5:飛竜の強襲
猟師らしいお爺さんが弓を構えて歩いている。
主に青く広がった空へ警戒の目を向ける彼を、私は遠目に茂みの中から見守っている。
ホリィとビブリオを通した私の避難勧告は、結局村の警戒強化までに留まってしまった。
いや、二人のおかげで警戒を強めて備えようという形までは持っていけたというべきか。
二人の機転で、精霊神からの警告ということにされたのだが、それでも村を放棄して逃げるとなると、踏ん切りのつかない村人の方が多かったのだ。
村の神官であるフォステラルダさんは、唐突なお告げの話であったので探るような鋭い目をホリィたちに向けていたが、それでも二人が真剣に危険を訴えるのに、村からの避難を支持してくれた。
だが負け戦の話と村を離れる不安が重なって、逆に踏み止まろうという意見が上がり、それに多数派を占められてしまったのだ。
そうなっては残るつもりの者たちを見捨てるわけにもいかなくなり、ビブリオたち子どもやその保護者として若い女性たちが万一の場合には避難するようにという形にまとまったのだ。
ここまで避難を渋られてしまうとは、やはり私の考えが甘かったということか。
メレテの国に限らず、この大陸に人が住める場所というものはそんなに多くはない。
そこで避難したとして人数もあるので、それだけのキャパシティを持った共同体というのはまずない。
そして一度出ていったら、無事に戻れる保証はない。
ましてや予告されている襲撃者は、村人の知る戦力では奪還も絶望的な相手である。
このままでは帰る場所が奪われたまま、開拓民として新しい村を一から築くことになる。
それならば。と、村と運命を共にしようという考えが出るのも仕方がない。
ホリィから村人の会合の内容に添えて聞かされたことであるが、そう言われては納得するしかない。
生きてさえいればどうとでもなる。逃げる先はいくらでもあるだろう。そんな風に思い込んで避難を促した自分の見識の狭さが恥ずかしい。
いずれにせよ、私のやることは変わらない。
友人であるビブリオやホリィ、二人を始めとした村人たちの命と、生きる場所を守る。それだけだ。
「そもそもが、ただの怪しく不安を煽る夢であれば、それが一番なのだが……」
私の取り越し苦労で終わるならそれでいい。
しかしそんな私の願いは、けたたましい半鐘の音に崩されてしまう。
「空じゃ! 本当に空から来おったぞッ!!」
空へ向けて矢をつがえる老猟師さんにつられて、私も遠くの空へ意識を向ける。
するとそこには翼を広げた影が。
鳥かとも思えるものだが、その影の首は長く、尾も太く長い。
明らかに鳥ではなく、夢で見たあの鋼の飛竜のシルエットは、瞬く間に緑色の装甲に包まれた姿を見て取れるまでに近づく。
そしてその勢いのまま、目をつけた老猟師さんへ向けて口を開いて――。
「危ないッ!!」
その瞬間に私は飛び出してチェンジ。
飛竜の吐いた電撃の玉との間に割って入って受け止め、弾く。
「お爺さん、ここから離れてッ! 皆に報せて下さいッ!」
猟師さんを、そして村人を戦いの場から遠ざけようと、私は報告を依頼する。
「う、うぉお……こ、鋼魔が、鋼魔を……?」
しかし老猟師さんは雷撃と、そして私の姿にすくみ、混乱してしまっている。
そこへ旋回して戻ってきた飛竜が、再びお爺さんを目掛けてサンダーボールを吐きかける。
「プラズマショットッ!」
これを私は額から放ったエネルギー弾で相殺。
そのまま連射しながら頭上をすり抜けた飛竜を目で追いかけ、村への接近を牽制する。
「お願いします! 皆にこの危険を教えてあげて下さい、早くッ!!」
もう一度叫んだことで、猟師さんはほうほうの体でこの場から離れていってくれる。
しかし安心したのも束の間。この気のゆるみを突く形で見舞われた、飛竜の滑空蹴りに私はなぎ倒されてしまう。
「貴様、知らん顔だな。何者だ?」
「それは、私が知りたいことだッ!」
そのまま倒れた私にのし掛かりに来た飛竜へ、私は返事と一緒にプラズマショット!
だが飛竜はひょいと長い首を逸らしてエネルギー弾を回避、私の首に噛みつきにかかる。
「ぐぅおッ!?」
辛うじて身を捩って肩で牙を受ける。が、それでもダメージはある。
声を上げた私に飛竜はニヤリと口の端を歪める。そしてさらに私を押し潰しに重量をかけてくる。
同時に尻尾を振り上げ、まだ十分な距離のない猟師さんを狙う。
それはダメだと、私は足を跳ね上げて飛竜を巴投げに放る。
しかし飛竜は空中で羽ばたき体勢を立て直すと、私へ向かってサンダーボールを。
だがそれは目眩ましだった。
高く飛び上がった飛竜は這って逃げるお爺さんへ雷の玉を落としたのだ!
私はこれに車にチェンジして猟師さんへ急接近。からの再びの人型へのチェンジで覆い被さるように庇う。
「ハハハ! 人間なんぞを庇うか!? これは傑作だッ!」
四つん這いになった私の背中へ、飛竜が嘲笑と稲妻を落としてくる。
背を焼くダメージに視界が弾ける。だが、私は動くわけにはいかない。
盾であることを止めるわけにはいかないのだ!
「ライブリンガーッ!?」
そこへ戦いが始まっているのを見つけたビブリオとホリィが駆けつけてくる。
お爺さんを連れて離れて貰いたい……が、このタイミングは良くない!
私を痛めつけていた飛竜はビブリオの声に標的を変え、二人に向けて稲妻を吐きかけようと羽ばたき身を翻す。
「二人を、やらせはしないッ!」
私は片手逆立ちにスパイクシューター!
だがもちろん腕のモノではない。両足側面のレッグスパイクを発射したのだ。
突き上げる鉄杭は、飛竜にひらりとかわされる。
しかしそれでいい。充分だ!
足を振り上げた勢いに乗って、体を支えるのとは逆の手でお爺さんを掴みながら前転。ビブリオたちの前に着地、背中で二人に向けられたサンダーボールを受け止める。
「お爺さんを連れて安全なところへ……頼めるね?」
「わ、わかった……でも、それじゃあライブリンガーは……」
「ああ、任せてくれ」
私の手からお爺さん猟師を受け取りながら、心配そうに見上げてくれるビブリオとホリィへうなずいて、振り向きつつスパイクシューター!
発射したスパイクは放たれていた雷球を打ち貫く。
しかしその先で羽ばたく飛竜の尾に弾かれて森に落ちる。
「ハッ! どういうつもりかは知らんが本気でこのオレ、鋼魔空将ウィバーンと戦う気か?」
空から悠々と見下ろし笑う飛竜、ウィバーンに向けて私は突き出した拳をそのままに叫ぶ。
「この村に生きる人を襲おうだなどと、私の目が光っているうちは貴様らの好きにはさせんぞッ!」
「オレたちに近い風体でその物言い、まったく奇特なヤツだな、チェンジ!」
飛竜は私の言葉を笑い飛ばすと、なんと変形する。
そうして現れた翼を背負った私以上に巨大な人型は、顔こそ鉄仮面型であるが、確かに私と合い通じる物がある。
「だが面白い。どうして人間の味方をする気になんぞなるのか、興味深いな。それに屈伏させれば、オレが上にあがるための手駒として使えるかもしれん……なッ!」
言うやウィバーンは腕から光の弾を放つ。
これを私はプラズマショットの連射で相殺。
そのまま間合いを詰め、鉄拳からのスパイクシューターを叩き込もうとする。が、ウィバーンは翼を使ってのバックステップ。合わせての光弾と烈風の打撃で私の踏み込みを阻む。
「ハハハッ! 大口を叩いた割りにはだらしないじゃないかッ!?」
圧力に堪らず足踏みした私に、ウィバーンは嘲笑いながら蹴りを叩き込んでくる。
風圧にバランスを崩したところに体格差も重なって、私は軽々と蹴倒されてしまう。
そして倒れた私へ光弾と烈風弾を叩き込んでくる。
「どうしたどうした!? オレに好き放題にされてるじゃあないか、そらそらッ!」
撃たれながら転がる私を無様だと笑いながら、ウィバーンはエネルギー弾で追いかけ続ける。
「ライブリンガーッ!? 思いっきりやっちゃっていいから! 気にしなくてもいいから!」
「そうです! 家の修理は出来ますからッ!?」
追い込まれる私に、ビブリオとホリィの声援がかかる。
二人が言う通り、私は家屋へ流れ弾をやるわけにはいかないと、転がる範囲を絞っている。
それを悟っての気にするなとの言葉だが、できる限りは何とかしたいのだ。
「ほう? その人間どもの口ぶりだと、コイツが本気を出せば、オレなど問題にならないということらしいな」
ウィバーンはそう呟きながら転がり回る私とビブリオたちを見比べて、その目を輝かせる。
表情の出ない鉄仮面型ながら、その眼光には良からぬ色が明らかだ。
そんな嫌な予感に警戒心を強める私の前で、案の定ウィバーンは腕についたエネルギーガンの銃口をビブリオたちへ向ける。
「そら、その本気を見せなきゃコイツら死ぬぞ?」
言われるまでもなく私はチェンジ。急加速で一気に距離を詰める。
「なにッ!?」
だがそれはビブリオたちとウィバーンの中間地点との距離ではない。
単純にウィバーンとの間合いだ。
庇いに入ると思い込んでいたのだろうウィバーンは、予想外に突っ込んできた私にとっさに空へ逃げる。
しかし逃がすつもりはない。私は急加速に突っ込んだ勢いに乗せてさらにチェンジ!
地面を離れたウィバーンの足に組みつく。
「お、おおッ!? 何をする気だ、離せッ!?」
私をぶら下げ、バランスを崩しながらも飛び立ったウィバーンは、しがみつく私を振り払おうと、自由な方の足で私を蹴る。
踏みつけるようにして引き剥がそうとする足に耐えながら、私は組みついた腕をずらして、拳を押し当てる形に。
「スパイク、シューターッ!!」
そして腕のスパイクを打ち込む。それも一発で終わりではない。ゼロ距離で射出されなかった杭を引き戻してすかさず発射。この繰り返しで杭の連打を見舞ってやる!
たとえ一発では通じなくとも、十発二十発と、百発も叩き込めば必ず通じる!
「うぐおぉおおおおおおおッ!?」
こんな一念でのスパイク連打に、ウィバーンは半狂乱に目を瞬かせながらに私を叩き落としにかかる。
そのために、スパイクがウィバーンの脚装甲を破って突き刺さるのとほぼ同時に、私の腕が彼から離れる。
落ちた私はそのまま村の端に土煙を立て、一方のウィバーンは、無理な体勢から立て直せずに森に墜ちる。
薙ぎ倒され、へし折られた木々が立てる鈍くも激しい音を聞きながら、私は片膝立ちに。
そこへホリィとビブリオが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!? 今、癒しの水を!」
ホリィは心配して私に癒しの力を込めた水をかけてくれる。
魔法の水とはいえ、私を相手に汚れを洗い流す以上の効果があるのかは正直なところ疑問だった。が、不思議なことに水を浴びた私の体からは疲れが消え去り、力に満ち始めていた。
「ああ、ありがとう。私は平気だよ。そちらも無事なようで何よりだ」
「や、やったの? やっつけれたの?」
「それは分からない。私の攻撃と墜落とで、無傷では無いはずだが……」
見て確認しなくては。そう言いかけたところで、墜落地点の方角から地響きが起こる。
これを怒ったウィバーン出現の予兆だろうと、私は備える。すると連続した地鳴りと木々をなぎ倒す鈍くも重々しい音が重なる。
そして目の前の木を蹴散らして現れたのはウィバーンにも劣らぬ高さの巨体だ。
しかしその分厚さは飛竜の比ではない。重量では圧倒的に目の前のモノが上だろう。
そんな私と対峙した巨体は熊だ。
鋼の鎧をまとった、私が見上げなくてはならないほどの熊であった。