38:備えなしでは旅立てないってね
戦力充実させに天の聖獣像探索をしよう。
そういうことになったボクたちのやることは旅の準備だ。動きやすいようにボクたちライブリンガー隊だけで行くってなってるから、荷物は大勢で動くほど欲しいってことはない。けれどほんの数人での旅っていうのは、それはそれで必要なものを必要なだけ揃えるっていうのが難しいんだ。ボクらの場合はライブリンガーがいるから荷馬車もいらない分楽なんだけどね。
「ライブリンガー、水はいつも通りに任せちゃって大丈夫なんだよね?」
「ああ、任せてくれ。マキシローリーのタンクに入るだけ入れていくよ」
クルマなライブリンガーが光る目を上げ下げしながら言うとおり、マックス下半身をやってるマキシローリーには、これまでにも水を運んでもらってるんだ。
「ホント便利で助かってるよ。重たくなった水がめとかタルとかがいらないんだもん」
「それでも、呼び出せるような場所が無いと給水できないから、過信は禁物だけれどね」
「それでも便利だし。だけど腐ったりしないこととか、マックス下半身をやってる最中にはどうなってるのってフシギだよねー……どうなってるの?」
「タンクに入れてるようでいて、保存空間に送ってるようなものだから……かな? ロルフカリバーやマキシビークルたちを待たせてある場所なんだけれど」
ライブリンガーは複雑なしくみは置いといて、ボクにも分かるように説明しようとしてくれてる。けれど、ピンと来ないな。
保存に適した場所にしまっておけば、野ざらしにしておくよりもずっと長持ちだって言うのは分かるよ。ボクだってラヒーノ村や拠点の氷室に魔法の氷を足す仕事してた一人なんだから。けれど、しまっておけばまったく腐らない空間って言うのはなんなんだろう? いつでも清めの魔法が効いてるってことなの? そんな空間がホントにあるの?
いやライブリンガーがウソを言うわけないし、現実にできてるやろがい、って言われちゃったらあるってことにしかならないんだけど、どうやってるの?
「ほらビブリオ、今から鎧の手入れに行く予定だったんでしょ?」
「ああ、うん」
ああでもないこうでもないって頭を悩ませてたら、ホリィ姉ちゃんから呆れたみたいな声が。
「いっそこの機に、二人揃って予備の鎧も一着作ってしまったらどうだい? 手入れや寸直しの間に使える防具が無いと不便じゃないかな?」
「そう、ね……私もビブリオもライブリンガー隊の救護班だもの。でも私にはライブリンガーのくれたシンボルもあるもの」
「だよね! 姉ちゃんもボクとお揃い! 魔法もパワーアップだ!」
ライブリンガーのすすめに姉ちゃんが持ち上げて見せたのは昨夜もらったってライブシンボル、ボクのライブブレスとおんなじのだ。コレがあればボクのバリア魔法だって魔獣の攻撃を弾けるし、すごい広い範囲の人を回復できる。姉ちゃんだったらきっと、もっとだよ。
おそろいの朝焼け色の石のついたアイテム。これを持ったボクたちは軽い調子でハイタッチする。
そんなボクたちの様子に、ライブリンガーは困ったなって感じに目を下げる。
「……ふたりに喜んでもらえているのは嬉しいよ。けれど、いくら魔法の力を強力にブーストするとは言っても、二人が使わなかったら、使えないタイミングであったら意味はないんだ。だから……」
「冗談よ。頼もしく思ってるのはホントだけれど、だからって身の守りを固めるのに他にもできることを放り出したりはしないわ。ちゃんと無事に生き延びて、お貴族様がたの手の届かないところまで連れていってもらわなくちゃだもの」
「……まったく、キツい冗談だったよ」
人型になって困ったように笑うライブリンガーに、姉ちゃんはごめんなさいって笑いながら金属の大きな手に手のひらを合わせる。
……なんだろう、この気持ち。姉ちゃんが笑ってるのはいいことだ。ライブリンガーと仲が良いのも、ボクたちは友達なんだもん、いいことだよ。だっていうのになんだろう。この胸がズキッとするような感覚は?
おそろいのアイテムを持ってるのはボクとなのに……ボクの姉ちゃんなのに。
「あら? どうしたのビブリオ?」
そんな風に思ってたらいつの間にか、ボク自身が気づかない間に姉ちゃんの袖を引っ張ってたみたいで、姉ちゃんのキレイな青い目がボクの顔をのぞいてた。ライブリンガーもボクとのハイタッチを待つみたいに手のひらを広げて待ってくれてる。
そんな二人に苦しい気持ちを抱えてたのが、なんだか恥ずかしくって、それを見つけられるのがイヤで、ボクは二人に目を合わせられないまま、ライブリンガーの構えた手に手を当てる。
「どうしたんだい? 私が心配しすぎたのが気にさわったんだろうか?」
その態度がよくなかったみたいで、余計に心配したライブリンガーがボクのことを気にしてくる。今はちょっと、ほしいのはそれじゃないんだよ。
「大丈夫よライブリンガー。そんなことないわよね? ビブリオ」
「うん。ライブリンガーはなんにも悪くないよ……」
包むみたいに腕を回した姉ちゃんの言葉に、ボクは正直に、でもやっぱり顔は合わせられなくて下に向けたままうなずく。だって悪いのは友達にイヤな気持ちを持っちゃったボクだけなんだから。
そんなボクを包んだ姉ちゃんの腕は、暖かで優しくって。でもそれが、ボクが隠そうとしてるのもまるっとお見通しだってされてるみたいで、余計に恥ずかしくて。
「ライブリンガーとビブリオ。どこに行くんだって二人には絶対にいっしょに来てもらわないと、私寂しいわ」
「……そんなの、置いてかれたって追っかけてくに決まってるじゃない……」
ついはずみでこんな返事をしちゃったら、姉ちゃんはうれしそうにボクを包んだ腕を狭くしてくる。この姉ちゃんに思いどおりに動かされてる感は、なんか悔しい。けどホリィ姉ちゃんがボクのそばにいて笑ってくれてるってそれだけでうれしくもなっちゃうんだよね。
「おやおや。心配して来てみたけれど、いらんかったかねえ」
「先生ッ!?」
「フォス母さん!? いつここにッ!?」
耳になじんだ声に振り向いたら、エアンナに手を引かれたフォステラルダ母さんがいた。
「ついさっきさね。お貴族様がたが最前線の砦に押し寄せてたって話を聞いて、もしかしたらって思って一人で馬で飛ばしてきたんだけどね。いや脱走の算段ができてるってことは思ってたよりも元気そうじゃないか。安心したよ」
ボクらを、特に姉ちゃんを見てカラカラと笑い飛ばす母さんだけど、ちょっと聞き捨てならないよ!?
「一人で飛ばしてきたって……いくらなんでも危ないわ!?」
「そうだよ、いくら同じイナクト様の領地で近いって言ったって、無茶だよ!?」
マッシュ兄ちゃんのお父さん、辺境伯様が街道の安全に目配りしてて、ランミッドの砦にはキゴッソ奪還のための連合軍が詰めてるっていたって、大きな魔獣に当たらないとは限らないのに。一人旅だなんて危なすぎる!
「なんのなんの。コレでも若い頃はよくやってたモンさ。魔獣だって振りきって来てたんだから。今度は会わなかったからなけなしの荷物も捨てなくてすんだのは良かったけどね。魔獣って言ったって、食いモン囮にバラまいときゃ無視してまで馬と人間を追っかけたりはしないもんさ」
でも母さんはそんなボクらの心配を取り越し苦労だって笑い飛ばして、固く縛り上げた抱えるほどのカニ魔獣をお土産だって渡してくる。
お土産はうれしいし、無理を押しても来てくれたのはありがたい。でもホントに無茶だよ。何かあったらボクも姉ちゃんも、ライブリンガーだって泣くよ?
そんな風に思いながら見てたら、母さんは困り笑いで降参だって風に両手を上げた。
「わっほうい。分かった分かった。もうよっぽどの、他に手がないようでなきゃやらないからさ。だからそう泣きながらにらまんでおくれよ」
「ま、まだ泣いてないやい!」
想像が先走って潤んでたっぽい目を擦りながら言い返すボクに、母さんは「そうかい」って頭に手をおいてくる。
馴れてるからって無茶したのは気に入らないけど、だからって払ったりしたくなる訳じゃなくて、ボクはまだ収まらない目と鼻を押さえながら母さんの手を受け続けるんだ。
「うわ、ホントに伯母上だ!?」
そうしてると今度はマッシュ兄ちゃんがやってくる。
「なんだい。育ててきた子の顔を見に来ちゃあ悪いのかね?」
「そうは言わないですけども。むしろ邪魔して悪いなってトコだけども……このフットワークで領主の娘が駆けつけて回ってたらそりゃあ領民から人気出ますわ。跡目の親父が霞むくらいにはさ」
「うわっほうい。また痛い古傷を突いてくれるね。それも今しがた開いたばっかのところにさ」
「それ古傷って呼ぶのおかしくねえですか?」
そう言って母さんとマッシュ兄ちゃんは笑い合って、じめっとしちゃった空気を乾かしてくれる。こういう笑い顔は本当にソックリなんだよね。
「マステマス様、申し訳ないのですが……」
「おっと、これは失礼しましたフェザベラ姫様」
遠慮っぽくそでを引いてアピールした声に、マッシュ兄ちゃんは頭を下げて横に。それで背中の陰から出てきた白い羽根のお姫様に、みんなそろって急いで頭を低くする。
「そんな、頭を上げてください」
「いや、土地を取り返したなら女王になる人相手に、無礼な態度を取ったら危ないでしょう。私的には親しくても他人の目もあるんですから」
「でも今は、ただの国を無くした小娘ですし……」
「それはともかくとして、王女様本人が許してくれてるのを無碍にするのも失礼じゃあないかな」
このライブリンガーの一言から、ボクたちは顔を上げて楽な姿勢になる。フェザベラ王女が大きな黒い勇者にお礼を言うと、ライブリンガーは柔らかくほほえんでうなずき返す。
「ところでフェザベラ様、何か御用があって、マッシュと一緒に私たちを探していたのでは?」
「え? あ、はい! そうでした!」
それで用事はなんなのって聞いたなら、パタパタと手と羽根を動かしながら背すじを伸ばす。
「エアンナさんには私の侍女として残っていてもらいたい。そうお願いしたかったのです」
「ファッ!?」
突然の言葉にすっとんきょうな声を上げたエアンナに、フェザベラ姫様は言葉を続ける。
「マステマス様とライブリンガー様、聖女様と小聖者様も天の聖獣像の探索に行かれると言うことで、危険な旅に同行するよりは、と思ったのです。私も留守居をするのなら亡国の同胞で、見知った間柄、それに年頃の近いエアンナさんに居てもらえると心が休まりますし」
「い、いや、いやいやいやそんな!? こんな生まれも育ちも村娘にそんなもったいない、というか荷が重いですって! どんな失敗するかも!」
エアンナは首も手もバタバタと振り回して、言葉だけじゃなく全身で勘弁して下さいって言う。そのまま浮かんじゃいそうな勢いだけど、無理はないよ。いきなり雲の上からつまみ上げられそうになったら、嬉しいっていうのよりも怖いってなるもん。ボクだっておんなじようになるって思う。
「そういう話なら、私もいっしょに残ります。エアンナも心細いみたいですから」
そこでホリィ姉ちゃんが前に出てこの提案だ。これにエアンナはパアッと顔を明るくする。けど、ボクとしてはちょっとモヤモヤする。
そりゃあとても断れない話だし、エアンナの事はボクだって心配だよ。けどさ、また姉ちゃんにちょっかいかけてくる人だって出てくるかも分からないじゃないか。
反対したい。けどしちゃいけない。そんな状況で悩んでいると、母さんが手を上げる。
「あーっと、ちょい待ちホリィ。それならもっと都合のいい人材に心当たりがあるよ」
「そうなの先生? その人材っていったい……」
首をかしげる姉ちゃんに、母さんは得意げな顔して自分を指さした。
「先生がッ!? それは、頼もしいですけど……村をないがしろにしてしまうのは、それはそれで……」
「ラヒーノ村のみんなが辛い思いをするようなのは、アタシもヤだなぁ……」
そうだよ。母さんまで留守にしちゃったらラヒーノ村の神官が誰もいなくなっちゃう! 母さんが面倒を見てるボクの兄弟たちもどうなっちゃうの? それに魔法の力が欲しい用事も溜まってしまって、村ががんじがらめに身動きできなくなる。
それならばどうしたらってライブリンガーも悩み始めるのに、母さんは待った待ったって感じに両手を前に出す。
「そりゃアタシだってずっとついててやりたいさ。でもそいつはそいつで無責任な話だからね。ツナギだよ、ツナギ。本命の人材が来るまでのさ」
「それなら、うん……それで、先生が当てにしている人材って言うのは?」
村と兄弟たちを放り出す母さんじゃない。そうは思っていたけど、ちゃんとそのつもりがないって考えを聞いて、姉ちゃんもボクもみんな揃ってホッとする。それで安心ついでに、その本命の人材は誰なのかって聞いたなら、母さんはマッシュ兄ちゃんの方を見る。
「キゴッソ生まれの元侍女長のお婆。引退隠居したって言うけど、ヒマしてるだろ?」
「ああ、そうっすね。実家の屋敷近くで暮らしてますが……隠居老人引っ張り出すんで?」
「アタシが頼ってもお婆がムリだってんならマジでムリだろうから、ツテを頼るだけにしとくよ。それに引っ張り出すっても、エアンナの教師で相談役をやってもらうだけさね」
ここまで聞いてマッシュ兄ちゃんが「ふむ」ってうなずくのに、お婆さん先生を付けられることになりそうなエアンナがおずおずと手を上げる。
「それはありがたい……けど、知らない人だとちょっと頼りにくいなぁ……」
「ん? ああ、その辺は心配ないないって。ライブリンガーが来る前だけど、アンタらも会ったことがあるお婆だからさ」
その言葉で、あああの人の事かってボクたちはピンとくる。知ってるわけのないライブリンガーや姫様には後でどんな人か話しておいて、顔を合わせて紹介するときの準備にしよう。
でもあの人だとすると、母さんが結構厳しいこと言われちゃうかもなんだけど……。
「んなこと気にしてんじゃないよ。ここで呼ばない方が逆に叱られるってもんさね!」
そんな心配してたら母さんに指で小突かれちゃった。
というわけでメンバー編成も含めて、聖獣像探索に向かう準備を進めていくんだ。




