47:鋼魔の糾弾会
ただいま私は溶岩の放つ光に照らされた洞窟の中にいる。
とは言っても、仲間との冒険の果てに火山洞窟や地下深くにまで達したわけではない。
例によって、ネガティオンとの視界共有である。
休眠中に一方的に覗き見している状態で、共有というのも表現としておかしいものではあるが。
ともあれ私は本来のボディの視点ではなく、ネガティオンを通して鋼魔側の情報を得るチャンスを手にしていると言うわけだ。
盗み見の後ろめたさは棚上げするにして。
そうして私が葛藤を誤魔化している内に、溶岩だまりに囲まれた玉座に座る鋼魔王の前へ配下たちが集まり始める。
それだけなら何も問題はない。
問題は最後に入って来た者の様子だ。
「さて、この内通者に対する査問会を始めようと思うがよろしいか?」
嫌らしく目を瞬かせたウィバーンが引っ張ってきたのは、グリフィーヌだ。くちばしも翼もビームの縄にうたれた彼女は、ウィバーンに荒っぽく引っ立てられて、王の目の前に連れ出されて来ていたのだ。
グリフィーヌになんという仕打ちを!?
たとえかつては直属の上官であったとしても、いや王様であるネガティオンであったとしても、許される仕打ちではないぞ!?
しかし私がいくら憤ったところで、ネガティオンの目とリンクしているだけ。それを表に出すことはどうしたってできない!
まったくもどかしい。たまらないほどにもどかしい!
「まずこの度はこの私ウィバーンもネガティオン様の命に背き、ライブリンガー達と交戦してしまったことをお詫び申し上げます」
庇いに入ることもできないもどかしさにやきもきしている間に、ウィバーンの命令違反を詫びる慇懃な口上が始まってしまう。
「今回私は前線基地である人間の城に視察と策を授けに来ていただけであり、折を見て撤退するつもりでございました。しかし、敵が戦利品の強奪を目論見忍び込んでいるのを見つけては、黙って見過ごすわけにもいかなかったのです。そもそも……」
自己弁護を臆面もなくつらつらと、まったく分厚い顔面装甲とよく回る口である。
そんなことは直接の上司であるネガティオンも先刻承知のはずだろうが、分かった上で見過ごしているのかまったく口をはさむ様子もなく、どっしりと玉座に身を預けて口上を聞いている。
「……そしてグリフィーヌの命令違反も、あくまでも任務をこなしていた最中の遭遇戦という、私と同じ偶然によるもの。交戦開始は現場の判断としてやむをえないものであるのです」
しかし意外なことに、ウィバーンの自己弁護を締めくくったのは、グリフィーヌに対するフォローであった。
驚かされはしたが、ここで自分のはいいがグリフィーヌのはただの命令無視である。などとしてはダブルスタンダードがあからさまに過ぎる。
保身のための打算あってのことだろうが、無理を通してまで貶めるつもりは無いようなのでそこは良しか。
「ですが! その後のことはいただけませんな。グリフィーヌは交戦禁止令に背く大義名分を得たのをこれ幸いと、ライブリンガーとの戦いに熱中してしまったのですから」
即座に前言撤回だ。
フォローのしようが無いとばかりに始まったグリフィーヌへの糾弾は、もうあることないことを並べ立てて彼女を貶める一方だった。
曰く、好敵手しか見えていなくて集めた荷物を放り出した上に攻撃の巻き添えに。
敵の手で本物が混じっていると判明したのでそれを確保しようとする参謀を援護することもしない。などなど。
これでもかと言うほどにグリフィーヌがいかに猪武者であるか、そのフォローに苦労させられたかをネガティオンを始め集まった面々に語って聞かせている。
この様子を見せられながら、ウィバーンの一方的な語りを訂正し、グリフィーヌを弁護する証人として発言できないとは、私はなんと不甲斐ないのか!
「……とまあこのように、私がニセモノの聖獣像をイルネスメタルを用いたバンガードと化して殿をやらせていなかったのならば、フクロウの像ばかりか、せっかく手に入れた竜のものまでライブリンガー側の手に落ちていたことでしょうな」
そう言ってウィバーンは、ほれ見ろとばかりにアゴをしゃくって見せる。
そうして示した先には、ライトアップを受けたドラゴンの像が、私たちが奪還に失敗して持ち去られた聖獣像が安置されている。
「この力強いフォルム。仮にライブリンガーらの手で復活させられていたとしたら手強い敵となっていたでしょうな。いや私の機転がなければ間違いなく人間側に渡っていたことでしょう!」
まるでガードドラゴの像を入手した功績も自分の物だと言わんばかりの口調で!
「……だが、それを発見してきたのはグリフィーヌだ」
そんな私の義憤を代弁する声が上がる。
ネガティオンの影に隠れるようにして立つ漆黒の近衛騎士、ディーラバンの発したものだ。
誰の声かを認めたウィバーンは忌々しげに足元の岩肌を爪で削る。
「ほう? では近衛殿はグリフィーヌの肩を持つと? 内通していると疑わしいコイツの」
「……罪は罪。功は功だ」
冷厳で公正さを第一としたこの一言に、グリフィーヌは縛られたまま小さな黙礼を近衛に送る。
この空気に、ウィバーンは再び地面に爪をいれて八つ当たりをする。
「それでー、おれたちはいつまでお話を聞いてればいいんだー?」
「もう少し聞いていてあげましょうよグランガルト様」
「ったく、落ち着きがねえなぁ。だがまあオレも同感だぜ」
「竜の像をそっちのけにしちまって、勇者様との決闘に夢中になっちゃったって話だけだしな。内通って話にしちゃあほとんど言いがかりだもんなぁ。今のところはよ」
そこへさらに退屈のあまりにしびれを切らしたグランガルトを皮切りに、将たちから声が上がる。
特に迅将クァールズからは容疑そのものへの疑問まで上がる。
鋼魔の将たちの中で、ウィバーンは他とは折り合い悪くともクァールズは別であるように見えていたのでこれは意外だ。
ウィバーンも味方ゼロの現状を突きつけられて、心穏やかではいられないのではないだろうか。
だがウィバーンの眼光に苛立ちはない。
クァールズを一瞥したその時にも睨み付けるような激しい瞬きはなかった。
それを私は不気味に思う。が、口を挟む手段も隙もなく、ウィバーンは再び口を開く。
「いやしかり。クァールズの言う通りここまでの話では疑義としては不鮮明だな」
本題はこれからだ。
そう言わんばかりに眼光を妖しく強めると、ウィバーンは大きく翼を広げてひと羽ばたき。場の空気をかき混ぜ、改めて言葉を放つ。
「好敵手との戦いに拘泥しているグリフィーヌだが、今回も魔獣の一部を引き連れて無事に帰還している。これは何故か?」
問いかけるウィバーンに、集められた将はどういう意味かと顔を見合わせる。
グランガルトについては、副官に難しい言葉の意味を尋ねてのものであるが。
「……そりゃ、こだわりの勝負が邪魔されたりしてたから、じゃねえか?」
グリフィーヌの性格を顧みて、クレタオスが正解を述べる。
「うんうん。それで? それだけか?」
だがウィバーンはそれにうなずきながらも、まだ完全ではないとばかりに更なる答えを求める。
しかし他に答えなどあるはずもなく、グランガルトもクレタオスも首を傾げる。
だが問いかけられた将たちの中で唯一、クァールズだけは思わせぶりにうなずいて口を開く。
「ああ、取引があったってわけだな。グリフィーヌと、ライブリンガーの間で」
「さすがだクァールズ! その通りだ!」
クァールズの答えに大正解だとウィバーンは喝采を上げるがそんなバカなッ!?
確かに一騎討ちの約束を担保に、バンガードを相手にしてる最中の静観は求めはしたが、その程度で内通だなどと!?
「この空将グリフィーヌ、先だっては拠点攻撃を分担した私とバンガードの作戦行動を妨害し、その上この度には戦いを投げ出して追撃を受けることもなく撤退して参りました。まったく我ら鋼魔の一員としての自覚に欠いたと言うべきか、まるで人間の勇者様ご一行のようではないか?」
そう問いかけながらウィバーンの出した光の玉には、私と手出し無用の約束を交わすグリフィーヌの様子が映し出されている。
あのイルネスメタルを受けた像たちの中に仕込んでいたというわけか。
私たちに有利になる取引の現場を押さえたこの映像に、鋼魔たちのグリフィーヌを見る目も厳しくなる。
この流れにウィバーンは好機とばかりに畳み掛けに入る。
「いやはや、かつては直属の将と副官であっただけに恥ずかしいものだ。いったいどうやって敵に取り入ったのやら。鋼の体の持ち主であっても、雄と雌だあったということかな?」
「無礼なッ!? それは私ばかりか、ライブリンガーの名誉に汚泥を塗るも同然の侮辱だぞッ!?」
嫌みな流し目と共に放たれた言葉に、グリフィーヌはくちばしの拘束を引きちぎる勢いで反発する。
いや、これはすべてウィバーンの仕込みだ。
グリフィーヌの堪忍袋の尾が切れるのに合わせて、彼女の反論を許さぬくつわを解いたのだ!?
このままでは飛竜参謀の思う壺。
だがグリフィーヌは止まらないし、止められる手段も私にはない。
「ライブリンガーは弱者を見捨てず、強大な相手との戦いにも折れぬ気高い勇士だ! 敵である私の思いまで汲もうとするような男だぞ! そんな私の認めた強者を卑劣漢のように……ッ!! 即刻取り消せッ!! 私のことはともかくとしてッ!!」
怒りに熱暴走を起こすまま、グリフィーヌはついばみつつく勢いでウィバーンに怒鳴る。
しかし対するウィバーンは涼しい顔で悠々と突き出されるくちばしを避けている。
「おやおや、また随分と敵の肩を持つものだな?」
冷や水同然のこの言葉を受けて、グリフィーヌはようやく、熱くなるあまりに迂闊に言質を取られてしまったことに気がつく。
「……尊敬に値する敵には間違いないからな。ウィバーンなどとは比較にならぬほどのな」
しかし言ってしまったものはもう仕方がないと、開き直りも同然に言い放つ。
これに居並ぶ鋼魔将たちの口々から笑い声が漏れる。
「お、おいおい、笑ってやるなよ」
「わ、悪いとは思うけれど……フフ、フフフ」
「なんだー? なにがおもしろいんだー? 当たり前のこと言われただけなのにー?」
「ちょ、おま……なにげに一番キツいこと……ククッ」
抑えた笑い声の響く空間の中心で、ウィバーンはワナワナとそのメタルの体を震わせる。
「……敵と通じた将にあるまじきこの女に、どうか厳しい沙汰を下さいますように……!」
そうしてどうにか怒鳴り散らすのを堪えて、ネガティオンに裁きを求める。
一方のグリフィーヌは黙してネガティオンの下す決断を待っている。
しかしその目の輝きは失われておらず、次にくる流れにのるかそるか。それを見極めようとしているよう。
処断されるとなれば、勝ち目はなくともこの場で暴れて脱走することも辞さない。
そんな覚悟さえにじみ出ているようであった。
このギラついた目を遮るように割り込む黒い影がある。
「なんだ、ディーラバン? グリフィーヌを庇い立てしようというのか?」
「……グリフィーヌは私が示した任務を果たしました。どうかその功はご一考のほどを……」
跪いた忠実な近衛騎士は、王の問いかけに首を動かすことなく、ただ低い声で減刑を求める。
「よかろう。他ならぬ貴様の言うことだ。では、沙汰を言い渡す」
ネガティオンの宣言に、場の空気が固く重いものになる。
誰一人身動ぎせずに身を強張らせた中、ネガティオンはふと違和感を得たように視線を上げ、咳払い。
すると私の意識は途端に闇に閉ざされて、次に目にしたのは私が宿としている倉庫内の形式であった。
「まさか今のは……見ているのを気づかれた、のか?」




