4:炎の夢、鋼魔の目
燃える。燃えている。
私の体が燃えている。
ひしゃげて破れたパイプやタンク。
炎はそこから漏れ出た燃料を食らい、勢い込んで私の体を蝕む。
しかし壊れた体がさらに炎に崩されていても、私に痛みは無い。
そんな事よりも私を苦しめているのは、私の内側で失われた命の事だ。
シートベルトやエアバッグ、その他もろもろの安全対策がどうというレベルでなくひしゃげた運転席には、まともな形を残していない人が縫い止められている。
即死である。
炎がどうだとか、救出がどうだとか、もはや関係のない領域で取り返しが利かなくなってしまっている。
燃える私の中で燃やされていくこの人が誰だったのか。
それは黒煙と炎で隠されたように分からない。
だが、彼が失われたことを悲しむ気持ちはハッキリとしている。
そして、悪意ある行いで彼の命を奪った人間への胸を焦がすような思いも……!
やがて炎に埋もれた私の意識が次に認識したのは剥き出しの岩肌だった。
どうも掘って作られた洞窟の中の様であるが、露出した明々とした溶岩のためにか、暗くはない。
この突然の景色の変化に私は戸惑う。が、ボディの方はどっしりと椅子に腰を掛けて、悠々と体を預けている。
そんな私の目の前に、大きな光の玉が浮かぶ。
それが大きく点滅したと思いきや、中に鋼の山羊の顔が大写しになる。
「どうぞご覧ください! 逆襲にと息巻いてきた人間どもの軍勢ですが、我らが直接当たれば見ての通りです!」
テレビ電話、のようなものなのだろう。
玉の中で翼のある鋼山羊が身を引くと、隠されていた惨たらしい光景が露になる。
それはまさに地獄絵図だ。
鎧兜で武装した人々が、地面を覆い隠す勢いで倒れ伏しているのだ。
傷ついた者や退く味方を庇い、まだ立って抵抗している者は、鋼の巨大牛や恐竜じみたワニに蹴散らされて。
そして彼らの献身を受けて退く者たちは、上空の飛竜からの稲妻に逃げ道を塞がれ、そこへ追い付いた黒い影に切り刻まれる。
すでに全滅状態と言っていい人々を、嬲り者にしながら文字通りの状態へ追い込もうという鋼のモンスターたち。
このあまりに残忍、残虐な行いに、私は突然の場面転換で呆けていた意識を取り戻し、止めるように叫ぼうとする。が、出来なかった。
止めさせなくては。その一心だった私の心に反して、この体はどっしりと座ったまま。
それどころか満足げにうなずき返してすらいる。
このちぐはぐさは、まるで別人の体に意識だけを押し込められたかのようだ。
「このまま蹴散らして、その勢いに乗って攻め込んでやっても良い……のですが、それでは少々芸がありませんな。我輩バルフォットが担ったからには、もう一工夫くらいはしなくては満足出来ませんし、していただけないでしょうなぁ」
この異様さに私が戸惑っている間に、話はバルフォットと名乗った鋼の山羊が話を進めてしまう。
「と言うわけで、ここでひとつ後方の人間どもを蹂躙してやって、人間どもの有り難がる砦がいかに無駄なモノであるか、改めて痛感させてやろうかと思うのですよ」
戦場に立った人々を一方的にいたぶりながら、その上に子どもや老人をはじめとした戦えない民を襲おうという非道な計画。
それがもたらす惨劇を思ってなのか、バルフォットは山羊の顔を歪めて笑っている。
だが今の私には、その邪悪な企みを思いとどまるように説得することも出来ない。
だが歯がゆさに苛まれる私は、やはり話から置き去りだ。依然変わりなく。
「それをどうやる? 誰に任せるつもりだ?」
私の口から出た先を促す言葉。
だが、それは私の声ではなかった。
私のものよりも低く、重厚な声。
またも襲い掛かるちぐはぐに私が戸惑っている一方で、バルフォットは顔の歪みを強めてうなずいていた。
「もちろんもう決めておりますとも。来たまえウィバーン! 遊ぶのは止めにしろ!」
バルフォットはほくそ笑んだまま、翼と尻尾で招き寄せる。
すると空から舞い降りた鋼の飛竜がバルフォットと並ぶ形で玉に映る。
「そう急かしてくれるなよ参謀殿。オレの翼は速い」
「得意のスピードにかまけて遊び惚けてくれるなと言いたいのだよ。その自慢の翼を頼って、一つ仕事を任せたい。当面の我らの標的であるメレテの国。その国境線内を引っ掻き回してほしいのだが、やってもらえるな?」
「ああ、ソイツは面白そうじゃないか。任せてくれたまえよ。だが、ひとつオレからも頼みたいことがある」
仕事を了承しながらも要求をするウィバーンに、バルフォットはジトリと光量を落とした目を向ける。
だがそれを私でない私が手で制する。
言ってみろとばかりのその態度に、ウィバーンは恭しい礼をひとつ置いてから要求を口にする。
「イルネスメタルを一つ使わせていただきたい」
「何だとッ!? いきなり何を言い出すのかッ!?」
ウィバーンの口にした品がよほど重要なのか、反発するバルフォット。だが激しく目を瞬かせてのそれを、再び私でない私の手が制する。
「よかろう。ならば一度我が元に戻ってくるが良い」
「ありがとうございますネガティオン様。では、受け取り次第にランミッド山脈を越えて仕掛けるとしましょう」
そう言ってウィバーンは玉に映された景色の奥、連なる山々の影を一瞥して舞い上がった。
その瞬間に私の視界は霞み、沈んでいくように遠のいていく。
やがて再びに目を開いた私が見たのは、隠れ家にして寝床として貸してもらっている納屋の景色だ。
いつもの場所であること。そしてヘッドライトやタイヤが自在に動くこと。
この事に私は安心を感じる。
「いや、ホッとしている場合ではないぞッ!?」
先程まで見ていたもの。恐らくはあれが話に聞く鋼魔族なのだろう、その通信の中で彼らが標的にすると言っていたのはどこだった!?
ランミッド山脈を越えた、メレテ国内の戦闘拠点以外。
これだけでは恐ろしく広い範囲で、特定のしようがない。が、私にはとてつもなくイヤな引っ掛かりがある。
それが「ランミッド山脈」という名前である。
ホリィやビブリオが村の近くに連なる山を、そう呼んでいたのだ。
標的にされるのはこの村だ。
絶対ではなくとも、その可能性は極めて高い。
そう確信を得た私は一刻も早くこの危険をホリィたちに報せなくてはと、私の姿を遮る品を蹴散らし、納屋を突き破っていた。
二人が住んでいるというすぐ近くの教会を目指して私は急ぐ。
すると音で気づいてくれたのか、前方の丸枠にXをはめたシンボルを掲げた建物からホリィとビブリオが慌てて飛び出してくる。
「ちょちょちょ! どうしたの!? 何があったのライブリンガーッ!?」
両手を広げた二人の前に、私は横滑りブレーキ。
「大変なんだ二人とも! この村が、鋼魔に襲われるかもしれないッ!?」
私のこの言葉に、ホリィもビブリオもギョッとなって固まる。
そんな二人に、私は落ち着いて聞いてほしいと前置いてから別の体、ネガティオンと呼ばれていた者を通して見聞きした情報を伝える。
「……だから、この村が鋼魔の襲撃を受ける可能性は高い! 上手く村人に伝えて、どうか安全なところへ避難して欲しい!」
私はとにかく生命を第一に、逃げるように促して説明を締め括る。が、ホリィとビブリオの顔色は渋いものだった。
「ねえライブリンガー、それって夢で見たってこと?」
「夢?」
ビブリオが言いにくそうに尋ねるのに、私は見せつけられた情報の様子を思い返す。
なるほど言われてみれば、私が見聞きしたものは、生き物が寝ている間に見るという、夢というものによく似ている。
これでは噂話以下の不確かな情報であるように受け止められても仕方がない。
「だが、あの景色は……」
「いえ、信じられないとかそういう話ではないんです! 精霊神様からのお告げを夢という形で授かる例もありますし……ただ、村の皆さんを今すぐに村を捨ててまで逃げ出さなくてはならないと決心させるとなると……」
落ち込む私に、ホリィがフォローをいれてくれる。
だが、警報としては弱すぎるという彼女の言葉も間違いではない。
村はホリィたちを含めた村人たちが生きる場所、生活の基盤だ。
神からの警告であるとして、生きていくための土台を今すぐに放り出さなくてはならないほどに差し迫ったものであると納得させるには力不足だろう。
「しかし……ビブリオとホリィがあの中で見た敗走する鎧兜の兵士たちのように嬲りものにされるなど……私には……!」
私は人々を守るため襲撃に備えて残るが、せめて二人だけでも避難を。
そう願って声にした言葉に、ホリィとビブリオが揃って私のボディに手をつく。
戸惑う私に、しかし二人は食い入るような眼差しを緩めない。
「ど、どうしたんだ、二人とも?」
「いま、何て言ったの?」
「二人が敗走する兵士のようにされるなどと……?」
言われるがままに繰り返すと、ホリィとビブリオは蒼白になった顔を見合わせる。
「ホリィ姉ちゃん……あんちゃんたちが行った戦って、山向こうの……」
「そう、そうね……もう始まっててもおかしくないって……」
そうして震える二人に、私はどうにか慰め落ち着けるために声をかけようとする。
が、それよりも早く神殿の方向が騒がしくなる。
「……ッ! 隠れてライブリンガー!?」
我に返ったビブリオたちに押しこまれるようにして、私は丈高の茂みの中へ。
するとそれに遅れて、ホリィと同じ丸枠Xの印付きの白い修道服を着た黒髪の女性を先頭にした集団が二人の元へ。
「何だったんだい、さっきのすごい音は?」
ホリィたちに尋ねる黒髪の修道女。
目元の険しいこの壮年の女性が、恐らく二人の育ての親だというフォステラルダなのだろう。
「納屋の扉が破れていたんです。そのせいだったみたいです」
この母親の問いかけに、ホリィは事実を誤魔化すことなく告げる。
これにフォステラルダを始めとした大人たちがどよめく。
その間に二人は畳み掛けるようにして口を開く。
「それは大変だけどそれより、ボクたちお告げを受けたんだ! 山向こうの戦が負け戦で、村も危ないんだって!」
この言葉に、村人たちはより一層にどよめきを大きくするのであった。