43:足りないところを補ってもらえるありがたみ
メレテとキゴッソ。
その天然の国境線であるランミッド山脈にある峡谷砦。
私、ライブリンガーと頼もしい仲間たちは現在、対鋼魔の最前線基地であり、当面の活動拠点であるそこへ戻ってきていた。
オウル像探索でたどり着いた村での戦いは、ビブリオが見事にセージオウルを連れて来てくれたおかげで、一気に私たち側に傾いて勝利することができた。
グラウ・クラウさんは欠いてしまったものの、その正体がセージオウルの分身であると言うことで、欠けたけれど欠けてないという無事と言ってもいいのか複雑な結果ではあるけれども。
とにかく勝ちを得た私たちは、戦場の後片づけを済ませた後、家が焼けて守り神を無くした民を保護して、この砦へ戻ってきたと言うわけだ。
話はそれるが私は今、建築作業の合間の休憩もかねた見回りの最中だ。
建築作業であれば楽しさもあって休まずに重機の代わりをし続けられるのが私である。
しかし私はそれでいいとして、人々は休まず働き続けるなど出来はしない。出来るわけがない。
だが、私一人を働かせ続けるのは体裁が悪いというのが人情である。
なので私も人々が気がねなく休めるように、皆と足並みを揃えて作業しない時間を取るようにしているのである。
さて戻して、では聖獣としての真のボディを取り戻した当人はどうしているかというと――。
「いやぁ……まいったまいった。先々でビブリオと一緒に崇め奉られて、のんびり昼寝も出来やしない」
「やあ、お疲れさま」
復活に深く関わったビブリオと一緒に、保護してきた村人たちを中心とした人たちに「ありがたやありがたや」と追い回されてしまっているのだった。
「もぉホント疲れたよぉ~」
「ああ、ビブリオも大変だったね。私のシートで良かったら休んでくれ」
ふらつく赤毛の少年に、私は後部のドアを開けてボディの中に受け入れにかかる。
するとビブリオはふわふわとした足取りで私の中に転がるように潜ると、そのままシートの上で丸くなってしまう。
「あー……ライブリンガーや姉ちゃんのおまけで小聖者って呼ばれて、ちょっといい気になってたけど、あんなの軽いもんだったよ」
ホリィ共々、色々あって称えられる立場となってきているが、言ってみれば田舎育ちの子どもたちだ。
ほぼ四六時中に周囲のどこかしらに人の目があるような状況では、それは気疲れもすることだろう。
「せめて私に乗っている間くらいは休めるように私が守ろう。特にホリィや他のみんなも」
「うん。ボクからも言っとくよ。疲れたらライブリンガーのとこに行くようにって……ボクもくるけど……」
「ああ、そうしてくれ」
みんなのゆりかご代わりにでもなれるのなら嬉しいことだ。
寝ぼけ半分に言うビブリオの姿を眺めながら、私はそう思う。
「ホッホウ。しかし私はそうもいかんぞ? なるほど、グラウ・クラウが私に戻るのを内心渋っていたのは、勇者殿の座席やら良き人の腕やらの寝床や止まり木代わりを無くすこの為にか……」
名残惜しそうに私の後部座席で横になるビブリオを覗いているのはグラウ・クラウ、もといセージオウルだ。
ついついこれまで付き合ってきた分身体の名前が出てしまう。
セージオウル本人が言うにはどちらでも構わないし、今さら「さん」づけも無いだろうと、呼び名に関しては緩い扱いだ。
「うん? 自分のことだろう? なんだかまるで他人事のようだが?」
「ホッホウ。それを説明しようとすると少々ややこしい話なのだが……」
鳥の足で歩きだした彼に続いて、私もドアを閉めてゆるゆるとタイヤを転がしての徐行オブ徐行で続く。
そうして歩きながらセージオウルが言うには、ごく簡潔に表すると、グラウ・クラウは自分であって自分でない。とのことらしい。
グラウ・クラウは、自由に動くために核、人間風に言うならば魂の大半をベースに生み出した分身体なのだと。
その段階でセージオウルとしての記憶にも欠落が出来ていて、よく似た別の人格として独立しているのだと言う。
なので、グラウ・クラウの記憶は受け継いではいるけれども、別人の手記を読んでいるような感覚なのだと言う。
「一つに戻ったばかりでまだまとまっていないだけなのか、それともずっとこのままなのか……その辺りはどうなるかわからんがね、ホッホウ」
「そんな軽い調子で……」
「思い煩うよりは良いだろう? それとも、私が集中を欠いてこの目と頭を曇らせる方がよいかね? ホッホウ」
「そんなことは言わないよ」
本人がそれで良しとしているなら、それ以上は突っ込めない。
しかし、自分でない自分か。
分かたれ、独り立ちした自分達が再び一つにまとまる。か……想像もつかないな。
「それはそれとしてさセージオウル。仲間たちが、残りの聖獣像がどこかってことははっきりしてきたの?」
「ホッホウ。そちらも変わらずまだまださっぱりだ」
セージオウルの復活から、当然私たちは残る本物の聖獣像の正確な在処の情報を彼に求めた。
しかしセージオウルもそのあたりの記憶が曖昧で、得られた情報はほとんどなかった。
ハッキリしているのは残る獅子と竜の気配がこの大陸のどこかにあり、存在していること。
眠りについた当時の位置。
この二つだけだ。
「一先ずは、覚えている限りの場所周りから当たって、地面を掘りかえしてみるなりしていくしかないだろうか」
「アイツらの眠りがいくらか浅くなれば、気配の探りようもあるのだがね。ホッホウ」
そうこうと話しているうちに、私たちは砦のキゴッソ側出城の外縁部に近づく。
そこでは鳥の特徴を備えた人たちが武器を携え隊列を組んで走り回っている。
「ホッホウ。また増えたようだな。こちらの勢力の充実を喜ぶべきか。それともまた私たちを担ぎにくる者が増えたと諦めるべきか……」
「そう言わないであげておくれよ。彼らは祖国を取り戻そうと集まった人たちなんだから」
「そう言う勇者殿も、気乗りのしない風だが?」
ヘッドライトの明滅の鈍さを見切られたか。セージオウルの目にはごまかしが効かないな。
彼の言う通り、キゴッソの民の心意気は輝かしいものだと思う。が、私個人としては、正直手放しには歓迎できたものではない。
彼らは私たちの勝ちや聖獣復活の報せを受けて、キゴッソ各地から集まった勇敢な人々だ。
だが彼らの全員が祖国奪還の志を胸に潜伏していた兵と言うわけではない。
大半は、いやほとんどは土を耕し、実りを集める民だ。
それも今、付け焼刃の訓練に走り回っている者たちが全員ではない。
潜伏している間、あるいはこちらに合流するまでにケガをした者や、体を弱らせている人もいて、そうした人々はホリィ達の治療を受けて、戦列に加わろうとしている。
そんな彼らを戦いに駆り立て、傷つけ散らせる。
鋼魔相手にぶつかれば、それこそ膨大な量の血が流れてしまうことだろう。
兵士さんたちなら散っていいと言うわけではない。ないが民衆を、即席の訓練で武器を持たせて戦いに加わらせるというのは、どうしても気が引けてしまうものだ。
「……私が彼らの国土を取り返す、ではいけないのか……」
「ホッホウ確かに。我々で戦い、彼ら民兵には奪還した土地を任せる。その方が犠牲は少なく済むことだろうな」
「自分たちの祖国を取り返そうという彼らの志に対して無礼だと、甘い考えだとも自覚している……が、ダメだろうか?」
「うむ。だがダメだな」
予想はしていて、半分は確認のつもりの問いかけだったが、やはり答えは想像通りか。
「なんでさー! ライブリンガーがせっかく犠牲出したくないって、守りたいって言ってくれてるってのにー!」
「仕方ないか」と、受け容れの言葉を出そうとした私の内側から、疑問と不満の言葉が先回りに飛び出していた。
「ビブリオが私を思って言ってくれるのは嬉しい。けれど、立ち上がろうという人々の心を無碍にしてまで私が力を尽くすのは、かえって心に緩みを生むような事にもなりかねないから」
シートに転がったまま唇を尖らせるビブリオに、私は納得する理由を得ているとフォローを入れる。
「ふむ……勇者殿の見ている理由も無いではないが、ダメなところの決定的なものではないな」
しかしセージオウルは、首を右へ左へと回して私の口に出した理由をバッサリ。
何故と尋ねる声も出ず、ヘッドライトをチカチカさせる私に対して、セージオウルは首を回す勢いを緩めて説明を始めてくれる。
「先に断っておくが勇者殿と私。後は手慣れた精鋭数名の援護。これで鋼魔と奴らのバンガードに当たって打ち破る。ここまでは良い。文句はないどころかやるべき仕事だと私も思う」
「それはそうだろうが、まあ安心したよ。では?」
「それ以上に手を出しては、キゴッソを奪還。いざ復興だというところで外から貪りに来る手の糸口を作りかねんよ。奴らの扱う禍々しい金属の力を受けていない魔獣軍は、キゴッソ人が中核となって打ち払い、国を奪い返さなくちゃならない」
このセージオウルの懸念は、私にはショックだった。
「そう、だろうか……? 強大な、人間種そのものを蹂躙しようとしている存在に対して団結しなくてはならない時に、そこまで自国第一に動くもの、だろうか?」
「うむ、そういうものだ。生物というのは根本的に利己的なものだ。特に群衆となればエゴが束なりなおのこと、な」
認めづらくて口にしたこの消極的な否定は、しかしセージオウルの首の往復で横一文字にバッサリだった。
「それをさせない大義名分のために、血が流れるのを見逃せと?」
「見逃せというのは違うな。黙って認めて、受け入れるのだよ勇者殿。名分、承認。国家にとっては鎧下一枚程度の頼りない守りであるが、それでも丸裸よりはマシというものだぞ。このあたりは、マッシュの方が下地がある分素直に話が通るな」
「うぅむ。政治の話になるとどうも弱いのは自覚しているけれども……」
「と、いうよりもライブリンガーはアレだな。性善説的で信じやすく、悪意の発想にも鈍くて……一言でいうと性格的に政治を考える適正がゼロだな。ホッホウ」
またも容赦なくバッサリとやられて、ヘッドライトばかりかタイヤのサスペンションまでもが下がってしまう。
そんな呻き沈む私の中で、ビブリオがムクリと体を起こして首傾げ。
「そうかな? だってライブリンガー、自分が見た目鋼魔っぽいからって色々考えて譲ったりなんだりしてたよ」
「それは良いことだな。尊敬に値する善良さだ。だがそれだけにつけこまれやすい。寄りかかられても、際限無く受け止めるのを重ね続けて潰れてしまう典型でもある」
そう言われてしまうと納得するしかない。
本当に身一つならば私個人の責任としても、集団のリーダーとしては、集団そのものを潰しかねない危うさがある。
「ホッホウ、しかし一人ではないのだからいくらでも補いようはあるというものだがな。例えば私やマッシュのような視点を持つ参謀が補佐をする、とかな」
「その通りだな。頼りにさせてもらうよ」
「ホッホウ任せてくれたまえよ。私としても面倒な顔役を引き受けてくれるライブリンガーの下から出るつもりはないのだからな」
「やっぱりそれが本音かよ。元のボディに戻っても相変わらずじゃないか」
「ホッホウ、まさに魂に染み付いた性分と言うヤツよ。ホッホウ」
「またものぐさを開き直る」
ビブリオのジト目を堂々と受け止めているセージオウルに、私はヘッドライトを鈍く瞬かせて苦笑する。
そうしている内に、キゴッソ側の門がにわかに騒がしくなる。
「どうしたのかな」
「ホッホウ、恐らくは斥候の結果が出たのだろう。さて、いい情報を得られていると良いのだがね」
「それは、直に聞いてみれば分かることだろう。とにかく私たちも行こう」
そうして私たちも、街道へ斥候部隊の帰還を迎えに行くことになったのであった。




