39:思いがけない味方
「マキシローラーッ!」
「うぉおおおッ!? やっべええ!? 逃げろ、逃げろッ!!」
少し張り出した高台。
森を見下ろすそこに数体の魔獣と陣取って、火炎弾を撃ち込んできていたクレタオスの頭上にマキシローラーを呼び出せば、フルメタルの大牛は慌てて射撃陣地から逃げ出す。
そのまま追撃をかけようにも、火のついた木々に、炎の耐性を持った魔獣たちにと囲まれているので、そちらの始末に大わらわだ。
「ローラーはそのまま! 高台つぶした勢いで追えるだけ追い立てさせる!」
なのでクレタオスはマキシローラーに任せて放置。私は手近な大火ネズミの魔獣をロルフカリバーで叩き落し、火消しにいそしむビブリオたちのところへ行かせない。
そして返す刀で放った剣風で煙と炎を辺りの木々から吹き剥がす!
「こっちへ、早くッ!」
「う、うん!」
舞い上がる埃から目を庇っていた仲間たちを魔獣の包囲の穴に誘導。その仲間の背を狙う火ネズミたち数匹を剣で叩いて、殿としてその後に続く。
「ねえグラウ・クラウ、ホントにこの先にあるの? 聖獣の、フクロウの石化像が!?」
「もちろんだ。こんなことでいい加減な情報を渡してなんになる? 余計にめんどうくさい」
先導するグラウ・クラウさんがビブリオの疑問に呆れ声を返す。
聖獣像の探索を行うことが急務と決定したその時、まずあったのがグラウ・クラウさんからの情報提供だ。
曰く、フクロウの聖獣像だけならば確実に案内ができると。
唐突な案内の申し出ではあったが、手当たり次第のでたらめに探し回るよりはいいだろうということで、彼の導きを受ける形で私たちライブリンガー隊は聖獣像の捜索に出ているのである。
「それはそうだろうが、鋼魔の待ち伏せが酷くなってるぞ!? 森に入ってから特にな、お前が知ってる場所にまだあるのかよ!?」
マッシュが叫んだ通り、グラウ・クラウさんの案内を受けて聖獣像探索行に出てからこっち、何度となくクレタオスやグランガルトにクァールズと、彼らの率いる魔獣たちの襲撃を受けている。
先程など有利な地形に陣取った上で、足止め班と手分けするくらいには周到に構えてだ。
こちらの動きに先回りしたこの備え。
こんなものを見せつけられては、目的のフクロウ像はすでに確保された後なのでは。そんな心配が浮かぶのも無理もないことだ。
「道案内については心配はいらん。知っている場所から動いている気配はないぞ。動かされてはいない、間違いなくな。ホッホウ」
つまり場所は割れていて、待ち伏せをされていない保障はない。ということか。
マッシュも同じ結論に至ったようで、彼の苦い顔と見合わせることになる。
しかしそれは心配として、気になるのは彼がまったくの迷いない先導の根拠になっているものだ。
「あの、ところでグラウ・クラウさんはどうしてそんなことが……像が動いていないだなんてことが分かるんですか?」
先回りに訪ねてくれたホリィに、グラウ・クラウさんは答えようとする。が、不意に木々をへし折り現れた壁にぶつかり落ちてしまう。
「おう? なんだお前らの前に出ちまったか?」
「クレタオスッ!?」
向こうも思いがけぬ遭遇だったようで目をチカチカとさせるフルメタルの牛に、私はとっさにプラズマショット!
そしてビブリオが墜落する白フクロウを受け止め、みんなが木の陰に飛び込み開けてくれた道を駆け抜け、ロルフカリバーを叩きつけた!
「うおっ!? テメェ調子に乗るなよッ!?」
私の斬撃は装甲を叩き割り、クレタオスにたたらを踏ませたものの、彼はすぐさまに角を備えた重戦士の姿にチェンジ。太い腕を振り回して殴りかかってくる。
迫る打撃と火炎弾。
これらを特に、着いては不味い炎を逃さぬように切り払い、凌いでいく。
「きゃああッ!?」
そして連撃をさばききり、追い返そうと剣を握る手に力を込めたところで、背中を叩いた悲鳴に振り返る。
すると後方からやって来ていた大火ネズミが、ホリィたちに襲いかかっているのが見えた。
「みんなッ!?」
「へッ! よそ見する余裕があるのかよ!?」
固まって応戦を始める皆の救援に行きたい。しかし踏み込んできたクレタオスの攻撃は受け止めなければ、この猛牛戦士の烈火の攻勢に仲間たちがさらされることになってしまう。
それをさせじと、私はロルフカリバーで受け流し、叩きつけてと、クレタオスの怒濤の攻撃を凌いでいく。
こうして受け止めている間に、ビブリオたちはマッシュたちを前衛に、彼らを魔法や投てきで支援する形で魔獣と対峙する体勢を整えている。
こうして背後に気を取られていた私の頭を、クレタオスの強烈な鉄拳が揺さぶる。
点滅する視界の中、私はどうにか踏ん張るものの、猛牛戦士の手は私の頭を掴み、軽々と持ち上げる。
「ヘッヘヘヘ……ざまあねえなあライブリンガーさんよぉ? 合体もしてないくせに上の空だからこういうことになるんだぜ?」
嘲笑い、私の頭を握りつぶそうと握力を高めるクレタオス。
これに私は剣を突き出す。が、突き出した腕を掴まれ、止められてしまう。
悔しいが、まったく彼の言う通りだ。私が仲間たちを信頼しきれず、集中できていなかったからこんなことに……!
そんな私の内心を見抜いてか、クレタオスはジワジワと掴んだ腕の圧力を高めてくる。
その内に顔を握った指の隙間を縫って、狼大の火ネズミがマッシュの盾を踏み台に後衛組へ飛び込む様が目に飛び込んでくる!?
「プラズマショットォオッ!!」
そこで私は目が焼けるのも構わずにエネルギー弾を発射、掴んだ手を掌から焼く。
密着状態から指関節を貫くダメージに、クレタオスは呻いて握力を緩める。
この隙に私は、ロルフカリバーもスパイクシューターも、使えるものはなんでも使って捕らえる手を振りほどいて逃れる。
振り向いた私は白く焼けた視界の中、おぼろげなシルエットを頼りにネズミを弾き飛ばしに。
「グゥオオオオオオオオオオッ!!」
そんな私の顔面に猛々しい咆哮が波となって叩きつけてくる。
「うわ!? なんでコイツがこんなとこにッ!?」
「そんなことはいい! それよりも離脱して手当てしの立て直しので!」
いまだ目の調子が戻らぬ中、見えているのは巨大な塊が動き回って、火ネズミらしい赤の光を叩いているらしい様子ばかり。
仲間たちの無事は、魔獣たちの声の合間合間に耳に届く声から取り返しがつくレベルであるらしいと判断できるだけだ。
程なく視覚が正常に戻ると、まず目に入ったのは巨大な熊の顔だった。
歯を剥き唸って、完全に臨戦態勢にあるその姿に、私は反射的に身構え、同時に大熊もまた躍りかかる。
私に覆い被さろうとしたそれはしかし、途中で何かにぶつかって止まる。
毛皮越しにもわかるほどに筋肉の張りつめた熊の腕を辿って見れば、その手はまた別の太い五指、クレタオスのそれと噛み合い絡んでいた。
私を挟んで四つに組んだ魔獣と鋼魔。
何がどうしてこうなっているのか、まるでワケが分からないぞ。
恐らくはこの熊の乱入で仲間たちは火ネズミを振りきれたのだろうとは推測できる。
ならばこちらの味方だと背中と仲間を預けていいものか。と言うのはまだ疑問だ。
単純な偶然で小さな魔獣を蹴散らしただけとも限らない。
「この熊公が! 魔獣風情がこの俺と力比べしようとは生意気なッ!!」
一先ずクレタオスを全力で叩くか。
そう判断したところで、猛牛戦士は熊と手を絡めたまま、腕を掲げていく。
合わせて私を凌ぐ大熊の腰が持ち上がり、やがて地面に食い込んでいた後ろ足が浮いてしまう。
「獣にしちゃあやるようだが、相手が悪かったな」
クレタオスが目をチカチカと角に炎を溜め始めたのを認めて、私は反射的に剣を脇から背後へ突き出した!
バースストーン由来の輝きを灯した突きは、イルネスメタルを宿した鋼魔には効果覿面。
苦しげなうめき声をこぼしてよろめく。
「……クッソ! テメェよくも!!」
これで怒りに激しく目を瞬かせた猛牛戦士は、握りつぶそうとしていた熊の手を手放して私へ燃えた拳を振り上げる。が、その首と腕にワイヤーが絡んで、それに待ったをかける。
これをクレタオスは煩わしさから力任せに振りほどこうと。しかし固く絡んだワイヤーは千切れるどころか、逆に猛牛戦士の体に絡み、食い込む。
「……だあ! 分かったよクソったれ! 退けばいいんだろうが退けばッ!?」
結局引き留めるのを振り切れず仕舞いで、クレタオスは自棄っぱち半分に観念すると、ワイヤーに引きずられるようにして引き下がっていく。
追撃をかけようにも、あのワイヤーアンカーはクァールズ。追いかければそれどころではなくなるような仕込みがしてあるに違いない。深追い厳禁だ。
カウンターを狙って力を漲らせたロルフカリバーを構えていたが、無駄になってしまった。
さてと、そうなると乱入者の熊か。
そう頭を切り換えた私は、剣に帯びたエネルギーをそのままながら、どういうつもりかはともかく助けてくれた大熊へ構えずに向き直る。
一方当の大熊・ガイアベアは、地べたに座り込んで、クレタオスに握りしめられた手を交互に嘗めて労っている。
その合間に私たちの様子もチラチラと見ているが、こちらが対応に迷っているのを知ってか、構えるでも逃げるでもなく両手のダメージを癒している。
こうなるとどうも向こうも私たちに敵意は無さそうである。
「ねえライブリンガー。もしかしてこのガイアベアって……」
警戒の必要は無さそうだと判断したところで、ビブリオとホリィがガイアベアのある場所を示す。
「おお、この傷あとは!?」
その箇所、毛皮の薄い右肩を見て、私はこの熊型の魔獣がラヒーノ村で戦ったあのガイアベアであったことに気がつく。
するとガイアベアは私に向けて仰向けになって見せる。
そのまま低くも柔らかな声を漏らすその姿からは、まったく敵意、闘志といった類いのものは感じない。
これはつまり……
「私たちに味方してくれるつもり、だと思っていいのかな?」
確認の問いかけを投げてみれば、ガイアベアは正解だとばかりに軽く一声吠えて見せる。
熊と言うよりはまるで犬か何かか。そんな懐っこい様子を見せられると、初対面の頃の凶暴さがまるで嘘のようだ。
「みんなは、どう思う?」
しかし頼もしく、懐っこい風だとはいえ、私の一存では同行を許すことは出来ない。
私の最高の味方たちは、このガイアベアに襲われて恐ろしい思いをさせられたのだから。
「ボクなら大丈夫だよ」
「私も……こっちを助けてくれたワケだし。この様子だものね」
そう言いながらもホリィは恐る恐ると距離を寄せ、バースストーンを宿したシンボルを握りながら水属性由来の癒しの魔法をガイアベアへ。
これを受けて巨大な熊は心地よさそうに傷ついた手を揉み合わせている。
その様子を見て、マッシュたちもようやく安堵の息をつく。
「まあ、俺たちを襲うつもりはないみたいだし、大将たちがいいなら俺はかまわねえよ」
ビブリオとホリィ、そして指揮官であるマッシュが認めるのに続いてほかのみんなもガイアベアの合流・同行に同意してくれる。
「さて、じゃあ名前を付けないといけないよな……クマゴンか、ベアゾウ……」
「ラヒノスなんてどうかな!? ウチの村の近くに住んでたのだし!!」
「そ、そうね! ビブリオのがいいと思うわ!」
マッシュさんのつぶやく名前案を遮ってビブリオの挙げた名前の案に、チームのみんなは口々に賛成。ついにはガイアベアもビブリオを見てイエスイエスと激しくうなずいている。
この偏りぶりにマッシュは唇を尖らせている。
私はマッシュの名前案が特に悪いとは思わないのだが、みんなが気に入っているものの方がいいだろう。
「しかし熊のラヒノスが仲間になってくれる、か……まさかりでも持った方がいいかな?」
「え? なんで?」
「うん? なんでだろう。なんとなく、そう思ったんだが……」
自分でも出どころが分からない思い付きに首をかしげながらも、私は新たに加わった仲間とともに改めて目的地へ出発する。




