54:グリフィーヌ救出作戦!
「おのれッ!?」
友をかばうために出した手を、その恩人を苦悶から救うために切り替え伸ばす。
だがこの手は、彼女に潜り込む刃の尻部分を引っかいただけ。肝心なものは掴むこともできなかった。
「ハハハ! 狙い通りだったが、ホントに人間をかばうとはな! 感化されすぎだろ!?」
グリフィーヌの内側という安全圏に入り込んだからか、ウィバーンは勝ち誇っての高笑いをさらに重ねて。
「人間のオトモダチなんざ作っちまって、助けて、勇者様御一行にでも加わりたかったのかよ!? 笑わせるぜ、俺たちは鋼魔なんだぜ!?」
「そんなことは、生まれは関係ないだろう!?」
好き放題にグリフィーヌを嘲るウィバーン。その声を届けるイルネスメタルを止めてしまいたいのだが……。
「そうだ! グリフィーヌ、今助けるからッ!!」
苦しむ恩人を救うべく、ビブリオとホリィはバースストーンを共鳴。増幅させた癒しの魔法を浴びせる。
「う、あぁあああッ!?」
しかしその結果、グリフィーヌが苦しみの声を上げて身もだえしてしまうことに。
私にならば、傷は塞げないまでも活力を与えることができた癒しの魔法。しかしグリフィーヌ相手に起きた真逆の結果に、二人は混乱も露に慌てて魔法を止める。
「おいおい、かばってくれた奴に酷いことをしやがるな。オレたち鋼魔のコアであるイルネスメタルと、ライブリンガーのバースストーンのエネルギーのベクトルは真逆なんだぜ? なんでも陽射しを浴びせりゃいいってもんじゃねえのにさ!」
戸惑う二人をさらに追いつめようと、ウィバーンは種明かしを。
私がグリフィーヌに入り込んだイルネスメタルにエネルギーを浴びせるのを躊躇ったのもそれが理由だ。
いくら通じ合えるかもしれないとは言え、グリフィーヌも鋼魔の生まれなのだ。彼女に取りついたイルネスメタルを消そうとすれば、同時に彼女自身の心臓役であるイルネスメタルにもまたダメージを与えてしまうことになる。
「二人はグリフィーヌを助けようとして、自分達の出せる最大で挑んだ。それをグリフィーヌを傷つけている貴様が貶めることは許さんぞ」
結果はどうあれ、二人の真心からの行動を嘲るような真似は許すことはできない。私はビブリオとホリィに代わってウィバーンの前に。
「ほおーう。許さないってんならどうするつもりだ? 言っとくが、オレは今丹念に準備したイルネスメタルを通して色々やってるだけで、そいつを潰したところでオレ様本体にはなーんのダメージも無いんだぜ? 仮に、グリフィーヌごと潰したとしたってな?」
私、ライブリンガーに出来るわけがない。そうタカをくくっているのだろう。ウィバーンの声はやれるもんならやってみろとばかりの構えだ。
事実、私にはグリフィーヌもろともに粉砕することなどとてもできない。
だから彼女を傷つけずに、苦しめているウィバーンの干渉を取り除きたいのだが……。
「……構わん、やってくれ……!」
どうにか救う方法を考える私に、ゴーサインを出したのはグリフィーヌだ。
彼女は錆び付いたようにぎこちない動きで立ち上がると、無防備な的になるように胸をさらす。
「いや待ってくれ、早まらないで! 必ず助ける。だから苦しいだろうが諦めないで……」
「いいのだ。このままでは、私の体は完全にウィバーンの思うがままの操り人形にされてしまうだろう。だからせめてまだ私の体が私の自由である内に……私を受け入れてくれた貴公らの手を煩わせぬ内に……どうか」
説得する私の言葉を遮って、グリフィーヌは自分が自分である内にと、抹殺を願う。だが――。
「そんなのはダメだよ!」
「そうです、諦めないで! 諦めて犠牲になろうとなんかしないで!」
「二人の言うとおり、それは聞ける願いじゃない。私が、私たちがまだグリフィーヌを助けることを諦められないからだ」
私たちに友人を見捨てられるはずがない。ましてや救出のための妙案をたった一度も試しもしない内にだ。
これにグリフィーヌは鉄仮面の顔にバイザーを不規則に明滅させてよろめく。
「……そ、そんな貴公らだから、私は……ッ!」
「遠慮などしないで任せてくれ! そして諦めないでくれ、また私と勝敗を競うのだろう!?」
この呼び掛けにグリフィーヌは躊躇いつつも首を縦に。
しかしその半ばで強張らせるや、その機体を苦悶の声と共に仰け反らせていく。
「グリフィーヌッ!?」
「……あーあーまったく、お涙頂戴の友情物語なんかやってくれて。どこまで鋼魔らしくなくなってるんだお前ってヤツは!」
私たちが名を呼ぶ一方で、彼女の胸の内からはうんざりだと言わんばかりのウィバーンの声が。
やがて胸から体を吊り上げて足の浮かんだグリフィーヌの胸部が左右に展開。
彼女の心臓部であるイルネスメタルが完全露出させられたかと思いきや、遅れて飛び出した砂状のイルネスメタルがそれを掴む。
珠を握った龍の爪を思わせる形状になったそれが輝くや、グリフィーヌのボディが巨大化を始める。
膨れ上がりながらグリフォンモードへと変形したグリフィーヌの機体は、私との戦いで歪んだ翼を直しながらさらに巨大化。
マックス形態の私をも凌ぐほどに至った巨体に緑色の装甲を重ねて、巨大メタルグリフォンとなる。
変化の完了した彼女は鋭い嘴を開いて鳴く。
それだけで大気はおろか大地が裂けるほどの強烈な音の波が叩きつけてくる。
これに私がビブリオたちをかばうと、メタルグリフォンは刃のような鳴き声を撒き散らしながら、私へ掴みかかってくる!
「よせ、グリフィーヌ! 私が分からないかッ!?」
「ハハハッ! 無駄無駄! 今コイツのボディはオレがイルネスメタルを通して掌握済みだ!」
落ちてくる爪をローラーの両腕でブロックし、明らかに体のコントロールを奪われているグリフィーヌに呼び掛けるが、返ってくるのは鋭い声と、勝ち誇ったウィバーンの笑い声ばかり。
掴んだ爪に稲光が弾けるのを見て取った私は両腕の右回転を加速。ダブルシールドストームでのし掛かってくる巨体ごとに押し返す。
これに乗って上空へ舞い上がった巨大メタルグリフォンへ、私はプラズマショットの斉射で追撃。
しかしこれはメタルグリフォンの放った雷撃に散らされてしまい、私が守りの嵐での防御に専念させられることになる。
「ハッハッハッ! 手を取り合おうとした相手の手にかかって、ここで死ねよやッ!!」
上空のメタルグリフォンはウィバーンの声で叫ぶや、そのくちばしと爪から強烈な稲妻を迸らせる。
どうにか両腕の盾を全開に、この雷撃は受け止めて見せる。
しかし、反撃する手立てがないこのままではジリ貧に追い詰められてしまうことになる。
正確には、反撃する手段がないではない。シールドストームで受け止めて、バスタートルネードをぶつけて放つフュージョンスパイラルだ。
だが、これは強力すぎる。
使えばウィバーンの操っている砂状のイルネスメタルを消し飛ばせることは確実だろう。だが同時に、救うべきグリフィーヌのボディにも深刻なダメージを与えてしまうこともまた確実。
これは本末転倒だ。
「せめて、空から落とすことが出来れば……!」
だが、操っているウィバーンの性格からして、位置的優位を自ら捨てる事は考えにくい。
ここはもう、強力すぎるあの武装を上手く加減して使うしか無いのか……!
そんな一か八かの賭けに出ようかと考えたところで、不意に上空からの圧力が消える。
何事かと空をうかがえば、背中から煙を吹くメタルグリフォンのさらに上空に、天空の賢者であるセージオウルの姿が!
「来てくれたのか!?」
「ホッホウ、ビブリオから呼ばれてな。城には策を残してきたから問題あるまい」
そう言うやセージオウルは杖を一振り、メタルグリフォンの頭上から、様々に練り上げた風雷を落としていく。
ありがとう友よ!
敵の頭を押さえてくれる頼もしい救援を呼び寄せてくれたビブリオに目配せをして、私もまたロルフカリバーを手に高度を下げてきたメタルグリフォンの動きを封じにかかる。
「があッ!? クソッ! 上から下からとうっとおしいぜッ!?」
メタルグリフォンを操るウィバーンは我々の挟み撃ちに忌々しげに吐き捨て、その全身から稲妻混じりの暴風を放たせる。
そして嵐をまとった巨体を急上昇に、制空権を押さえたセージオウルへ突っ込ませる。
「ホッホウ、こりゃたまらん!」
狙いが自分に向いたと悟るや、即チェンジの逃げの一手を取るセージオウル。
しかし彼が逃げながら足止めにとばらまいた天属性の魔法たちはメタルグリフォンの纏う嵐に一方的に弾かれ、砕かれてしまっている。
「そうはさせん!」
仲間に追い付かせるものかと、私もまたメタルグリフォンの足を止めるべくバスタースラッシュを放つ。
これは嵐を切り裂いてメタルグリフォンへ届いたものの、翼を落とすには至らない。
「うおお……!? 危うく引っ張られるところだったが……もうその手は食わんぜ?」
結果、オウル追撃に対する牽制にはなったものの、私からの攻撃への警戒心を強め、高度を取らせてしまう結果になる。
「ホッホウ、惜しいところだったな。頭の巡りを自慢するとおり、熱の巡りも良いようだからホイホイと誘いに乗ってくれたのに」
「チッ! ここでそんな安い挑発に乗るものかよ! お前らはこのまま、オレが握った高さの利に負けるんだよ!?」
セージオウルの誘いと頭上への回り込みへ、ウィバーンは稲妻を見舞わせながらバスタースラッシュを余裕をもってかわせる高度を維持し続けている。
「さぁて、それじゃあお前らを揃ってここに釘付けにしてることを報せて、人間どもの拠点蹂躙の合図としてやるとしようか!?」
そして優位な位置から私たちを見下ろして、キゴッソ王城攻略をほのめかす。
まずい。手薄であることを知らされてしまっては、急いで戻らなくてはマッシュたちが危ない。
しかし強引に戻ろうとすれば、ウィバーンの操るメタルグリフォンを引き連れていくことになる。
セージオウルだけでも戻ってもらうにも、せめて私が組みつき落とすくらいはしておかなくては。
「ライブリンガー、あれを見て」
「ビブリオ? 見てって何を?」
努めて焦りを抑えようとしていた私に、ビブリオはとにかく空を見るように指さす。
言うからには意味があるのだろう。が、私にはセージオウルとメタルグリフォンが現在進行形でエネルギーのぶつけ合いを行っている様子しか見えない。
「よく見て、ぶつけ合った魔力が長く残って、図形を書いてるんだ。ボク、あれを前にセージオウルに習ったんだ」
なんと。指でなぞりながら説明するビブリオによれば、セージオウルはメタルグリフォンの攻撃を避け、牽制すると同時に、大がかりな魔法の下準備を行っているのだと。
つまり、セージオウルはすでにウィバーンの操るメタルグリフォンを叩き落とすための作戦を揃えて動いていてくれたのだ。
「では、私は何を?」
「ボクと姉ちゃんで合わせて捕まえるから、ライブリンガーは逃げれないようにして、捕まえるって言っても、長くは持たせられないと思うから」
「分かった。任せてくれ」
うなずく私に、ビブリオたちもまた動くべきタイミングに備えて身構える。
仲間たちからお膳立てをされて、空振りするようなマヌケはできない。私もまたウィバーンに悟られぬようにメタルグリフォンの牽制を続けつつ、いつでも使えるように左ローラーは右回転させておく。
「フン! いくら抵抗しようが無駄なんだよ! グリフィーヌを強化したコイツのパワーと、高さを取った地の利の前にはなぁッ!」
ウィバーンは優位に酔ったまま、またセージオウルの魔法をメタルグリフォンに破らせる。それが魔法陣が完成させる最後のピースとなるのも知らずに。
仄かな帯電で描かれたそれは出来上がりと同時にまばゆい光を放ち、メタルグリフォンの背後へ集束。強烈な雷撃となって嵐を破り、殴り付ける。
「うぉおおおッ!? バカなッ!? いつの間に!?」
「ホッホウ。この場にいて俯瞰していれば見えただろうに。やはり面倒だろうとたまには見える場所まで出て来るべきだな。ホッホウ」
仕込みにはまって墜落するメタルグリフォンの巨体を、セージオウルはひょいとかわして見送る。
「だが、多少小細工が上手くいったところでなッ!?」
大地へ送ろうとする雷撃のハンマーを受けながらメタルグリフォンはなおも翼を広げて空に踏ん張る。だが……。
「小細工はまだ途中なんだよッ!? 姉ちゃんッ!!」
「使って、ありったけッ!!」
ビブリオとホリィがそれぞれのバースストーンを共鳴。
増幅させた魔力が地面に魔法陣を描き、そこから飛び出した巨大な腕の数々がメタルグリフォンの足を掴む。
「重力増幅!? こんな規模のを人間が、人間ごときがぁああッ!?」
天からの雷撃、そして地面からの引力。押し込まれた上に引かれたメタルグリフォンのボディは、抗い切れずに地面へ叩きつけられる!
「今だよッ!」
「おおおッ!!」
墜落による地響きも大きい中、私はロルフカリバーを両手持ちに一閃。
分厚い剣に込めた破壊と守り。相反するエネルギーを束ねた二重螺旋が空を走り、メタルグリフォンの翼を断ち切る!
「んなぁッ!? クソ! やりやがったなッ!?」
ダメージにメタルグリフォンが上げる悲鳴に、ウィバーンの悪態が混じって響く。
操り主の憤りに蹴飛ばされたメタルグリフォンは哀れにもダメージを無視させられ、重力魔法による拘束を力任せに破る。
そのまま勢い任せに突進してくる巨体に、私はロルフカリバーを投げつけながら前に。
メタルグリフォンは鈍い音を立てる分厚い刃を怯まずに弾き飛ばすと、押し倒すような勢いで私へ爪を突き出してくる。
「お前を、お前さえ道連れにしてしまえばッ!!」
グリフィーヌと私を心中させようとしての爪は、その勢いと重量でもってマックス形態の肩を穿ち、食い込む。
と、同時に私はマックス形態から分離。
突進の勢い余ったメタルグリフォンは、マックス上半身のままのマキシローラーをさらっていく。
そして下半身のパージで弾き出された勢いでもって、メタルグリフォンの胸部へ取りつき、グリフィーヌの心臓部を握ったイルネスメタルへ拳を押し当てる。
「まさか……よせ……ッ!?」
「スパイクシューターッ!!」
慄きの色を帯びた制止の声を無視して、私はスパイクを連打!
龍の爪を成して凝固したイルネスメタルを砕いていく。
一打ごとにバースストーンのエネルギーを流し込むことで散った破片を消滅させ、グリフィーヌを縛るウィバーンの手を取り除いていく。
そして掴んだものが砕けて消えれば、メタルグリフォンの巨体も砕け散って、グリフィーヌのボディがその内から飛び出す。
解放された彼女にはメタルグリフォンでのダメージも、私との戦いでの傷跡も無い。
そんな無事どころか逆に回復した様子のグリフィーヌを私は抱き止め、着地。その勢いを地面を削りながら受け止めていく。
やがて私たちは、彼女が私に覆い被さる形で静止。
すぐさま抱き上げ立ち上がることもできず、そのまま地面に横たわる。
「……貴公には、また借りを作ってしまったな」
「借りだなんて気負わないでくれ。私はただ、自分の思うように、グリフィーヌに自由に生きていてほしくて戦っただけなのだから」
「……まったく、降参だよ。貴公にはな」
グリフィーヌはそう言うと、疲れが出たかのように私へ重みを預けてくる。
そんな重なった、特に下敷きの私を心配してか。ビブリオとホリィが魔法で地面から柱を生やすようにしてグリフィーヌを持ち上げる。
「少しくらいは頼もしい相手に寄りかからせてくれてもいいだろうに……」
持ち上げられたグリフィーヌはただされるがままに、余韻もあったものじゃないとため息をつく。
これに私はただ苦笑するしかなかった。




