36:こだわりと誠意には礼を尽くそう
「なんのつもりかと聞いているんだグリフィーヌッ!?」
それまでの余裕ある態度から一転。グリフィーヌを恫喝するウィバーン。
しかし降りてくるでもなく、ただ怒鳴り声を降らせる飛竜に、翼ある女騎士は怯むことなく私を、私たちを庇うように空を睨み続ける。
「なんのつもりも何も、私は言ったぞ? 私の戦いを邪魔するのは許さないとなッ!!」
宣言と共に腕を一閃。
そして稲妻の刃をウィバーンにかすらせるように飛ばす。
威嚇のつもり以上は無いそれはしかし、ウィバーンには向けられた気迫からかそうは見えなかったようで、大きく羽ばたいての空中サイドステップでかわす。
だが避けてしまった後で、威嚇攻撃に大げさに反応してしまったことを察してか、その硬質な目から光を激しく溢れさせる。
「ああそうかいッ!? だったらなぁー! こっちだって、遠慮なくやらせてもらうからなぁーッ!!」
そう喚き散らしながら、ウィバーンはけたたましくその顎を噛み鳴らすだけ鳴らして飛び去ってしまう。
捨てゼリフを残して逃げて行った形ではあるが、その撤退を見送る間も、追撃を仕掛ける間も私たちにはなかった。
猛烈な攻撃の合図を受けたナイトビートルが、私の背後にある砦に向けて突進してきたのだ!
角を突き出し熱線を乱射しながら突っ込んでくるこれに、グリフィーヌは離脱。しかし私は動くわけにはいかず、この場でシールドストームを張って受け止めに構える。
そして巨体が勢いをつけて突っ込んでくるランスチャージを剣で逸らすも、続くボディがぶちかましに当たってくる。
しかもそこから私のボディに腕をひっかけ前羽を展開、飛び立つと来た!
「私を掴んで飛ぶ!? それもマックスのをかッ!?」
細かな震えで浮力を産み出す羽根で、私もろともにその巨体を浮かす。魔法的な助けでゴリ押すにしても膨大なエネルギーが必要だろう。だが、それを賄うのが魔獣の体で育ったイルネスメタルであると言うことか!?
波長は真逆ながら、性質は私の機体に備わったバースストーンに驚くほどに似かよっている。
分析はさておき振りほどかなくては。そう私は頭を切り換える。が、すぐにそれどころではなくなってしまう。
出城にと広げた設備を取り囲むように、いつのまにか魔獣が殺到していたからだ。
私を抱えるイルネスメタルを受けたナイトビートルとよく似た、しかし随分と小さく普通のイノシシほどのサイズの魔獣たちは、防衛用の設備で動かす指示を待っていた工兵さんたちを狙って襲いかかっている!
これを見た私は守らねばと、強化ナイトビートルに四門プラズマショットをゼロ距離斉射に浴びせる!
比較的外骨格の柔らかいところを焼き穿った砲撃に、巨大なメタルカブトムシはたまらず私を抱えた腕をほどく。
無理矢理に地面に戻った私は、着地にたわめた膝を伸ばす勢いで駆け出そうとする。
だがその時にはすでに工兵さんの一人がノーマルのナイトビートルに捕まれ、空へ引き上げられようとしていた。
そして無防備に吊られた彼をめがけて、カブトムシの一匹がその鋭い角を構え、飛ぶ。
だが今にも突き刺さろうというその瞬間、角は固いものに弾かれる。
「グリフィーヌッ!?」
工兵さんをカブトムシから奪い取り守ったその爪の主は鋼鉄のグリフォンにチェンジしていたグリフィーヌだった。
彼女は工兵を地面に降ろすと、戸惑う人々とカブトムシ型魔獣の群れへ空を切り裂くような声を叩きつける!
体を刻まれるような鋭いこれに怯えて、人々は転がるように持ち場を離れ、魔獣の群れは凍りつく。
それを睨んでいたグリフィーヌはすぐさまに飛び立つと、カブトムシに取りつかれた作りかけの出城を回って救出と威嚇を繰り返す。
「なんだあのグリフィーヌって鋼魔、こっちに寝返ろうって言うのかッ!?」
ビブリオたちと共に救出に出てきたマッシュの疑問に、私は首を横に振って否定する。
彼女はただ誠実なだけだ。
私との戦いに水を差された意趣返しの気持ちはもちろんあるのだろう。
だが、同胞が私を一騎討ちに集中できなくしたこと。それを以前には許していたことに対する謝罪の気持ちが第一にある。
彼女はそういう騎士だ。
そんな思いでもって彼女の動きを目で追っていると、グリフィーヌと目が合い、彼女はうなずく。
グリフィーヌの方も私が彼女の思いを、考えを酌んでいることを察したのだろう。
なぜかと合理的な説明を求められると難しいが、分かり合えていると信じられる不思議な共感を、私は彼女との間に感じているのだ。
「はー……ライバル同士の通じ合い……いや、ツーカーの仲ってヤツかねぇ」
私が感じるところを語るに、マッシュはそう表して理解を示す。
だがそこで強化ナイトビートルが、私へ標的を定めたのか、地響きを立てて着陸する。
ゼロ距離射撃の痛撃がよほど堪えたと見える。鋭い角の先端を私から全く外そうとしない。
「……っと、悪いな。救助と小物魔獣の相手は俺たちが受け持つから、このデカブツの相手は……」
「ああ任せてくれ。私が集中できるように、そちらは頼むよ」
「合点承知だよライブリンガー!」
改めて分担を打ち合わせるや私たちは即分散。守りの嵐を纏わせた剣と拳とで熱線を打ち払い、救護に向かうビブリオたちやそれを待つ他の人々へは届かせない。
「こちらからも行くぞッ!!」
仲間たちばかりか、グリフィーヌまでもが集中できるようにお膳立てしてくれているのに、ためらう理由はない。
踏み込み、上段からロルフカリバーを振り下ろす。が、対する強化ナイトビートルは急激に変形。後ろと中の脚四本で体を支えてカマキリのように立ち上がるや、腕のようになった前肢で私の剣を受け流してくる。
そしてカリバーを逸らした、盾のように厚く変形したのとは逆の槍のように鋭くなった腕と、短くはなったが鋭さは変わらない頭の角で、高熱を帯びた突きを繰り出してくる。
「なるほど、名前通りの騎士だというわけかッ!?」
回りの空気を歪めた突きをローラーの回転で流して、返す刃を叩きつける。
しかしさすがに装甲は分厚く、ロルフカリバーとなって鋭さを増した私の剣でも切り裂けない。が、分厚く重い刀身による衝撃が殴り抜けて四つ足をよろめかせているので、実はあまり関係ない。
それでもなお繰り返し繰り出される突きを、私はいなして金属の甲殻を鈍器じみた刀身で殴る。
そして堪りかねた彼が大きく突き出したランスの腕を半ばから叩き折る!
「今だッ!」
このダメージにたたらを踏んだ隙を逃さず、私は剣を握る腕のローラーを全力で左回転、破壊の竜巻を纏わせた刃を切り返す。その向かう先は強化ナイトビートルの頭、ヘルム状に整ったそれの角飾りだ。
積み重なったダメージで動けずにいるビートルの角を、埋め込まれたイルネスメタルもろともにバスタースラッシュが両断。さらにダメ押しにと、渦巻き注ぎ込まれた破壊エネルギーが毒々しい緑色の金属結晶体を粉みじんに磨り潰して消し飛ばす。
するとどうか。イルネスメタルを完全に失った強化ナイトビートルのボディも風化するように朽ちて、崩れゆくその残骸から普通よりもやや小さめのサイズのナイトビートルが飛んでいく。
戦意を失くしたのなら深追いする必要はない。
その考えから私はロルフカリバーの刃を研ぐ。
そうして刃を収めにかかった私を、空からグリフィーヌが見下ろしている。
そんな彼女に、私は顔の下半分を覆うバトルマスクを解除し、頭を下げる。
「ありがとうグリフィーヌ。キミのおかげで大きな犠牲を出さずに済みそうだ」
この私の礼に、しかしグリフィーヌは空に身を置いたままそっぽを向いてしまう。
「貴公との勝負を邪魔されて我慢がならなかっただけだ。この決着はいずれ必ずつけるからな! それまでは倒れてくれるな。絶対にだぞ!?」
そしてそっけなく再戦の予告を投げつけて飛び去ってしまう。
名残惜しさはあったが、ウィバーンのけしかけた虫型魔獣の大半はまだまだ戦意を失っていない。
飛び去る彼女をいつまでも見送るわけにもいかず、私も急ぎ残敵の掃討に加わるのであった。




