50:不和の種を蒔く影
ただいま私は全力でタイヤを回転中!
回転は高まる勢いのあまりに鋭い唸りを上げ、野を駆ける黒い車体を震わせる。
私が現在急行しているのは、鋼魔の勢力圏内。
王城への移動を始めようとしていた隠れ里の一つだ。
王城に届いた狼煙は、斥候チームからの危急を知らせるものだった。
これを知った私は、ビブリオとホリィを乗せたまま、セージオウルたちに留守を任せて飛び出したのである。
「ちょ、ら、ライブリンガー……!」
「い、急ぐのは、分かる、けれど……」
焦りのあまりに唸りを上げて走る私の中から、友人たちからの震えた声が上がる。
「ああ、すまない。焦りすぎてしまったね」
いけないいけない。急ぎとはいえ安全と乗客の事を忘れた速度を出してしまうのはまさに下の下。
中に負担がかかりすぎない程度に、タイヤの回転にセーブをかける。
「いや、ボクたちこそゴメンよ。一刻を争う時だってのにさ」
「いや。二人がダウンしていては治療を必要としている人を助けられない。迅速に駆けつけるだけが全てではないんだ」
顔を青くして詫びる二人に、私は気に病むことではないとフォローを入れる。
しかし、私に乗るのにも慣れている二人が青ざめるほどに飛ばしてしまっただけはあって、戦闘のものだろう煙はもうすぐ前にまで迫っている。
集落を隠す木々を縫って抜ければ、崩れて燃える家々の姿が。
そしてすぐ目の前には、未だに形を保っている家に頭を突っ込んだ巨大な獣の姿がある。
「行くぞ二人とも、チェーンジッ!!」
私へ引きつけようと、ことさら大きな唸りと声を上げて人型モードへ!
そして魔法のバリアを纏って飛び出た二人を横目に、家屋に頭を入れたジャガー魔獣の尻へスパイクシューター!
振り返りかけのところへのこの一撃に、ジャガー魔獣はたまらず頭と悲鳴を上げ、屋根を吹き飛ばす。
派手に仰け反った猫科魔獣の巨体をスパイクを突き刺したままに持ち上げ、額のプラズマショットの連射を浴びせる。
この悲鳴を聞きつけてか、集落に散らばり思い思いに蹂躙していた魔獣たちが集まってきた。
そんな獣たちの内、先頭にいて目についた、鹿へ私は担ぎ上げていたジャガーを放り投げる!
勢いそのままの正面衝突は後続も巻き込んでぐちゃぐちゃに折り重なる。
しかし魔獣たちは群れを成していても全てが同族でもなし、生身のバリケードになった者たちを踏み越えようとするモノは多い。
「ロルフカリバーッ!!」
そんな連中をプラズマショットで牽制しつつ抜刀。
呼び出した剣を掲げ、勇者ライブリンガーここにありとばかりに迎え撃ちに行く。
そこでチラリと、先ほどジャガーが頭を突っ込んでいた家の様子が外れた屋根の跡から目に入る。
エサにされていたらしい血みどろの大人と、その横で泣く子ども。
その悲劇に、私の剣を握る手に力がこもる!
生み出された悲しみと、それを防げなかった悔しさ。
それを次々と魔獣たちへ叩きつけていく。
群がる魔獣に食いつかれようが、装甲が爪で削られようが、体当たりにへこまされようが構わずに。
そうして骨の割れた巨大獣たちが地に伏せていくと、程なく獣たちは恐れをなして背を向け始める。
立ち去るのならば追う必要はない。
報復や危険の排除よりもやるべきことが山積みなのだから。
「ホリィ、ビブリオ、無事な人たちは……?」
魔獣の返り血で汚れた機体を拭いながら、私は保護と治療に当たってくれていただろう友へ振り返る。
「生きている人たちは今治療してるけれど……」
集落中から集めてきた数十人の怪我人に癒しの水を施しながら、ホリィは苦い顔をある方向に向ける。
そこには、すでに事切れていた人々の亡骸が並べられている。
その有り様は無惨なもので、十数名の亡骸のほぼ全てが、大きな欠損を受けたものだった。
力及ばずに、守るべき命を取りこぼしたのはこれが初めてではない。
だが、守れずに失われてしまった結果というものは、いつも私の心に押し潰すような痛みを与えてくる。
機体を貫かれるのにも勝るこの痛みに突き動かされて、私は亡骸たちに向けて跪いて死を悼む祈りを捧げに――
というところで、私のボディを小さく固いものがコツンと叩く。
何事かとそちらを見てみればなんと、涙目で私を睨む男の子がいるではないか。
その姿勢からおそらくこの子が石を投げたのだろう。
「あ、おいちょっと! ライブリンガーに大急ぎで助けに来たライブリンガーに何するんだよッ!?」
「いや、いいんだよビブリオ、ありがとう。でも私は何ともないから……」
「ケガにもならないからって、助けに駆け付けたのに石投げていい理屈はないでしょうが!?」
うむ、正論だ。返す言葉もない。
だがこの子の悲しみと怒りでぐちゃぐちゃになった顔を見れば、大事なものを奪われたのだと聞かずともわかる。
助けに来るのが間に合わなかった私に当たらずにはいられない気持ちなのだろう。
いけないことだと諭すべき。それが正しい理屈なのだろうけれど、私としては受け止めたくもあるのだ。
「何しに戻ってきたんだ鋼魔ッ!?」
……?
……ちょっと言われたことの意味が分からなかった。
なんでもっと早く助けに来なかったのか。
そう怒鳴られたなら分かる。間に合わずに犠牲を出してしまったのは事実だからだ。
だが……戻ってきた、というのはどういうことだ?
まるで私がこの集落を襲ったように聞こえるが、どういうことだ?
「なにワケの分かんない事言ってるんだ!? ライブリンガーは鉄巨人だけどいい鉄巨人なんだぞ!? 間違うな!」
予想外の罵倒に混乱していた内に、カッとなったビブリオが私を庇って声を上げてくれる。
しかしこれに対する涙声の返しにも、また驚かされることになった。
「分かんないって、僕は見たんだ! その鉄の化け物が魔獣たちを連れて村に襲ってきたのッ! それを今度出てきたら魔獣をやっつけてて、何しに戻ってきたって聞くだろッ!?」
いや、ワケが分からない。
私が魔獣たちを連れて?
まさか引き付けて迎え撃った事を言ってるわけではないだろう。
そもそもこの集落は初見なのだが。それも危機の報せを受けてから駆けつけてだ。
「ライブリンガーがお城を出たのは襲われてるって狼煙を見てからだ! それまでずっとボクらと一緒にいたんだぞ、そんなことできるかッ!?」
ビブリオが私の疑問を代弁する形で叩きつけて、それを後押しする形でホリィがうなずいて。
このアリバイを前に出した弁護を受けて、意識のある生存者たちがどよめき目配せをする。
なるほど少年以外にも、私が襲撃しておきながら火消しに回っていると見ていた人はいるのか。悲しいな。
「それがホントなら、僕が見たのは何だって言うんだよ……?」
「見間違いに決まってる。どうせ真っ黒くって素早いメタル黒豹の見間違えたんだ!」
クァールズとは黒いボディが共通しているし、目が追い付かなくて勘違いするのがあり得るなら、確かに彼ぐらいだろうか。
そう決めつけるビブリオにしかし、石投げの男の子は涙を散らす勢いで頭を振る。
「見まちがいなんかじゃないやい! 四つの車輪で走る真っ黒いのが魔獣を引っ張ってきて、鉄巨人になってデコからの魔法で村に火を着けてったんだッ!!」
この証言に生存者たちも次々にその通りだと、たった一人の見間違いでないことを保証していく。
しっかりと一致してしまったその特徴に、ビブリオは相手にレッテル張りしていた手前、たじろいでしまう。
しかしグッと堪え、圧力を押し返すように前へ。
「ホントにそっくりだったからってだからどうした! ライブリンガーがそんなことするなんてないんだ! 絶対にッ!!」
「あー……一つ、いいだろうか?」
そのままにらみ合いを始める男の子ふたり。その間に割り込む形で声をかければ、石投げの少年からはやはり睨まれてしまう。
だが私は怯まずに、かがんで目線を近づける。
「どうしても確認しておきたいことがあるんだ。その私の目や、額、胸にある石の色はこんな色、だったかな?」
「え……あれ? 違ったかも、緑色……だったかな、濁った感じの」
その答えに、私はビブリオとホリィと顔を見合わせうなずく。
濁った緑色、つまりはイルネスメタルを宿したそれは、間違いなく鋼魔の仕立て上げた私の偽物だ。
そんなものが、恐ろしいことに私と人々の間に不和の種を撒いて回っているようだ。




