46:せめて王城だけでも!
「一方の奪還には失敗したが、まだ何もかも負けたのではない!」
私たちは敗けた。だがそれは戦いの一部でしかなく、奪い返さなくてはならないものはまだある。
この城の奪還にまで失敗しては、それこそ完全な敗北だ。
敗北は認めてもうちひしがれてはいられない。
取り落とせない目標を成し遂げるためにも切り替えなくては!
「セージオウル、とにかくこの鋼魔の手先になった石像たちを叩こう! その後で奪還軍の援護に向かおう!」
「ホッホウ、異存無しだ。今このニセモノどもを片付けなければ、首都奪還どころではなくなるからな!」
私がロルフカリバーを呼び戻すなりに放ったバスタースラッシュに合わせて、セージオウルも風の刃をばらまき、合流のための道をこじ開ける。
そして私たちは背中合わせになって、取り囲む十二体の動く聖獣像へ向けてそれぞれの得物を構える。
するとニセ聖獣たちは私たちを軸に高速回転。合わせて代わる代わるに攻撃を仕掛けてくる。
打ち込んでは流れ、また矢継ぎ早に次のモノが打ち込みに。
一個の意思でなされているかのような淀みない攻撃のリレーに、私とセージオウルは互いの背中を庇い続けるので手一杯に。
「ぐ、むぬぬ……これではまた、私との勝負どころでは無いではないか……ッ!!」
そんな私たちを見下ろして、グリフォンの女戦士が悔しげにうめく。
私たちを取り囲んだニセ聖獣たちを睨むその目の輝きは剣呑で、今にも飛びかかりそうですらある。
「ライブリンガーよ。いっそあの鋼魔の不満をくすぐって、こちらに味方させてはどうかね?」
そこでセージオウルからの離間工作の提案である。
確かに彼女の力は頼もしい。
その強さから力無いものは相手をするに値せずと、民を見下している面はある。だがそのために虐げることもせず、見込んだ相手との正々堂々とした勝負にこだわる精神には安心感がある。
そんなグリフィーヌに、鋼魔軍は居心地が悪いのだろうから、いっそ引き抜いた方が彼女のためにも良いのでは。とも思う。
私との定期的な力試しを約束して味方に引き込めたのならば……。
それは我々だけでなく、彼女のためにも良い魅力的な提案だ。
「グリフィーヌ! 申し訳ないが、一対一に集中できそうにない! できれば勝負は預けさせてもらいたいッ!」
楽しみの邪魔になる味方を排除してくれようか。そんな誘惑に稲妻の剣を抜いてしまっているグリフィーヌに、私は戦いの延期を申し出る。
「分かっている! こんな邪魔モノどもに囲まれて、決闘どころではない状況なのはなッ! だから私は……ッ!!」
「だからこの場が終わるまで、それまでは手出し無用で頼む!」
「……なに?」
ニセ聖獣たちに向けて振りかぶったのを遮っての頼みに、グリフィーヌは出鼻をくじかれたかのように固まる。
それはグリフィーヌばかりでなく、引き抜きを提案したセージオウルもだ。
そのためにセージオウルは攻撃を凌ぎそこねる。が、私は浮かぶ彼の機体を肩に乗せるように腕を滑り込ませる。
そしてすぐさまにためていた右回転のエネルギーを解放。大きな守りの嵐でもってセージオウルと私が受けるはずだった攻撃と、敵そのものも弾き飛ばす。同時に、逆の手からはロルフカリバーの刀身に沿って破壊竜巻を鋭く伸ばし、残るニセ聖獣を渦に吸い込む。
そのままシールドストームに閉じ込める形でバスタースラッシュの余波を束ねて、空へ逃がす。
「この通り。キミが見込んだ戦士はこの程度の包囲は軽いものさ。だから一段落つくまでは、どうか手を出さずに待っていて欲しい。この通りだ」
そう言って頭を下げて見せた私に、背中の賢者も空の女戦士も、言葉なくその目を明滅させている。
「お、おいライブリンガーよ。何でわざわざ助力を蹴るようなマネを? もっと鋼魔への不満を煽ってこちらへ誘えばいいものを……」
「それはそうかもしれないが、どうにも気が引けてしまってね。もっとこう……勧誘するのならば、落ち着いたところで堂々とやりたくて」
耳打ちするセージオウルに、私は私なりの思うところを語る。
結局のところは私のわがままだとは自覚している。だが、グリフィーヌにも瞬間の感情任せにではなく、冷静に判断した上で鋼魔と手を切って欲しいのだ。
「……まったく、甘いというか、手ぬるいと言うべきか……ホッホウ」
ため息混じりに言われてしまったが仕方がない。仲間の命を背負って戦うのなら手段を選ぶべきではないのだ。
だが私は心も尊重したい。いずれ仲間と迎えたいと思っている彼女の心も含めて。
これにセージオウルがあきれたように頭を振る一方、上空に飛んでいたグリフィーヌは静かに首を縦に振ってくれる。
「……ライブリンガーの、貴公の望む通りにしよう。人間たちの軍勢も魔獣の群れを相手に押してはいるようだが、私が戦うほどの剛の者はいないようだからな」
そして俯瞰した戦況の優劣を語りながらグリフォンへチェンジ。城壁のひとつに留まって静観の構えになる。
「だがライブリンガー、もう良いのではないか? 我が方にも、貴公が相手をするべきほどのモノはここにしか残っていないようであるが?」
約束はした。したがすでに果たされたも同然だろう。
そのようにグリフィーヌは飢えた光を灯す猛禽の目を向けてくる。
だがダメだ。
まだ私たちが倒さなくてはならない相手は残っている。
私が首を横に振って返した直後、鋭い風が唸りをあげて迫る。
グリフィーヌの横を掠め、弾丸のごとく迫るそれを、私とセージオウルはそれぞれに弾き払う。
我々が逸らしたのから、弧を描いて再び襲いかかる流れに乗ったのは六つ。三種の光を帯びたのが、それぞれ二つずつの飛行物体だ。
「ホッホウ。ライブリンガーの混合竜巻で潰しきれないとはな。それも半減で。我らがニセモノながらしぶとい」
セージオウルが言う通り、私たちの回りを旋回している六体は、ニセ聖獣の残り半分だ。
キレイに半分になって復帰して来たのはニコイチ修理に破損を補ったためだろう。
だがその修復も完全ではない。
その証拠に、頭上で旋回するいずれのものも部品の足りていない箇所がある。そんな塞ぎきれていないダメージ痕からスパークが漏れているのだ。
その光へ私はプラズマショット!
しかしセージオウルの電撃ネットと合わせたこれに、ニセ聖獣たちは散開。網も隙間を抜けてかわして見せてくる。
だが飛び回る彼らは速度を緩めることなく激突する。
しかし爆発も墜落もしない。
それどころか、パワー二倍だとばかりに加速してさえいる。
この勢いのまま、三つにまとまったニセ聖獣たちはさらに集合、衝突!
そして一体の巨人へと変わる。
いくつもの翼を四方八方に広げ、鋭いカギ爪を体中のいたるところから飛び出させた、攻撃的な異形の人型。
それが聖獣像たちが合体して完成した新たなる姿だった。
「……三名が集合すれば、セージオウルたちも合体できたりするのかい?」
「いやあ……まったく試したことが無いから何とも……ライブリンガーのを見てもしかしたら、とは思っていたが」
自分たちで試す前に贋物たちに先を越されるとはまさかと言うしかないな。
「ウォオオオオオオムッ!!」
「ホッホウ!?」
「うぉおおッ!?」
合体に驚かされてしまっていたが呆けている場合ではない!
雄叫び上げて突っ込んできた合体ニセ聖獣像の剛腕を、私はとっさにロルフカリバーで受ける。
そこへ立て続けに逆の手を振りかぶったのをセージオウルの雷電網が絡めとる。だがそれは、六体合体像が腕の内側から放たれた電撃に弾かれ解かれる。
しかしその一呼吸の隙に、私は受けていた爪を流し、膝蹴りを叩き込む!
相手の勢いとマックスのパワーの衝突に、合体像は後ろへ吹き飛ぶ。
そこへ私は立て続けのバスタースラッシュ!
しかし合体像はエネルギーの刃が届く直前に分離散開して回避。
一気に私の後ろへ回り込みに――
「そうはさせんぞっと!」
しかし集結点に先回りに張っていたサンダーウェブが合体を阻止。
今度は網を破れずにいるニセ聖獣像たちをロルフカリバーで叩き割る。
しかしもう一撃と刃を返したところで、接触した像たちが合体変形。刺々しい豪腕で私を突き飛ばす。
合わせてセージオウルにも三属性の魔力を浴びせかかりに。
「このまま暴れ続けていたら城がもたん! 外へ出るぞライブリンガー!」
「分かった!」
奪い返す予定の城を崩してしまっては本末転倒。ということで、セージオウルに言われるままに城壁の外へ。
ニセ聖獣にはセージオウルがエアバレットやブレイドを浴びせて挑発。立て籠らせないように誘い出してくれる。
やってくれるだろうとは思っていたが、さすがに抜け目ない。
私もまた、合体像がいきり立って追いかけながらにばら蒔く攻撃を、出来る限り守りと破壊の嵐で相殺しつつ、後退りのプラズマショットで挑発する。
そうして建物はもちろん、軸である大樹にもダメージを与えないように慎重に拠点外へ誘い出していく私たちであった。が、あとわずかというところで、合体聖獣像はどしりと腰を落として動かなくなってしまう。
ここは大きく退いて誘い出すべきか?
それとも、もっとキツめの攻撃でもう一つ怒らせるべきか?
それとも、釣り出すというのならもっと素直に考えるべきか?
賢者と目配せに相談したこの一瞬で、ニセ聖獣の塊が吠えた!
これに反射的に身構えた私たちに、エネルギーの塊が波となって打ち付けてくる。
天と火と水。三つの属性を束ねたエネルギーの奔流に、私もセージオウルも構えごとに押し流されてしまう。
背後にあった城壁もろともに。
どうにか踏んばり堪えた私は、押し寄せる叩きつけてくるエネルギーを受ける刃を捻って空へ逃がす。
これほどの力、人類軍に向けられたら大変なことになる。すぐにでもどうにかして、人々も、城も守らなくてはならないッ!
焼かれた装甲が煙を上げるが、空へ受け流した刃をそのまま上段に構え、嵐を纏わせ踏み込む!
これに合体像はまたも分離。踏み込んだ私の脇をすり抜け、未だきりもみ宙を舞うセージオウルへと向かう。
サンダーウェブの厄介さが身に染みているためにだろう。躓かせてくるものを先に片付けようというのか。
「そうくると……!」
「考えないとでも思ったかッ!?」
急制動をかけたセージオウル。彼と声を合わせた私は剣に帯びた「守りの」嵐を振り向き様に放つ!
これに空が大きく歪み、渦を巻いてバラバラの聖獣像を飲み込む。この天空の渦の外周にセージオウルの姿があり、杖の先から稲妻の網を嵐の中へ繰り出し続ける。
ほどなく嵐に巻かれた像たちは、残らず電撃が作る袋の中に収まることになる。
そう。セージオウルが吹き飛ばされるままに隙だらけであったのは、誘い出すもう一手として釣り餌になるためだったのだ。
私の剣をまともに受けたのならばそれでよし。無防備なフリをしたオウルに釣られるならばそれもよし。
そんな二段構えでもって、私は嵐の刃で切り込んだのだ。
「ライブリンガー! 急いで仕留めねばッ!」
しかしセージオウルが掴む袋の中で集合したニセの像たちはまたも合体しようとしている。
それを見る私の両腕は、すでにそれぞれに別方向の回転エネルギーを帯びている!
「おお! クロス、ブレイドォオッ!!」
左回転のバスタートルネード。右回転のシールドストーム。この相反する二つのエネルギーを束ね掛け合わせた二重螺旋が、振り上げたロルフカリバーを離れて延びる。
長く空を走った刃を迎え撃とうと、電撃袋を突き破った刺々しい腕が三角形のエネルギーで応ずる。
が、私のクロスブレイドは、盾と出されたトライエネルギーもろともに合体像を真っ向両断!
中核であったイルネスメタルも割れ、石像に戻ったボディとともに、砂となって風に消える。
復活の兆しのないことに、私とセージオウルは顔を見合わせてうなずきあう。
これでひとまず、排除しなくてはならないものは片付いたわけだ。
だが、戦うべき相手のすべてを打ち倒したわけではない。
「すまない、待たせたね。二人がかりになったというのに手こずってしまった」
そう呼びかけた先には鋼鉄のグリフォン、グリフィーヌが羽ばたき浮かんでいる。
「手出しをせずに見守ってくれていたお礼だ。さあ、始めようか!」
こちらが約束を果たす番だ。
そう私が剣を構えて一騎打ちに臨むのに、しかしグリフィーヌはチェンジするでもなく降りてくるでもなく、ただこちらを見下ろしてくるばかりだ。
「……グリフィーヌ?」
「今日のところは、約束も含めて預けておくことにする」
どうしたのかと呼びかけたのに対して、延期の提案である。
彼女の口から出たまさかの言葉に、私は返す言葉もなく固まってしまう。
「……なにがおかしい? 私が戦いを先延ばしにするのがそんなにも意外だと?」
反射的にうなずいてしまいそうになったが、ジロリとこちらを見下ろす彼女の眼光に慌てて首関節をロックする。
「……約束をして待たせてしまっただけに、驚きはしたね」
言葉は選んだが、嘘ではない。
一騎打ちを行う約束があったからこそ待ってくれていたのだと、そう思い込んでいたからの驚きがあったのは確かなのだから。
正直なところ、戦いに満足できれば自分が滅びるのも構わない。みたいなことを以前に口走っていたので、決闘の先送りをするなど思いもよらなかったところもあるにはあるが。
そんな私がわずかながらに抱えた後ろめたさを見抜いてか、グリフィーヌの眼光は鋭い。
しかし彼女は尖ったくちばしでつついてくるでもなく、突きつけてくるような目の力を緩めてくれる。
「私がやりたいのは心の満ち足りる戦いだ。連戦で疲労した貴公と戦って打ち破ったとして、空しくなるだけだろうからな」
「ホッホウ、それはまたずいぶんと競技的な……連戦の駆け引きも含めての戦だとは思うがね」
「その妙も否定はしない。だが、今の私がライブリンガーとやりたいのは公正な一騎討ちだ。それが出来そうにない今は退く。何がおかしい」
グリフィーヌはくすぐるようなセージオウルの言葉に冷やかに返して、その場で旋回。そして警笛に似た鋭いさえずり声を響かせる。
これを受けて、鋼魔の手先である魔獣の群れが撤退を始める。
勢いづいた人類軍に追いたてられ、方々へ散り散りになる獣たちが大半である中、グリフィーヌはゆっくりとそんな彼らの目印となるように空を滑り始める。
「では、また会おうライブリンガー。その時こそ、双方万全のところから心行くまでぶつかってもらおう」
「ああ。約束しよう」
振り向いたグリフィーヌにハッキリとうなずいて見せると、彼女もまた満足げに鋭利なくちばしを上下させて前を見る。
そうしてゆっくりと退いていく彼女の後ろ姿を見上げて、人間軍の隊長さんが騒ぎ出す。
「撤退する鋼魔がいるぞッ! 魔法を使えるものは追撃を……」
その指示を私はロルフカリバーを地面に突き立てた振動で遮る。
これに尻餅をついた隊長さんに、私はバトルマスクを開いて声をかける。
「彼女は私との約束を守って、誰にも攻撃を仕掛けずにいてくれました。そんな彼女を後ろから射つようなことはさせたくありません。ここは私に免じて、どうか一つ」
頭を下げて自分の誠意を通させてほしいとこい願えば、地面にへたり込んでいた隊長さんはぎこちなくもうなずいてくれる。
そして彼に従って構えていた魔法の使い手たちも、彼に倣って矛を収めてくれる。
それを受けて、私も安心してグリフィーヌの撤退を見送ることができたのであった。




