押す。
「なんでそんな言い切れるのさ。グランガルトだってわかってて食いつくほどじゃ……」
「いいや。アレは言い聞かされていても食いつきたくなったならその瞬間に全部が吹き飛ぶ。そそられた興味に逆らえない。そういうヤツだからな。そしてライブリンガー手製のおもちゃは必ずアイツの興味を引く餌になる!」
「嫌な信頼感ね。なんだか」
こうまで断言されてしまうグランガルトに、ビブリオもホリィも、敵として安心して良いのやら、知性のあるものとして呆れて良いのやらと複雑な笑みを浮かべる。
ちなみにグリフィーヌが出来を認めるおもちゃであるが、それほど複雑なものではない。
動かすと中を通う水流で中の車輪が回転。それに連動して口が上下、尾びれが左右に。そんな木製のおもちゃだ。
食いつけば装甲のでっぱりや歯の隙間にかかるように大量のかぎ針を仕込んだそれは、おもちゃと呼ぶには物騒な代物であるが。
なお、目当ての獲物が獲物であるだけに、私の手と腕とに巻き付けた鎖の先端、海に垂らしたのと逆側はマキシローリーと繋いである。
いざかかった場合に、ノーマルの私だけでは力負けしてしまう。なので釣り上げるにはマキシローリーと一気に引いて、水面近くにまで上がってきたら、ロルフカリバーが突撃、という段取りだ。
最初っから合体していくべきではとの意見もあったが、グランガルトの脇を固める面々の警戒心を煽ることになるだろうし、最悪マキシローラーを後付けに追加できるということで、まず合体せずに手釣りに挑んでいるというわけだ。
「……うん、まあよく知ってるグリフィーヌが言うからグランガルトはかかっちゃうんだろうけどさ……」
「けど? まだなにか気がかりが?」
「もう一人、副将のラケル、っていうのが着いてるんでしょ? そんなのが居て、黙って釣り上げさせてくれるかな?」
そんなビブリオの疑問に誰かが返事をする間も無く、私の腕に絡む鎖にズシリと重みが!?
一気に海中に引きずり込まれそうなこの力任せで重たい引きに、私は砂浜にレッグスパイクを打ち込んで踏ん張り、同時にマキシローリーをバック!
「来たの!? かかったのッ!?」
「この力強い引きは……たぶん間違いなく!」
マキシローリーのパワーも加えて、それでも私はズルズルと引き摺られて砂浜に海への溝を刻まされる。
これほどのパワー。グランガルトでなければ、とんでもない大物の水棲魔獣のどちらかしかないだろう。
力自慢なのは知らないでもなし、侮っていたつもりもない。無いがしかし、水を得たグランガルトのパワーがこれほどとは……ッ!
ズルズルと海に引き寄せられる私を見かねて、仲間たちも鎖や私のボディに手をかけ、力添えを。
その甲斐あって、私の爪先が波打ち際をわずかに越えたところで力が均衡する。
「今のうちに、マキシローラーを……」
猛烈なテンションのかかった鎖が切れないように、バースストーンのエネルギーで強化しつつ、私は引き上げる手を増やそうとマックス上半身役のビークルを呼び出そうと。
しかしそんな私の足首になにかが食らいつく。
「なんと、ガードドラゴッ!?」
それはウィバーンと共に撤退したはずの三聖獣の竜、ガードドラゴ……に寄生したバンガードの二つ首だ。
足を取り、海中へ招こうとするこれに、私はプラズマショットを浴びせる。
私自身の足もろともに焼く勢いでの連射は、噛みついた二つ首は口の内部や目を突き刺し、僅かながらに怯ませる。
そこで私はマキシローラーをコール。
ただし、その位置は私たちの後方ではなく前方。ガードドラゴの真上だ!
波打ち際近くながら高く波を立たせるこの踏みつけに、私の両足に食いついていたのはたまらずに口を開ける。
そうしてアンカーチェーンとバンガードドラゴをローラーが押さえつけてくれている間に私は軽くジャンプして牙から抜け、同時に引っ込めていたレッグスパイクを二首竜の頭それぞれに叩き込む!
これだけ見舞った上で私は後方のマキシローリーをフルパワーに後退。私ごとにアンカーチェーンとその先に食いついた者を水上へ引き上げさせにかかる。
「よっしライブリンガー、このまま一気にいっちゃおうッ!」
「ああ、任せてくれッ!!」
ドラゴを封じ込めたマキシローラーの下から、ローリーのパワー任せに鎖を引き抜きつつさらに海上へ。
しかしそんな腰を落として鎖を引く私の後ろで悲鳴が上がる。
振り替えれば砂浜を突き破って飛び出したマシンテンタクルがビブリオやホリィばかりか、グリフィーヌとロルフカリバーにも絡み付こうと。
「切り裂いて、二人と空へッ!!」
「分かったッ!!」
プラズマショットの連射に添えてのぶつ切りの指示。であったが、グリフィーヌもロルフカリバーも迫る触手を的確に切り払い、ビブリオとホリィを抱えて金属触手の届かない高さにまで逃れてくれる。
それに安堵したのも束の間、私をめがけて海面を破り飛びかかるものが。
太く鋭い牙が並び、針と木材の絡んだこのワニの大顎は、綱引きを切り上げて自ら浮上してきたその勢いのまま私のボディをバクン。
その直後、牙の隙間から流れ込んできた海水に、私はまんまとグランガルトのフィールドに引きずり込まれてしまったのだと知るのであった。




