56:土地管理や拠点整備ばかりとはいかないか
私はライブリンガー。
黒いボディの車と鉄巨人。二つの姿を持つ鋼鉄の戦士だ。
名前と備えた機能以外には自分自身について何も覚えていないながら、人々を守りたいという自分の願望に突き動かされるままに人間種族の脅威との戦って、勇者なんて仰々しい称号で呼ばれるようにもなってしまった。
「ふん!」
そんな私は現在、敵の占領下にあった地域の地面へハンマーを叩きつけている。
鍛冶屋の親方さん特製工具の一つである大金鎚を大きく振りかぶり、その頑丈で重たい頭をぶつければ、固く舗装された地面が砕ける。
そして砕けたモノを取り除けば、固く踏み固められた地面がこんにちわというわけだ。
「アスファルト舗装……なのだよな」
私はそんな地面をふさいでいた舗装材の欠片を拾い上げて、改めてその成分を解析する。
炭化水素で塊にされたこれは紛れもなくアスファルトだ。
メレテやキゴッソで大規模な工事や建築に従事してきた経験から、石材の接合材などとしてなじみのある素材である。
もちろん地面、道路の整備に使われていたのも知っている。
しかしそれは、石畳同士の接合材としてだ。
石や砂を繋ぎに地面全体に塗りかぶせるようなやり方ではない。
「わっほぉいライブリンガー」
「また随分と励んでいるな」
「ああ、ビブリオにグリフィーヌ、ラヒノスも」
そこへやってきた友人たちを、私は立ち上がって迎える。
上等な革鎧と、私との通信ブレスレット身に着けた赤毛の少年・ビブリオ。
そんな彼と資材を背負った巨大な熊の魔獣ガイアベアのラヒノス。
そして緑の金属を胸に納めたフルメタルのグリフォン。元鋼魔の女騎士グリフィーヌだ。
右も左も分からぬ私を受け入れてくれた最初の友人の片割れと、ぶつかり合ったことはあるけども、今は頼もしい味方である二人だ。
私はそんな仲間たちの一人であるラヒノスから私たちサイズの金笊を受け取ると、ハンマーを返してスコップをコール。
ザックザックと砕いたアスファルトの欠片をその中へすくい入れ、同時にその下で固められていた土をほじくりほぐしていく。それもザックザックと。
「おおー……どんどんほぐれてくねー」
「これだけでは荒野になってしまうだけなんだけれどね」
ただ地面をふさぐアスファルトを剥がした。それだけで自然修復に任せるだけではいけないのだ。
修復できるように整える。それをやらなければ、豊かな土壌を取り戻すのにどれだけの時間がかかってしまうことか。
「鋼魔が拓いてくれていた分をそれはそれとして畑に変えるにしろ、もっと土壌を自然に戻していかないとね」
鋼魔側の交通の便を良くする目的もあって、占領下にあった地域、特にこちらのような初期に奪われた辺りはかなりの広範囲が整地されている。
しかしそのままでは、人類側には奪い返した旨味が少ない。
今のヤゴーナの人々には、食料を生産できる土壌の方が必要なのだから。
まあ植物というのは、アスファルトのわずかな隙間からでも根を張り芽を出すこともあるように、案外に逞しいものであるが、わざわざ微細な亀裂を探して種を撒き、非効率な苦難を強いることもない。
なので今は少しでも多くを農地なり人工林なりに利用できるように舗装は剥がしてしまうべきなのだ。
「しかしいいのか? 参謀……初代のバルフォットが……だが、彼が指示を出して作ったこの道は、ライブリンガーも通りやすいのではないか?」
「ああ、そうだよね! 木の隙間潜ったりとか、岩避けたりとかしないでいいもんね!」
「そうだね。馬車やらの物資の通り道にもいいから、少し太めの街道くらいの範囲で残しておくのはいいだろうね」
その辺りは鋼魔が拓いてくれたおかげで使いやすくしてもらった、としてしまっていいだろう。
「しかし、鋼魔の作った道か……」
「どうしたライブリンガー。なにか気にかかるのか?」
私のこぼした呟きに、グリフィーヌとビブリオが心配そうに顔を覗きにくる。
心配をさせてしまった以上、させたくないと誤魔化すのも今さらか。
はぐらかして友との間にわだかまりを生むよりは、素直に頼るべきだろう。
そんな判断から私は舗装剥ぎ作業の中で生じたものを口に出す。
「いや、鋼魔の作った道が扱いやすい私は、本当にいったい何なのだろう……とね」
私にとって、特に車モードの私の足回りにとっては鋼魔によるアスファルト舗装路がなじむ。実によくなじむのだ。
そのなじみかたは、まるで最初からこの形の舗装路で走る前提で生まれていたかのように。
それもただの不思議な相性の良さならば、それだけのことと思えたのだろう。
だが私には、この手の道がひどく懐かしく感じられたのだ。ごく当たり前に、毎日のように使っていた道がこうであったかのように。
「……何で私はこんな懐かしさを感じるのか、こんな感覚を持つ私はもしかしたら、一部の人が噂するように、本当は鋼魔なのか……なんて、ね」
「あり得んな」
そんな私の自分自身への疑いと悩みを、一刀両断にする声が。
それは鋼魔出身であるグリフィーヌからのものだ。
彼女は私たちがなにか言葉を挟む間も与えてくれずに言葉を続ける。
「まず第一にライブリンガー。貴公の心臓部であるバースストーン、それが生み出すエネルギーは我々とは真逆のベクトルを持っているのだぞ?」
グリフィーヌが言うとおり、鋼魔の一員である飛空参謀ウィバーンが分析したところによれば、私と鋼魔は互いに打ち消し合う性質を持っているとか。
ウィバーンと折り合いが悪いグリフィーヌが言うからには、これは彼女自身にも実感のあるところなのだろう。
「そして第二に、我々は先天的に人間を、生命を守ろうなどという感覚を持ち合わせてはいない。護らねばならぬなどという願望を抱いている段階で、貴公は鋼魔足り得ない」
「そうなの!? だってグリフィーヌ、向こうにいた頃から僕らを守ったりしてくれることあったじゃない!?」
「あ、あれはライブリンガーと気兼ね無い勝負をするため……あとは、敬意を払う強者への義理立てで……それ以上では無かった、無かったぞ!?」
ビブリオの指摘にたじたじと照れ隠しを始めてしまうグリフィーヌ。
彼女としては格好つかないと恥じるところなのかもしれない。
だが私、ライブリンガーが鋼魔ではないと、同胞への裏切り者でも、人の滅亡を望むものでもないと、そう断言してくれたのは嬉しかった。
「ありがとう、グリフィーヌ」
「な、何を言うか! 貴公の的外れな疑問を否定しただけで、特別礼を言われるようなことは言っていないぞ?」
そう言ってそっぽを向いてしまう彼女だが、恥ずかしさからであると分かっているので愛らしいものだ。
「……な、なんだその柔らかな眼差しはッ!? そんな、バースストーンの暖かい光を当ててくれるなぁーッ!」
しかし彼女は逃げるように飛び去ってしまった。
ううむ。逃げ出すほどにバースストーンの波動を浴びせているつもりは無かったのだが、これは失敗してしまったかな。
「こーれーは、今日はグリフォンマークの魔獣肉の配給がどっさりかな? 最近食料庫が空きやすくなっちゃったから助かるけど」
「そう言えばそんな話もあったね」
建築用の資材も、最近は現地調達で賄っていることが多い。今回私が剥がしたアスファルトも溶かすなり、別の形に固め直すなりして砦の建材に再利用されることだろう。
物資の不足が発生しているということは、奪還して拡大する我々の勢いが、兵站の許容量を上回ってしまっているということだろうか。
「これは……一度きちんとマッシュやフェザベラ王女たちと話をしておくべきだろうね」
物資が行き渡らなくなれば、私やグリフィーヌ、セージオウルはともかく、ビブリオや皆が飢えてしまうことになる。
それだけは避けなくてはならない。私たちだけで戦っているのではないのだから。




