49:味方が新兵器を携えて
今日も今日とてお城の修理と、襲撃の返り討ちをこなす私である。
今日の襲撃でも怪我人は数名出てしまったが、それも取り返しのつく範囲。それ以上の犠牲はなく無事の迎撃ができたと言って良いだろう。
「……とは言っても、人的には、と頭につけなくてはならないわけだが……」
「そうなんだよねー」
言いながら友人たちと見たそれは大きく抉られた壁だ。
修復半ばのところにクレタオスの突進を受けてしまった石壁は、突き崩されて大穴を開けられてしまっている。
組み直せば良いのだから、生命と違って取り返しのつくダメージではある。
しかし、こうも修復を台無しにされ続けては完成がいつになることやら。
どこで聞いたか、河原で鬼に見張られたエンドレス石積でもやらされている気分だ。
「うーむ……徒労感でこちらの心を折りに来ている、ということだろうか」
「えー? あの突撃牛がそんな回りくどいこと考えるかなぁ?」
「彼の発案では無いだろうし、本人はそのつもりもないかもね。手口からしてほぼ間違いなく飛竜の参謀の指示だろうと思う」
私の推測にビブリオもホリィも納得の顔だ。
ウィバーンのことだから、クレタオス本人にはただ無理をせずに城攻めを続けるように指示をして、その功績を餌に働かせているのだろう。
「となると、何か別方向から手を伸ばしているのだろうね」
「あ、うん。セージオウルもそう言ってて、哨戒と斥候に出る隊の数を増やさせてたよ」
さすがはセージオウルだ。
クレタオスの指揮する攻撃が囮である可能性をすでに見抜いていたか。
それですでに対応してくれているのはいい。
いいのだが、見張りは出来ていても敵の側に事実上のフリーハンドを与えてしまっている形であるのは不安だ。
しかし、後手後手の状況を打開しようにも、悲しいかな私たちの取れる手段は限られている。
このままではこちらが動けないうちに、鋼魔に望むがままに態勢を整えられてしまうことになる。
「どうにか、私のフットワークを軽くしなければ……」
遠征するならば、最悪友人以外の監視役を車の中に引きずり込むことでゴリ押しする手もある。
しかしいくら頼もしい仲間がいても、彼らだけで無事に拠点を守れるのだろうか。
城の防衛そのものは出来たとして、大きな犠牲を強いられることは間違いないだろう。
いや、ごちゃごちゃと捏ねてはいるが、結局のところをぶちまけてしまえば、私は怖いのだ。
私の見ていない場所で、私がいれば出さずに済んだ犠牲が出てしまうのが。
その犠牲にかけがえない友たちが含まれてしまうことが。
「じゃあ、ライブリンガーが安心して出撃できる。そんな拠点に仕上げる必要がある、と言うことね」
「そういうこと、なんだけれど……」
「うん。言うのは簡単なのよね」
そのための修復作業をさせてくれないのがクレタオスらの襲撃であり、私の穴を埋められるだけの戦力がポンと出てくるわけもない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、メレテ方面から到着したらしい人々がこちらへ近づいてくる。
おそらく故郷の都奪還を受けて戻ってきた元難民の方々だろう。様々な彩の羽毛が遠目にも見える。
しかしその中で少しばかり毛色の違うのが数名混ざっている。
「おおい、勇者様! 一緒にいるのは聖女様とお付きのボウズかー!?」
「親方さん、鍛冶屋のッ!?」
集団を飛び出して駆け寄ってきたそのチームは、筋骨隆々、角張った顎に不精髭の親方さんたち。
ロルフカリバーの土台の片割れである私の剣を拵えてくれた職人チームだ!
先頭の親方さんが近づきながら振り回しているゴツゴツとたくましい腕を、私は手のひらで受け止め、彼らを迎える。
「どうしてここへ!? こんな最前線の拠点にまで!?」
「なに、武器以外にも道具の修理に新調に、人手はいくらあってもたりゃしねえだろ? 囲いはあるんだ、遠くで作って運んでくるよっかは一番入用な前線基地のその場で作る方が早いだろ?」
「いや、しかし……工房やお弟子さんも抱えているのに……」
「なぁに、勇者様が心配することはなんもねえぜ! 全部きっちり後を任せてきたからな!」
私の言葉全部にガッハッハと豪快な笑いで返されてしまう。強い。
こういう問答無用感は、正直うらやましい。
「第一、俺が抱えてた工房は勇者様のおかげで大口仕事がひっきりなしだからな。なにせ俺たちが拵えたモンを、勇者様が伝説の逸品にして使い続けてくれてるからな! あやかりてえと人間サイズの注文がひっきりなしよ!」
恩もあるのだから気にするな。
また豪快に笑い飛ばされては、もう何も言えなくなってしまう。
しかしそうか。あやかりたいと言ってくれる人がいるということは、メレテ王都では私の信頼も落ちてはいないということなのか。
それだけでも少し救われた気分になる。
そこのところをホリィがさりげなく近況報告ついでに確認してくれているが、親方さんが「どうしてそうなる」と不快気に首をかしげるあたり、本当に心配はなさそうだ。
「……しっかし勇者様に内通の疑いねぇ……戦場をまた聞きにしてるお偉いさま方ならいざ知らず、轡並べて戦ってきてる兵が本気にするかねぇ……」
無用な混乱を呼びたくないから民衆に広めないようにしている、と言っても限界はある。
ましてやメレテから派遣されてきた将兵がいるのだ。それで噂話程度にも悪評が広まらず、私にあやかった品の売れ行きが落ちないというのはおかしな話だ。
「それはまあ、全員が全員、いつでもいつもってワケではなかった、ですね」
「セージオウルの話だと、メレテとキゴッソとそれ以外だと、連合の兵士さんの間でも色々と温度差? 雰囲気の違い、みたいなのあるみたいだし……」
「ふん。まあいいさ。そんないちゃもん程度、勇者様ならそのうちに吹き飛ばせるだろうぜ!」
そう言って豪快に笑い飛ばす親方さんに、ビブリオもそうだそうだと弾むようにうなずく。
ううむ、やはり頼もしい。
力強い風体で力強く断言されるというのはやはりパワーが違う。
私もやるべき時には弱気を見せないように気を付けてはいるが、それだけでは足りないやもしれない。
フルメタルの巨人が口先ばかりで尻込みなどしていては、味方にどれだけの不安を与えるか、分かったものではない。
「ではライブリンガーに対する不信の目は信じる私たちの姿勢で駆逐するとして、残る悩みはライブリンガーが留守にすると、城の守りの手が足りなくなるということですね」
「なんでえ? 三聖獣のフクロウ、セージオウル様は復活してるんだろ。それでも足りねえのかい?」
「鋼魔の将軍も、まだまだ数がいるから。こっちも人手は集まってきてても、お城を崩しながらな居残り方になっちゃうみたいで……えっと、破られた盾でからめ取って返し刃をいれる……だったっけ」
「鋼魔の方は押さえていれても、魔獣のデカブツや、それが鋼魔の怪しい金属で強力凶暴化したようなのまで押し寄せてくるか。そりゃまあ壁が使い捨ての盾になるってもんか……」
ビブリオの説明を受けて、親方さんも腕を組んで唸る。
が、すぐに何か閃きがあったのか、ちょっと待つようにと言い残して走り去ってしまう。
それからしばらく、親方さんは何か大きな箱を何人かと一緒にわっしょいわっしょいと担いでくる。
それは何なのか。
そう尋ねようとした私の前で、親方さんたちは箱を下ろして、工具を叩き込んで打ち壊すも同然に開ける。
「なんなのこれ?」
「うむ? 俺もよく知らん!」
ビブリオが中身を見るなりの質問に親方さんが堂々と笑い飛ばすのに、ビブリオもホリィも肩透かしを食らってしまった。
「ええと、鉄の筒……のように見えますけれど、これが武器になるんですか?」
「うむ、そうらしいな。俺も詳しいことはよく知らんが!」
再びの力強い断言である。
そのパワーに反して要領を得ない内容にホリィたちは困り顔だ。
だが私は、親方さんが見せてくれたこれがなんなのか、おおよその当たりをつけることができていた。
「これは、大砲ですか?」
「ほう? 知っているのか勇者様。俺らにこれを作れと図面を持ってきたお偉いさんもそんな風に呼んでいたが、俺も図面のまんまに作ったから詳しいことはよく知らんが!」
それだけ知らないアピールされればもう分かりましたから。
ともあれ、分厚い鉄の筒と呼ぶ他ないそれは、私からは大砲だろうとしか言えない。
砲口側から火薬と弾を装填する、いわゆる先込め式の。
その辺りを説明してみれば、その場にいた皆がホウホウと感心しきりといった様子でうなずいている。
何故かというべきか、案の定というべきか、親方さんも含めて。
「確かに投石機よりはよほど強力でしょうけれど、いったいどうしてまたこれの図面だなんて……」
試行錯誤も無しに、いきなりポンと完成品の図面が出てくるはずもない。
どこかの国が完成させていて、その図面を買い取ったと考えるのが自然だろう。
しかしだとすれば、誰も知らない風なのはどういうことだ?
鋼魔との戦いの場に、一度も持ち出さなかったというのか。
では実用に耐える完成品が出来たのが、ごく最近だということだろうか?
私がそうして出どころに頭を悩ませていると、親方さんがそう言えば、と話を始める。
なんでも百年ほど前に、同じような武器が引っ張り出されたのだとか。
それは伝説の武器という触れ込みでメレテ城の宝物庫に眠っていたもので、当時の王様が強大な魔獣にぶつけるために引っ張り出したのであると。
魔法を増幅して発射するものなのだということは調べて分かっていたそうなのだが、結局発動しなかったために、代用として発破用の火薬と鉄球を詰めて見たところこれが大成功。
しかし結局砲身が耐えられず、二射目で暴発。近くにいた者を巻き込んで死傷者を出したために危険なものとして封じられていたのだと。
「……だがこのご時世に寝かせておける知識じゃねえってことで、筒を頑丈に作ってみちゃどうかって図面を引いたのがこれなんだ……って言ってたぜ」
「いや詳しいじゃないですか、思いっきり」
思わず突っ込んでしまった。
しかしなるほど。それっぽい道具と用法の大事故の記録が残っていて、その封印を解いた試作品でござい。と、そういうことなのか。
確かに親方さんには、私が振り回してフルメタルボディに叩きつけても、折れず曲がらぬな巨大剣を作れる製法を持っている。
この応用ならば強度十分な砲身は作れることだろう。
大砲を城壁に並べられたならば、魔獣を易々とは寄せ付けない、強力な陣地が出来上がるはずだ。
なるほど、いけるかもしれない。
そんな手応えに私は自然と拳を握っていた。
と、同時に見張り台から狼煙を見たとの報せが。
早速の哨戒・斥候増員の成果に、私は詳細を聞くため車になり、仲間を乗せて急ぐのであった。




