42:復活の時、目覚めよ天聖獣!
「グラウ・クラウ、道はあってる!?」
「うむ。近づいてるぞ。間違いない」
ボク、ビブリオは抱えたシロフクロウに道を聞きながら、戦いの音を後ろに獣道を走る。
みんなが必死に戦ってるのにボク一人で離脱して……って思う気持ちはある。けれど味方を呼ぶためだから。そうやって自分に言い聞かせながら、ボクは魔法を全開にしたスピードで段差を飛び越え、枝の隙間を抜けて一直線に行く。
「……しかしビブリオ、本気で目覚めさせられると思うのか?」
「いきなり何さ!?」
なのにグラウ・クラウは冷や水を浴びせるようなことを言う。
頑張んなきゃって急いでるところに、変なこと言われちゃ返事もきつくなるってもんだよ!
「現実問題としてだ。味方が欲しい。だから近場にいるのを復帰させる。そこまではいい。その戦線復帰をどうするのかという話だ」
噛んで含めるような言い方がなんかカチンとくる。
ボクだってそんなの分かってる。どうやったら復活させられるのか、その辺りは伝承から手がかりを探ろうって言う話だったことぐらいちゃんと覚えてるさ。
「でも今はあれこれ考えるより、とにかく動く時でしょ!? とりあえずは、ボクがライブリンガーから貰ったブレスレットでパワーアップした魔力をありったけに注いでみる!」
「ホッホウ!? 当てと言うか、できるかもしれない程度の方法も用意せずに力押しでか!?」
「だから調べてる場合かってヤツでしょ!?」
口論しながら森を進むボクは、いつの間にか何歩か先のモノも見えないくらいに分厚い霧の中に飛び込んでいた。
目をふさいで方角を分からなくさせるこの霧には覚えがある。
「これ、グラウ・クラウが前に使ってた迷いの霧でしょ?」
「ホッホウ。いかにも、私はこの森の出なのでな」
前はボクたちを隠すためだったけれど、今日はボクも迷わされてる側だ。
だけれどグラウ・クラウの力も借りれば平気だ。少しくらいは見える場所も広がるし、方向は辿ってもらえるからね。
「これって、やっぱりフクロウ聖獣の石像が出してるヤツなの?」
「そのとおり。正しい手順か道しるべを備えて近づけるもの以外を寄せ付けず、眠りを守るための迷いの結界よ。普段はさっきの村も包むくらいには広がっておるのだが……」
「弱ってるってこと?」
「あるいは、本能的に眠りを妨げるものの接近を察知して集中させているのかもしれぬな」
「そっか。でも眠いから邪魔してくれるなって、グラウ・クラウにそっくりだよね」
この一言に、グラウ・クラウは返事をしてくれない。軽い冗談のつもりだったんだけれど。
そんなことを言ってる間に、ボクは霧を破って開けた場所に飛び出ていた。
周りをぐるりと、空まで霧の壁でふさいでいる原っぱだ。霧のせいでかしっとり濡れた地面の中心には、見上げるほどの岩の塊がドスンと。いや迷いの霧の中心って言うこんな場所からして、これが普通の岩なわけがない。
よく見てみれば、それはまあるく羽根を畳んだフクロウみたいにも見える。
間違いない。これがボクらが探していた新しい味方だ!
「それじゃあ、いきなりトランスファー!」
というわけでボクはライブブレスで大幅増量した魔力の塊を抱えるようにして持ち上げてフクロウの像へ送り出す。
この特大のエネルギーを吸い込んだ石像が砕けて散ってしまう。
けれどほこりで霞んだその奥には丸く羽を休めたシルエットが変わらないである。ボクの渡した魔力が表面部分を、繭みたいになってた表面部分を剥がしたんだ。
「やったか!?」
これにボクは眠りから覚ませたのかとガッツポーズ。だけれど、土煙が晴れて見えたものにはがっかりさせられちゃった。
石像表面に積もり積もってたものを吹き飛ばしはした。けれどそれだけ、ホントにそれでおしまいだった。
出てきたのはまた石像。ちょっと鋭角多くてカチカチな風の大きなフクロウの像が出てきただけだったんだ。
「なんか、ちょっと鋼魔っぽいかも?」
パッと見の印象はその一言だった。
動物、というか魔獣形態の鋼魔が石になっちゃったらこんな感じになるかもしれない。クルマって言うのになるライブリンガーよりも、この聖獣様の方がよっぽど鋼魔っぽい風だ。
「や、逆かな? 鋼魔が聖獣様たちっぽい人間の敵、なのかな?」
伝説の通りなら古くからいたのはこっちの聖獣の方のはず。だからメタルな獣なら聖獣が元祖って言うほうがいいのかな?
そんなことを考えてのつぶやきいてたら、グラウ・クラウが驚いた目でボクを見ていた。
「どうしたの? もしかして鋼魔って、ホントに元聖獣の仲間なの?」
「……いや、分からん。断言できることは何もないぞ」
なーんかごまかされてる感じ?
でも、証拠もないのに変なこと言えないってだけかも。
「なら今はいいや。それよりも早く復活させなくちゃだし」
今やらなきゃいけないのはそっちだ。単純にパワーが足りてないのか。足りないのは別のものなのか。とにかく復活させて味方につけなくちゃなんだから。
「とりあえずもう一回トランスファーして……」
足りないだけなら継ぎ足せばいいや。そう思ってボクはもう一回魔力を投げ渡すためにボールに丸める。
「待ったビブリオ。それだけじゃあムリだ」
また、萎えるようなことを言う。
「……なんでさ? 一回試しただけで」
最悪のタイミングのダメ出しでムカつく。けどグラウ・クラウも言うからには理由があるはず。説明は聞かないとダメだよね。ムカつくけど。
そんな風に自分に言い聞かせて、ちょっと無理矢理に抑える。
「分かるともさ。アレは確かにエネルギー不足の肉体だが、大事なものを欠いた抜け殻だ」
何でそんなことが分かるのさ。
そんな疑問をボクの目付きから感じたのか、グラウ・クラウのくちばしがある場所を指す。
それは胸の上あたり。ライブリンガーのバースストーンによく似た宝石だ。長い年月で積もったものがはがれて出てきた朝焼け色した石は大きく欠けてる。
「天狼剣よりひどいや……」
「そう。半分以上、おおよその六割が欠けてしまっている。あれではどれだけエネルギーを注ごうがな……」
ロルフカリバーに生まれ変わる前の、砕かれちゃった天狼剣も石がいくらか欠けてたけど、あんな風じゃなかった。
ならパワーはあったけど脆かった天狼剣よりももっと脆いのか、パワーすら出ないのかも!?
「じゃあカリバーの時みたいにバースストーンで埋めてみたら……?」
「うむ。核であるあれを補い埋めるのは重要だな」
だったらライブリンガーを呼ばなきゃ……って、腕のライブブレスを見た僕は、もうここにあることに気が付いた。
「じゃあ、とりあえずボクのライブブレスの分で……足りるかな」
これはライブリンガーからの友情の印だから、手放すのは腕ごともってけってくらいに嫌なんだけと、それでもライブリンガーのため。仲間たちのためだから……!
泣く泣く、本当にちょっと見えるのが滲んじゃった状態でブレスに手をかける。そんなボクの腕の中でグラウ・クラウが慌ててその白い翼をばたつかせる。
「いや待て待て、それには及ばん! 及ばないからッ!?」
「ホントに? でも他にどうやって? ライブリンガーは手を離せなくて、それを助けるためにこのフクロウに頼りたいのに」
「だから慌てるな。足りないものは……」
「これが使えるかもだぞ坊主」
「ホッホウッ!?」
後ろからの声に振り向こうとしたボクだけど、それより早く驚いて声を上げたグラウ・クラウの広げた羽が起こした風に吹っ飛ばされてしまう。
何でこんなことをした!?
ボクはそんな気持ちに弾かれて、湿った地面に投げ出された体を起こす。
それで見たのは赤い水たまりだった。
バカデッカイ金属の黒い豹がいて、その片っぽの前足の端っこにかかった、赤い水たまりだった。
その水たまりの中と周りには白い羽毛が飛び散ってて――ということは……つまり……!
「グラウ・クラウッ!?」
「ああ、白い鳥の? 飛びついてきたんでついうっかり踏みつぶしちまったよ」
そう言って鋼魔のクァールズがひょいっと血だまりを作った前足を持ち上げる。
そんな奴の鼻っ面にボクはありったけの魔力を束ねて投げつけてやる!
このオレンジ色の魔力玉は、けれどクァールズの持ち上げてた前足で受け止められてしまう。
「ふぅ……手にビリビリ来たぞ。やるね少年」
ボクの全力の魔法を軽く評価したクァールズはそのビリビリしてる手を軽く返す。その風圧で僕はころりと転がされてしまう。
「……お前、逃げたんじゃなかったのかよ?」
「ああ逃げたさ。あんなバカみたいにでかいバンガードに踏みつぶされたりしちゃかなわんからな。だから、お前らが捜してる聖獣の石像とやらをお持ち帰りする方に移ったってわけさ」
じゃあ、ボクはコイツをみすみす案内しちゃったって事なのか。
自分だけで焦って味方を作ろうとして、それでボクにくっついてきてくれたグラウ・クラウを……!
悔しくて、悔しすぎて地面に拳をぶつける。けれど痛みがあっても全然気は晴れない。それどころか、惨めな気持ちがどんどん重くなってボクの胸に溜まってくみたいだ。
「おいおい。しっかり顔を上げてろよ勇敢な少年。せっかく案内してくれたお礼に面白いもの見せてやるからよ」
からかうような言い方にボクは反射的にクァールズを睨む。
そんなボクの目を体を揺らしながら浴びるヤツの尻尾には緑色の金属、イルネスメタルが絡んでる。
「それって、魔獣を強化したり、鋼魔が合体したりするのに使うヤツ……ッ!!」
「そのとーりー。まあ別に、使うのは魔獣相手に限定するもんでもないんだが……な!」
そう言うや金属の黒豹は尻尾で巻いたイルネスメタルを放る。その標的はフクロウの石像だ!?
これにボクは反射的に残っていた魔力を投げる。けれどイルネスメタルを撃ち落とすどころか追い抜くことも出来そうにない。
ボクは結局、味方を増やすどころか減らして、おまけに新しい敵を作っちゃうのか……!
「らしくないな、ビブリオ。そんな有り様で勇者の、ライブリンガーの友人だと言えるのか?」
悔しさと惨めさに顔を背けかけたボクは、耳に入ってきた声に首を振り戻す。
すると、グラウ・クラウの血だまりのあったところに浮かんだフクロウの幽霊がボクを見ていた。透けたグラウ・クラウは、唖然とするボクの顔にニヤリと笑うと、翼を翻して石像へ。ボクの投げた魔力を吸って膨れ上がったフクロウの霊体は、ひと羽ばたきにイルネスメタルを追い越してフクロウの像に、核だって言う宝石に吸い込まれる。
そして、光が弾けた。
眩しい光が収まって現れたのは白く光沢のあるフルメタルボディの大フクロウだった。
朝焼けの輝きを胸に宿したそれは、イルネスメタルを受け止めてたくちばしに力をこめると、自分を乗っ取ろうとしてたそれをあっさりと砕いて見せる。
「チッ! 煩いくらいに眩しいので復活されちまったかッ!?」
手下にするのを失敗したと見切って、クァールズが飛びかかる。
ボクには黒い影としか見えないこれを、けれど大きな白フクロウは音もなく浮かび上がって回避する。空振りからすかさずにクァールズは方向転換。黒い影がジグザグに跳ね返って飛びかかる。
けれどもメタルフクロウはこれも、その次のも、そのまた次のも、ひらりひらりと避けてみせる。その動きは例えるならゆっくりと落ちる木の葉を、棍棒で叩こうとして当てられないみたいだ。
「ヒラヒラと避けてくれて……だったら!」
避けられ続けてじれたクァールズの目がボクを見た。と思ったら、次の瞬間には目の前が真っ白に染まってた。
「ホウホウ、その動きを見過ごす私と思ったかねお若い密偵? ホッホウ」
「そりゃあ庇いに来ると見越していたに決まっているだろ」
「ホウホウホウ。よいぞよいぞ。戦いは二手三手先を見て動くものだ」
連続で振るわれる豹の爪。
それを杖で捌き続けるのは、白いローブを羽織る巨人の賢者だ。
全身に金属光沢を帯びたその賢者の姿に、いつも僕たちの盾になって戦ってくれている黒い勇者の背中がだぶる。それよりも、その老獪ぶったしゃべり方と口癖は!?
「グラウ・クラウ……なの?」
「いかにも。ただ正確に言えば、ビブリオと勇者殿のパワーを吸収した分身であるシロフクロウを取り込んで復活したセージオウルであるがな。ホッホウ」
ボクの問いかけに鳴き真似っぽい笑い声を添えてイエスと答えた髭面風のマスク。間違いない。紛れもなくグラウ・クラウだ!
でもボクの方へ振り向いたその顔に、クァールズの牙が!?
「危ないッ!?」
「ホッホウ!」
けれどグラウ・クラウ、じゃなくてセージオウルは割り込ませた杖を噛ませてそれを防ぐと、飛びかかってきた豹の勢いにのせて振り回す。
「エアロブラスト!」
「おっごぉおおおおッ!?」
そして杖と噛みついた口の間から烈風弾。全身金属の大黒豹を吹き飛ばして太い木に叩きつけさせた。
「さて、少しばかり締め上げて情報をはいてもらおうか」
そこからすかさずの雷電網。
だけれどそれは、投げ飛ばされた勢いを殺さず転がり飛び退いたクァールズの残した黒い霧を掴んだだけ。肝心の本体には逃げられてしまった。
「ふうむ。ああいう素早く撤退の判断と切り替えができる斥候役というのは厄介だな」
セージオウルは杖をその場に突きながら、この鮮やかな逃げっぷりをお見事と見送る。
そして再びフクロウ型にチェンジしながら振り返ると、お乗りよとばかりに身を屈めてみせる。
「さてビブリオ、それでは勇者殿たちと合流するとしようか?」
「いいの? さっきみたいに見せかけで、つけてくるつもりかも」
「ホッホウ。味方に踏み潰されるのを嫌っていたから、それは無いと思うがね。それにもし逃げたフリだったとしても、私の見えるところにいれば仕掛けてくるのは見逃さないさ」
セージオウルの瞬く目は、確かに黒い影の動きを見逃してなかった。それを信じてボクはセージオウルの背中に飛び乗る。
「そうだね、うん。戻ろう!」
そしてボクの言葉を合図に、セージオウルのメタルボディが離陸した。




