57:航路封鎖作戦実行中
「メレテから入ってくる物資その物が減っている?」
情報共有と対策。それを求めて話し合いに訪ねた私たちに、マッシュから待ってましたとばかりにもたらされたのが、物流そのものの減少という情報だ。
「一体全体、どうしてそんな……?」
「それは私のせいか? 鋼魔が転がり込んだ拠点に渡せる物などない、と?」
「いや、それを言うなら私のせいだろう? グリフィーヌを迎え入れたのも、それ以前から鋼魔もどきと疑いをもたれていたのは私なのだから」
グリフィーヌから上がった自嘲気味の言葉に、私はそんなはずはないと、自分自身への疑惑を言葉に出す。
しかしマッシュからは、どっちも違うとあきれた風に首を振られて一刀両断にされてしまった。
「見当違いに自分を責めるんじゃないって、そういう疑惑と派閥間の駆け引きとかよりも、原因はもっと単純だって。単にメレテの側でも物流が滞ってて、国内で消費する分に持ってかれてるってだけなんだよ」
そう言ってマッシュが出したのはうつむき傾いたCの字を描く大陸の地図だ。
その弧を描いた陸地の内側、内海部分にマッシュは指を弾ませる。
「この海で、近頃何隻も船が沈められてるんだよ」
「それはつまり商人の、貿易船が、ということかい?」
「ホッホウ。しかり、その通り。この内海は今現在は海運と商業の国イコーメが幅を利かせているそうでな。この海を使ってメレテは、港が健在な頃はキゴッソもだが、イコーメとの貿易や物資の運搬をやっているというわけだな」
「その貿易船が沈められて、後ろ盾をやっている連中の懐に入るものが入ってこないと、そういうわけか」
セージオウルからの補足を受けたグリフィーヌの理解に、マッシュはしかめっ面に頭痛をこらえてうなずく。
しかしそこへちょっと待ったとビブリオが手を挙げる。
「でもさ、貿易を仕切ってるような国なんでしょ? ちょっとやそっとの海のトラブルになんか負けないような気がするけど……って、まさか……」
「ああそうだ。そのちょっとやそっとじゃない事態が起こっちまった。起こってるってことさ」
言葉半ばに青ざめたビブリオに、マッシュはお察しの通りと力強くうなずく。
「その辺りに考えが行くあたり、なかなかに頭の回る……って、ホリィにセージオウル、なんで本人でなくキミらが自慢げなのだ?」
「いえ、それはその……ねえ?」
「ホッホウ。目をかけ、育ててきた少年が褒められたとあればなぁ」
ドヤ顔していたのをグリフィーヌに目をつけられて、ホリィとセージオウルは正直に育てたのは我々だと控えめに胸を張る。
マッシュはそんなやり取りを横目に咳ばらいを一つ。改めて地図を指さして説明の続きに入る。
「ビブリオが言う通り、船乗りたち、特にイコーメのは魔獣に襲われにくいルートってもんを知ってるし、仮に襲われた場合の対応だってお手のモンだ。で、実際に沈められた船の生き残りからは当然それ以上のトラブルが、鋼魔が海で暴れてるって話があったんだよ」
「海……ということは、暴れているのはグランガルトか。手口そのものはウィバーンの入れ知恵だろうが……」
補給線を叩きにくる。たしかにその攻め口を思い付いて選ぶとなると、まず間違いなくグランガルトではなくウィバーンだろう。
正面からでも圧倒できる人間軍を主力とした我々相手でも躊躇なく泣きどころを狙ってくる。
まったく厄介な相手だ。
「では、貿易船への攻撃を止めさせない限り、このキゴッソへの補給は滞るばかりだということだね」
「グランガルト自身は、遊んでいるだけのつもりだろうがな。おおかた、いい遊び場があると腐れ参謀に唆されたのだろう。で、副将のラケルも功績になるし、楽しめるならばと入れ知恵に乗っかった……というところだろうな」
ともかく話はわかった。
ヤゴーナ連合に存在する艦船は木造の帆船である。
海中からグランガルトが戯れに食いつくなり、ぶつかるなりすれば容易く沈んでしまうこのは容易く想像が付く。
元同胞のグリフィーヌが言うとおりに、グランガルトは海水浴でやんちゃしてるだけの気分なのだろう。だがその遊びのためにいくつもの人命が失われ、別の場所では飢える者も出てきているのだ。
止めないわけにはいかない。
「ところで、そのグランガルトの副官のラケルというのは、どういう人物なんだ? 会ったことがないのだが?」
私がふと抱いた疑問をグリフィーヌに向ければ、彼女はそれはそうだろうとばかりに深くくちばしを上下させる。
「ああ、ライブリンガーが会ったことがないのも無理はない。彼女は陸でも行けるグランガルトとは違って完全な水中特化だからな。あとは鋼魔水軍の頭脳、実質的な指揮官だというところか。ほら、直属の将があの感じだから……」
「そりゃ、責任をおつむの弱い大将に被せて好き放題に立ち回っているってことかい?」
「いやそんな、ウィバーンではあるまいし、そういう狡猾な思惑は感じなかったな。例えるなら、そうだな……ビブリオを長にホリィをその補佐につけた感じとでもいうか?」
マッシュの質問に、グリフィーヌは例として挙げた二人に鋼のくちばしを向ける。
姉か、あるいは母を思わせる、保護者的な補佐役という意味だろうか。分からなくもないが、ネガティオンとのリンクで見た範囲ではもっとベタベタとした風で、私の友二人ではたとえになるほど重なる風ではないような?
「えー……ボク、あんなじゃないでしょ? 知り合いに「あの感じ」なんて言われちゃうみたいな」
「そうよ。ビブリオを彼といっしょにされるのは心外だわ」
「あー、スマンスマン。例えにするのは貴殿らに失礼だったな」
案の定、本人たちからも本気でない風ではあるが抗議の声が。
対するグリフィーヌの反応も砕けた風で、打ち解けているのを感じられて嬉しくなる。
その一方でマッシュはグリフィーヌの語った内容を書き留めながら、彼女をうかがい見る。
「しかしグリフィーヌよ。知ってることを話してもらえるのは俺らとしちゃありがたいが、ホントにいいのかい?」
「おい、今更試すのか? 私はすでに追放の身の上で、いずれライブリンガーと決着をつけたとしても、もう古巣には戻るつもりもない。そうなれば誰に誠意を払うべきかは自ずと決まるというもの、そうだろう?」
だがグリフィーヌは気にした風もなく、どう転ぼうがもう義理立てするべき相手は決まっているとの割り切った答えを返す。
この今更な問いも、マッシュ個人としては疑いは持っていないだろうから、あくまでも人類軍全体に向けたポーズだろう。
近くに控えた兵士さんたちの耳目がある以上はそういうのも必要なのだとか。
グリフィーヌも、自分の立場も含めて味方であることを強調しないといけないのは分かっているのはなんともない口ぶりからよく分かる。
「そりゃかたじけない。じゃあこの航路封鎖の対応はライブリンガーといっしょに任せちまっても?」
「もちろんだ。単独で先行させるのはまだ不安だろうから、自慢の翼は完全活用できないがね」
「ああ。標的で、抑えられるだろうライブリンガーといっしょじゃなきゃあ怖くてとてもとても……」
冗談めかした返しに、マッシュもまたわざとらしく肩を抱いて。
「それでは、私たちですぐにでも海に向かえばいいのかな?」
「ああ、実はメレテ王イコーメ王両陛下からも何とかしてくれってご命令ががあってな。どう頼んだもんかと思ってたんだよ。ただでさえ前線回りで任せっきりなのによ」
「そんなこと、気にせずに任せてくれ。私たちでないと難しいことだろう?」
「さすがに手が足りなければ順繰りになってしまうのは避けられんがね」
どんとこいと私が構える一方で、グリフィーヌの釘刺しが入る。
これには私も、連合の窓口をさせられてしまっているマッシュも揃って首を縦に振る。
グリフィーヌ含め、頼もしい味方は増えている。それでも少数精鋭であることは否めず、抱えきれないところはどうしてもある。
「そんじゃまあ頼むが、もうひとつ伝えておかなきゃならん情報がある。海で暴れてる鋼魔は三体いるんだと。青い大ワニのグランガルトに、あとはタコとドラゴンらしい姿を見たって報告が上がってる」
タコは話にあったラケルだろうが、ドラゴンはネガティオンの目を通しても見たことはない。
心当たりはあるかとグリフィーヌを見るが、彼女もまた戸惑い半分に首を横に振る。
「いや……タコと言うかイカと言うか、ともかく一方はラケルに違いない。が、ドラゴン型は知らないぞ」
グリフィーヌも知らないと言う謎のドラゴン型鋼魔。
いったい何者だというのか。




